起きたらオメガバースの世界になっていました

さくら優

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結局、元の世界に戻ることは出来なかった。
それもそうだろう。最初からあまり期待はしていなかったので、特段ショックもない。
急ぐ理由もないので、戻る方法はのんびり探すことにする。

速水さんとは、あれ以降週末ごとに会っていた。うちだと両親がいるので、毎度俺が速水さんの家にお邪魔している。

「お待たせ」
「うわ、美味しそう」

用意してくれた食事に手を合わせる。毎回用意してもらってばかりでは悪いので、俺もお酒やデザート等を持ってくるようにはしているが、気にしなくていいと言われる。

「そういえば、速水さん、岡村のこと覚えてます?」
「覚えてるよ。合コンに来てた新君の友達でしょ」
「岡村に、実は俺たちみたいに、前の世界から突然こっちに来たとかじゃないかって、探り入れてみたんですけど」
「え⋯、勇気あるね」

速水さんは驚いた顔をしているが、それほど大したことはしていない。
もし、今みたいなαとかβとか、そういった種がない世界だったらどうするか、といった話を振ってみただけだ。

「それで、どうだったの?」
「一瞬ポカンとしてましたけど、でも、あんまり変わらないかなって言ってました」

実際、βの俺たちにはあまり大きな違いはない。

「あの感じだと、突然こっちに来たわけじゃなさそうですね」
「そっか。ほんとになんなんだろうね。パラレルワールドとか、そういう感じなのかな」
「パラレルワールドって、SFのタイムスリップものとかで出てくる?」
「そうそう」

自分たちが今いる世界とは別の世界線が存在していて、そこを行き来することで、過去や未来に行ったり出来るという。

「そういうのが好きな人なら、もっとテンション上がるのかな」
「新君はあんまりSFとか好きじゃないの?」
「嫌いじゃないですけど、難しい仕組みの話より、派手なバトルやアクションとかの方がいいです」
「あはは」

食べ終わって後片付けをして、テレビを見たり何気ない話をしたりしていると、あっという間に時間が過ぎる。

チラッと時計を見ると、それに気付いた速水さんに腰の辺りを抱き寄せられた。

「あの、俺そろそろ⋯」
「帰るの? 泊まって行きなよ」
「でも、毎週泊まるのも⋯」
「俺は構わないよ。新君も、子どもじゃないんだから、別に平気でしょ」

確かに、実家暮らしではあるが、黙って外泊したところで、親に何か言われることもない。付き合っている人がいることも、おそらく気付かれているだろうが、速水さんの言う通り子どもじゃないので何も言われない。

「でも⋯、あっ、」

ソファに押し倒され、耳許に顔を寄せてくる。

「だめ。帰さない」
「っ!」

くすっと笑う吐息が耳朶にかかる。唇が微かに触れ合い、至近距離で視線が絡んだ。

「新⋯」

こういう時だけ呼び捨てで呼ばれることに、妙にドキドキしてしまう単純な自分が恨めしい。

「速水さん、あの⋯」
「じゃあ、好きって言ってくれたら帰してあげる」
「⋯なんですかそれ」
「だって言ってくれたことないし」
「⋯⋯」

別に、言わないのには特に何か理由があるわけではなかった。照れ臭いだけで。最初は試すという名目もあったけれど、そもそも好きじゃなかったら何度もこんなことしない。

黙っている俺に言う気がないと判断したのか、速水さんは俺のシャツのボタンを外し始めた。慌てて手を掴むけれど、それより早く忍び込んできた指先に直接触れられて力が抜ける。

溜息が溢れる。キスが降りてきてそっと口を開くと、唇を舌先で辿られた。焦らすように入口で遊ばせるそれに、目尻に涙が浮かぶ。

狭いソファの上はあまり動くと落ちてしまいそうで、こんなところでと思いながらも、弱々しい抵抗しか出来ない。

「あ、やっ⋯、速水さ⋯」
「嫌? 好きって言ったらやめるよ?」
「なっ、またそれ⋯っ」

涙目で睨むが、何のダメージも与えられなかった。

「ん⋯、ふ⋯ぁ」
「言わないの? ほんとはやめて欲しくない?」
「や、だ⋯、なんで、意地悪⋯っ」

1人だけ余裕そうなのが悔しい。もし俺がΩだったら、この人の余裕ももう少しなくなるのだろうかと、一瞬そんなことを考えてしまう。

せめてもの仕返しに、しがみついた肩に爪を立てると、僅かに顔を顰めた後、唇を塞がれ激しく舌を絡め取られた。


   ✦✦✦

髪を撫でる感触に、ゆっくりと意識が浮上する。
目を開けると、静かに笑みを浮かべる速水さんの顔があった。

「起きた?」
「あ、俺⋯」

どうやら気を失ってしまったようだ。時計を見るとすでに深夜だった。

速水さんが眠そうに欠伸を噛み殺す。

「あ、もしかして、俺が起きるの待ってたんですか?」
「んー、気失うみたいに寝ちゃったからちょっと気になって。身体平気?」
「⋯はい」

よかった、と呟いて抱き寄せられる。クーラーの効いた部屋は、くっついていても心地良い。

「新君」
「はい」
「もし、元の世界に戻ったら⋯、会えなくなるなんてこと、ないよね⋯?」
「え、なんで?」
「いや、なんとなく」

なぜ?そんなことは考えたこともなかった。
前の世界で知り合った人で、こっちで会えなくなった人はいない。家族も友人も親戚も、職場の人たちでさえ、種の概念が追加されただけで、それ以外は何も変わっていなかった。
だから、戻ったとしても同じように、今まで通り一緒にいられると思っていたのだけれど。

「そうだよね。ごめん、変なこと言って」
「いえ⋯」

もしかして、元の世界に戻ったら、男同士であることを理由に振られるかもとか、そういう心配をしているのだろうか。

今の世界なら、例えば親に紹介したら、間違いなく喜ばれるだろう。相手がαの人となれば玉の輿のようなものだ。友人たちにも羨ましがられるかもしれない。

でも、元の世界に戻ったら――。
親にも反対はされないとは思うが、喜ばれることはなさそうだ。

それでも、今はもう、別れるなんて考えられなかった。

「速水さん」

顔を上げると、速水さんは静かな寝息をたてて眠っていた。

明日、起きたらちゃんと話そう。今まで照れ臭くて言えなかったけれど。

「⋯⋯好き」

俺は指先でそっと速水さんの唇に触れると、微かな声で呟いて目を閉じた。
















   ✦✦✦

翌朝、目が覚めると、元の世界に戻っていた。

時はなぜか遡り、GWの初日に戻っている。

そして、スマホから速水さんの連絡先や、やりとりしたメッセージが全て消えてしまっていた。
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