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4部 女神の末裔編
シュストの王子2
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門番から小言のような愚痴を散々に聞かされると、許可をもらい中へ入る。
「長老には挨拶しろよ!」
背後から聞こえてくる声に、わかってると答えながら歩き出す。
ここに滞在するなら、長老に許可をもらわなくてはいけない。宿などない村だから、長老の家を借りるしかないのだ。
「お前が来るとはな…」
「申し訳ありません。知らせを出そうにも、精霊に阻まれてしまうもので」
「だろうな」
ヴェルトが今暮らしているのは精霊の巫女がいる場所。簡単には知らせも出せない。というよりは、おそらくその辺りも精霊達が妨害しているのだろう。
困ったものだとヴェルトは思うが、すべて精霊の巫女を守るためだ。
それほど大事にする理由があると思っていた。ヴェルトには精霊の巫女だからではなく、なにか他に意味があると思えてならなかったのだ。
「とりあえず、長老のところへ行くか。それで、事情を教えろ」
「つまり、長老は知っているのですね」
「あぁ……」
滞在するために言うしかなかった、というのが正確だと内心ぼやくヴェルト。長老だけで済んだのだから、感謝するべきなのだろう。
歩くこと数十分、他の家と変わりない長老の家へとやってきた二人。途中、来客が目立って足止めを受けたことで、思ったよりも時間をかけてしまった。
「ほぉ、お前さんを訪ねて来た知人か」
知人が訪ねて来たと言えば、入り口の騒動はこれかと長老は笑う。村人が話していたのが聞こえたぞ、と笑いながら言う長老はお茶を置く。
「儂は珈琲や紅茶を飲まないのでな。お茶で申し訳ない」
若者にはそちらの方がいいだろと言われてしまえば、トレセスと呼ばれていた青年は気にしていないと答える。
「改めまして、トレセス・ブローディアと申します」
名乗りを上げた青年は、一見すると好青年に見えた。穏やかな笑みを浮かべ、物腰も柔らかい。
見た目通りの人物であればの話だ。
「長老などと呼ばれているが、儂はただの老いぼれじゃ。ヴェルトの知人ということだったが」
「はい。私はヴェルト様が幼い頃から傍に仕えさせて頂いています」
これが証だと言うように懐から取り出されたのは、小さな金時計。蓋の上には二羽の鳥が描かれており、これが表すのはシュスト国だ。
シュスト国を表す家紋は長老も知っている。精霊の巫女が関わっていることから、この村でも知られているのだ。
片方の鳥は精霊の巫女を表すとも言われていて、力を借りたことを示しているのだと言われているが、実際のところはわかっていない。
「金時計とはまた。素晴らしい物をお持ちだ」
この時計は数少なく、限られた人物しか持ってはいないのだ。
シュスト国の王族と専属の護衛騎士。護衛騎士は複数抱えているのが当たり前で、束ねる立場にいる者が代表して持っていることが多い。
そして、金時計は主となる王族と一対になっているのが特徴だ。
「私はヴェルト様の専属護衛ですので」
「解任してから城を出てきたと思ったんだけどな」
ジロリと見るヴェルトは、本来の名をヴェルト・ベルニュカス・スヴァルナと言う。南の大陸にある唯一の国、シュスト国の第二王子だ。
知っているのは精霊の巫女であるリーシュと長老のみ。村人には誰一人言っていない。
一人の青年として、この村で暮らしたいと望んだことから、黙ってもらっているのだ。
王子である彼が、城を抜け出したのはよくある話だった。王位争いが始まったのだ。
「俺を連れ戻したいのか? 戻らないからな」
わかってるだろ、と言いたげに見ると、トレセスもわかっていると頷く。専属護衛として常に傍らにいたからこそ、彼だってわかっている。
ヴェルトは王位などに興味がない。元々、側室の息子ということもあってか、自由に育ってきた結果がこの性格なのかもしれなかった。
トレセスはそれを悪いと思ってはいない。
「ですが、少しばかり問題もありまして。陛下が亡くなられました」
「早くね? あと五年はもつって」
王位争いが起きた原因はよくある話で、現王が病魔に侵されていたから。
シュスト国には王子が二人だけ。どちらが王に相応しいかと始まった争いは、死人を出すほどにまで発展してしまった。
ヴェルトが興味ないからと飛び出したことで、表面上は落ち着いている。
逃げ出す者など王に相応しくない。支持していた者も離れだしたのだが、それでも支持する者がいるのも事実。
まさかと言うようにヴェルトは見る。
「確証はありませんが、第一王子の側近によって陛下に毒が盛られたかもしれません」
実は、倒れた当初から噂になっていた。第一王子と第二王子を比べる声は多く、それによって第一王子が行ったと思われていたのだ。
「で、お前がここまで来た理由は?」
そうだったとしても、自分には関係ない。王家と関わる気はないのだから、よほどのことでもあったのかと問いかける視線。
そうでなければ、ここまで来たことを納得しないと言っているようでもある。
「第一王子がヴェルト様を狙っております」
「ふーん…」
自分の命が狙われていると言われているのに、ヴェルトの反応はそっけない。ほとんど気にしていないといった感じだ。
もっと慌ててくれとトレセスは思ったほどに、彼はのんびりとお茶を飲んでいる。
いつここにやってくるかもわからないのだ。穏やかで小さな村を巻き込んでもいいのかと、視線だけで問いかけている。
「俺が暗殺者ぐらいで慌てると思うか?」
ニヤリと笑ったヴェルトを見て、盛大なため息をつくトレセス。長老は笑いながら見ていた。
王位など継ぐ気がなかったことから、だらけたように見せているヴェルト。だらしなくて弱い王子だと見せることで、彼は王位を継がなくていいようにしていた。
下手に味方を作らず、専属護衛にすら見限られるように仕向けたのだ。
たった一人、トレセスだけが彼本来の姿を知っている。なぜなら、幼い頃からずっと一緒だったから。
「困ったお方だ」
実力は理解していた。なにせ、ヴェルトに剣術を教えたのはトレセスだ。わからないわけがない。
「ですが、ここにも危害が」
「そう簡単には来れねぇよ。わかってるだろ」
ここまで来るのに苦労したであろうトレセスは、どことなく遠くを見ている。それだけで精霊達との攻防があったと物語っているようなものだ。
「もしも来たらどうされますか?」
「……だから、来ねぇって。砂漠越えがどれだけ大変かわかってるだろ」
一瞬の間、それを察するとトレセスは黙った。彼はわかっていて言っているのだ。
可能性がゼロではないということを。けれどここでは言うことができない。長老が聞いているから。
・
「長老には挨拶しろよ!」
背後から聞こえてくる声に、わかってると答えながら歩き出す。
ここに滞在するなら、長老に許可をもらわなくてはいけない。宿などない村だから、長老の家を借りるしかないのだ。
「お前が来るとはな…」
「申し訳ありません。知らせを出そうにも、精霊に阻まれてしまうもので」
「だろうな」
ヴェルトが今暮らしているのは精霊の巫女がいる場所。簡単には知らせも出せない。というよりは、おそらくその辺りも精霊達が妨害しているのだろう。
困ったものだとヴェルトは思うが、すべて精霊の巫女を守るためだ。
それほど大事にする理由があると思っていた。ヴェルトには精霊の巫女だからではなく、なにか他に意味があると思えてならなかったのだ。
「とりあえず、長老のところへ行くか。それで、事情を教えろ」
「つまり、長老は知っているのですね」
「あぁ……」
滞在するために言うしかなかった、というのが正確だと内心ぼやくヴェルト。長老だけで済んだのだから、感謝するべきなのだろう。
歩くこと数十分、他の家と変わりない長老の家へとやってきた二人。途中、来客が目立って足止めを受けたことで、思ったよりも時間をかけてしまった。
「ほぉ、お前さんを訪ねて来た知人か」
知人が訪ねて来たと言えば、入り口の騒動はこれかと長老は笑う。村人が話していたのが聞こえたぞ、と笑いながら言う長老はお茶を置く。
「儂は珈琲や紅茶を飲まないのでな。お茶で申し訳ない」
若者にはそちらの方がいいだろと言われてしまえば、トレセスと呼ばれていた青年は気にしていないと答える。
「改めまして、トレセス・ブローディアと申します」
名乗りを上げた青年は、一見すると好青年に見えた。穏やかな笑みを浮かべ、物腰も柔らかい。
見た目通りの人物であればの話だ。
「長老などと呼ばれているが、儂はただの老いぼれじゃ。ヴェルトの知人ということだったが」
「はい。私はヴェルト様が幼い頃から傍に仕えさせて頂いています」
これが証だと言うように懐から取り出されたのは、小さな金時計。蓋の上には二羽の鳥が描かれており、これが表すのはシュスト国だ。
シュスト国を表す家紋は長老も知っている。精霊の巫女が関わっていることから、この村でも知られているのだ。
片方の鳥は精霊の巫女を表すとも言われていて、力を借りたことを示しているのだと言われているが、実際のところはわかっていない。
「金時計とはまた。素晴らしい物をお持ちだ」
この時計は数少なく、限られた人物しか持ってはいないのだ。
シュスト国の王族と専属の護衛騎士。護衛騎士は複数抱えているのが当たり前で、束ねる立場にいる者が代表して持っていることが多い。
そして、金時計は主となる王族と一対になっているのが特徴だ。
「私はヴェルト様の専属護衛ですので」
「解任してから城を出てきたと思ったんだけどな」
ジロリと見るヴェルトは、本来の名をヴェルト・ベルニュカス・スヴァルナと言う。南の大陸にある唯一の国、シュスト国の第二王子だ。
知っているのは精霊の巫女であるリーシュと長老のみ。村人には誰一人言っていない。
一人の青年として、この村で暮らしたいと望んだことから、黙ってもらっているのだ。
王子である彼が、城を抜け出したのはよくある話だった。王位争いが始まったのだ。
「俺を連れ戻したいのか? 戻らないからな」
わかってるだろ、と言いたげに見ると、トレセスもわかっていると頷く。専属護衛として常に傍らにいたからこそ、彼だってわかっている。
ヴェルトは王位などに興味がない。元々、側室の息子ということもあってか、自由に育ってきた結果がこの性格なのかもしれなかった。
トレセスはそれを悪いと思ってはいない。
「ですが、少しばかり問題もありまして。陛下が亡くなられました」
「早くね? あと五年はもつって」
王位争いが起きた原因はよくある話で、現王が病魔に侵されていたから。
シュスト国には王子が二人だけ。どちらが王に相応しいかと始まった争いは、死人を出すほどにまで発展してしまった。
ヴェルトが興味ないからと飛び出したことで、表面上は落ち着いている。
逃げ出す者など王に相応しくない。支持していた者も離れだしたのだが、それでも支持する者がいるのも事実。
まさかと言うようにヴェルトは見る。
「確証はありませんが、第一王子の側近によって陛下に毒が盛られたかもしれません」
実は、倒れた当初から噂になっていた。第一王子と第二王子を比べる声は多く、それによって第一王子が行ったと思われていたのだ。
「で、お前がここまで来た理由は?」
そうだったとしても、自分には関係ない。王家と関わる気はないのだから、よほどのことでもあったのかと問いかける視線。
そうでなければ、ここまで来たことを納得しないと言っているようでもある。
「第一王子がヴェルト様を狙っております」
「ふーん…」
自分の命が狙われていると言われているのに、ヴェルトの反応はそっけない。ほとんど気にしていないといった感じだ。
もっと慌ててくれとトレセスは思ったほどに、彼はのんびりとお茶を飲んでいる。
いつここにやってくるかもわからないのだ。穏やかで小さな村を巻き込んでもいいのかと、視線だけで問いかけている。
「俺が暗殺者ぐらいで慌てると思うか?」
ニヤリと笑ったヴェルトを見て、盛大なため息をつくトレセス。長老は笑いながら見ていた。
王位など継ぐ気がなかったことから、だらけたように見せているヴェルト。だらしなくて弱い王子だと見せることで、彼は王位を継がなくていいようにしていた。
下手に味方を作らず、専属護衛にすら見限られるように仕向けたのだ。
たった一人、トレセスだけが彼本来の姿を知っている。なぜなら、幼い頃からずっと一緒だったから。
「困ったお方だ」
実力は理解していた。なにせ、ヴェルトに剣術を教えたのはトレセスだ。わからないわけがない。
「ですが、ここにも危害が」
「そう簡単には来れねぇよ。わかってるだろ」
ここまで来るのに苦労したであろうトレセスは、どことなく遠くを見ている。それだけで精霊達との攻防があったと物語っているようなものだ。
「もしも来たらどうされますか?」
「……だから、来ねぇって。砂漠越えがどれだけ大変かわかってるだろ」
一瞬の間、それを察するとトレセスは黙った。彼はわかっていて言っているのだ。
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