【完結】その仮面を外すとき

綺咲 潔

文字の大きさ
4 / 39

4話 望まぬ事態

しおりを挟む
「もう耳が聞こえない人とは思われないレベルに到達したと思うの。お父さん、お母さん、今までたくさん苦労をかけてごめんね。助けてくれて、ありがとう。私、働いてみたいの! 他の人と同じように……」

 ずっと考えていたことを、お父さんとお母さんに告げた。すると2人とも、反対することなく賛成してくれた。

「シェリーが挑戦したいと思うのなら、私たちは全力で応援するわ」
「俺もシェリーのことを応援するぞ。ただ、ここにはシェリーのことを知っている人も多い。だからといって、いきなり家を出るのは賛成できない。ここから通える距離で、知り合いがいない西の村で働き始めてみたらどうだ?」

 そのお父さんの案に私は大賛成だった。

「西の村なら、私のことを知っている人もいないし、ここからも通える範囲だからちょうど良いと思うわ! そのエリアで仕事を探してみるわね!」

 こうして、西の村のエリアを中心に仕事を探したところ、食堂の給仕人として雇ってくれる店が見つかった。耳の聞こえない私が、給仕人として働ける日が来るなんて……。まるで夢のようだ。

 給仕人は、耳が聞こえなくなってから今までずっと憧れていた職業だった。そのため、採用が決まったその日には、家族みんなでお祝いをした。

 こうして、誰にも耳が聞こえないことには気付かれない状態で働き始め、すぐに店にも馴染むことができた。それから1週間が経過した頃、オーナーが話しかけてきた。

「こんなに仕事のできる子が、うちの店で働いてくれて嬉しいよ。これからも、頑張ってくれよ!」
「はい! これからも頑張って働きます!」

 オーナーのその言葉に、私の仕事を認めてもらえたんだと嬉しさが込み上げてくる。それから数日後には、お客さんからも声をかけられた。

「私はね、あなたの接客が好きでここに来る頻度を増やしたのよ。あなたは気遣いも出来るし笑顔が素敵で、見ていて気持ちいいわ! これからもよろしくね」

 そう笑顔で話しかけてくれるお客さんの言葉に、喜びのあまりつい涙が出そうになった。本当に読唇術を身に付けて良かったと、心から思えた瞬間だった。

――今の私を見て、誰も私の耳が聞こえないなんて思ってもいないでしょうね!
 普通に生きるってこんなにも楽しいのね……!

 耳が聞こえないというハンデを忘れられるような環境で働くことができ、接客業の楽しさを身に染みて感じた。他の仕事はしたことないが、恐らく私は接客業が好きだし向いているのかもしれない。

 しかし、楽しい時間はいつまでも続いてはくれない。働き初めて1年と少し経った頃、私は一瞬にして地獄に突き落とされてしまった。

「いらっしゃいま――」

 その続きは虚空こくうの彼方へと消えていった。

「あれ? シェリー?」

――何で、ここにあなたがいるの……?

 私の目の前には、かつての同級生が立っていた。彼は私の耳が聞こえないことを知っているはずだ。

 だから、どうか何事も無く、早く帰ってくれと心から願った。しかし、その私の願いが叶うことは無かった。

「おい、お前耳が聞こえないはずだろ!? 耳が聞こえないのに、どうしてここで働けてんだよ! どういうことだ?」

 恐らく、彼の声はそれなりの大声だったのだろう。席に座っていた他のお客さんが皆、彼に視線を向けた。すると、異変に気付いたオーナーが彼に話しかけに来た。

「お客様、どうかされましたか?」
「いや、耳が聞こえないはずのシェリーがここで働いているから、驚いてつい……」

 その彼の発言に、オーナーはいぶかし気な顔をした。

「耳が聞こえない? そんなわけ……彼女は普通に給仕人として接客し、会話もしていますよ? 人違いでは?」

 すると、彼は慌てたような表情をしてオーナーに対し、口を動かした。

「いや、本当に本人ですよ! それに絶対に聞こえないはずなんですよ! 何なら、今すぐここに証人を言われた数連れてきますよ!」

――もうやめて……! 
 それ以上言わないで!

 私の心は全力で悲鳴を上げていた。怖くて手足が震えてくる。そんな私に気付き、オーナーが私の方を向いて口を動かした。

「シェリー……耳が聞こえないと言うのは本当なのか? 嘘だろう? ははっ、そんな訳ないよな?」

 オーナーは私に早く話すよう急かすような表情をしているが、私は混乱していた。

 本当のことを言うべきか、嘘をつくべきかどうしよう。でも、嘘をついたら彼が人を連れて来て、きっと嘘だってバレるに違いない。私はこれまでちゃんと真剣に働いてきた。

 オーナーもお客さんも仕事ぶりを褒めてくれたし、ちゃんと働ける証明が出来ているわ。だから耳が聞こえないということを知っても、きっと雇ってくれるはず。

 そう頭の中で結論付け、私は真実を話そうと決意した。

「なあ、本当に耳が聞こえないのか?」
「はい……その通りです。私は耳が聞こえませんっ……」

 耳が聞こえないということを口にして、一気に怖くなり少し俯いてしまった。すると、オーナーが私の方へ歩いてきたのだろう。視界にオーナーの靴先が映り込み、その瞬間私は反射的に頭を上げた。

 すると、そこには複雑そうな顔をして腕を組みをしたオーナーがいた。そして、オーナーは眉根を寄せると口を動かした。

「今まで1年以上も、俺たちを騙していたのか?」

 頭の中に雷が落ちたような感覚がした。

「騙していたわけでは……!」
「あのな、いちいち耳が聞こえないような子を雇う余裕はないんだよ。うちは、耳が聞こえて君と同等の働きができる子を雇いたい。それに、人を騙すような奴も嫌いだ。すまないが、今日で辞めてくれ」
「隠していたことはすみませんでした。でも、私今までちゃんと働いて――」
「辞めてくれと言っているだろう! もう帰ってくれ。君みたいな人間は必要ない」

 そう口を動かすと、オーナーは私の荷物を持ってきて、そのまま店の外へと私を追いやった。

 とんでもない屈辱感と、信じ難きその理不尽に果てしなく怒りが湧いた。その日の夜、悔しすぎて涙が枯れるほど泣き続けた。ただ、両親には心配をかけたくなくて、気持ちを何とか切り替えようと次の職探しを始めた。

 この間まで働いてた店は、偶然偏見が強すぎるオーナーだったに違いない。だけど、今回の件を踏まえると、人と話さない仕事の方が良いような気がした。

――接客の仕事は諦めるしかない……か。

 こうして、今度はまたしても知り合いがいないであろう北の村で仕事を探し、校閲の仕事をすることが決まった。簡単では無いが、書類に向き合っての仕事がメインのため、いざ人が来ても接客業が出来ていたんだから大丈夫だと思い、この仕事をすることにしたのだ。

 そのため前回と同様、耳が聞こえないことは隠したまま働くことにした。そして、この校閲の仕事も順調に進めることができた。

「シェリーさんは仕事が丁寧だし早いね。想像よりも優秀でびっくりしたよ」
「ありがとうございます」

――やった! 褒められたわ。
 ここでなら、今度こそやっていけそう!

 そんな期待に私は胸を躍らせた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

嫌いなあいつの婚約者

みー
恋愛
朝目が覚めると、見たことのない世界にいて?! 嫌いな幼馴染みが婚約者になっている世界に来てしまった。 どうにかして婚約を破棄しようとするけれど……?

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。 没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。 だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。 国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

【完結済】春を迎えに~番という絆に導かれて~

廻野 久彩
恋愛
辺境の村から王都の星環教会へやってきた研修生アナベル・ウィンダーミア。 門で出会った王族直属騎士団副団長ルシアン・ヴァルセインと握手を交わした瞬間、二人の手首に金色の光が浮かび上がる。 それは"番"——神が定めた魂の半身の証。 物語の中でしか聞いたことのない奇跡的な出会いに胸を躍らせるアナベルだったが、ルシアンの口から告げられたのは冷酷な現実だった。 「俺には……すでに婚約者がいる」 その婚約者こそ、名門ルヴェリエ家の令嬢セレナ。国境の緊張が高まる中、彼女との政略結婚は王国の命運を左右する重要な政治的意味を持っていた。 番の衝動に身を焼かれながらも、決して越えてはならない一線を守ろうとするルシアン。 想い人を諦めきれずにいながら、彼の立場を理解しようと努めるアナベル。 そして、すべてを知りながらも優雅に微笑み続けるセレナ。 三人の心は複雑に絡み合い、それぞれが異なる痛みを抱えながら日々を過ごしていく。 政略と恋情、義務と本心、誠実さと衝動—— 揺れ動く想いの果てに、それぞれが下す選択とは。 番という絆に翻弄されながらも、最後に自分自身の意志で道を選び取る三人の物語。 愛とは選ぶこと。 幸せとは、選んだ道を自分の足で歩くこと。 番の絆を軸に描かれる、大人のファンタジーロマンス。 全20話完結。 **【キーワード】** 番・運命の相手・政略結婚・三角関係・騎士・王都・ファンタジー・恋愛・完結済み・ハッピーエンド

婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。 魔力が弱い私には、価値がないという現実。 泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。 そこで目覚めた彼は、私を見て言った。 「やっと見つけた。私の番よ」 彼の前でだけ、私の魔力は輝く。 奪われた尊厳、歪められた運命。 すべてを取り戻した先にあるのは……

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...