【完結】その仮面を外すとき

綺咲 潔

文字の大きさ
15 / 39

15話 自責

しおりを挟む
 言うべきか言わない道を選ぶかという究極の2択に、精神が完全に追い詰められる。

 すると、私が普通でない状態になっていることに気付いたようで、メアリーさんは私の答えを聞く前に、もう一度口を動かした。

「それは……今すぐには言えないこと?」

 私は涙を拭いながら、必死にうんうんと頷いた。声を出して答えたくても、喉がギュッと締め付けられたかのように声を出すことができない。

 そんな私を見て、メアリーさんは正面から向かい合うように両肩に手を添え、語りかけてきた。

「あなたに、今すぐには言えない何らかの事情があることは分かった。それなら、なおさらあなたを辞めさせることは出来ない。あなたはもう私たちの大切な仲間なのよ」

――え……。

「あなたのことについては、あの子にも説明しておくわ。でも、できる限り改善はしてちょうだい。それと、事情は今すぐに言えなくても良い。もし、話せる日が来たら、あなたのタイミングでいいから話してちょうだい」

――そんな……。
 私に対してそんな優しい言葉掛けたらダメじゃないですか……。
 何で?
 どうして?

 予想外の優しさに戸惑わざるを得なかった。こんなことは初めてで、ただただ困惑してしまう。

 しかしそんなことを知らないメアリーさんは、話し終わると私の手を取りギュッと包み込むように握った。

 誰かのこんな温もりを感じたのは久しぶりだった。だからだろう。張り詰めていた糸がプツっと切れたように、私の目からまたとめどなく涙が溢れだした。

 すると、メアリーさんは口を動かすことなく、そんな私を、ただそっと抱き締めてくれた。

 なんでこんな酷いことをしているのに、そんな私のことを抱きしめてくれるんだろうか。

 騙していると言っても過言ではなのに、本当に本当に……申し訳ない。

 こうして、私は抱き締められ泣きながら、ごめんなさいとただひたすら謝り続けた。

 ◇   ◇   ◇


 次の日は休みだった。
 
 メアリーさんが休みにしてくれたという訳ではなく、定休日だったのだ。

 ただ、メアリーさんも何かあればと思い、あえて話しをする日を定休日の前日にしてくれたのだと思う。

 しかも、私は定休日だが裏方の仕事をしている仮面の男性は仕事があり、代わりにその次の日が仮面の男性の休みになっている。

 つまり、仮面の男性とは2日間会わない状況ができる。メアリーさんはそのことも考慮して、この日に話をしてきたような気がする。

 いつもは隣にいるというだけで安心できる。しかし、今日みたいなときに関しては、隣家がメアリーさんたちというのが、非常に気まずい。

 昨日は店からどうやって帰ったのかもあまり覚えてない。少なくとも、死んだ顔で亡霊のように歩いていただろう。

 でも1つだけ覚えていることがある。メアリーさんとの話しが終わり、荷物を取りに行ったときに【ありがとう】と書かれたカードがいつものように置かれていたのだ。

 彼はクッキーを持って帰ってくれていないかもしれないと思い、毎回クッキーを置いている場所を確認することが癖になっていた。

 そして、クッキーを置いていた場所には受け取った証拠とでもいうように、ある時からありがとうと書いたカードをが置かれるようになっていた。彼が置いてくれているのだろう。

 彼は恐らく、メアリーさんとジェイスさんが置いているとは思っていないと思う。普通、育ての親ならいちいちこんなところにクッキーを置かないはずだ。

 だから、彼は私が置いていることに、相当鈍くなければ気が付いているはずなのだ。

 いつも嫌だと思う態度を取っている自覚がある。だからこそお詫びとして置いていたが、彼はそんな気持ちで置いていることは知らない。

 でも、送り主はいつも自分を無視する人と気付いているはず……。それなのに、彼は律儀なことにありがとうと伝えてくれる。

 絶対に良い人なんだと思う。仮面を付けて顔も見えないし、声も分からないけど分かる。

 お詫びとしてクッキーを置き始めしばらくしてから気付いたが、いつも自分のことを避ける人間がある日突然置きだしたクッキーなんて普通は怖いだろう。

 私だったら、何かとんでもないものを材料に入れて作っているクッキーかと勘繰ってしまう。これは私が疑い深い人間だからかもしれない。

 だけど、彼の反応はただ【ありがとう】それだけだった。だからこそ、そんなリアクションをする彼は、基本的には人を信じたい性格なのだろうと思う。

 何で仮面を付けているのかは未だに分からないが、彼の心はとても清く感じる。

 私なんかに毎回毎回ありがとうというカードを置いてくれる彼の健気さを思い出すと、昨日メアリーさんに言われた言葉が蘇る。

 そしてそれと同時に、私がいかに人として終わっているのかという事実が、胸に突き刺さった。

 昨日帰って来てから、完全に自己嫌悪のループに陥ってしまっている。

 考えすぎて、晩御飯なんて喉を通らない。何なら、食べること自体が許されないような気さえしてくる。

 当然夜もろくに眠れない。食事と同様に、呑気に眠ること自体が罪のようにさえ思えてくる。

 眠いという生体反応よりも、自分がしてしまったことの罪悪感と、今後どうしようという悩みで、完全に思考回路が迷宮入りしてしまった。

 当然そんな私が一睡もできるはずなく、眠りつく前に日が昇り今日になってしまった。

 朝食も当然喉を通るはずがない。コップ一杯の水を飲んでみたが、まったく気分はすっきりしない。

 今日は休みだが、明日はまた仕事だ。行かない訳にはいかないが、明日からの仕事はどうしたものかと気が気でない。

 仮面の男性はもちろんだが、メアリーさんとジェイスさんともどんな顔をして会ったら良いのかが分からないのだ……。

 考えても考えても、そう簡単に答えが出てくるはずもなかった。こうして家の中で1人ずっと籠り切っていると、ろくでもない考えしか浮かんでこない。

――あの場所に行ったら少しは変わるかしら……?

 いつもの丘がフッと頭を過ぎった。今のままでは仕事なんて出来たものではない。少しでも明日のために、何とか気持ちを立て直さないと。

 そう思うと、ますます丘に行かなければならないような気がしてきた。

 そして、ご近所さんが昼食を済ませて一段落した後に出払う時間を狙い、誰にもバレないようにそっと家を出て丘を目指した。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

嫌いなあいつの婚約者

みー
恋愛
朝目が覚めると、見たことのない世界にいて?! 嫌いな幼馴染みが婚約者になっている世界に来てしまった。 どうにかして婚約を破棄しようとするけれど……?

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。 没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。 だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。 国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

【完結済】春を迎えに~番という絆に導かれて~

廻野 久彩
恋愛
辺境の村から王都の星環教会へやってきた研修生アナベル・ウィンダーミア。 門で出会った王族直属騎士団副団長ルシアン・ヴァルセインと握手を交わした瞬間、二人の手首に金色の光が浮かび上がる。 それは"番"——神が定めた魂の半身の証。 物語の中でしか聞いたことのない奇跡的な出会いに胸を躍らせるアナベルだったが、ルシアンの口から告げられたのは冷酷な現実だった。 「俺には……すでに婚約者がいる」 その婚約者こそ、名門ルヴェリエ家の令嬢セレナ。国境の緊張が高まる中、彼女との政略結婚は王国の命運を左右する重要な政治的意味を持っていた。 番の衝動に身を焼かれながらも、決して越えてはならない一線を守ろうとするルシアン。 想い人を諦めきれずにいながら、彼の立場を理解しようと努めるアナベル。 そして、すべてを知りながらも優雅に微笑み続けるセレナ。 三人の心は複雑に絡み合い、それぞれが異なる痛みを抱えながら日々を過ごしていく。 政略と恋情、義務と本心、誠実さと衝動—— 揺れ動く想いの果てに、それぞれが下す選択とは。 番という絆に翻弄されながらも、最後に自分自身の意志で道を選び取る三人の物語。 愛とは選ぶこと。 幸せとは、選んだ道を自分の足で歩くこと。 番の絆を軸に描かれる、大人のファンタジーロマンス。 全20話完結。 **【キーワード】** 番・運命の相手・政略結婚・三角関係・騎士・王都・ファンタジー・恋愛・完結済み・ハッピーエンド

婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。 魔力が弱い私には、価値がないという現実。 泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。 そこで目覚めた彼は、私を見て言った。 「やっと見つけた。私の番よ」 彼の前でだけ、私の魔力は輝く。 奪われた尊厳、歪められた運命。 すべてを取り戻した先にあるのは……

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...