【完結】夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔

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16話 本当の気持ち

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「おめでとう~! 意外と早く脱出できたのね」


 扉を抜けると、私たちを笑顔で出迎えるメーデイアがいた。


「こ、これで終わり?」
「そうよ~! あなたたちは私が出した問題を二人で無事解いてみせた」


 彼女は愉しげに目を細めて、うっとりとするような笑顔で微笑んだ。


「じゃあ約束通り、これでエリーゼにかかった魔法を解いてくれるということか……?」 


 そうだ。問題を解くことに集中しすぎて忘れかけていたが、本来の目的はそれであった。


 緊張しながらメーデイアの反応を伺う。すると、彼女はリアスから私に視線を移した。


「エリーゼ様」
「はいっ……」
「あなたにはアルチーナによって、かなり高純度の魔法がかけられていたのね」


 メーデイアのその言葉に、リアスが焦り顔で口を開いた。


「純度が高いということは、それだけ効果が強いということか?」
「もちろん! その通りよ」


 彼女の言葉に、リアスはやっぱりか……というように肩を落とす。
 時折こちらを横目で見る彼の瞳には、薄らと涙が浮かんでいるようだった。その表情を見ると、緊張で思わず心臓がドクンと鳴る。


 だが、そのとき突如メーデイアが私たちを見て高笑いを始めた。


「メーデイア……?」
「あら、エリーゼ様ごめんなさい。二人ともそんな不安な顔をしないでちょうだいよ。ちゃーんと魔法は解けてるから」


 サラリと告げられた言葉に硬直する。
 その一方で、彼女は「アルチーナも成長したものね」と言って、それは嬉しそうな笑みを浮かべた。


 まるで、時が止まったかのようだった。
 私もリアスも忘れていた呼吸を再開し、しばらくしてからリアスがメーデイアに訊ねた。


「本当の本当に、エリーゼにかけられた魅了魔法は解けているんですか?」
「ええ、そう言ってるじゃない」


 屈託なく笑う彼女に、私も震える口元を堪えて問うた。


「じゃあ、私は自分の意思でちゃんとリアスが好きということ……?」
「そうなるわね。ちなみにだけど、二人の愛が真実の愛じゃないとあの肖像画はそのままだったのよ」


 なんということだろう。
 彼女の言うことが確かなのであれば、私はやはりアルチーナに魔法を解いてもらって以降も、リアスが好きだったのだ。


 魔法で心を支配されていたのではなく、私は己の心のままにリアスを愛していた。


 隣で愕然とした顔でこちらを見るリアスと顔を見合せる。直後、私は彼に思い切り抱きついた。


 そこには淑女の恥じらいなど一切無い。ただ、好きという気持ちだけが溢れた。


「リアス! 魔法なんかじゃなかったのよ!」


 今まで我慢していた想いを込めるように、彼の肩口に顔を埋める。


「愛してるわっ……」
  

 あまりに嬉しくて目に涙の膜が張る。すると、そんな私の身体をリアスが強く抱き締め返した。


「エリーゼっ……本当に今までごめん。俺も愛してるっ……! ありがとうっ……」


 そう言って、リアスは私を包み込むようにギュッと掻き抱く。そして、互いの腕が同時に緩むと同時に、一カ月ぶりに私たちの唇は重なった。


「ふふっ、本当に噂通りのおしどり夫婦じゃない。どうぞお幸せにね」


 メーデイアがからかうように、でも一際優しく声をかけてきた。
 そのとき、見つめ合っていたリアスが、現実に引き戻されたかのように彼女に話しかけた。


「メーデイア」
「どうかした?」
「確かにエリーゼには魅了魔法がかかっていたんだよな?」
「ええ、強力なやつがね。でも、完璧に解けているわよ」


 彼女は「まだ疑う気?」なんて言って、腰に手を当てて眉間に皺を寄せた。
 しかし、さすがのリアスももう疑っていないのか、焦った様子でメーデイアに向かって手を振った。


「もう疑ってないよ! ただ……」


 彼はそう言うと、再びこちらに顔を向けた。
 私を見つめるそのピンクの瞳には、もはや以前までの不安は見る影も無くなっていた。


「エリーゼ」


 リアスの深みある声に背筋を正す。
 すると、彼は思わず緩みそうになった口元を引き締め、訊ねてきた。


「どうして魔法が解けても、俺の事を好いてくれていたんだ?」


 なんだ、そんなことか。
 魔法が解けたにも関わらず好きだった理由について、私はこの旅を通し、おおよその検討をつけていた。


「実はね」


 彼の喉がごくん鳴る。そんな緊張した様子に、思わず口元を綻ばせながら答えた。


「今思えば、私はあのとき魔法にかかってたんだなって心当たりはあるの」
「うん……」
「だけど、この結婚生活の中であなたの真心や誠実さを知って、よりあなたが好きになったの。結婚前よりもずっとね!」


 きっかけは確かに良くなかっただろう。
 だけど、私としてはこんな素敵な人と夫婦になれて、結果オーライでしか無かった。


「だからリアス。これからも私と夫婦でいてくれるかしら?」


 首を傾げて、彼の顔を覗き見る。そのとき、真っ赤に染った彼の頬に、一筋の涙が伝った。


「エリーゼ……。っ……俺から言わせてほしい」


 そう告げると、リアスは無駄な動きなく目の前に跪いて、私の手を取った。


「病めるときも健やかなるときも、いついかなる時も、あなたを愛し続けると誓います。エリーゼ、これからも夫婦として私と暮らしてくれますか?」
「もちろんよ! だってあなたはもう私の愛する夫だもの! 嫌だと言っても、もう離さないから!」


 もう何も蟠りが無くなったと、私は喜びの中リアスをそっと抱き締めた。すると、そのとき「コホンっ」と一つの咳払いが耳に届いた。


「あの、お二人。ここは私の家だから、もう用が済んだなら帰ってくれる?」
「あっ……ご、ごめんなさいっ……」
「いや、いいのよ。お熱いこと。もし何かあったら、ヴィルナー公爵領でお世話になろうかしら。領主夫妻があなたたちなら、きっと安泰でしょうから」


 メーデイアはクスッと笑みを零すと、私たちの元へと歩み寄った。


「さあ、お行きなさい。二人のこれからの門出をに祝福を込めて」
「ありがとうございました」
「いいのよ。アルチーナにもよろしくね。それではごきげんよう」


 彼女はそう告げると、私たちに向かってウインクを飛ばした。すると次の瞬間、私たちは乗ってきた馬の前に立っていた。


 背後にあるはずのメーデイアの家の方に、慌てて振り返る。しかし、そこのはもう彼女の家は無くなっていた。


 ◇◇◇


 馬での移動を終え、私たちは帰りの馬車に二人乗り込んだ。行きと違って、今は並び合って座っている。


 ちょっとの変化がこんなにも嬉しいだなんて。
 私は隣の手をそっと握り、彼に声をかけた。


「リアス、気になることがあるんだけど」
「どうしたんだ?」
「私たちってあんまり接点がなかったでしょう? それなのに、どうして私に魅了魔法をかけるほど好きになったのかなって……」


 ずっと不思議だった。だって、選り取りみどりのはずの彼が、さほど交流もない私を好きになる理由が思いつかなかったから。


 今こそが聞きやすいタイミングだろうと思い、訊ねて隣に座る彼の顔を覗き込んだ。すると、彼は少し頬を赤らめながら、しみじみとした様子で口を開いた。


「そんなこと? って思われるかもしれないけど、初めて俺を普通の人として接してくれたのが、エリーゼ、君だったんだ」
「どういうこと?」
「他の人は、俺の容姿だけ見て態度を変えたり擦りよろうとしたりしてきた。だけど、君だけは他の人と同じように俺と接してくれた。それがすっごく嬉しかったんだ」
「……」
「君と初めて話した日以来、気づけば目で追っていた。そしたら、君の笑顔や優しさを知って、より好きになっていたんだ」

 
 リアスはそう言うと、恥ずかしそうにポリポリと頬をかいた。その様子を見て、私は心の温まりを感じながら言葉を返した。


「実はね、私もあなたに好感は持っていたのよ」
「えっ!」


 リアスがまるで青天の霹靂とでも言うように、驚いた顔で私を直視した。


「なんで……」
「あなたはロビンの出生を、今まで一度もバカにすることがなかったから」
「えっ、どうしてだ? 可哀想と思いこそすれ、そもそもバカにする要素なんてないじゃないか!」


 なんてリアスらしい答えだろう。私は彼のあまりにも純粋すぎる言葉に、泣きそうな気持ちで笑った。


「他の人はそうじゃなかったのよ……。やっぱりあなたって素敵な人だったのね。だから、特別な関わりがないから縁遠い人と思っていたけど、私は勝手にあなたに親しみを感じていたのよ」


 座っていても身長差のあるリアスを見上げ、ふふっと笑いかける。そして、私はリアスの上腕にギュッと両腕を絡め、こてんと頭を預けた。


「魔法が無くても、私たちは遅かれ早く結婚していたのかもしれないわね」
「……ああ、本当にそうかもしれない」


 リアスの落ち着いた甘い声に、嬉しさでふふっと笑う。しかし、緊張の糸が切れたせいだろうか。
 彼に身体を預けた途端、急に眠たくなってきた。


「エリーゼ、眠いの?」
「うん、ちょっとね……」
「無理しなくていいよ。ありがとう。到着までしばらくあるから、今はおやすみ」
「なら、お言葉に甘えて少し寝るわね……」


 何とか言葉を返し、私は急速な眠気に負けて瞼を閉ざした。するとその直後、私の唇に彼がチュッとキスを落とした。


 その口付けに、夢現でも自然と口角が上がる。
 こうして私は、久方ぶりに甘く幸せな眠りについた。
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