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五 セブンス・ゴート・ストーカー事件
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結論から言うと、それは犯人の居所だった。柴犬のモーションが寄越した手紙には、地図が添付されており、場所はイーストシティ大学のサークル棟の一室を指している。これは直接確認するしかないだろう。
というわけで、アイドル・声優研究サークルの部室に乗り込んだら、犯人がちょうどせっせと違法行為に手を染めているところだった。もろに見覚えのある相手に、ダリオは素で呆れた声が漏れる。
「うわ、この間の奴……」
メリーベルという女性を先日助けたが、その際に彼女に無理やり迫っていた男だ。
彼は顔を真っ赤にして、パソコンの画面を見せまいと上半身で抱え込み、わめき散らした。
「勝手に触るな! 訴えるぞ! 僕は被害者だ!」
盗撮された画像をアップロードする現行犯ではさすがに被害者もなにもない。これで話が終わればいいのだが、さらに余罪が出てきた。なんと、他にも多くの人間に嫌がらせを行っていた証拠が同時発覚したのである。なにしろこれも複数ウィンドウで開かれた書き込みが現在進行形で編集中だった。取り押さえたパソコンから出るわ出るわ、ダリオもさすがに気分が悪くなるほどだった。
「マジか……」
目を通すだけでげんなりする。青年はダリオだけでなく、気に入らない発言をしている女性アカウントに、執拗に「すぐ被害者ぶって」「死ぬ死ぬ詐欺」「いつ死ぬんですか」などと大量のつきまといコメントをしていた。
しかも、複数のアカウントを作り、それぞれ別の人間を装って、執拗な質問や揶揄、嘲笑を長期間に渡って続けている。
相手が「馬鹿で常識のない人間」であるかのように複数アカウントから誘導して、よく事情を知らない人々からも遠巻きにされるよう孤立化させる。これらの手法はある意味洗練されてさえいた。
彼が呼び水となって、攻撃する男性アカウントの数が芋づる式に増えていく。女性アカウントに何度も意味のない質問を浴びせては弱らせ、仲間同士の連帯と絆を深めていくようすは、自分達がどれだけ相手を痛めつけられるか、どこまで過激になれるかを競いあって楽しんでいるようだった。
このようなネットトロル活動を、日常的に繰り返していたのである。
「……うわ」
二度目のうわ、が出る。およそ嫌がらせの相手は、意見のはっきりしたタイプの女性で傾向が統一されているのが見て取れた。どうやら、この手の女性に憎悪とコンプレックスがあるらしい。
一方、涼しい顔で取り押さえているテオドールは、よくよく見れば手袋と抑えつけている青年の背中との間に、わずかな空隙がある。不可視の力で拘束しているようだ。エヴァの手前、一応配慮したようだが、触りたくないらしい。徹底している。
ふたりを横目に、ダリオは思わず頬を掻く。自分の盗撮画像投稿の件は問答無用で追求できるが、他の件は見てしまった以上どうしたものだろうかと溜息が出そうだ。
ネットトロル活動と、現実の女性へのつきまとい行為、相手にされない時のこきおろしや執拗な攻撃は、全て同じところからきているような気がする。
メリーベルを助けた時も、逆に彼女が大人しそうなので制圧できるとみてつきまとっていたんだろうなとダリオは見当をつけた。反撃しなさそうな相手をちゃんと選んでいる。メリーベルがひるんだ際に、早口で押していたのを見ても、意のままにできそうだと自信を持ったためだと思われる。
そこにあるのは、自分に逆らえないと確信を持った相手を痛めつけ、支配することで、力の実感をしたい、し続けるために相手の人格などどうでもいいという一方的で身勝手な欲望だ。
妄想の中で女性を思うままにしたいが、現実の女性から受け入れてもらえない。その願望と現実のギャップが、彼の怒りと懲罰欲の原動力となっている。
とりわけ、自分の好意や関心をはっきり拒否・拒絶してくるタイプへの憎悪が凄まじく、ダリオには共感しづらいを通り越して、もはや理解不能であった。
そもそも、女性側が青年の好意とやらを受け入れるかどうかは、彼女たちの選択自由である。ダリオだってエヴァにふられたが、それはエヴァの自由だ。ダリオが交際を望んだところで、相手がもう継続を望まないのであれば、成立しない。
しかし青年の言い分は真逆だ。
モテない男の苦痛を、女たちはあまりにも軽く見積もっているというのである。自分たちが好意的にしても、気持ち悪いと拒否してくる。こちらは傷つく。好意を差し出されたら、悪意ではなく好意で返すべきではないか。イケメンには媚びて、こっちを見下してくる。そもそも女に教育受けさせるから増長する。女の権利とかうるさいババアが言い出す。○○ちゃんは分かってる。弱者男性に女を分配すべき。なんで俺のコメントは無視するんだ。どうせ整形。もうババア。若い子に嫉妬してるんだろ。性器呼び。蔑称。かわいげがない。0点。わかった。もう応援しないから。どんな権利があって、女さんは男に命令できるんですかあ? 男がいないと困るはずですけど? 助けてあげません。こっちから願い下げだわ――などなどである。大体自分から絡みに行って嫌がらせするか、若い女性につきまとって相手にされないと激しく中傷粘着するかのどちらかである。
つまり、彼女たちこそ加害者で、被害者はこちらだというのだ。いや、モノじゃねえんだから、自我があるし、配給される物資かなにかと思ってないかこいつ、とダリオは心から引いた。
相手にされたくてたまらないのに、相手にしてもらえないから、女に問題があると責任転嫁することで自尊心を保ち、更には攻撃まで加えている。手の届かぬ葡萄を、あれは酸っぱいからいらなかったのだと言い聞かせる「酸っぱい葡萄」の心理だろうか。
「きもちわるっ、死んだ方がいいんじゃないのこいつ」
エヴァがまた歯に衣着せぬ暴言を吐く。青年からにらまれても、怯むようすはなく、かえって追求する舌鋒はますます鋭くなる。
「安全圏から、死ね死ねいつ死ぬんですかって、なによこれ?」
「そ、それは、そいつが死にたくなるって言うのに、口先だけだからだろ! 弱者のふりして、同情買おうとしてるのをこっちは見抜いてるんだっ、その女が嘘つきだから、でっ」
「は~~~~~~? うっせーだまれっ」
更なる暴言が飛び出た。エヴァは腰に手を当てて、冷ややかな視線を浴びせる。
「メンタル弱ってる人にいつ死ぬの? いつ死ぬの? って、死なない方がいいに決まってんっだろうが、この馬鹿たれが!!!」
「一理あります」
顎に手を当て、テオドールが無表情に感想を言う。え、ここ感想言うとこなのか? とダリオはよくわからなかった。
「あんたねえ、死ね死ね死ね死ねって粘着して呪詛浴びせてるお前が異常行動だろうがっ、大勢で寄ってたかって匿名で、やってること卑劣とは思わなかったわけ? 心の底からきもいのよ、あんた!」
更に痛罵を浴びせると、彼は目を逸らし黙り込んだ。なるほど、現実の女性で気の強いタイプには何も言えないから、ネットでああいうことをしていたのだろう。
もう遅い気がするが、エヴァが恨まれても困るなとダリオは思い、その後は基本的にダリオが質問を進めた。
「女性の被害者が多いけど、男は俺だけだよな。なんで俺の盗撮とか、投稿してたんだ?」
青年はエヴァに比べて、ダリオのことを舐めているのかそっぽを向いて答えないので、気にせずに質問を続けた。
「この間確かに邪魔はしたが、メリーベルさんのファンはもう辞めると言っていたし、話はそれで終わりじゃなかったのか?」
「~~~~~~お前がヴァイオレットちゃんに近づくからだ!」
「ああ?」
いきなり飛び出してきた名前に、ダリオは一瞬理解が追いつかなかった。
「ヴァイオレットさんて、確かメリーベルさんの友人の……」
「セブンス・ゴートのヴァイオレットちゃんだ! なんでお前ばかり……!」
喚き散らす内容を整理すると(何を言ってるのか本当にわからなかった)、クラブ・ラビット・ホールの常連客に、メリーベルが連れて来た友人の声優たちがいたのだが、彼女たちの一人がヴァイオレットという名前である。彼女が犯人の新たな最推し声優だったようだ。
メリーベルたちは、所属事務所から『セブンス・ゴート』というグループでデビューをしている。青年はメリーベルには見切りをつけ、新たに他のメンバーのヴァイオレットを『真のファン』として応援していたらしい。
そのヴァイオレットが、ラビット・ホールに通い、ダリオをごひいきにしていたのが気に食わなかったというのをどうにか聞き出すことには成功した。
「はあ。理解できんが、そういうことか」
とりあえず納得したダリオとは対照的に、エヴァは思い切り鼻先に皺を寄せている。
「きっもちわるっ」
「うっ」
怯えて黙る青年に、エヴァは心底軽蔑しきった顔でたたみかけた。
「気にくわないやつは、安全圏から攻撃。とりわけ、ものを言う女には、生意気だと嫌がらせしまくって? 苦しむさまを見て幼稚な万能感を満たしてたわけね?」
「そ、そいつらがこっちの権利を尊重しないで、なんでも攻撃してくるから、自由を守るためにこっちは意見を返してるだ、だけだ!」
「うっせーーーーー!! だったら死ね死ねいらねーだろうがっ! あんたがやってんのは、はっきり加害行為なのよ! 自分の加害欲誤魔化してんじゃねーーーーー!!」
「ひっ、ひ」
「その上、メリーベルさんの件もこっちは聞いてんのよ! 自分の妄想を理想化投影できる女なら、現実でも思い通りにできるとでも思った? そんな都合のいい女はいないし、都合が悪いと相手の落ち度にして、ネットで誹謗中傷とか……クズじゃん。はっ、卑劣だから、まともな女からは相手にされないのよ」
青年はうつむいている。
「ぼ、ぼくは悪くない……」
目を合わさずに、ぶつぶつ呟きだした。左手の指が、神経質そうにイライラと蜘蛛の脚のように動いているのを見て、もう完全に手遅れ感満載だが、これ以上エヴァに暴言を言わせない方がいいなとダリオは思った。エヴァの口を塞ぎたいわけではない。こういう輩に理性など期待できないからだ。思いつめて、何をしてくるかわかったもんじゃない、という懸念である。
同時に、しょうもな……とダリオは心底思った。
男はその後も、ひたすら自分は被害者であると独り言のように言い続けた。思い切り自分を罵倒してきたエヴァの目を絶対に見ないのは年季が入っている。
しかし、エヴァがダリオに了解を得て、訴訟手続きをさせてもらうと言うと、内にこもった独り言は唐突にストップした。
「え、え?」
と飲み込めなかったようだ。しばらくすると、現実に問題がようやく認識されたらしい。顔色が青く変わる。その後驚くほど態度が豹変し、下手になって言い訳が始まったのはみごとなほどだった。
ストレスで、ついやってしまった、みんなもしている、どうして自分だけ、自分には将来がある、家族がいる、などと次々泣き落としが入ったのだ。
「ダリオさん」
一理あると言った以外、黙って様子を見ていたテオドールが、背後から無表情に提案する。
「証拠を残さずに始末することができますが」
いきなり物騒をぶち込んで来た。
「やめろやめろ、俺はお望みではない」
「そうおっしゃると思っておりました」
テオドールはあっさり引く。あくまでダリオの行動パターンで拒絶されるのがわかっていただけで、内心納得してねえな、これ、という感じだ。
ひとまずテオドールの提案を退け、犯人におって訴訟させてもらう旨伝えると、全員サークル棟を出た。もう辺りは暗くなっている。
「エヴァ、本当にありがとう。結局手続きしてもらって」
ダリオが改めて礼を言うと、エヴァは首を横にふった。
「いいのよ。これで平手打ち帳消しにしてくれる?」
「ああ、それについては、元から気にしてない」
エヴァの顔が、鋭い針で刺されたように一瞬歪む。
「……ッ、気にしなさいよ」
それから、はあーっと大きく溜息を吐いて、彼女は顔を上げた。
「もうなんだかあたし、本当に……はあ……ま、いいわ。たっぷりふんだくってあげる。山分けしてもらうから」
「全部でいいぞ、着手金も払ってないし」
「きっちり分配しますので、ご心配なく! 山分けは嘘よ嘘! あたし弁護士目指してるの、公正価格でいただくから!」
エヴァは進展があれば、随時連絡するとのことである。なお、エヴァのことを心配するダリオに、テオドールの方から「一枚こちらを」と犬の形の切型を取り出した。
「なんだこれ?」
「番犬です。しばらくエヴァさんに身に着けていただければ、何かあれば迎撃します」
「それ、相手死なない程度だよな?」
「……今調節しました」
「どうなる?」
「四肢が爆散する程度です」
「……わかった」
なにもわかりたくないが、とりあえず受け止めた。その上で、落としどころを交渉する。
「申し出はありがたいが、精神攻撃的なやつで、外傷出ないやつにできないか? 廃人にならない程度で。エヴァが暴行犯になったら困る」
「……一時的に悪夢を見せるようにしましょう」
なんで不満そうなんだ。そしてなぜ、すぐに人間の四肢を爆散させようとするのか。ダリオはどっと疲れを覚える。それでも、ダリオの懸念に気を回して、番犬をつけようと提案してくれたこと自体は僥倖だった。しばらく警護するか、申し出を悩んでいたのだ。四六時中エヴァにダリオがまとわりつくわけにもいかないし、普通にありがたい。
「おう、それで頼むわ、助かる」
というわけで、エヴァに番犬をつけることもできた。エヴァは微妙な顔で受け取り、「ありがとう」とテオドールに礼を言っていた。テオドールは特に表情を変えることもなく、「つまらないものですが、くれぐれもご自愛ください」と気遣いなのか脅しなのか分からない妙な挨拶で応じていたのが、もうダリオは気持ち大河に流した。
というわけで、アイドル・声優研究サークルの部室に乗り込んだら、犯人がちょうどせっせと違法行為に手を染めているところだった。もろに見覚えのある相手に、ダリオは素で呆れた声が漏れる。
「うわ、この間の奴……」
メリーベルという女性を先日助けたが、その際に彼女に無理やり迫っていた男だ。
彼は顔を真っ赤にして、パソコンの画面を見せまいと上半身で抱え込み、わめき散らした。
「勝手に触るな! 訴えるぞ! 僕は被害者だ!」
盗撮された画像をアップロードする現行犯ではさすがに被害者もなにもない。これで話が終わればいいのだが、さらに余罪が出てきた。なんと、他にも多くの人間に嫌がらせを行っていた証拠が同時発覚したのである。なにしろこれも複数ウィンドウで開かれた書き込みが現在進行形で編集中だった。取り押さえたパソコンから出るわ出るわ、ダリオもさすがに気分が悪くなるほどだった。
「マジか……」
目を通すだけでげんなりする。青年はダリオだけでなく、気に入らない発言をしている女性アカウントに、執拗に「すぐ被害者ぶって」「死ぬ死ぬ詐欺」「いつ死ぬんですか」などと大量のつきまといコメントをしていた。
しかも、複数のアカウントを作り、それぞれ別の人間を装って、執拗な質問や揶揄、嘲笑を長期間に渡って続けている。
相手が「馬鹿で常識のない人間」であるかのように複数アカウントから誘導して、よく事情を知らない人々からも遠巻きにされるよう孤立化させる。これらの手法はある意味洗練されてさえいた。
彼が呼び水となって、攻撃する男性アカウントの数が芋づる式に増えていく。女性アカウントに何度も意味のない質問を浴びせては弱らせ、仲間同士の連帯と絆を深めていくようすは、自分達がどれだけ相手を痛めつけられるか、どこまで過激になれるかを競いあって楽しんでいるようだった。
このようなネットトロル活動を、日常的に繰り返していたのである。
「……うわ」
二度目のうわ、が出る。およそ嫌がらせの相手は、意見のはっきりしたタイプの女性で傾向が統一されているのが見て取れた。どうやら、この手の女性に憎悪とコンプレックスがあるらしい。
一方、涼しい顔で取り押さえているテオドールは、よくよく見れば手袋と抑えつけている青年の背中との間に、わずかな空隙がある。不可視の力で拘束しているようだ。エヴァの手前、一応配慮したようだが、触りたくないらしい。徹底している。
ふたりを横目に、ダリオは思わず頬を掻く。自分の盗撮画像投稿の件は問答無用で追求できるが、他の件は見てしまった以上どうしたものだろうかと溜息が出そうだ。
ネットトロル活動と、現実の女性へのつきまとい行為、相手にされない時のこきおろしや執拗な攻撃は、全て同じところからきているような気がする。
メリーベルを助けた時も、逆に彼女が大人しそうなので制圧できるとみてつきまとっていたんだろうなとダリオは見当をつけた。反撃しなさそうな相手をちゃんと選んでいる。メリーベルがひるんだ際に、早口で押していたのを見ても、意のままにできそうだと自信を持ったためだと思われる。
そこにあるのは、自分に逆らえないと確信を持った相手を痛めつけ、支配することで、力の実感をしたい、し続けるために相手の人格などどうでもいいという一方的で身勝手な欲望だ。
妄想の中で女性を思うままにしたいが、現実の女性から受け入れてもらえない。その願望と現実のギャップが、彼の怒りと懲罰欲の原動力となっている。
とりわけ、自分の好意や関心をはっきり拒否・拒絶してくるタイプへの憎悪が凄まじく、ダリオには共感しづらいを通り越して、もはや理解不能であった。
そもそも、女性側が青年の好意とやらを受け入れるかどうかは、彼女たちの選択自由である。ダリオだってエヴァにふられたが、それはエヴァの自由だ。ダリオが交際を望んだところで、相手がもう継続を望まないのであれば、成立しない。
しかし青年の言い分は真逆だ。
モテない男の苦痛を、女たちはあまりにも軽く見積もっているというのである。自分たちが好意的にしても、気持ち悪いと拒否してくる。こちらは傷つく。好意を差し出されたら、悪意ではなく好意で返すべきではないか。イケメンには媚びて、こっちを見下してくる。そもそも女に教育受けさせるから増長する。女の権利とかうるさいババアが言い出す。○○ちゃんは分かってる。弱者男性に女を分配すべき。なんで俺のコメントは無視するんだ。どうせ整形。もうババア。若い子に嫉妬してるんだろ。性器呼び。蔑称。かわいげがない。0点。わかった。もう応援しないから。どんな権利があって、女さんは男に命令できるんですかあ? 男がいないと困るはずですけど? 助けてあげません。こっちから願い下げだわ――などなどである。大体自分から絡みに行って嫌がらせするか、若い女性につきまとって相手にされないと激しく中傷粘着するかのどちらかである。
つまり、彼女たちこそ加害者で、被害者はこちらだというのだ。いや、モノじゃねえんだから、自我があるし、配給される物資かなにかと思ってないかこいつ、とダリオは心から引いた。
相手にされたくてたまらないのに、相手にしてもらえないから、女に問題があると責任転嫁することで自尊心を保ち、更には攻撃まで加えている。手の届かぬ葡萄を、あれは酸っぱいからいらなかったのだと言い聞かせる「酸っぱい葡萄」の心理だろうか。
「きもちわるっ、死んだ方がいいんじゃないのこいつ」
エヴァがまた歯に衣着せぬ暴言を吐く。青年からにらまれても、怯むようすはなく、かえって追求する舌鋒はますます鋭くなる。
「安全圏から、死ね死ねいつ死ぬんですかって、なによこれ?」
「そ、それは、そいつが死にたくなるって言うのに、口先だけだからだろ! 弱者のふりして、同情買おうとしてるのをこっちは見抜いてるんだっ、その女が嘘つきだから、でっ」
「は~~~~~~? うっせーだまれっ」
更なる暴言が飛び出た。エヴァは腰に手を当てて、冷ややかな視線を浴びせる。
「メンタル弱ってる人にいつ死ぬの? いつ死ぬの? って、死なない方がいいに決まってんっだろうが、この馬鹿たれが!!!」
「一理あります」
顎に手を当て、テオドールが無表情に感想を言う。え、ここ感想言うとこなのか? とダリオはよくわからなかった。
「あんたねえ、死ね死ね死ね死ねって粘着して呪詛浴びせてるお前が異常行動だろうがっ、大勢で寄ってたかって匿名で、やってること卑劣とは思わなかったわけ? 心の底からきもいのよ、あんた!」
更に痛罵を浴びせると、彼は目を逸らし黙り込んだ。なるほど、現実の女性で気の強いタイプには何も言えないから、ネットでああいうことをしていたのだろう。
もう遅い気がするが、エヴァが恨まれても困るなとダリオは思い、その後は基本的にダリオが質問を進めた。
「女性の被害者が多いけど、男は俺だけだよな。なんで俺の盗撮とか、投稿してたんだ?」
青年はエヴァに比べて、ダリオのことを舐めているのかそっぽを向いて答えないので、気にせずに質問を続けた。
「この間確かに邪魔はしたが、メリーベルさんのファンはもう辞めると言っていたし、話はそれで終わりじゃなかったのか?」
「~~~~~~お前がヴァイオレットちゃんに近づくからだ!」
「ああ?」
いきなり飛び出してきた名前に、ダリオは一瞬理解が追いつかなかった。
「ヴァイオレットさんて、確かメリーベルさんの友人の……」
「セブンス・ゴートのヴァイオレットちゃんだ! なんでお前ばかり……!」
喚き散らす内容を整理すると(何を言ってるのか本当にわからなかった)、クラブ・ラビット・ホールの常連客に、メリーベルが連れて来た友人の声優たちがいたのだが、彼女たちの一人がヴァイオレットという名前である。彼女が犯人の新たな最推し声優だったようだ。
メリーベルたちは、所属事務所から『セブンス・ゴート』というグループでデビューをしている。青年はメリーベルには見切りをつけ、新たに他のメンバーのヴァイオレットを『真のファン』として応援していたらしい。
そのヴァイオレットが、ラビット・ホールに通い、ダリオをごひいきにしていたのが気に食わなかったというのをどうにか聞き出すことには成功した。
「はあ。理解できんが、そういうことか」
とりあえず納得したダリオとは対照的に、エヴァは思い切り鼻先に皺を寄せている。
「きっもちわるっ」
「うっ」
怯えて黙る青年に、エヴァは心底軽蔑しきった顔でたたみかけた。
「気にくわないやつは、安全圏から攻撃。とりわけ、ものを言う女には、生意気だと嫌がらせしまくって? 苦しむさまを見て幼稚な万能感を満たしてたわけね?」
「そ、そいつらがこっちの権利を尊重しないで、なんでも攻撃してくるから、自由を守るためにこっちは意見を返してるだ、だけだ!」
「うっせーーーーー!! だったら死ね死ねいらねーだろうがっ! あんたがやってんのは、はっきり加害行為なのよ! 自分の加害欲誤魔化してんじゃねーーーーー!!」
「ひっ、ひ」
「その上、メリーベルさんの件もこっちは聞いてんのよ! 自分の妄想を理想化投影できる女なら、現実でも思い通りにできるとでも思った? そんな都合のいい女はいないし、都合が悪いと相手の落ち度にして、ネットで誹謗中傷とか……クズじゃん。はっ、卑劣だから、まともな女からは相手にされないのよ」
青年はうつむいている。
「ぼ、ぼくは悪くない……」
目を合わさずに、ぶつぶつ呟きだした。左手の指が、神経質そうにイライラと蜘蛛の脚のように動いているのを見て、もう完全に手遅れ感満載だが、これ以上エヴァに暴言を言わせない方がいいなとダリオは思った。エヴァの口を塞ぎたいわけではない。こういう輩に理性など期待できないからだ。思いつめて、何をしてくるかわかったもんじゃない、という懸念である。
同時に、しょうもな……とダリオは心底思った。
男はその後も、ひたすら自分は被害者であると独り言のように言い続けた。思い切り自分を罵倒してきたエヴァの目を絶対に見ないのは年季が入っている。
しかし、エヴァがダリオに了解を得て、訴訟手続きをさせてもらうと言うと、内にこもった独り言は唐突にストップした。
「え、え?」
と飲み込めなかったようだ。しばらくすると、現実に問題がようやく認識されたらしい。顔色が青く変わる。その後驚くほど態度が豹変し、下手になって言い訳が始まったのはみごとなほどだった。
ストレスで、ついやってしまった、みんなもしている、どうして自分だけ、自分には将来がある、家族がいる、などと次々泣き落としが入ったのだ。
「ダリオさん」
一理あると言った以外、黙って様子を見ていたテオドールが、背後から無表情に提案する。
「証拠を残さずに始末することができますが」
いきなり物騒をぶち込んで来た。
「やめろやめろ、俺はお望みではない」
「そうおっしゃると思っておりました」
テオドールはあっさり引く。あくまでダリオの行動パターンで拒絶されるのがわかっていただけで、内心納得してねえな、これ、という感じだ。
ひとまずテオドールの提案を退け、犯人におって訴訟させてもらう旨伝えると、全員サークル棟を出た。もう辺りは暗くなっている。
「エヴァ、本当にありがとう。結局手続きしてもらって」
ダリオが改めて礼を言うと、エヴァは首を横にふった。
「いいのよ。これで平手打ち帳消しにしてくれる?」
「ああ、それについては、元から気にしてない」
エヴァの顔が、鋭い針で刺されたように一瞬歪む。
「……ッ、気にしなさいよ」
それから、はあーっと大きく溜息を吐いて、彼女は顔を上げた。
「もうなんだかあたし、本当に……はあ……ま、いいわ。たっぷりふんだくってあげる。山分けしてもらうから」
「全部でいいぞ、着手金も払ってないし」
「きっちり分配しますので、ご心配なく! 山分けは嘘よ嘘! あたし弁護士目指してるの、公正価格でいただくから!」
エヴァは進展があれば、随時連絡するとのことである。なお、エヴァのことを心配するダリオに、テオドールの方から「一枚こちらを」と犬の形の切型を取り出した。
「なんだこれ?」
「番犬です。しばらくエヴァさんに身に着けていただければ、何かあれば迎撃します」
「それ、相手死なない程度だよな?」
「……今調節しました」
「どうなる?」
「四肢が爆散する程度です」
「……わかった」
なにもわかりたくないが、とりあえず受け止めた。その上で、落としどころを交渉する。
「申し出はありがたいが、精神攻撃的なやつで、外傷出ないやつにできないか? 廃人にならない程度で。エヴァが暴行犯になったら困る」
「……一時的に悪夢を見せるようにしましょう」
なんで不満そうなんだ。そしてなぜ、すぐに人間の四肢を爆散させようとするのか。ダリオはどっと疲れを覚える。それでも、ダリオの懸念に気を回して、番犬をつけようと提案してくれたこと自体は僥倖だった。しばらく警護するか、申し出を悩んでいたのだ。四六時中エヴァにダリオがまとわりつくわけにもいかないし、普通にありがたい。
「おう、それで頼むわ、助かる」
というわけで、エヴァに番犬をつけることもできた。エヴァは微妙な顔で受け取り、「ありがとう」とテオドールに礼を言っていた。テオドールは特に表情を変えることもなく、「つまらないものですが、くれぐれもご自愛ください」と気遣いなのか脅しなのか分からない妙な挨拶で応じていたのが、もうダリオは気持ち大河に流した。
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