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番外 十三 教会と聖女編
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テオドールは、ずい、と顔を寄せ、手を握ってくる。瞳孔が蛇のようになっており、両手を握ったまま、この人外の青年はアピールした。
「僕の方がうまく調整(メンテナンス)できます」
無表情に言われ、ダリオは困惑した。
は? これ何のアピールだ? 状態である。
「確かに繊細で芸術的な長期にわたる痕跡が見られる調整ですが、僕の方がもっとうまくできます」
「お、おう……」
両手を握られている。無感動に、じ、と凝視され、これたぶん雄の孔雀が羽を広げて、自己アピールするやつと同じ類っぽいよな、とダリオもさすがに察した。
ダリオの勘違いでなければ、自分の優位性を端的に売り込みされている。そういえば、元のテオドールも自己主張は強かった。
察したものの、調整は僕の方が上手です! というのが、アピールポイントになる世界なんだ……知らんけど……という軽いカルチャーショックも受ける。
大体、自己アピールはともかく、妙に対抗心を燃やしているさまは、以前のテオドールでも見たことがない。ダリオは戸惑った。しかし実際は、鏡に映った自分を威嚇している犬猫状態である。初期化されたテオドール的に、自分より前に調整した支配者がいることは、非常に引っかかるようだ。
これをどう受け止めたらいいのか。テオドールの認知状態がさっぱりわからない。現在、彼の中でダリオは『花』ではないのだ。『花』でもないのに、どういう認識なのだろう。
「あー。その、君……」
「テオドールです」
名乗られた。あ、テオドールでいいんだ、とダリオはちょっと驚いた。ナサニエルさん、新たに名づけたりしなかったのか、と意外に思う。面倒くさい信者化していた感じなので、ダリオが元々名づけたとも知らずに、テオドールで通したのかもしれない。それとも、テオドールの自我が強固に名前は保持していたのか。分からないが、テオドールでいいならダリオも助かる。
とりあえず、座らないかと提案してソファに腰を下ろす。その間もテオドールは手を放さず、座るとまた握り直した。ダリオは思わず握られた手に視線を落としてしまう。それからどうにか口を開いた。
「テオドール君、確かに俺は支配者にメンテナンスしてもらってたが、今その支配者は不在で……しばらくメンテナンスは必要ないと思う」
「不在?」
テオドールは無感動な表情を崩さない。しかし、不愉快というのが駄々もれになるという器用な真似を披露した。
「ここまで調整しておいて、あなたを放置してどこかへ?」
「いやまぁ……ちょっといつ帰ってくるのかわからんが
……その内戻ってきてくれるといいなとは」
人外の青年は愁眉を寄せた。元の彼でも、このようにわかりやすく不快の感情を見せるのは珍しい。
「これほど細かに調整しながら、不誠実です」
「いやまあ、本人も不本意だと思うんで」
「不本意であろうと、いただけない」
「う、うーん」
「先に申し上げたとおり、僕ならもっと上手く調整できます」
手を握られたまま、ダリオは少し沈黙し、意図を確認した。
「勘違いなら悪いんだが、それ、俺のメンテナンスしてくれるってことか?」
「させていただけますか」
あってたらしい。
「そもそもテオドール君、俺のメンテナンスとか、本当に構わないのか?」
「……?」
テオドールも首を傾げた。あ、これ全然わかってないやつ、とダリオも察した。
「いや、メンテナンスって、キスしたりするだろ……あと半ばセックスみたいになるし……」
ナサニエルを『花』認識しているなら、それ浮気になるんじゃないのか? とダリオとしては気をつかって言ったつもりだ。
「ナサニエルさんはいい気持ちにならないんじゃ……いや、あの人がどう思おうと別に構わんが、テオドール君的にはどうなんだ。君らは『花』を大切にするだろ? 困らないのか?」
テオドールは目を見開いて、思わぬことを言われたようにダリオの手を握る両手から少し力を抜いた。
「『花』は特別です」
「うん」
「触れるために、調整は必要です」
握られた手が、両手で更に押し包むようにされた。
「『花』に触れたいとは思いません。特別なことと、触れたいと思うかどうかは、別です。僕はあなたが気になる。触れてみたい。調整はあなたにしたい。『花』にはしません」
特に問題視していないようすで、ダリオの返事を待つテオドールに言葉が出てこなかった。ダリオは今、彼の『花』ではない。なのに、調整はダリオにするという。テオドールの言い分を聞いていると、本妻と愛人みたいなやつか? と嫌な例えが頭に浮かぶ。愛人がダリオの方だ。
そこまで考えて、ちょっと待て、とダリオは立ち止まった。
(もしかして俺根本的になんか勘違いしてるのでは)
それは、基本に立ち返って、そもそも支配者の『花』への執心とは、もっと自然界における共生関係のようにシステマティックなものなのではないだろうかという疑義だった。
よく考えると、元々初期の頃は、関係性構築に強めの自己アピールはされていたが、四肢爆散してもゾンビ復元で元通りですねといいかねない、ダリオの人格そのものへの無関心さを感じさせるところも多々あったのだ。つまり、支配者として『花』との関係性構築は張り切っていたし、気にしていたが、それ自体当然とする思い込みと付随する義務的対応があったということである。また、メンテナンスもしばらく特に欲望は感じられなかった。いや、当時のテオドールの内心は本人に聞いてみないとわからないが。今回だって表面的には無視していたのに、実は意識していたとかだしな、とダリオはその点は決めつけず保留する。
振り返ってみても、さまざまな事件や日々のやり取りを通して、テオドールも変化したし、ダリオの人格への興味を持っていったような気がする。その興味関心に比例するように、フィジカルへの積極性も徐々にダリオへ示されるようになっていった。
確かに、支配者は標準装備で『花』への強い執心があるのだろう。
しかし、どう『執心』するかは、接触後の二者の関係性によって変わってくるのではないだろうか。
きちんと相互尊重に至らなければ、相手の人格や自由を無視して、おもちゃのように蹂躙してしまうこともあれば、手に入らないと癇癪を起こして殺してしまうこともある。尊厳を土足で踏みつけるように、死後もその魂を独占し、お世話し続けるというのも結構ヘヴィだ。
つまり、触れたい、しかも『優しく』触れたいという欲望は、テオドール自身がダリオとの関係性構築の中で育んでいった衝動の可能性もある。
とはいえ、結局、テオドールが『花』のナサニエルと『花』ではなくなったダリオをどう認識し、思考処理しているのかは、本人に聞かないとわからないのだが。
「ナサニエルさん……『花』には触らないのか?」
ダリオは思ったよりまたやさしく尋ねていた。
「触りません……僕は、あ、なた」
「ダリオでいいぞ」
「だりお、さんに。ダリオさんに触ります」
触りたい、でもなく、触ります、と宣言が来た。驚くと同時に、これも違和感を覚える。元のテオドールならダリオの意思を確認する言い方をするところだ。うーん、とダリオは考え、何の差違なんだろうなと思った。
やはり、テオドールは最初から割と困っている感じがする。だから、物言いに余裕がないのではないか。
邂逅当初に、張り切って不法侵入の上に、ぺらぺらとまくし立ててダリオの不信を買った時も、あれはあれで余裕がなかったのかもしれない。ただ、張り切りすぎて余裕がないのと、今回のはやはり違う気がする。
「メンテナンスは……ちょっと保留させてほしい」
テオドールは猫のように目を見開いた。ダリオの両手を握っていた彼の指から力が抜け、放される。それを寂しく感じる気持ちもダリオにはあったが、有耶無耶にしてもな、とは思った。
「君にメンテナンスしてもらうのが嫌なわけじゃなくて。俺もまだ整理できてないから、その、ちょっとずつな? だめか?」
「駄目では……ないです。ちょっとずつ、とは」
テオドールも逆に放された手をつかまれたよう、困惑して見えた。
「こうして、話したり……お互いのこと知りたいから、少しずつ教えてもらえると嬉しい」
「……」
面食らったように沈黙する人外の青年に、今度はダリオの方から「手を触ってもいいか」と尋ねる。テオドールはうなずいた。
戸惑うよう革張りのソファにおかれた手を、ダリオの方が掌を重ねる。
「最初、なんで無視してたのか聞いてもいいか」
そこから手がかりがある気がした。テオドールはテオドールだけれど、記憶がない彼はその彼として、きちんと現在の彼から話を聞く必要がある。今のテオドールがどう感じ、何を考えているかは、今のテオドールに聞くしかない。以前のテオドールは手がかりになるが、前はこうだったからと今のテオドールの思考を決めつけるのはよくねーよなと思ったのだった。
「あ、もしかして、最初は無視したわけじゃなくて、途中から視界に入った感じか?」
「いえ」
テオドールは否定した。
「最初からです」
「うん?」
「最初に見つけた時から、気になったので……意図的に無視しました」
えーそうかー、とダリオはショックを受けた。
「すまん、気になったけど無視って、えーと、俺なにかやったか?」
「そうではなく……あなたは『花』ではないので」
テオドールの言に二回目のショックがダリオを襲う。やはり、『花』でなければ、有象無象として扱うということなのか。
テオドールは珍しく、顔を横に背けた。
「『花』ではなかったので、話しかけても関係が結べるかわからなかったからです」
「……は?」
ダリオが口を開けると、青年の目元に長い睫毛の影が落ちている。すっと通った高い鼻筋の横顔が愁いを帯びて、その美貌に匂い立つような色気を添えていた。生きる彫像だ。ダリオは手の感覚がなくなった。
「あ、えーと、つまり、『花』なら張り切ってアピールできるけど、俺が『花』じゃないから、どう話しかけたらいいかわかんなかった、てことか?」
「はい。『花』であるなら、関係構築できる自信がありましたが、あなたは『花』でなかったので」
元のテオドールの怒涛のぺらぺら喋り倒しに始まり、つきまといや強引な関与も、ダリオを自分の『花』と思えばこそ、当然に関係構築できるだろうというある種の思い込みが行動への自信につながっていたらしい。
しかし、今のテオドールの認識では、ダリオはいわば赤の他人である。
「あなたに、関心を持って頂きたかったですが、どうすればいいかわかりませんでした」
テオドールは無表情に呟く。臆病さもそうだが、的はずれな不法侵入二回目をやらかすまでに、それなりに苦悩して考えた末にやってきたのだとダリオは理解した。
そして彼は、真っ暗な無人の居間で、佇んでいたのだ。
ダリオが『花』ではないだけで。
一種の傍若無人さをまとう支配者のテオドールが、『花』ではない人間と関係を構築するのに、悩んで、話しかけることもできずに無視して、挙げ句に悪手の無断侵入をしてきた。
オイオイオイオイ、とダリオはリズミカルにつっこんでしまう。
馬鹿なのか……どう考えてもやったらだめなやつだろう。
今のダリオだったからよいものの、普通は本当になしだぞ、それ、と言いたい。
一生懸命考えた挙げ句に、初手不法侵入をやらかすとか、あーそうか、初期化って社会性も初期化されてんのか、と思い至る。
元のテオドールなら、現在はこうした犯罪行為はやらないだろう。
つまり、社会性も経験をほぼ喪失した状態で、一生懸命考えて、ダリオのところに訪ねてきて、待っていた。
(アーーー~~~~~~~~~~!!)
ダリオは内心悶絶して頭を抱えた。わからないなりに、一生懸命考えて行動したのがかわいい。駄目なやつだが、異文化で相殺してそこを失点ゼロにしてしまえば、ただひたすらにかわいいとしか思えなかった。いや、動物だって、テリトリー侵入されたら激怒するし、やっぱりダメなやつだよな、と思うけれども、なんかもう全体に抵抗するの無理だ、と思った。
テリトリーに入られても、さっぱり抵抗する気が起きない。
素直に弱いところを吐露するのだって、自分を虚栄心からよく見せようとしないのは美点だと思う。支配者というフィジカル強者ゆえにか、テオドールには偽りがない。
割とぐちゃぐちゃの状態で特攻しておきながら、僕の方が上手くできますと主張してきたのもどうなんだ。
あれ結局なんなんだ。
あ、もしや、お世話欲関係なのか、とダリオは思い当たる。確かに、『花』のメンテナンスは、もろに日々のお世話に当たるだろう。
つまり、僕の方が、うまくお世話できますアピールをされていたのか。
そして、単なるメンテナンス申し出ではなく、僕の方がうまくできます、お世話したいとアピールしたのに、ダリオに断られてしまったわけである。
ダリオとて、YESと言えればよかったとは思うが、自分一人で了承できるたぐいのものではない。元のテオドールが一年以上かけて計画的にメンテナンスしてくれたのだ。その辺り空白になっている現在の彼に、引き継いでよいとダリオが言うのは躊躇いがあった。
それに、今のテオドールと話せば話すほど、俺の方が浮気っぽい……と罪悪感が無視できなくなってきた。とはいえ、今のテオドールもショックを受けられるとなんでも力になりたいと全面許してしまいそうになるし、兼ね合いが難しい。
なぜ俺が二股罪悪感に苛まれる羽目になるんだとダリオは頭が痛くなる。
「ダリオさん」
悩むダリオにテオドールが声をかけてきた。
「ん、すまん、なんだ」
「さきほど、好きなところに全部触れていいと。仰ったのは、まだ有効ですか」
「え、あ、ああ」
テオドールは、もう触れないかと思ったと漏らし、ほっとしたようだった。聞けば耳に触りたいらしい。何故、と疑問に思ったものの、形が気になるから、とテオドールの方から告白された。慎重にこの人外の青年の指が伸ばされ、じだに触ろうとした時だ。彼の指先が空中に静止した。
「……すみません、用事ができたようです」
少し表情が厳しくなっているが、嫌そうなけはいもある。ナサニエルに呼び出しでも受けたにしては、微妙な反応だ。
「名残惜しいですが、お暇いたします」
「ああ。気をつけて。あと、次からは玄関から来てくれると嬉しい」
テオドールは目を丸くした。
「つぎ……」
なんだ、これきりと思われていたらしい。
不法侵入も、正攻法で訪ねたところで、閉め出されるとでも思っていたようだ。思い余ってが多すぎるだろ、とダリオは苦笑する。
「テオ」
青い目を見開いた青年から、恐ろしいほど表情が抜け落ちる。
「また会いに来てくれ。待ってるから」
「……はい」
今度こそテオドールは姿を消した。
残されたダリオは、テオドールの手に触れていた自分のそれを開いたり閉じたりしてみる。
別に腕輪などなかった。抜き取れたりしねーかなーと思ったが、そういうものでもないらしい。
あとは、タイミング的にお父さんがなにかしてくれたかね、とダリオはいい方に考えるしかなかった。
それから大して日を置かず、この人外の青年が訪ねてくる前に、ナサニエルとある人物に帰宅の道中を狙って襲撃された。
夜間のアルバイト帰り、ふつうにナサニエルに、セントラルパークで声をかけられ、ダリオは驚いた。返事に戸惑っていると、彼は悲しそうに言ったのだ。
「次はないと言ったのに、残念だよ」
虫の知らせ的に飛び退くと、じゅわじゅわ煉瓦の歩道が黒く溶けていて、嘘だろと血の気が引いた。
顔を上げると、ナサニエルの身体がぶれて、そこにはテオドールそっくりな美女が、同じようにハイブランド然とした赤のパンツスーツで佇んでいたのである。身体に沿う形の洗練されたスーツは、深いワインレッドで、派手な色の割には落ち着いたハイセンスな印象だ。これを着こなせる人間は限られるだろう。
「こんばんは」
長く艶やかな黒髪を頭頂でひとつに括り、背中まで垂らした総髪の美女に挨拶され、ダリオはぞっとした。
涼やかで切れ長の目はアーモンドのようで、知性のきらめきがある。
だが、そこに好意は欠片のひとつもなかった。
(虫を見る目だ……)
「おい、あんた、いきなりご挨拶じゃねーか」
白スーツだって、いきなり攻撃を仕掛けてこなかったのに、娘はこれだ。
「ええ。挨拶しましたけれど、知能が低すぎてわからないのかしら」
小説から出てきたような喋り方をする。ナサニエルが美女になったのは驚きだが、白スーツが言っていたとおりだ。精神体が、人間に憑依しているということなのだろう。形ごと変わるとは思わなかったが。
「あんたらのやり方だと、殺す気なら初手で殺されてるだろうが。なんか言いたいことでもあるのかよ」
ダリオは本来とても口が悪い。施設暮らしもあるが、転々と里親を転がされたせいもある。先方にあわせて、意図的に挑発することにした。
「野蛮で矮小な人間のくせに、身の程知らずね。お兄さんもこんな野蛮人のどこがいいのかしら」
テオドールに似た美貌は無表情だが、心底不思議そうで失礼も極まっている。
「知るか。あいつに聞け。あー、そういえば、兄貴の頭をいじくり回したんだったか? それじゃあ、わかんねぇなァ」
美女は黙った。痛いところを突いたらしい。
「好んでそうしたわけではないわ」
「はぁ? エルダーとかに協力要請して、わざわざ兄貴の頭をぐちゃぐちゃに好き勝手する腕輪を用意したんだろうが。それ使っといて、好きでしたんじゃねーとかふざけてんじゃねーよ」
うーん、なんか思ったより、おかしいな、とダリオは内心首をかしげる。一方、美女は冷淡な表情を動かさず、鼻で笑う。
「好きに言いなさい。とにかくあなたは邪魔ね。あなたが消えれば、お兄さんの目も覚めるでしょう」
「ちょっと待て。それ、あんたのお父さんを見てから言ってくれるか。『花』が死んでも、全然目が覚めてないんだが」
ランナー本人から、首を切られたとか、白スーツから首を保管して愛でてるとか、聞かせられたダリオである。
「お兄さんはお父さんと違います。お兄さんは私を助けてくれたし、この世界にお兄さんがいる価値があるとは思えない。お兄さんに帰ってきてもらうためにも、あなたには死んでいただきたいわ」
いただきたいわじゃねーんだよ。あと助けたとかなにそれ、とダリオは混乱した。テオドールの父親を見ている限り、血縁だからと助け合うようなやつらじゃない。
「あなた、わからないという顔をしているわね」
美女は物憂げに指摘した。
「そう、なにも知らずに死ぬのも哀れね。私も筋を通しましょう。私はまだ発生したばかりの支配者の魂で、情報だけ抜け出してこの世界を観察していたの。お兄さんがいるこの町を見物したわ。近くで見ようとして、人の身体に入ったのだけれど、初めてな上に、妙に適合して抜け出せなくなってしまったの」
先程から喉に小骨が引っ掛かっていたダリオは、『お兄さんが助けてくれた』という言葉から、直感的に解を導きだした。
「……あー、それってもしかして、アリアラエルさんか?」
美女は冷めきった目で、「ええ、そういう名前だったわね」と頷いた。
「馬鹿な人間の雄に襲われて、抜け出すために手段を高じていたから肉体の主導権把握もできずに同調だけしていて……とても不快な目にあったわ。その時お兄さんが助けてくれました」
つまり、テオドールが助けたのは、アリアラエルであると同時に、彼女の肉体にひそんでいた自分の妹だったわけである。
「その後は、今使っている肉体の男が私に気づいて、なんでもするというので、しもべにした。穢らわしい人間だけれど、肉体が必要だったの。これで事情はわかったからしら。筋は通しました。そろそろ殺します」
ナサニエルさん、信者化してたのは、妹さんの方?! あのおっさん、ロリコンかよ?! とダリオはつながった上に、そろそろ殺すと言われて、冗談じゃないと焦る。
「おい、筋とおってねーぞ!」
無茶苦茶だ! と言いたい。しかし、テオドールの妹は冷ややかに片手を上げた。
その時だ。
「少々おいたがすぎるのでは」
テオドールが空中から現れ、美女はたちまち恐怖の表情を浮かべたまま、文字通り彫像と化した。
ダリオは腰を抜かさなかった自分を偉いと思った。
「テ、テオ、お前」
「少しお待ちください。殺します」
端的に言われて、いやいやいやいや! とダリオは止めた。
「説明しろ! お前記憶戻ってるだろ?!」
テオドールは黙った。
「殺してから説明します」
「譲歩したみたいな感じで言うな」
それじゃおせーんだよ、とりかえしつかねーだろが! あと妹殺すな! とダリオは三段つっこみをさせられて精神的に激しく疲労した。
嘆息し、テオドールの持ち上がった手を後ろから下ろさせる。
「腹立つのはわかるが、殺すのはやりすぎだ。俺だって、お前に我慢させて悪いと思ってるよ」
「ダリオさんが悪いと思われるのは筋違いです」
「いやまあ、そうかもだけど、腹立ってるのに我慢させようとしてるだろ。許せとかは言わねーけど、殺すなよ」
「僕よりも、ダリオさんが腹を立ててよいところです」
「俺は別に。お前のお陰で殺されなかったし。勝手に頭の中いじられて、俺が思うよりお前の方が業腹だろ」
「……」
かなり頭に来たらしい。
「だんだんわかってきたというか、想像だけど、お前がはめられたの、ほぼ俺のお願いのせいだろ。マリアさんやアリアラエルさんを物理的に排除するなってお願いしてたもんな」
テオドールは嫌そうな顔をした。それで当たりだとダリオも察してしまう。
そもそもテオドールはエルダーを相手取っても特に困らない程度には強いのだ。それでも毎回、同族にやられているのは、ほぼダリオのせいである。
父親にやられたのは、ダリオが人質にされたせい。
妹にやられたのは、彼女が憑依していた人間に優しくしてくれ、強めに排除とかはしないでくれとダリオが頼んだせい。
テオドールは、ひとりなら多分同族を相手取っても困らないのだ。
ダリオが関わることで、テオドールに相当な制限をかけてしまっている。手加減をするのが、彼にとって一番のデバフなのだ。
アリアラエルが腕輪をつけようとした際も、テオドールは『花』のお願いを守るために、排除を躊躇したに違いない。それが命取りだった。
白スーツが言っていたではないか。
支配者は、『花』との約束を守ろうとすると。
「僕が不甲斐ないばかりに、ダリオさんに気を遣わせてしまいました」
「違うだろ。お前は今回純然たる被害者。被害者の落ち度責めるほど落ちぶれちゃいねーよ」
テオドールは諦めたらしい。
「わかりました。ダリオさんに免じて今回は殺さないこととします」
美女の彫像に、再び血が通い始めた。
「ダリオさんに感謝することです」
テオドールは言うほどそんな感謝しろという感じではなかったが、声は氷のように冷たかった。
美女は、無表情だが、どこかばつの悪そうにダリオを見て、
「恩を売ったとは思わないことね」
と言う。テオドールがダリオに聞いた。
「やはり、殺しておきませんか」
「やめろやめろ! 俺はそういうバイオレンスなのはお望みじゃねーんだよ。仲良くしなくていいから、気軽に身内の殺害提案してくるな」
それからダリオは、テオドールの妹に声をかけた。
「あんたもなぁ、皆の発言聞いてたら、発生して一歳未満の赤ちゃんなんだろ。姿が成人でも、赤ちゃん相手に大人はいつまでも怒れねんだよ」
赤ちゃんだから、やることが行き当たりばったりなのだ。無関係な第三者が『花』を殺すとか、普通の支配者なら許すとは思えない。大人ぶっているが、考えが浅はかだ。こうなったらいいという希望的観測で動いている。ダリオは深く嘆息した。
「むちゃくちゃ危険なことしてねーで、産まれてからお兄ちゃんのところに来たらいいだろ。そん時はまた、取りなしてやるから。いったんカーチャンだかなんだか知らんが、そのあたりのところ帰れ」
言いながらも、ダリオは案外テオドールの妹は、人間のか弱い女性の肉体から抜け出せなくなった上に、性欲をぶつけられて怖かったんじゃねえかなぁと、腑に落ちた。アリアラエルは肩も外されていたというし、中にひそんでいたテオドールの妹の精神体が、どこまで感覚を共有していたかわからないが、赤ちゃん未満だしパニックになったとしてもおかしくない。知性は高く、頭が回るとしても、話すことはどこか小説や映画から表面だけかすめとったような感じだし、まだまだ赤ちゃんだと思えば、叱りはしても怒りが持続するのは難しかった。
「……」
美女は、キュ、と唇を噛み締めると、姿がぶれて、困った顔のナサニエルがその場にあらわれた。
こちらにも、あんたもなぁ! と言いたかった。テオドールの妹より、成人のナサニエルの幇助の方が無責任かつ問題だ。一言と思ったが、いきなりナサニエルが大量の血を吐いたので、ダリオはそれどころではなくなった。
長期間、支配者を憑依させていた弊害である。
そもそも、そんなことが可能だったのは、ナサニエルが『聖女』だったからだと、後からわかった。アリアラエルはそのため、ナサニエルに師事していたらしい。男でも聖女なんだ、とダリオは思ったのだが、単なる役職のようだ。性別は問わないらしい。
さすがに大量吐血して、死にかけたナサニエルに詰め寄るほどダリオも冷酷ではない。ナサニエルがへらへら笑って「死ぬのは怖くない」とか抜かしたが、ダリオはさっさと救急車を呼んだ。おっさんのロマン自殺に巻き込まれるなど、若者のダリオにはドン引きするだけである。いい加減にしてほしい。目の前で死なれたら寝覚めが悪すぎる。しかも内臓ぐちゃぐちゃだったらしく、教会の秘技でなんとか命は助かったそうだ。マリアから連絡が来て、逆に大丈夫かよ、となりもうあまりなにも言いたくないダリオだった。
後始末としては、テオドールの記憶はやはりお父さんが腕輪の機能をハッキングのようなことをして停止させたらしい。テオドールが『用事ができた』と言っていたのも、自身の本体にハッキングを仕掛けられて防衛に行ったようだ。気づいたのが遅すぎたらしいが、そのためにダリオにテオドールの意識をそらす引き留め工作をさせていたようだ。ニャインの方に連絡が来ていた。お父さんは、ふつうにニャインを使いこなす。白スーツによれば、本来の花であるダリオと長時間接触していれば、なにかしら不具合が起きて、概念書き換えはいずれ解けていただろうとのことだった。今回は、たまたま生じた小さな亀裂から一気に攻撃したとかなんとか書いてある。また、テオドールいわく、『テオ』と呼ばれたのがどうも頭がはっきりしだすきっかけではあったようだ。その話を聞かされ、へーとダリオは相づちをうった。
なお、テオドールのお父さんとの取引は、一家団欒の場の提供である。
なにも企んでいませんという顔をしていたが、自分の花がテオドールの件で会いに来てくれたと上機嫌だったので、味をしめたのだろう。
ちなみに、ダリオは気づいてしまったのだが、白スーツの『周期ではないのに会いに来てくれた』発言を参考にするに、テオドールの妹はこの時にできたんだろうなと思われる。ランナーは文句を言いに行って、酒飲まないとやってられねーと言いながらも、お父さんと仲良くしたのか。
やはり、思ったより、仲は良好なのではないかとダリオは推測した。まあ、色々複雑そうだが。主にランナーが。
ランナーの飲酒は進みそうだ。
ひとまず事件の顛末はこのようである。
怒涛の収束を半日でこなしたダリオは、その日の明け方に帰宅して、なんとかシャワーを浴びるとよろよろベッドに入った。
テオドールはやはり、自分の不徳のいたすところのような顔をしていたが、ダリオに被害者云々言われたせいか、帰宅までは何も言わなかった。
「テオ、一緒に寝よ……」
半分寝ぼけるようにして手招くと、テオドールが部屋着に着替えて寝台に上がってきた。
「テオ、くっついてい?」
はい、と囁かれて、ダリオは彼に身を寄せ、額を肩に押し当てた。テオドールの匂いと体温だ。ダリオは心から安心した。安心したら、少し涙が出てきて、もう少し体を寄せる。
「なぁ、初期化されてた時の記憶ってあるのか」
「はい。覚えています」
「そっか」
テオドールはダリオのために適度な体温を再現してくれていて、くっついていると、とろとろ温かくなってくる。ダリオはもう半分寝ていた。
「あのさ……『花』じゃないのに……俺のこと見つけてくれてありがとう……」
次第にまぶたが落ちて、視界が閉ざされていく中、テオドールの姿が黒鉛筆でグチャグチャに線を引かれて何もかも真っ黒に塗り潰される。そんな光景が見えた気がしたが、恐らく眠すぎたせいだろう。
『ダリオさん……』
恐る恐るというように、目尻とこめかみに濡れた感触がして、食むようにされ、口づけられたのだと知る。涙を吸われたのだと後から理解したが、その時は頭が回らなかった。気持ちいい。もっとしてほしい。好き。好き。テオが好きだ。どんな彼も愛しているが、一緒にいてくれた青年をダリオはいちばん愛している。帰ってきてくれてよかった。本当はこわかった。ダリオの腰に手が回って、呻き声と控え目な形容しがたい破壊音もしたが、ダリオはもう限界だった。
テオドールにくっつけて、キスももらって、抱き寄せられて、体温と匂いに包まれて。
ダリオはじゅうぶん幸せなのだった。
「僕の方がうまく調整(メンテナンス)できます」
無表情に言われ、ダリオは困惑した。
は? これ何のアピールだ? 状態である。
「確かに繊細で芸術的な長期にわたる痕跡が見られる調整ですが、僕の方がもっとうまくできます」
「お、おう……」
両手を握られている。無感動に、じ、と凝視され、これたぶん雄の孔雀が羽を広げて、自己アピールするやつと同じ類っぽいよな、とダリオもさすがに察した。
ダリオの勘違いでなければ、自分の優位性を端的に売り込みされている。そういえば、元のテオドールも自己主張は強かった。
察したものの、調整は僕の方が上手です! というのが、アピールポイントになる世界なんだ……知らんけど……という軽いカルチャーショックも受ける。
大体、自己アピールはともかく、妙に対抗心を燃やしているさまは、以前のテオドールでも見たことがない。ダリオは戸惑った。しかし実際は、鏡に映った自分を威嚇している犬猫状態である。初期化されたテオドール的に、自分より前に調整した支配者がいることは、非常に引っかかるようだ。
これをどう受け止めたらいいのか。テオドールの認知状態がさっぱりわからない。現在、彼の中でダリオは『花』ではないのだ。『花』でもないのに、どういう認識なのだろう。
「あー。その、君……」
「テオドールです」
名乗られた。あ、テオドールでいいんだ、とダリオはちょっと驚いた。ナサニエルさん、新たに名づけたりしなかったのか、と意外に思う。面倒くさい信者化していた感じなので、ダリオが元々名づけたとも知らずに、テオドールで通したのかもしれない。それとも、テオドールの自我が強固に名前は保持していたのか。分からないが、テオドールでいいならダリオも助かる。
とりあえず、座らないかと提案してソファに腰を下ろす。その間もテオドールは手を放さず、座るとまた握り直した。ダリオは思わず握られた手に視線を落としてしまう。それからどうにか口を開いた。
「テオドール君、確かに俺は支配者にメンテナンスしてもらってたが、今その支配者は不在で……しばらくメンテナンスは必要ないと思う」
「不在?」
テオドールは無感動な表情を崩さない。しかし、不愉快というのが駄々もれになるという器用な真似を披露した。
「ここまで調整しておいて、あなたを放置してどこかへ?」
「いやまぁ……ちょっといつ帰ってくるのかわからんが
……その内戻ってきてくれるといいなとは」
人外の青年は愁眉を寄せた。元の彼でも、このようにわかりやすく不快の感情を見せるのは珍しい。
「これほど細かに調整しながら、不誠実です」
「いやまあ、本人も不本意だと思うんで」
「不本意であろうと、いただけない」
「う、うーん」
「先に申し上げたとおり、僕ならもっと上手く調整できます」
手を握られたまま、ダリオは少し沈黙し、意図を確認した。
「勘違いなら悪いんだが、それ、俺のメンテナンスしてくれるってことか?」
「させていただけますか」
あってたらしい。
「そもそもテオドール君、俺のメンテナンスとか、本当に構わないのか?」
「……?」
テオドールも首を傾げた。あ、これ全然わかってないやつ、とダリオも察した。
「いや、メンテナンスって、キスしたりするだろ……あと半ばセックスみたいになるし……」
ナサニエルを『花』認識しているなら、それ浮気になるんじゃないのか? とダリオとしては気をつかって言ったつもりだ。
「ナサニエルさんはいい気持ちにならないんじゃ……いや、あの人がどう思おうと別に構わんが、テオドール君的にはどうなんだ。君らは『花』を大切にするだろ? 困らないのか?」
テオドールは目を見開いて、思わぬことを言われたようにダリオの手を握る両手から少し力を抜いた。
「『花』は特別です」
「うん」
「触れるために、調整は必要です」
握られた手が、両手で更に押し包むようにされた。
「『花』に触れたいとは思いません。特別なことと、触れたいと思うかどうかは、別です。僕はあなたが気になる。触れてみたい。調整はあなたにしたい。『花』にはしません」
特に問題視していないようすで、ダリオの返事を待つテオドールに言葉が出てこなかった。ダリオは今、彼の『花』ではない。なのに、調整はダリオにするという。テオドールの言い分を聞いていると、本妻と愛人みたいなやつか? と嫌な例えが頭に浮かぶ。愛人がダリオの方だ。
そこまで考えて、ちょっと待て、とダリオは立ち止まった。
(もしかして俺根本的になんか勘違いしてるのでは)
それは、基本に立ち返って、そもそも支配者の『花』への執心とは、もっと自然界における共生関係のようにシステマティックなものなのではないだろうかという疑義だった。
よく考えると、元々初期の頃は、関係性構築に強めの自己アピールはされていたが、四肢爆散してもゾンビ復元で元通りですねといいかねない、ダリオの人格そのものへの無関心さを感じさせるところも多々あったのだ。つまり、支配者として『花』との関係性構築は張り切っていたし、気にしていたが、それ自体当然とする思い込みと付随する義務的対応があったということである。また、メンテナンスもしばらく特に欲望は感じられなかった。いや、当時のテオドールの内心は本人に聞いてみないとわからないが。今回だって表面的には無視していたのに、実は意識していたとかだしな、とダリオはその点は決めつけず保留する。
振り返ってみても、さまざまな事件や日々のやり取りを通して、テオドールも変化したし、ダリオの人格への興味を持っていったような気がする。その興味関心に比例するように、フィジカルへの積極性も徐々にダリオへ示されるようになっていった。
確かに、支配者は標準装備で『花』への強い執心があるのだろう。
しかし、どう『執心』するかは、接触後の二者の関係性によって変わってくるのではないだろうか。
きちんと相互尊重に至らなければ、相手の人格や自由を無視して、おもちゃのように蹂躙してしまうこともあれば、手に入らないと癇癪を起こして殺してしまうこともある。尊厳を土足で踏みつけるように、死後もその魂を独占し、お世話し続けるというのも結構ヘヴィだ。
つまり、触れたい、しかも『優しく』触れたいという欲望は、テオドール自身がダリオとの関係性構築の中で育んでいった衝動の可能性もある。
とはいえ、結局、テオドールが『花』のナサニエルと『花』ではなくなったダリオをどう認識し、思考処理しているのかは、本人に聞かないとわからないのだが。
「ナサニエルさん……『花』には触らないのか?」
ダリオは思ったよりまたやさしく尋ねていた。
「触りません……僕は、あ、なた」
「ダリオでいいぞ」
「だりお、さんに。ダリオさんに触ります」
触りたい、でもなく、触ります、と宣言が来た。驚くと同時に、これも違和感を覚える。元のテオドールならダリオの意思を確認する言い方をするところだ。うーん、とダリオは考え、何の差違なんだろうなと思った。
やはり、テオドールは最初から割と困っている感じがする。だから、物言いに余裕がないのではないか。
邂逅当初に、張り切って不法侵入の上に、ぺらぺらとまくし立ててダリオの不信を買った時も、あれはあれで余裕がなかったのかもしれない。ただ、張り切りすぎて余裕がないのと、今回のはやはり違う気がする。
「メンテナンスは……ちょっと保留させてほしい」
テオドールは猫のように目を見開いた。ダリオの両手を握っていた彼の指から力が抜け、放される。それを寂しく感じる気持ちもダリオにはあったが、有耶無耶にしてもな、とは思った。
「君にメンテナンスしてもらうのが嫌なわけじゃなくて。俺もまだ整理できてないから、その、ちょっとずつな? だめか?」
「駄目では……ないです。ちょっとずつ、とは」
テオドールも逆に放された手をつかまれたよう、困惑して見えた。
「こうして、話したり……お互いのこと知りたいから、少しずつ教えてもらえると嬉しい」
「……」
面食らったように沈黙する人外の青年に、今度はダリオの方から「手を触ってもいいか」と尋ねる。テオドールはうなずいた。
戸惑うよう革張りのソファにおかれた手を、ダリオの方が掌を重ねる。
「最初、なんで無視してたのか聞いてもいいか」
そこから手がかりがある気がした。テオドールはテオドールだけれど、記憶がない彼はその彼として、きちんと現在の彼から話を聞く必要がある。今のテオドールがどう感じ、何を考えているかは、今のテオドールに聞くしかない。以前のテオドールは手がかりになるが、前はこうだったからと今のテオドールの思考を決めつけるのはよくねーよなと思ったのだった。
「あ、もしかして、最初は無視したわけじゃなくて、途中から視界に入った感じか?」
「いえ」
テオドールは否定した。
「最初からです」
「うん?」
「最初に見つけた時から、気になったので……意図的に無視しました」
えーそうかー、とダリオはショックを受けた。
「すまん、気になったけど無視って、えーと、俺なにかやったか?」
「そうではなく……あなたは『花』ではないので」
テオドールの言に二回目のショックがダリオを襲う。やはり、『花』でなければ、有象無象として扱うということなのか。
テオドールは珍しく、顔を横に背けた。
「『花』ではなかったので、話しかけても関係が結べるかわからなかったからです」
「……は?」
ダリオが口を開けると、青年の目元に長い睫毛の影が落ちている。すっと通った高い鼻筋の横顔が愁いを帯びて、その美貌に匂い立つような色気を添えていた。生きる彫像だ。ダリオは手の感覚がなくなった。
「あ、えーと、つまり、『花』なら張り切ってアピールできるけど、俺が『花』じゃないから、どう話しかけたらいいかわかんなかった、てことか?」
「はい。『花』であるなら、関係構築できる自信がありましたが、あなたは『花』でなかったので」
元のテオドールの怒涛のぺらぺら喋り倒しに始まり、つきまといや強引な関与も、ダリオを自分の『花』と思えばこそ、当然に関係構築できるだろうというある種の思い込みが行動への自信につながっていたらしい。
しかし、今のテオドールの認識では、ダリオはいわば赤の他人である。
「あなたに、関心を持って頂きたかったですが、どうすればいいかわかりませんでした」
テオドールは無表情に呟く。臆病さもそうだが、的はずれな不法侵入二回目をやらかすまでに、それなりに苦悩して考えた末にやってきたのだとダリオは理解した。
そして彼は、真っ暗な無人の居間で、佇んでいたのだ。
ダリオが『花』ではないだけで。
一種の傍若無人さをまとう支配者のテオドールが、『花』ではない人間と関係を構築するのに、悩んで、話しかけることもできずに無視して、挙げ句に悪手の無断侵入をしてきた。
オイオイオイオイ、とダリオはリズミカルにつっこんでしまう。
馬鹿なのか……どう考えてもやったらだめなやつだろう。
今のダリオだったからよいものの、普通は本当になしだぞ、それ、と言いたい。
一生懸命考えた挙げ句に、初手不法侵入をやらかすとか、あーそうか、初期化って社会性も初期化されてんのか、と思い至る。
元のテオドールなら、現在はこうした犯罪行為はやらないだろう。
つまり、社会性も経験をほぼ喪失した状態で、一生懸命考えて、ダリオのところに訪ねてきて、待っていた。
(アーーー~~~~~~~~~~!!)
ダリオは内心悶絶して頭を抱えた。わからないなりに、一生懸命考えて行動したのがかわいい。駄目なやつだが、異文化で相殺してそこを失点ゼロにしてしまえば、ただひたすらにかわいいとしか思えなかった。いや、動物だって、テリトリー侵入されたら激怒するし、やっぱりダメなやつだよな、と思うけれども、なんかもう全体に抵抗するの無理だ、と思った。
テリトリーに入られても、さっぱり抵抗する気が起きない。
素直に弱いところを吐露するのだって、自分を虚栄心からよく見せようとしないのは美点だと思う。支配者というフィジカル強者ゆえにか、テオドールには偽りがない。
割とぐちゃぐちゃの状態で特攻しておきながら、僕の方が上手くできますと主張してきたのもどうなんだ。
あれ結局なんなんだ。
あ、もしや、お世話欲関係なのか、とダリオは思い当たる。確かに、『花』のメンテナンスは、もろに日々のお世話に当たるだろう。
つまり、僕の方が、うまくお世話できますアピールをされていたのか。
そして、単なるメンテナンス申し出ではなく、僕の方がうまくできます、お世話したいとアピールしたのに、ダリオに断られてしまったわけである。
ダリオとて、YESと言えればよかったとは思うが、自分一人で了承できるたぐいのものではない。元のテオドールが一年以上かけて計画的にメンテナンスしてくれたのだ。その辺り空白になっている現在の彼に、引き継いでよいとダリオが言うのは躊躇いがあった。
それに、今のテオドールと話せば話すほど、俺の方が浮気っぽい……と罪悪感が無視できなくなってきた。とはいえ、今のテオドールもショックを受けられるとなんでも力になりたいと全面許してしまいそうになるし、兼ね合いが難しい。
なぜ俺が二股罪悪感に苛まれる羽目になるんだとダリオは頭が痛くなる。
「ダリオさん」
悩むダリオにテオドールが声をかけてきた。
「ん、すまん、なんだ」
「さきほど、好きなところに全部触れていいと。仰ったのは、まだ有効ですか」
「え、あ、ああ」
テオドールは、もう触れないかと思ったと漏らし、ほっとしたようだった。聞けば耳に触りたいらしい。何故、と疑問に思ったものの、形が気になるから、とテオドールの方から告白された。慎重にこの人外の青年の指が伸ばされ、じだに触ろうとした時だ。彼の指先が空中に静止した。
「……すみません、用事ができたようです」
少し表情が厳しくなっているが、嫌そうなけはいもある。ナサニエルに呼び出しでも受けたにしては、微妙な反応だ。
「名残惜しいですが、お暇いたします」
「ああ。気をつけて。あと、次からは玄関から来てくれると嬉しい」
テオドールは目を丸くした。
「つぎ……」
なんだ、これきりと思われていたらしい。
不法侵入も、正攻法で訪ねたところで、閉め出されるとでも思っていたようだ。思い余ってが多すぎるだろ、とダリオは苦笑する。
「テオ」
青い目を見開いた青年から、恐ろしいほど表情が抜け落ちる。
「また会いに来てくれ。待ってるから」
「……はい」
今度こそテオドールは姿を消した。
残されたダリオは、テオドールの手に触れていた自分のそれを開いたり閉じたりしてみる。
別に腕輪などなかった。抜き取れたりしねーかなーと思ったが、そういうものでもないらしい。
あとは、タイミング的にお父さんがなにかしてくれたかね、とダリオはいい方に考えるしかなかった。
それから大して日を置かず、この人外の青年が訪ねてくる前に、ナサニエルとある人物に帰宅の道中を狙って襲撃された。
夜間のアルバイト帰り、ふつうにナサニエルに、セントラルパークで声をかけられ、ダリオは驚いた。返事に戸惑っていると、彼は悲しそうに言ったのだ。
「次はないと言ったのに、残念だよ」
虫の知らせ的に飛び退くと、じゅわじゅわ煉瓦の歩道が黒く溶けていて、嘘だろと血の気が引いた。
顔を上げると、ナサニエルの身体がぶれて、そこにはテオドールそっくりな美女が、同じようにハイブランド然とした赤のパンツスーツで佇んでいたのである。身体に沿う形の洗練されたスーツは、深いワインレッドで、派手な色の割には落ち着いたハイセンスな印象だ。これを着こなせる人間は限られるだろう。
「こんばんは」
長く艶やかな黒髪を頭頂でひとつに括り、背中まで垂らした総髪の美女に挨拶され、ダリオはぞっとした。
涼やかで切れ長の目はアーモンドのようで、知性のきらめきがある。
だが、そこに好意は欠片のひとつもなかった。
(虫を見る目だ……)
「おい、あんた、いきなりご挨拶じゃねーか」
白スーツだって、いきなり攻撃を仕掛けてこなかったのに、娘はこれだ。
「ええ。挨拶しましたけれど、知能が低すぎてわからないのかしら」
小説から出てきたような喋り方をする。ナサニエルが美女になったのは驚きだが、白スーツが言っていたとおりだ。精神体が、人間に憑依しているということなのだろう。形ごと変わるとは思わなかったが。
「あんたらのやり方だと、殺す気なら初手で殺されてるだろうが。なんか言いたいことでもあるのかよ」
ダリオは本来とても口が悪い。施設暮らしもあるが、転々と里親を転がされたせいもある。先方にあわせて、意図的に挑発することにした。
「野蛮で矮小な人間のくせに、身の程知らずね。お兄さんもこんな野蛮人のどこがいいのかしら」
テオドールに似た美貌は無表情だが、心底不思議そうで失礼も極まっている。
「知るか。あいつに聞け。あー、そういえば、兄貴の頭をいじくり回したんだったか? それじゃあ、わかんねぇなァ」
美女は黙った。痛いところを突いたらしい。
「好んでそうしたわけではないわ」
「はぁ? エルダーとかに協力要請して、わざわざ兄貴の頭をぐちゃぐちゃに好き勝手する腕輪を用意したんだろうが。それ使っといて、好きでしたんじゃねーとかふざけてんじゃねーよ」
うーん、なんか思ったより、おかしいな、とダリオは内心首をかしげる。一方、美女は冷淡な表情を動かさず、鼻で笑う。
「好きに言いなさい。とにかくあなたは邪魔ね。あなたが消えれば、お兄さんの目も覚めるでしょう」
「ちょっと待て。それ、あんたのお父さんを見てから言ってくれるか。『花』が死んでも、全然目が覚めてないんだが」
ランナー本人から、首を切られたとか、白スーツから首を保管して愛でてるとか、聞かせられたダリオである。
「お兄さんはお父さんと違います。お兄さんは私を助けてくれたし、この世界にお兄さんがいる価値があるとは思えない。お兄さんに帰ってきてもらうためにも、あなたには死んでいただきたいわ」
いただきたいわじゃねーんだよ。あと助けたとかなにそれ、とダリオは混乱した。テオドールの父親を見ている限り、血縁だからと助け合うようなやつらじゃない。
「あなた、わからないという顔をしているわね」
美女は物憂げに指摘した。
「そう、なにも知らずに死ぬのも哀れね。私も筋を通しましょう。私はまだ発生したばかりの支配者の魂で、情報だけ抜け出してこの世界を観察していたの。お兄さんがいるこの町を見物したわ。近くで見ようとして、人の身体に入ったのだけれど、初めてな上に、妙に適合して抜け出せなくなってしまったの」
先程から喉に小骨が引っ掛かっていたダリオは、『お兄さんが助けてくれた』という言葉から、直感的に解を導きだした。
「……あー、それってもしかして、アリアラエルさんか?」
美女は冷めきった目で、「ええ、そういう名前だったわね」と頷いた。
「馬鹿な人間の雄に襲われて、抜け出すために手段を高じていたから肉体の主導権把握もできずに同調だけしていて……とても不快な目にあったわ。その時お兄さんが助けてくれました」
つまり、テオドールが助けたのは、アリアラエルであると同時に、彼女の肉体にひそんでいた自分の妹だったわけである。
「その後は、今使っている肉体の男が私に気づいて、なんでもするというので、しもべにした。穢らわしい人間だけれど、肉体が必要だったの。これで事情はわかったからしら。筋は通しました。そろそろ殺します」
ナサニエルさん、信者化してたのは、妹さんの方?! あのおっさん、ロリコンかよ?! とダリオはつながった上に、そろそろ殺すと言われて、冗談じゃないと焦る。
「おい、筋とおってねーぞ!」
無茶苦茶だ! と言いたい。しかし、テオドールの妹は冷ややかに片手を上げた。
その時だ。
「少々おいたがすぎるのでは」
テオドールが空中から現れ、美女はたちまち恐怖の表情を浮かべたまま、文字通り彫像と化した。
ダリオは腰を抜かさなかった自分を偉いと思った。
「テ、テオ、お前」
「少しお待ちください。殺します」
端的に言われて、いやいやいやいや! とダリオは止めた。
「説明しろ! お前記憶戻ってるだろ?!」
テオドールは黙った。
「殺してから説明します」
「譲歩したみたいな感じで言うな」
それじゃおせーんだよ、とりかえしつかねーだろが! あと妹殺すな! とダリオは三段つっこみをさせられて精神的に激しく疲労した。
嘆息し、テオドールの持ち上がった手を後ろから下ろさせる。
「腹立つのはわかるが、殺すのはやりすぎだ。俺だって、お前に我慢させて悪いと思ってるよ」
「ダリオさんが悪いと思われるのは筋違いです」
「いやまあ、そうかもだけど、腹立ってるのに我慢させようとしてるだろ。許せとかは言わねーけど、殺すなよ」
「僕よりも、ダリオさんが腹を立ててよいところです」
「俺は別に。お前のお陰で殺されなかったし。勝手に頭の中いじられて、俺が思うよりお前の方が業腹だろ」
「……」
かなり頭に来たらしい。
「だんだんわかってきたというか、想像だけど、お前がはめられたの、ほぼ俺のお願いのせいだろ。マリアさんやアリアラエルさんを物理的に排除するなってお願いしてたもんな」
テオドールは嫌そうな顔をした。それで当たりだとダリオも察してしまう。
そもそもテオドールはエルダーを相手取っても特に困らない程度には強いのだ。それでも毎回、同族にやられているのは、ほぼダリオのせいである。
父親にやられたのは、ダリオが人質にされたせい。
妹にやられたのは、彼女が憑依していた人間に優しくしてくれ、強めに排除とかはしないでくれとダリオが頼んだせい。
テオドールは、ひとりなら多分同族を相手取っても困らないのだ。
ダリオが関わることで、テオドールに相当な制限をかけてしまっている。手加減をするのが、彼にとって一番のデバフなのだ。
アリアラエルが腕輪をつけようとした際も、テオドールは『花』のお願いを守るために、排除を躊躇したに違いない。それが命取りだった。
白スーツが言っていたではないか。
支配者は、『花』との約束を守ろうとすると。
「僕が不甲斐ないばかりに、ダリオさんに気を遣わせてしまいました」
「違うだろ。お前は今回純然たる被害者。被害者の落ち度責めるほど落ちぶれちゃいねーよ」
テオドールは諦めたらしい。
「わかりました。ダリオさんに免じて今回は殺さないこととします」
美女の彫像に、再び血が通い始めた。
「ダリオさんに感謝することです」
テオドールは言うほどそんな感謝しろという感じではなかったが、声は氷のように冷たかった。
美女は、無表情だが、どこかばつの悪そうにダリオを見て、
「恩を売ったとは思わないことね」
と言う。テオドールがダリオに聞いた。
「やはり、殺しておきませんか」
「やめろやめろ! 俺はそういうバイオレンスなのはお望みじゃねーんだよ。仲良くしなくていいから、気軽に身内の殺害提案してくるな」
それからダリオは、テオドールの妹に声をかけた。
「あんたもなぁ、皆の発言聞いてたら、発生して一歳未満の赤ちゃんなんだろ。姿が成人でも、赤ちゃん相手に大人はいつまでも怒れねんだよ」
赤ちゃんだから、やることが行き当たりばったりなのだ。無関係な第三者が『花』を殺すとか、普通の支配者なら許すとは思えない。大人ぶっているが、考えが浅はかだ。こうなったらいいという希望的観測で動いている。ダリオは深く嘆息した。
「むちゃくちゃ危険なことしてねーで、産まれてからお兄ちゃんのところに来たらいいだろ。そん時はまた、取りなしてやるから。いったんカーチャンだかなんだか知らんが、そのあたりのところ帰れ」
言いながらも、ダリオは案外テオドールの妹は、人間のか弱い女性の肉体から抜け出せなくなった上に、性欲をぶつけられて怖かったんじゃねえかなぁと、腑に落ちた。アリアラエルは肩も外されていたというし、中にひそんでいたテオドールの妹の精神体が、どこまで感覚を共有していたかわからないが、赤ちゃん未満だしパニックになったとしてもおかしくない。知性は高く、頭が回るとしても、話すことはどこか小説や映画から表面だけかすめとったような感じだし、まだまだ赤ちゃんだと思えば、叱りはしても怒りが持続するのは難しかった。
「……」
美女は、キュ、と唇を噛み締めると、姿がぶれて、困った顔のナサニエルがその場にあらわれた。
こちらにも、あんたもなぁ! と言いたかった。テオドールの妹より、成人のナサニエルの幇助の方が無責任かつ問題だ。一言と思ったが、いきなりナサニエルが大量の血を吐いたので、ダリオはそれどころではなくなった。
長期間、支配者を憑依させていた弊害である。
そもそも、そんなことが可能だったのは、ナサニエルが『聖女』だったからだと、後からわかった。アリアラエルはそのため、ナサニエルに師事していたらしい。男でも聖女なんだ、とダリオは思ったのだが、単なる役職のようだ。性別は問わないらしい。
さすがに大量吐血して、死にかけたナサニエルに詰め寄るほどダリオも冷酷ではない。ナサニエルがへらへら笑って「死ぬのは怖くない」とか抜かしたが、ダリオはさっさと救急車を呼んだ。おっさんのロマン自殺に巻き込まれるなど、若者のダリオにはドン引きするだけである。いい加減にしてほしい。目の前で死なれたら寝覚めが悪すぎる。しかも内臓ぐちゃぐちゃだったらしく、教会の秘技でなんとか命は助かったそうだ。マリアから連絡が来て、逆に大丈夫かよ、となりもうあまりなにも言いたくないダリオだった。
後始末としては、テオドールの記憶はやはりお父さんが腕輪の機能をハッキングのようなことをして停止させたらしい。テオドールが『用事ができた』と言っていたのも、自身の本体にハッキングを仕掛けられて防衛に行ったようだ。気づいたのが遅すぎたらしいが、そのためにダリオにテオドールの意識をそらす引き留め工作をさせていたようだ。ニャインの方に連絡が来ていた。お父さんは、ふつうにニャインを使いこなす。白スーツによれば、本来の花であるダリオと長時間接触していれば、なにかしら不具合が起きて、概念書き換えはいずれ解けていただろうとのことだった。今回は、たまたま生じた小さな亀裂から一気に攻撃したとかなんとか書いてある。また、テオドールいわく、『テオ』と呼ばれたのがどうも頭がはっきりしだすきっかけではあったようだ。その話を聞かされ、へーとダリオは相づちをうった。
なお、テオドールのお父さんとの取引は、一家団欒の場の提供である。
なにも企んでいませんという顔をしていたが、自分の花がテオドールの件で会いに来てくれたと上機嫌だったので、味をしめたのだろう。
ちなみに、ダリオは気づいてしまったのだが、白スーツの『周期ではないのに会いに来てくれた』発言を参考にするに、テオドールの妹はこの時にできたんだろうなと思われる。ランナーは文句を言いに行って、酒飲まないとやってられねーと言いながらも、お父さんと仲良くしたのか。
やはり、思ったより、仲は良好なのではないかとダリオは推測した。まあ、色々複雑そうだが。主にランナーが。
ランナーの飲酒は進みそうだ。
ひとまず事件の顛末はこのようである。
怒涛の収束を半日でこなしたダリオは、その日の明け方に帰宅して、なんとかシャワーを浴びるとよろよろベッドに入った。
テオドールはやはり、自分の不徳のいたすところのような顔をしていたが、ダリオに被害者云々言われたせいか、帰宅までは何も言わなかった。
「テオ、一緒に寝よ……」
半分寝ぼけるようにして手招くと、テオドールが部屋着に着替えて寝台に上がってきた。
「テオ、くっついてい?」
はい、と囁かれて、ダリオは彼に身を寄せ、額を肩に押し当てた。テオドールの匂いと体温だ。ダリオは心から安心した。安心したら、少し涙が出てきて、もう少し体を寄せる。
「なぁ、初期化されてた時の記憶ってあるのか」
「はい。覚えています」
「そっか」
テオドールはダリオのために適度な体温を再現してくれていて、くっついていると、とろとろ温かくなってくる。ダリオはもう半分寝ていた。
「あのさ……『花』じゃないのに……俺のこと見つけてくれてありがとう……」
次第にまぶたが落ちて、視界が閉ざされていく中、テオドールの姿が黒鉛筆でグチャグチャに線を引かれて何もかも真っ黒に塗り潰される。そんな光景が見えた気がしたが、恐らく眠すぎたせいだろう。
『ダリオさん……』
恐る恐るというように、目尻とこめかみに濡れた感触がして、食むようにされ、口づけられたのだと知る。涙を吸われたのだと後から理解したが、その時は頭が回らなかった。気持ちいい。もっとしてほしい。好き。好き。テオが好きだ。どんな彼も愛しているが、一緒にいてくれた青年をダリオはいちばん愛している。帰ってきてくれてよかった。本当はこわかった。ダリオの腰に手が回って、呻き声と控え目な形容しがたい破壊音もしたが、ダリオはもう限界だった。
テオドールにくっつけて、キスももらって、抱き寄せられて、体温と匂いに包まれて。
ダリオはじゅうぶん幸せなのだった。
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