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番外 十七 妹、襲来す
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いろいろ反省することの多かった一夜からしばらくして、その日は、午後の大学講義が一息ついたところだった。
さすがにもう暑くなってきて、平均最高気温は27度程度、日中はTシャツで過ごしているダリオである。夜間は気温が下がり、18度くらいまでになることもあるので、薄手のカーディガンを羽織る学生も多い。
また、イーストシティはこの時節、突然の雷雨もよく発生する。
今日も、ちょうど講義中に雨雲が出たらしい。講義棟を出ると遠くで黒雲がゴロゴロと音を鳴らしていた。うわ、とダリオは思ったが、途端にぱらぱらと小雨が降り始め、あっという間に雨脚が激しくなる。
講義を終えたばかりの大学生たちは、折り畳み傘を鞄から取り出したり、慌てて建物に駆けこんだりしているようだ。
ダリオは図書館で課題でもしていくかと思い悩む。すると、講義棟のエントランスに駆けこんで来たクリスに、「ダリオくん!」と声をかけられた。
クリスは小柄な青年で、顔もかわいらしいので、大柄なダリオと並んでいると凸凹感が凄い。彼はダリオのアルバイト仲間でもあるが、同じ講義を取っている関係もあって、構内でもよく顔を合わせるのだった。その彼は見るからに慌てている。
「大変だよ、ダリオくん、あっち! 校門前なんだけども! ぜったい関係者! すごいことなってる!」
「クリス君、落ち着いてくれ」
「あ、そ、そうだね。ごめんよ。あのね、すご、すごい美人が校門前で、ダリオ・ロータスを知ってるかって声かけてるの。顔がね! テオドールくんそっくりなんだよ!」
「……あー」
なるほど、とダリオは頷いた。
「心当たりある!?」
「あるかも。テオの妹かもしれない」
「へー……って、テオドールくん妹さんいたの!?」
「らしい。俺もついこの間知った」
「なるほどね!? とりあえず、ダリオくん行ってあげて。人だかりやばいことになりそうだよ。なんかちょっとテオドールくんより、なんだろ、ええと、素直っぽい感じで、変な男に騙されてついて行っちゃいそう……」
クリス君、慧眼過ぎるとダリオは微妙な気持ちになった。見た目は大人、年齢はゼロ歳、まだ生まれていない精神体の支配者なのだ。
イーストシティに来たばかりの頃、怖い目にあってトラウマもありそうな気がするし、早めに保護した方がいいかもしれない。
ダリオはお礼を言って、校門まで急いだ。
クリスの言う通り、凄い人だかりができていた。中心にいるのは、長く艶やかな黒髪を頭頂で一つにくくり、背中まで垂らした総髪の美女だ。アーモンド形の目は切れ長に知性をたたえ、唇は桜桃を含んだようになまめかしく瑞々しい。佇む姿は愁いを帯びて、人どころか無機物まで彼女の足元にひざまずきそうなうつくしさである。お付きの状態になってしまっている男子生徒がワインレッドのスーツを着た彼女に傘を差しており、魂を吸われたようなぼんやりした顔をしていた。
果敢にも彼女に話しかけようとして、お互いに腕をつつき合っているのは、フットボール部の主力メンバーだ。意を決して、一歩前に出ようとしたところを、人間離れした美貌の彼女が顔を上げ、向こう側のダリオに気づいたらしく少し首を傾げた。
テオに仕草が似ている、とダリオは内心思いもする。近づくと、ダリオは努めて表情を変えずに声をかけた。
「俺を探していると聞いたんだが、何か用か?」
「ええ。でもここは騒がしいわ。場所を変えて話しましょう」
声のうつくしさに、周囲から、ほうっという溜息と、声かけの機会を失った舌打ちの音が聞こえたが、ダリオに否やはなかった。
大学構内のカフェテリアでは注目を集めすぎると思い、ダリオは少し価格帯が上の落ち着いた喫茶店を案内した。
ベルを鳴らして入店すると、ジャズシンガーのナディア・コールマンのアルバムが流れている。ぽつぽつと席は埋まっているものの、こちらに視線を投げかけてくるものは少ない。
テオドールの妹は、物珍しそうに店内を見て、大人しく席に着いた。
コーヒーを注文すると、まずダリオは確認した。
「一応聞くが、その体、またナサニエルさんの使ってるのか?」
一度殺されかけたこともあって、ダリオはかなりざっくばらんな口調である。初手で不法侵入をした兄といい、殺そうとしてきた妹といい、こいつら似たもの兄妹じゃねーかという思いだ。
一方、妹はまったく悪びれない。
「ええ。本人も承知していることよ」
「あー、その、ナサニエルさん、体ボロボロになってたんだろ。大丈夫なのか?」
彼女はまた首を少し傾げた。
「何故真っ先にそんなことを気にするの? 貴方に危害を加えようとしたのに」
「なんでって……」
ダリオは周囲を確認して、声をひそめた。
「目の前で吐血されたし、気にするだろ。本人が承知してようが、目の前で臓器ズタボロにする行為されたら、さすがに一言は言う」
「そう。よくわからないわ」
彼女は小さく肩をすくめると、
「わからないけれど、貴方が気にするなら、修復しておくわ。私がこの体から抜けても、元通りになる。これでいいでしょう?」
「ああ、そうしてくれると助かる。で、何で俺を探してたんだ?」
名前わかんねえし、話しにくいなと思いつつ、ダリオは尋ねた。
「ああ。名前ね」
彼女は猫が暗がりで瞳をきらめかせるように、店内をもう一度見まわし、耳を澄ませた。
「そうね、この曲は心地いいわ。歌手の名前をひとまず拝借しましょう。私のことはナディアと呼んで。仮の名前ですけれど、必要でしょう」
ダリオは頷くと、こう言った。
「あんたの兄ちゃんにも手始めに言ったんだが、俺の心を読むの止めてくれる?」
「お兄さんにも? お兄さんは承知したのね……わかりました。心を読むのは止めるわ」
素直である。クリス君、やっぱり慧眼だよなあ、とダリオは再度思った。
ここでコーヒーがサーブされ、一度会話を中断し、テオドールの妹――ナディアを仮の名とした彼女が要件を説明する。
「貴方に借りがあったでしょう。そのままにしておくわけにもいかないので、今日足を運んだの」
「あ? 借り?」
ダリオは疑問符を浮かべた。
「お兄さんが私を殺そうとした時に止めてくれた件よ。調子に乗らないでほしいけれど、借りは借りですもの。何か一つ願いを叶えてあげるわ。言いなさい」
「はあ」
ダリオは言いたいことが色々あったが、その末に「はあ」という返事になった。
ナディアはむっとしたらしい。
「間の抜けた返事ね。本当にお兄さんは貴方のどこがよかったのかしら。とにかく、借りを返します。早く言いなさい」
「早く言いなさいと言われても、別に願いなんかねえよ。さっさと帰れくらいか?」
「よく考えなさい。こんな機会は二度とないわよ。私は命の対価に、私にできることはおよそなんでもしてあげると言っているの。私たちは恩義に報いる種族なの。借りをそのままにはしておけないのよ」
「ええ……本当に別にない……あ、俺の命を狙うな」
「……貴方ね……お兄さんに止められたし、負けてしまったもの。すでに片が付いている件よ。言われずとも、もうそれはしないわ。別の願い事をしなさい」
「そうかよ。じゃあ別にない。あ、それならここのコーヒー奢ってくれ。それで手打ちでいいぞ」
ナディアは、うつくしい顔を『不可解』とはっきり歪めた。
「貴方……ふざけているの?」
「そう言われても別に叶えて欲しい願いなんてねえよ。大体自分でなんとかするし」
「お金持ちになりたいとか、永遠の命が欲しいとか、ああ、永遠の若さもつけてとか、色々あるでしょう」
「金は自分で稼げるし、永遠の命とか罰ゲームかよ。若さも別に今は特に……ああ、コーヒー奢るのが不満なら、連絡先くれ」
ダリオは思いついて提案した。
「あんたのとーちゃんとかーちゃんとあんたで、一家団欒手配しないといけないんだが、連絡先わかんないと困る。お父さんはニャインやってるみたいなんだけど、ニャインのアカウントって、もしかしてナサニエルさんのになるのか? それは嫌だから、新しい携帯フォンでも契約して、専用アカウント作って教えてくれると助かる。それなら面倒だし、これで『お願い』よくないか?」
「馬鹿なの?」
「連絡先は本当に助かるんだが。あと、初めてこっち来た時、暴漢に襲われて大変だったんだろ? あんたは自力でもうなんとかできるかもしれんが、万一また似たようなことになった時、連絡してくれたら、テオにお願いしてなんとかしてもらえるかもしれねえし。あ、テオに聞いたら、一回殺そうとして撤回なった時点で手打ちなんだってな? 俺にはよくわからんが、別に絶対会うの拒否ではないみたいで、よかったよ。前とりなしするとか簡単に言ってしまって悪かった。そういうわけで、みんなで顔を合わせる日取りを――」
「もういい。お前はおかしい」
いきなり言い切られて、ダリオは目が点になった。ナディアは本当に不可解なものを見る目をして、柳眉を寄せている。
「私も人間社会を少し出入りしてみたの。人間の在り方、欲望を観察したのよ。結論としては、お兄さんが気にするほどの価値もない。だからお前にさっさと借りを返して、身軽になりたかったのよ。わかったわ。お前にコーヒーも奢ってあげるし、連絡先も作って、いずれご連絡させていただくわ」
「ああ、そうか。助かるよ」
ナディアはふと愁眉を解いた。
「変な人間」
特に不快という声色でもなく、本心から出たような少し幼いそれで、ダリオは「そうか」とまた相槌を打った。
変わっているのは、むしろナディアの方ではないかと思う。父親を見ても、兄のテオドールを見ても、ナディアは相当に変わり種と思う。性格が、かなり人間に近いような気がする。赤ちゃん未満のせいだろうか。
ナディアはコーヒー代を置いて、「お先に失礼するわ」と席を立った。それからためらいがちに、
「お兄さんに、よろしくお伝えしておいて」
そう言うので、ダリオは「ああ」と頷く。
うつくしい支配者は、ざあざあと白雨のけぶる外界にすぐその姿が見えなくなる。
ダリオはワインレッドのスーツ姿を探すように、しばらく窓の外を眺めた。店内には、ナディア・コールマンの物憂げなしわがれ声が雨音のようなピアノの音色とともに、BGMで静かに流れている。
ほどなくして、雷雨が嘘のように雲の切れ間から日が差す。気づけば、もう雨はすっかり止んでいた。
雷雨とともに支配者は去った。
それから、ダリオは鞄からレポート課題を出すと、コーヒー代分進めたのだった。
さすがにもう暑くなってきて、平均最高気温は27度程度、日中はTシャツで過ごしているダリオである。夜間は気温が下がり、18度くらいまでになることもあるので、薄手のカーディガンを羽織る学生も多い。
また、イーストシティはこの時節、突然の雷雨もよく発生する。
今日も、ちょうど講義中に雨雲が出たらしい。講義棟を出ると遠くで黒雲がゴロゴロと音を鳴らしていた。うわ、とダリオは思ったが、途端にぱらぱらと小雨が降り始め、あっという間に雨脚が激しくなる。
講義を終えたばかりの大学生たちは、折り畳み傘を鞄から取り出したり、慌てて建物に駆けこんだりしているようだ。
ダリオは図書館で課題でもしていくかと思い悩む。すると、講義棟のエントランスに駆けこんで来たクリスに、「ダリオくん!」と声をかけられた。
クリスは小柄な青年で、顔もかわいらしいので、大柄なダリオと並んでいると凸凹感が凄い。彼はダリオのアルバイト仲間でもあるが、同じ講義を取っている関係もあって、構内でもよく顔を合わせるのだった。その彼は見るからに慌てている。
「大変だよ、ダリオくん、あっち! 校門前なんだけども! ぜったい関係者! すごいことなってる!」
「クリス君、落ち着いてくれ」
「あ、そ、そうだね。ごめんよ。あのね、すご、すごい美人が校門前で、ダリオ・ロータスを知ってるかって声かけてるの。顔がね! テオドールくんそっくりなんだよ!」
「……あー」
なるほど、とダリオは頷いた。
「心当たりある!?」
「あるかも。テオの妹かもしれない」
「へー……って、テオドールくん妹さんいたの!?」
「らしい。俺もついこの間知った」
「なるほどね!? とりあえず、ダリオくん行ってあげて。人だかりやばいことになりそうだよ。なんかちょっとテオドールくんより、なんだろ、ええと、素直っぽい感じで、変な男に騙されてついて行っちゃいそう……」
クリス君、慧眼過ぎるとダリオは微妙な気持ちになった。見た目は大人、年齢はゼロ歳、まだ生まれていない精神体の支配者なのだ。
イーストシティに来たばかりの頃、怖い目にあってトラウマもありそうな気がするし、早めに保護した方がいいかもしれない。
ダリオはお礼を言って、校門まで急いだ。
クリスの言う通り、凄い人だかりができていた。中心にいるのは、長く艶やかな黒髪を頭頂で一つにくくり、背中まで垂らした総髪の美女だ。アーモンド形の目は切れ長に知性をたたえ、唇は桜桃を含んだようになまめかしく瑞々しい。佇む姿は愁いを帯びて、人どころか無機物まで彼女の足元にひざまずきそうなうつくしさである。お付きの状態になってしまっている男子生徒がワインレッドのスーツを着た彼女に傘を差しており、魂を吸われたようなぼんやりした顔をしていた。
果敢にも彼女に話しかけようとして、お互いに腕をつつき合っているのは、フットボール部の主力メンバーだ。意を決して、一歩前に出ようとしたところを、人間離れした美貌の彼女が顔を上げ、向こう側のダリオに気づいたらしく少し首を傾げた。
テオに仕草が似ている、とダリオは内心思いもする。近づくと、ダリオは努めて表情を変えずに声をかけた。
「俺を探していると聞いたんだが、何か用か?」
「ええ。でもここは騒がしいわ。場所を変えて話しましょう」
声のうつくしさに、周囲から、ほうっという溜息と、声かけの機会を失った舌打ちの音が聞こえたが、ダリオに否やはなかった。
大学構内のカフェテリアでは注目を集めすぎると思い、ダリオは少し価格帯が上の落ち着いた喫茶店を案内した。
ベルを鳴らして入店すると、ジャズシンガーのナディア・コールマンのアルバムが流れている。ぽつぽつと席は埋まっているものの、こちらに視線を投げかけてくるものは少ない。
テオドールの妹は、物珍しそうに店内を見て、大人しく席に着いた。
コーヒーを注文すると、まずダリオは確認した。
「一応聞くが、その体、またナサニエルさんの使ってるのか?」
一度殺されかけたこともあって、ダリオはかなりざっくばらんな口調である。初手で不法侵入をした兄といい、殺そうとしてきた妹といい、こいつら似たもの兄妹じゃねーかという思いだ。
一方、妹はまったく悪びれない。
「ええ。本人も承知していることよ」
「あー、その、ナサニエルさん、体ボロボロになってたんだろ。大丈夫なのか?」
彼女はまた首を少し傾げた。
「何故真っ先にそんなことを気にするの? 貴方に危害を加えようとしたのに」
「なんでって……」
ダリオは周囲を確認して、声をひそめた。
「目の前で吐血されたし、気にするだろ。本人が承知してようが、目の前で臓器ズタボロにする行為されたら、さすがに一言は言う」
「そう。よくわからないわ」
彼女は小さく肩をすくめると、
「わからないけれど、貴方が気にするなら、修復しておくわ。私がこの体から抜けても、元通りになる。これでいいでしょう?」
「ああ、そうしてくれると助かる。で、何で俺を探してたんだ?」
名前わかんねえし、話しにくいなと思いつつ、ダリオは尋ねた。
「ああ。名前ね」
彼女は猫が暗がりで瞳をきらめかせるように、店内をもう一度見まわし、耳を澄ませた。
「そうね、この曲は心地いいわ。歌手の名前をひとまず拝借しましょう。私のことはナディアと呼んで。仮の名前ですけれど、必要でしょう」
ダリオは頷くと、こう言った。
「あんたの兄ちゃんにも手始めに言ったんだが、俺の心を読むの止めてくれる?」
「お兄さんにも? お兄さんは承知したのね……わかりました。心を読むのは止めるわ」
素直である。クリス君、やっぱり慧眼だよなあ、とダリオは再度思った。
ここでコーヒーがサーブされ、一度会話を中断し、テオドールの妹――ナディアを仮の名とした彼女が要件を説明する。
「貴方に借りがあったでしょう。そのままにしておくわけにもいかないので、今日足を運んだの」
「あ? 借り?」
ダリオは疑問符を浮かべた。
「お兄さんが私を殺そうとした時に止めてくれた件よ。調子に乗らないでほしいけれど、借りは借りですもの。何か一つ願いを叶えてあげるわ。言いなさい」
「はあ」
ダリオは言いたいことが色々あったが、その末に「はあ」という返事になった。
ナディアはむっとしたらしい。
「間の抜けた返事ね。本当にお兄さんは貴方のどこがよかったのかしら。とにかく、借りを返します。早く言いなさい」
「早く言いなさいと言われても、別に願いなんかねえよ。さっさと帰れくらいか?」
「よく考えなさい。こんな機会は二度とないわよ。私は命の対価に、私にできることはおよそなんでもしてあげると言っているの。私たちは恩義に報いる種族なの。借りをそのままにはしておけないのよ」
「ええ……本当に別にない……あ、俺の命を狙うな」
「……貴方ね……お兄さんに止められたし、負けてしまったもの。すでに片が付いている件よ。言われずとも、もうそれはしないわ。別の願い事をしなさい」
「そうかよ。じゃあ別にない。あ、それならここのコーヒー奢ってくれ。それで手打ちでいいぞ」
ナディアは、うつくしい顔を『不可解』とはっきり歪めた。
「貴方……ふざけているの?」
「そう言われても別に叶えて欲しい願いなんてねえよ。大体自分でなんとかするし」
「お金持ちになりたいとか、永遠の命が欲しいとか、ああ、永遠の若さもつけてとか、色々あるでしょう」
「金は自分で稼げるし、永遠の命とか罰ゲームかよ。若さも別に今は特に……ああ、コーヒー奢るのが不満なら、連絡先くれ」
ダリオは思いついて提案した。
「あんたのとーちゃんとかーちゃんとあんたで、一家団欒手配しないといけないんだが、連絡先わかんないと困る。お父さんはニャインやってるみたいなんだけど、ニャインのアカウントって、もしかしてナサニエルさんのになるのか? それは嫌だから、新しい携帯フォンでも契約して、専用アカウント作って教えてくれると助かる。それなら面倒だし、これで『お願い』よくないか?」
「馬鹿なの?」
「連絡先は本当に助かるんだが。あと、初めてこっち来た時、暴漢に襲われて大変だったんだろ? あんたは自力でもうなんとかできるかもしれんが、万一また似たようなことになった時、連絡してくれたら、テオにお願いしてなんとかしてもらえるかもしれねえし。あ、テオに聞いたら、一回殺そうとして撤回なった時点で手打ちなんだってな? 俺にはよくわからんが、別に絶対会うの拒否ではないみたいで、よかったよ。前とりなしするとか簡単に言ってしまって悪かった。そういうわけで、みんなで顔を合わせる日取りを――」
「もういい。お前はおかしい」
いきなり言い切られて、ダリオは目が点になった。ナディアは本当に不可解なものを見る目をして、柳眉を寄せている。
「私も人間社会を少し出入りしてみたの。人間の在り方、欲望を観察したのよ。結論としては、お兄さんが気にするほどの価値もない。だからお前にさっさと借りを返して、身軽になりたかったのよ。わかったわ。お前にコーヒーも奢ってあげるし、連絡先も作って、いずれご連絡させていただくわ」
「ああ、そうか。助かるよ」
ナディアはふと愁眉を解いた。
「変な人間」
特に不快という声色でもなく、本心から出たような少し幼いそれで、ダリオは「そうか」とまた相槌を打った。
変わっているのは、むしろナディアの方ではないかと思う。父親を見ても、兄のテオドールを見ても、ナディアは相当に変わり種と思う。性格が、かなり人間に近いような気がする。赤ちゃん未満のせいだろうか。
ナディアはコーヒー代を置いて、「お先に失礼するわ」と席を立った。それからためらいがちに、
「お兄さんに、よろしくお伝えしておいて」
そう言うので、ダリオは「ああ」と頷く。
うつくしい支配者は、ざあざあと白雨のけぶる外界にすぐその姿が見えなくなる。
ダリオはワインレッドのスーツ姿を探すように、しばらく窓の外を眺めた。店内には、ナディア・コールマンの物憂げなしわがれ声が雨音のようなピアノの音色とともに、BGMで静かに流れている。
ほどなくして、雷雨が嘘のように雲の切れ間から日が差す。気づけば、もう雨はすっかり止んでいた。
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それから、ダリオは鞄からレポート課題を出すと、コーヒー代分進めたのだった。
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