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本編
04.友人ご乱心
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登校中の電車では少しだけ視線を感じた。
でも颯真が壁になってくれて、俺は車両の端っこで隠れていればよかった。
電車を降りても昨日みたいに追いかけられることなく、無事に学校へ辿り着けた。
校内は先生も生徒もほとんどがベータなので安心して過ごせる。
俺は不安を払拭するように、ベータの友人たちと馬鹿話に興じた。
「ユキ、帰るよ」
「あ、うん。じゃお先」
「え~」というブーイング混ざりの非難の声を躱して颯真の横に並ぶ。
俺だって大勢とワイワイ騒ぎたい気分だったけど、今だけはどうしようもない。あと数日の我慢だ。
「ユキ。今日は例の空き地に行ってみないか?」
「神様の? なんで?」
「もしまた神様に会えたら、期日前倒しで体を治してくれるかもしれない。それ以外にも色々と聞きたいし」
「うーん、そだね……じゃあ行ってみよう」
帰りの電車内を平穏にやり過ごし、俺達はあの空き地へ向かった。
閑静な住宅街の裏通り。この道の途中に目的地がある。
かつては家が立っていたであろう、奥行きのある四角い敷地に、俺の胸くらいまである背の高い草が生い茂った場所。
車一台分雑草がなぎ倒された空間の反対側に、あの日と変わらず祠があった。
「これが神様が住んでるっていう祠?」
「うん。あの夢が現実なら、ね」
空き地にネコはいない。もちろん白装束の少年の姿もない。
颯真は祠に律儀に一礼したあと、声を掛けたり石造りの屋根部分をこつこつ叩いたりした。
「出てこない」
「そりゃね……」
この話の言い出しっぺは俺だが、颯真が真剣に神様を呼び出そうとしてるのを見ると、なんかちょっと恥ずかしい。
俺自身信じられない白昼夢を颯真は信じていて、こうして行動を起こしている。友達思いなやつだけど、ここまでくるとピュアすぎて体が痒く感じてしまう。
「なぁ颯真、たぶん神様出てこないよ。諦めようよ」
「いやでも……なぁ、神様はなんで祠から出てきたんだっけ?」
「なんでって、ネコのフンが……待て颯真、早まるな」
俺は慌てて颯真を空き地から引きずり出した。
思いやりが強いのも考えものだ。放っといたらとんでもないことを平気でしそうで怖い。
「少しでも可能性があるなら試してみるべきじゃないか?」
「ダメだって。それだけはダメだ。実行したって神様が出てくる保証ないし、なにより今度は颯真に被害が出たらどうすんの?」
「ダメか……」
未練がましく祠を見つめる颯真をなんとか引っ張って、家の方に歩かせる。
しばらく腕を引いてやっと諦めてくれたらしい。大人しく後ろをついてくるようになった。安堵の溜め息が漏れる。
俺のために友人の尊厳を傷つけさせるわけにいかない。
「ネコが集まる空き地なら、フンのひとつくらい落ちてるかと思ったんだが……」
あ、そっち?
颯真自身は路上で軽犯罪をするつもりはなかったらしい。
いや、爽やかな風貌の高校生男子がネコのウンコ探してうろつく光景も十分トラウマものだ。
俺はもう祠と神様の話題については取り合うことなく、黙々と家路を辿って我が家に颯真を押し込んだ。
今日も母は夜まで仕事、父は出張中だ。
颯真を先に行かせ、冷蔵庫からお茶を出して部屋に向かう。
今朝家を出る前、窓を少し網戸にしておいたから、部屋の中に充満しているらしいオメガ臭はきっとなんとかなっているだろう。
「お茶持ってきたよ」
「あぁ、ありがと」
予想通り颯真は部屋に入っていた。
昨日のように入り口で立ちすくむことはなかったみたいでホッとする。
どんな匂いに由来するとしても、部屋が臭いと思われるのは年頃の男子としては心外だしな。
昨日と同じようにだらだら過ごすため、俺は部屋着に着替えることにした。
颯真は勝手知ったる俺の部屋だから、すでに壁のハンガーにジャケットを掛けてラグに座っている。
俺も隣のハンガーを手に取り、ジャケットとスラックスを脱いで引っ掛けた。ワイシャツは洗濯のため部屋の外に放って、後で脱衣カゴに入れる。
パンツ一枚で歩き回り、タンスの中からスウェット上下を出したところで、妙に背中に視線を感じた。
「……」
颯真が俺を見てる。というか、ガン見だ。
はて、と首を傾げる。
昨日は色々混乱してて、俺も颯真も制服のワイシャツとスラックスで過ごしたが、今日は通常運転だ。
俺は帰宅すると必ず部屋着に着替える。
同性なので颯真の前で恥じらったりしない。颯真も特に何か言ったり、見たりすることもない。
以前体育の授業で背中にバレーボールが強く当たって、見事な青アザになったときはさすがに見られて驚かれたけど、そのくらいなものだ。
これほどまでに凝視される理由が思い当たらない。
「何?」
「……」
「颯真?」
「あ、あぁ。ごめん」
「いやいいけど……なんか傷でもある?」
ごめんと言いつつ視線を逸らさない颯真の前で一回転してみたが、特に傷や打ち身の痕があるというわけではなさそうだ。
じゃあなぜこんなに見られてるのか、という疑問は颯真の問いかけで判明した。
「ユキ、そんなに細かったっけ?」
「へ?」
どうやら颯真は俺のヒョロガリボディが気になっているらしい。
腕を持ち上げ、足を見下ろす。特に変化はない。相変わらず筋肉のあまりない、痩せた体だ。
「こんなもんだと思うけど」
「そうだったか……?」
そりゃまぁ、全身無駄なく筋肉がついてる運動部の颯真に比べれば俺の体は細くて薄いだろう。
「ユキ、こんなに細かったんだな……手足細い……尻も小さい……」
ちょっと、どこ見てんの。
女子のならともかく自分の尻の大きさなんて気にしたことない。だいたい何と比較して小さいって言ってるんだ?
このままだとどんどんディスられそうで、俺はさっさとスウェットを着てしまうことにした。
ワンサイズ上のゆるい上着に袖を通したところで、いきなり腕を引かれる。
「ぅわっ!」
「ユキ」
「なんだよ! いきなり引っ張ったら危ないだろ」
「ごめん。でもなんか、細くて心配で」
俺は颯真の膝の上に着地した。
まるで俺が颯真に乗り上げて迫ってるような構図だ。
しかし移動できない。スウェットごと胴を颯真にホールドされている。
「ちょっと颯真」
「今日も匂い嗅がせてくれない?」
「え、あ、いいけど」
まさか昨日に引き続き今日もそんなお願いをされるなんて思わなかった。
拒否する理由もないので頷くと、颯真は俺の胸に顔を埋めた。
おい、それはスウェットだぞ。某有名ファストファッションチェーンのやつだぞ。
「ホントいい匂い。クセになる……」
布地に顔を埋めたままイケメンが呻いている。
颯真にとって俺のフェロモン臭はいい匂いらしいとは承知していたが、クセになるような魅惑のスメルだったとは。なんて罪作りな男なんだ俺。
すぅはぁと布地の奥で呼吸音がする。
俺は手持ち無沙汰で、颯真の肩に手を置いた。そうするしかない。
数分ほどそのままの姿勢でいたが、すぐ後悔が押し寄せて来た。
俺は未だ下半身がパンツ一枚だ。
下着姿の尻が颯真の膝に着地してしまいそうで、膝立ちのまま何もできない。
できるだけ腰を引いてるけど、客観的に見られたら尻を突き出している格好で、それはそれで恥ずかしい。
「そ、そうま……ひゃっ!?」
まだこのまま匂いを嗅ぐつもりか、と問いかけようとして、俺は咄嗟に奇声を発していた。
颯真が俺の上半身を抱えたまま、背中を撫で下ろして尻を触っている。
「ちょ、ちょっと!」
「ユキ、やっぱ細すぎ……心配だ……」
いやむしろ揉んでいる。
颯真のごつごつした男らしい手のひらが、俺の薄い尻肉をもぎゅもぎゅと握っては離し、揉んで、撫でて。
「何してんのマジで! おいこら! ひっ、やめろってば!」
制止の声に焦りが滲む。
だってなんか、変な感じがしてきたんだ。じわじわというか、ムズムズというか。
ただ同性に尻を触られてるだけなのに、ものすごくイケナイことをされているような焦燥感がある。
これ以上はまずい。そんな気がする。
力ずくでも体を離そう。
そう決意して腕に力を込めた矢先、颯真は俺の体を見下ろしてぽつりと呟いた。
「あ、勃ってる」
「~~っ!」
最悪だ。
友人に尻を揉まれて勃ってしまう男だと思われた……他でもない颯真に。
スウェットの裾を目一杯引っ張って下を隠したけど、もうバレてるので無駄な行動だ。そんなの俺が一番わかってる。でも隠すしかないだろこんなの。
「も、やだ……離せよ……」
可愛らしい女の子や、可愛らしいオメガが興奮してたら嬉しいだろうけど、俺はゴツいアルファだ。
今は一時的にオメガの疑いがあるけど、この体が柔らかさの欠片もない無骨な男のものであることに変わりはない。
もちろん股間のブツにも可愛らしさなんてものはない。
半泣きになりながら顔を背けた俺をじっと見て、颯真は落ち着かせるような静かな声を出した。
「なぁユキ。病院に行く気はないんだよな」
「へ? ……うん」
颯真の言いたいことはわかる。
病院に行けば体のことを調べてもらえる。もちろん第二性の再検査もできる。
俺の体が本当に人知を超えた力で変化していれば、数字に現れるはずだ。
しかしそうする気はなかった。
医師の診断の元、オメガ性を確認された国民は国や行政の支援対象に登録される。その日のうちに抑制剤が処方され、通院によって本人の体質に合った抑制剤が処方しなおされていく。それらの費用は保険適用の中でもさらに安くなり、場合によっては無料だという。
でも俺の体質変化は、数日間という期限付き。
もしオメガの診断が出て、無料か極めて低負担の金額で抑制剤をもらって────次の検査でアルファに戻っていたらどうなる?
抑制剤を返すように言われたり、関係各所や親に怒られるだけならまだいい。
検査結果を歪ませたトリックがあるんじゃないかと疑われるかもしれない。もしかしたら、抑制剤を不正に入手しようとして医師と結託した……なんて疑惑を持たれたら、病院に迷惑がかかる可能性だってある。
幸い、俺のフェロモンはドラッグストアで気楽に買える市販品で抑えられたようだ。
病院にかかって問題が起こるリスクは避けたい。
それに────お医者さんにオメガだって確定診断されてしまったら、もう立ち直れない気がする。
このようなことをたどたどしく話しているうちに、涙と下半身は落ち着いた。
「うん、そうだな。でもそれならユキは、ずっと不安なままになる」
「……」
「オメガになってしまったかもしれないけど、なってないかもしれない。もしオメガになってたら、神様に体を戻してもらわないといけないけど、もう一度神様に会えるかどうかも不確定だ。確かなことが何もない」
「……うん」
目を逸して考えないようにしていたけど、俺はずっと不安だった。
アルファとして生きてきたのに、いきなりオメガだなんて。
もし神様に再会できなかったら今後もこのままなのか?
オメガとして生きていくって、どうやって?
周囲の目が変わるだろう。父さんたちになんて言えばいい。学校も転校しなきゃいけないかもしれない。友達と離れ離れに────なにより、アルファである颯真にはもう二度と、こんな風に気軽には会えない。
また涙が滲みそうになるのを必死で堪えていると、俺の体を抱えたままだった颯真が、真面目なトーンでとんでもないことを言い出した。
「でも今一つだけ確かめられることがある」
「え? 何?」
「ユキが本当にオメガになってるかどうか。……ここで」
「ひゃっ!?」
颯真の指が不埒に蠢いて、下着の上から尻の狭間を押した。
「オメガはここが濡れる。……試してみよう」
でも颯真が壁になってくれて、俺は車両の端っこで隠れていればよかった。
電車を降りても昨日みたいに追いかけられることなく、無事に学校へ辿り着けた。
校内は先生も生徒もほとんどがベータなので安心して過ごせる。
俺は不安を払拭するように、ベータの友人たちと馬鹿話に興じた。
「ユキ、帰るよ」
「あ、うん。じゃお先」
「え~」というブーイング混ざりの非難の声を躱して颯真の横に並ぶ。
俺だって大勢とワイワイ騒ぎたい気分だったけど、今だけはどうしようもない。あと数日の我慢だ。
「ユキ。今日は例の空き地に行ってみないか?」
「神様の? なんで?」
「もしまた神様に会えたら、期日前倒しで体を治してくれるかもしれない。それ以外にも色々と聞きたいし」
「うーん、そだね……じゃあ行ってみよう」
帰りの電車内を平穏にやり過ごし、俺達はあの空き地へ向かった。
閑静な住宅街の裏通り。この道の途中に目的地がある。
かつては家が立っていたであろう、奥行きのある四角い敷地に、俺の胸くらいまである背の高い草が生い茂った場所。
車一台分雑草がなぎ倒された空間の反対側に、あの日と変わらず祠があった。
「これが神様が住んでるっていう祠?」
「うん。あの夢が現実なら、ね」
空き地にネコはいない。もちろん白装束の少年の姿もない。
颯真は祠に律儀に一礼したあと、声を掛けたり石造りの屋根部分をこつこつ叩いたりした。
「出てこない」
「そりゃね……」
この話の言い出しっぺは俺だが、颯真が真剣に神様を呼び出そうとしてるのを見ると、なんかちょっと恥ずかしい。
俺自身信じられない白昼夢を颯真は信じていて、こうして行動を起こしている。友達思いなやつだけど、ここまでくるとピュアすぎて体が痒く感じてしまう。
「なぁ颯真、たぶん神様出てこないよ。諦めようよ」
「いやでも……なぁ、神様はなんで祠から出てきたんだっけ?」
「なんでって、ネコのフンが……待て颯真、早まるな」
俺は慌てて颯真を空き地から引きずり出した。
思いやりが強いのも考えものだ。放っといたらとんでもないことを平気でしそうで怖い。
「少しでも可能性があるなら試してみるべきじゃないか?」
「ダメだって。それだけはダメだ。実行したって神様が出てくる保証ないし、なにより今度は颯真に被害が出たらどうすんの?」
「ダメか……」
未練がましく祠を見つめる颯真をなんとか引っ張って、家の方に歩かせる。
しばらく腕を引いてやっと諦めてくれたらしい。大人しく後ろをついてくるようになった。安堵の溜め息が漏れる。
俺のために友人の尊厳を傷つけさせるわけにいかない。
「ネコが集まる空き地なら、フンのひとつくらい落ちてるかと思ったんだが……」
あ、そっち?
颯真自身は路上で軽犯罪をするつもりはなかったらしい。
いや、爽やかな風貌の高校生男子がネコのウンコ探してうろつく光景も十分トラウマものだ。
俺はもう祠と神様の話題については取り合うことなく、黙々と家路を辿って我が家に颯真を押し込んだ。
今日も母は夜まで仕事、父は出張中だ。
颯真を先に行かせ、冷蔵庫からお茶を出して部屋に向かう。
今朝家を出る前、窓を少し網戸にしておいたから、部屋の中に充満しているらしいオメガ臭はきっとなんとかなっているだろう。
「お茶持ってきたよ」
「あぁ、ありがと」
予想通り颯真は部屋に入っていた。
昨日のように入り口で立ちすくむことはなかったみたいでホッとする。
どんな匂いに由来するとしても、部屋が臭いと思われるのは年頃の男子としては心外だしな。
昨日と同じようにだらだら過ごすため、俺は部屋着に着替えることにした。
颯真は勝手知ったる俺の部屋だから、すでに壁のハンガーにジャケットを掛けてラグに座っている。
俺も隣のハンガーを手に取り、ジャケットとスラックスを脱いで引っ掛けた。ワイシャツは洗濯のため部屋の外に放って、後で脱衣カゴに入れる。
パンツ一枚で歩き回り、タンスの中からスウェット上下を出したところで、妙に背中に視線を感じた。
「……」
颯真が俺を見てる。というか、ガン見だ。
はて、と首を傾げる。
昨日は色々混乱してて、俺も颯真も制服のワイシャツとスラックスで過ごしたが、今日は通常運転だ。
俺は帰宅すると必ず部屋着に着替える。
同性なので颯真の前で恥じらったりしない。颯真も特に何か言ったり、見たりすることもない。
以前体育の授業で背中にバレーボールが強く当たって、見事な青アザになったときはさすがに見られて驚かれたけど、そのくらいなものだ。
これほどまでに凝視される理由が思い当たらない。
「何?」
「……」
「颯真?」
「あ、あぁ。ごめん」
「いやいいけど……なんか傷でもある?」
ごめんと言いつつ視線を逸らさない颯真の前で一回転してみたが、特に傷や打ち身の痕があるというわけではなさそうだ。
じゃあなぜこんなに見られてるのか、という疑問は颯真の問いかけで判明した。
「ユキ、そんなに細かったっけ?」
「へ?」
どうやら颯真は俺のヒョロガリボディが気になっているらしい。
腕を持ち上げ、足を見下ろす。特に変化はない。相変わらず筋肉のあまりない、痩せた体だ。
「こんなもんだと思うけど」
「そうだったか……?」
そりゃまぁ、全身無駄なく筋肉がついてる運動部の颯真に比べれば俺の体は細くて薄いだろう。
「ユキ、こんなに細かったんだな……手足細い……尻も小さい……」
ちょっと、どこ見てんの。
女子のならともかく自分の尻の大きさなんて気にしたことない。だいたい何と比較して小さいって言ってるんだ?
このままだとどんどんディスられそうで、俺はさっさとスウェットを着てしまうことにした。
ワンサイズ上のゆるい上着に袖を通したところで、いきなり腕を引かれる。
「ぅわっ!」
「ユキ」
「なんだよ! いきなり引っ張ったら危ないだろ」
「ごめん。でもなんか、細くて心配で」
俺は颯真の膝の上に着地した。
まるで俺が颯真に乗り上げて迫ってるような構図だ。
しかし移動できない。スウェットごと胴を颯真にホールドされている。
「ちょっと颯真」
「今日も匂い嗅がせてくれない?」
「え、あ、いいけど」
まさか昨日に引き続き今日もそんなお願いをされるなんて思わなかった。
拒否する理由もないので頷くと、颯真は俺の胸に顔を埋めた。
おい、それはスウェットだぞ。某有名ファストファッションチェーンのやつだぞ。
「ホントいい匂い。クセになる……」
布地に顔を埋めたままイケメンが呻いている。
颯真にとって俺のフェロモン臭はいい匂いらしいとは承知していたが、クセになるような魅惑のスメルだったとは。なんて罪作りな男なんだ俺。
すぅはぁと布地の奥で呼吸音がする。
俺は手持ち無沙汰で、颯真の肩に手を置いた。そうするしかない。
数分ほどそのままの姿勢でいたが、すぐ後悔が押し寄せて来た。
俺は未だ下半身がパンツ一枚だ。
下着姿の尻が颯真の膝に着地してしまいそうで、膝立ちのまま何もできない。
できるだけ腰を引いてるけど、客観的に見られたら尻を突き出している格好で、それはそれで恥ずかしい。
「そ、そうま……ひゃっ!?」
まだこのまま匂いを嗅ぐつもりか、と問いかけようとして、俺は咄嗟に奇声を発していた。
颯真が俺の上半身を抱えたまま、背中を撫で下ろして尻を触っている。
「ちょ、ちょっと!」
「ユキ、やっぱ細すぎ……心配だ……」
いやむしろ揉んでいる。
颯真のごつごつした男らしい手のひらが、俺の薄い尻肉をもぎゅもぎゅと握っては離し、揉んで、撫でて。
「何してんのマジで! おいこら! ひっ、やめろってば!」
制止の声に焦りが滲む。
だってなんか、変な感じがしてきたんだ。じわじわというか、ムズムズというか。
ただ同性に尻を触られてるだけなのに、ものすごくイケナイことをされているような焦燥感がある。
これ以上はまずい。そんな気がする。
力ずくでも体を離そう。
そう決意して腕に力を込めた矢先、颯真は俺の体を見下ろしてぽつりと呟いた。
「あ、勃ってる」
「~~っ!」
最悪だ。
友人に尻を揉まれて勃ってしまう男だと思われた……他でもない颯真に。
スウェットの裾を目一杯引っ張って下を隠したけど、もうバレてるので無駄な行動だ。そんなの俺が一番わかってる。でも隠すしかないだろこんなの。
「も、やだ……離せよ……」
可愛らしい女の子や、可愛らしいオメガが興奮してたら嬉しいだろうけど、俺はゴツいアルファだ。
今は一時的にオメガの疑いがあるけど、この体が柔らかさの欠片もない無骨な男のものであることに変わりはない。
もちろん股間のブツにも可愛らしさなんてものはない。
半泣きになりながら顔を背けた俺をじっと見て、颯真は落ち着かせるような静かな声を出した。
「なぁユキ。病院に行く気はないんだよな」
「へ? ……うん」
颯真の言いたいことはわかる。
病院に行けば体のことを調べてもらえる。もちろん第二性の再検査もできる。
俺の体が本当に人知を超えた力で変化していれば、数字に現れるはずだ。
しかしそうする気はなかった。
医師の診断の元、オメガ性を確認された国民は国や行政の支援対象に登録される。その日のうちに抑制剤が処方され、通院によって本人の体質に合った抑制剤が処方しなおされていく。それらの費用は保険適用の中でもさらに安くなり、場合によっては無料だという。
でも俺の体質変化は、数日間という期限付き。
もしオメガの診断が出て、無料か極めて低負担の金額で抑制剤をもらって────次の検査でアルファに戻っていたらどうなる?
抑制剤を返すように言われたり、関係各所や親に怒られるだけならまだいい。
検査結果を歪ませたトリックがあるんじゃないかと疑われるかもしれない。もしかしたら、抑制剤を不正に入手しようとして医師と結託した……なんて疑惑を持たれたら、病院に迷惑がかかる可能性だってある。
幸い、俺のフェロモンはドラッグストアで気楽に買える市販品で抑えられたようだ。
病院にかかって問題が起こるリスクは避けたい。
それに────お医者さんにオメガだって確定診断されてしまったら、もう立ち直れない気がする。
このようなことをたどたどしく話しているうちに、涙と下半身は落ち着いた。
「うん、そうだな。でもそれならユキは、ずっと不安なままになる」
「……」
「オメガになってしまったかもしれないけど、なってないかもしれない。もしオメガになってたら、神様に体を戻してもらわないといけないけど、もう一度神様に会えるかどうかも不確定だ。確かなことが何もない」
「……うん」
目を逸して考えないようにしていたけど、俺はずっと不安だった。
アルファとして生きてきたのに、いきなりオメガだなんて。
もし神様に再会できなかったら今後もこのままなのか?
オメガとして生きていくって、どうやって?
周囲の目が変わるだろう。父さんたちになんて言えばいい。学校も転校しなきゃいけないかもしれない。友達と離れ離れに────なにより、アルファである颯真にはもう二度と、こんな風に気軽には会えない。
また涙が滲みそうになるのを必死で堪えていると、俺の体を抱えたままだった颯真が、真面目なトーンでとんでもないことを言い出した。
「でも今一つだけ確かめられることがある」
「え? 何?」
「ユキが本当にオメガになってるかどうか。……ここで」
「ひゃっ!?」
颯真の指が不埒に蠢いて、下着の上から尻の狭間を押した。
「オメガはここが濡れる。……試してみよう」
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