【続編更新】マジカル☆オメガバース ~オメガにされた元アルファ~

キザキ ケイ

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婚約編

22.分別過ぐれば愚に返る

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 気まずい。空気が淀んでいる。
 俺はそわそわと座り直して颯真に向き合った。お互いにラグの上に正座している。

「あの……ごめん」

 謝ってから、颯真の顔を見られそうになくて俯く。
 あまりにも急すぎた。
 もちろん、原因は俺だ。
 そのうえ颯真まで巻き込んでしまった。
 あんなことを言うべきじゃなかった。よりによって、親の前でなんて。

 幼い頃から他のバース性の人々とは一線を画して生きるオメガたち。
 彼らは適切に育成され、のびのびと巣立っていくという。
 どのアルファの番になるか、社会や家に強いられていた時代は今や昔。
 スポーツ選手などの体力や筋力勝負な舞台にはあまり出てこないものの、それ以外のジャンルでは幅広く活躍して社会の一翼を担っている。番を持たないオメガも増えている。
 オメガと番い、アルファの血を継いでいかないとならないという縛りはむしろ、アルファ側に課せられた重い枷だ。

「お付き合いしてても、番になるとは限らないもんな」

 純粋培養の箱入りオメガならいざ知らず。
 俺みたいな雑種の、しかもファンタジーすぎる出自でオメガになってしまった男。
 冷静に考えればいつか嫌になるかもしれないって、ずっとずっといつまでも俺の心の奥底にあった消えない不安が、口を突いて出た。

「……は?」

 怪訝な颯真の声。
 言うべきじゃなかった。彼はいつだって俺の不安を拭おうと、自信のない俺を包み込もうと努力してくれてきたのに。
 はっとしたが、もう遅い。

「ユキは、番になる気もない相手にうなじを噛ませるのか」

 見上げた颯真は無表情だった。
 でもその目が、燃えるような双眸が隠しきれないほどの怒気をはらんでいる。

「それは、俺は颯真だけだけど、颯真は違うかもじゃん。将来的に家柄とか、ちゃんとしたオメガのほうがいいってなるかもだし……」
「それならユキは、俺が番にする気もないのにオメガを抱くようなやつだって思ってたの?」

 違う。颯真の目に浮かんでいたのは怒りじゃない。
 ────悲しみだ。

「ユキがどう思ってるのかわかった。しばらくはこうして二人で会うのはやめよう」
「えっ?」
「俺は本気だから。それをわかってもらうまで、触らない」

 振り返ることなく去っていく背中を追いかけることなんてできなくて。
 階下で颯真が律儀に夕食のお礼を言っているらしいぼそぼそした声が聞こえなくなっても、俺はその場から動けずにいた。

 それから俺は、徹底的に避けられた。
 挨拶は交わす。ベータの友人たちとの談笑や、日常的な会話もいつも通りだ。
 それ以外のなにもかもがなくなった。
 友人たちはきっと俺たちが仲違いの最中だなんて一ミリも疑わなかっただろう。
 優しい表情、やわらかな人当たり。颯真はいたっていつも通りだった。
 俺が失ったのは、「恋人」の颯真だけ。

「いやそりゃそうだよな……怒るよな……」

 誰もいない教室で机に突っ伏す。
 いつも通りの颯真と対照的に、俺は調子を崩しまくりだった。
 微笑む颯真に笑顔を返せない。ぎこちなく手を伸ばしては引っ込める。
 友人たちも俺の態度には疑問を持ったようで「どうせ雪が悪いんだろ、はやく謝っとけよ」なんて、なにも知らないのに核心を突く雑なアドバイスを寄越してくる始末。
 こうして俺が日直日誌を一人で仕上げることになったりすれば、部活後に一緒に帰ろうって声かけてくれてたのに、今はそれもない。

「おれ……ばかだなぁ……」

 自分のバカさ加減に腹が立つ。
 思えば俺はバカだった。
 よく考えないうちに言ったり動いたりして、周囲に迷惑をかけてしまう。
 今まで致命的な失敗をしてこなかったせいで、ろくに反省もせず生きられてしまった。ここで己を顧みずにいつやるというのか。
 日直日誌の、妙に欄がデカい「今日の反省」とかいう謎のスペースを埋められず、恨めしくノートの端っこをいじる。

「一週間キスもなしなんて、はじめてだし」

 ふにふにと唇を押しても欲求不満は解消されない。
 颯真が触ってくれないんじゃあ、俺の唇はただしゃべって食べるだけの皮膚だ。
 あいつだけが俺のここに特別な意味をくれるのに。

「はぁ~……」
「なに色っぽい溜め息ついてんだよ」
「あ、大島」

 ずかずかと他クラスの教室に入ってきたのは、アルファらしく縦に長い男子。
 悪食・アルファ喰い専門の男アルファ、大島だ。

「おまえな……ずいぶんご挨拶じゃねーか。機嫌悪いのか?」
「悪い」
「椿とケンカでもしたか」
「……」
「はい図星」

 俺がご挨拶なら大島だってご挨拶だ。
 前の席の椅子に勝手に座って、居座りの姿勢の大島から目を逸らす。
 なんとなく、弱っていることを見抜かれたくなかった。
 ひと目で不機嫌を言い当てられていたとしても、だ。

「どうせ雪があーだこーだ考えすぎてこじれてんだろ。早く謝っとけよ」
「みんなそれ言う……なんなんだよ」
「ははっ、そりゃそうだ。雪のこと知ってりゃみんなそう思うわ」
「……」

 ふてくされてそっぽを向く。
 見なくても大島がニヤニヤしていることがわかってしまう。くそ、どいつもこいつも。
 日誌を書くために握っていたペンを指先で回したが、今日はそれすら調子が悪く、ペンは逃げ出して床へ落ちてしまった。

「話して楽になることもあるぞ」

 落ちたペンを拾い、差し出しながら言う大島は、ずいぶんとお人好しだ。

「……楽になりたいわけじゃない」
「ふぅん。まぁ言ってみろよ。何人か寄れば文殊の知恵っていうし」
「覚え方雑すぎじゃね?」

 ペンを受け取り思わず笑ってしまった。それはきっと大島の策略通りだ。
 少しだけ肩の力が抜けて、気がついたら話してしまっていた。
 大島は意外にも頭ごなしに否定するようなことは言わなかった。そんなことを言われたら俺は、躊躇なく席を立っていただろう。

「なるほどなぁ。ずっと不安なのか」
「……うん」
「それにしても、第二性の転換か……たしかに雪、中学までは絶対アルファだったもんな」

  「神様云々」の文脈を省いて説明すると、やたらと淡白な話にまとまった。
 半年前にオメガになって、颯真と付き合い始めた。
 でも俺は自分が中途半端な「オメガもどき」だという負い目があって、文武両道で家柄もいい颯真とは釣り合わないといつまでも不安がってしまう。
 そしてついに颯真を怒らせてしまった……と。

「雪はさ、オメガになって自分のスペックが下がったって思ってるんだな」
「え……だってそれは、そうでしょ」
「んなわけねーだろ。オメガが弱いとか劣ってるとか脳みそ戦前か? 今どきそんなこと言うの老人しかいねーよ」

 とんでもない罵りを受けたが、大島は「オメガは個性と特別の塊だ」と言い切った。

「考えてもみろよ。年頃の俺たちアルファどころか、ベータや女どもまで、オメガに会いたいオメガになりたいって婚活だのファッションだの化粧だの……真似たってオメガになれるはずないのに、熱心なもんだろ。オメガってのは選ばれた人間なんだよ。身体的なスペックは下がったかもしれないが、おまえは別の武器を手に入れてるはずだ」

 オメガは弱いなんて言われていたのは過去のこと。
 発情期を適切にコントロールして細やかな教育を施せば、そこらのベータよりよほど賢い人間が出来上がる。
 アルファを誘うための美貌は羨望の的。
 体力や筋力量などに伸び悩みこそあれど、第一線で活躍するオメガのスポーツプレイヤーは存在している。
 これは変化であって、劣化ではない。

「でも雪はそういうのを、全部失くしたと思って自信がなくなったんだろうな。まぁそのへんのことは俺も想像しかできないけど」
「……」

 アルファであった頃は、遠い存在であるオメガを「劣っている」なんて思ったことは一度もなかったのに。
 誰よりオメガを蔑むようになってしまった自分。

「そんで混乱して収拾がつかないまま、椿に求められて受け入れちまった。でも雪には椿しかいなかったのに、椿はそうじゃないと知って────傷ついたんだ」
「きず、ついた?」
「そうだろ? 雪が椿にした試し行為みたいなのは、椿も雪自身も傷つけるんだ」

 大島に言語化されて、俺は初めて、自分が傷ついていたのかもしれないと気づいた。
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