小石の恋

キザキ ケイ

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番外

小石の想い 01

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 アルバイトとして働いていた会社で正社員になったとき、名刺を作った。
 最初の名刺は控えめな部数で刷った。会社と自分の名前、連絡先だけが書かれていた。
 シンプルな紙切れなのに、在ること自体が嬉しくて、同僚や社長に意味もなく配ったし、友だちや同居人にも渡した。
 今回、新しい名刺を作ることになった。
 この紙片には新しい一言が付け加えられている。「デザイナー」だ。枚数も少し多めになった。
 ぼくはまたもや嬉しくて、職場と知人に紙片をばら撒いた。
 社長である叔父さんは褒めてくれて、同居人であるいたるさんは頭を撫でてくれた。

「デザイナーって何系? 服とか?」
「うぅん、服は全然だめ。ぼくは平面専門」
「平面?」

 ぼくの仕事は、デザインをどうにかこうにかこねくり回して、いい感じにすることだ。
 文章やイラストの配置を考えたり、文章やイラスト自体をつくることもある。CGなんかもつくったりする。そのままインターネット上のコンテンツまでつくる。
 叔父さんの事務所にいない、もしくは担当できる人が少ない分野を優先して勉強させてもらったらこうなった。

「真面目に働いてんだな、律紀りつき
「うん。わたるくんはどうなの?」
三上みかみ先輩と喧嘩した」

 またやってる、と言うと肩をつつかれた。
 ぼくの友人である渡くんは、高校時代の同級生だ。
 あだ名は「寡黙くん」。ぼくしか呼んでないけれど、それで通じる。
 彼は卒業後しばらくいろんな仕事をしていたらしい。現在は、同じ高校の先輩である三上先輩といっしょにお店をやっている。
 二人は感性が似ていて、服の好みも似ているので、案外うまくやっている……が、渡くんは口数は少ないものの気が強くて、同じく言動はおちゃらけているけど気が強い三上先輩とよく衝突する。
 とはいえ二人のケンカは長続きすることはなく、次に会う頃には一回仲直りしたあと次のケンカ中だったりする。ケンカするほど仲がいいってこういうことだ。

「そういう律紀はどーなんだよ」
「どーって?」
「先輩と喧嘩しないん?」

 ケンカ。至さんとぼくが。
 至さんとぼくが? 
 そういえばしたことがない。至さんとケンカ。
 そもそもぼくは誰かとケンカになることがあまりなく、意見がぶつかってもいつのまにかなんとなくどうにかなっている。
 そもそもぼくは誰かと衝突するほど意見を言わない。というか、意見がない。
 好みとか考えはある。仕事の上ではいろいろ決まりとかこだわりがあるので、他のひとと言い争いになることもある。
 でもそれは折衝というかセッションというか、ケンカではない。

 一方の至さんといえば、他のひととケンカになったという話を聞いたことがない。
 至さんを巡って誰かがケンカしたという話は高校時代によく聞いた。
 男同士や女同士の生徒が、どちらが至さんにふさわしいか、もしくは相手がふさわしくないかと言い争って殴り合いになることもあったらしい。
 そしてどちらが勝っても選ばれない。至さんのスマホに残っている知り合いの数は少ない。
 誰かに「おまえは天道先輩にふさわしくない」と言われるたびに「どうぞどうぞ」と譲ってきたぼくが、なぜか手元に残されている。
 そのようなことをかいつまんで伝えると、渡くんはまったく文脈を無視して言った。

「ほんとに仲良いな。前からだけど」

 仲がいい。ぼくと至さんが。
 ぼくと至さんが? 
 ぼくは至さんに所有されているので、仲がいいとか悪いとかない。
 はじめは所有されたくなかった。そも誰かに拾われてしまうなんて恐怖したことすらなく、のんびり生きていたはずなのに。
 突如落石のようなひとが現れて、それからは所有されてしまえば最後だと、本能的に感じて逃げていた。
 逃げられずに捕獲されただけだ。
 そのようなことをかいつまんで伝えると、なぜか笑われた。

「律紀、よくそういうこと言うけど、俺らもう自分で稼いで生きてんじゃん。逃げられるよ、いくらでもさ。でも律紀は先輩から離れる気ないじゃん?」
「うん」
「先輩も手放す気ないし。両想いだよ、立派に」
「……」
「そういうのを仲良いって言うんじゃね?」

 そうなのか。そういうものか。
 ぼくはすっかり納得させられてしまった。

「ぼくと至さんは仲良しなんだって」
「あ?」
「至さんはぼくと仲良い?」

 家に帰って、渡くんに言われたことを話す。
 至さんはぼくの同居人で、2個上の先輩で、所有者だ。
 恋人という説もある。
 背が高くて、がっしりしてて、まるで反社会的勢力に所属してそうな見た目だけど、部屋着のトレーナーでくつろぐ姿は多少、ほんのちょっと、怖さよりかっこよさが勝る。
 ぼくが発した質問に、なにやら考えこむ姿も様になる。
 静かな時間が流れ、質問のことも忘れて「お風呂入ろうかな」と考え始めた頃。

「たしかに俺とリツは仲良いほうだろうが、俺としては足りない」

 などと言った。ぼくを膝の間に収めた姿勢のまま、なぜか少しいたずらっぽそうな目で。

「足りない? なにが?」
「仲良し度」
「ぼくたち仲良し度足りない?」

 じゅうぶん足りてる気がする。
 今だって、ふつうじゃ考えられないくらい密着してるんだ。
 いくら至さんが大きめの人類とはいえ、成人男性を足の間に抱えてれば密着くらいする。それほどくっついているのに、まだ足りないのか。

「あぁ。だから仲良く・・・しような」
「うん?」

 それからぼくはベッドに連れて行かれ、仲良し度を限界まで高められた。
 明日まだ平日なのに、至さん2回分に付き合うぼくは褒められて然るべきだと思う。
 半ば強制的に「仲良し」させられ、よろよろとシャワーだけ浴びてぐったりとベッドに転がった。よかった、シーツ替えてある。
 すかさず引き寄せられて、今度は至さんの腕の間に収まる。

「今日は『寡黙くん』と会ってきたんだったか?」

 つぶやきに頷いて返す。

「三上先輩とまたケンカしたって」
「あー。懲りないなあいつらは。まぁあの二人に比べれば、俺たちはそりゃあ仲良しに見えんだろ」

 渡くんと三上先輩のケンカは長続きしないというが、それにしたって仲違いの最中は口をきかなかったり、嫌味を言い合ったりするらしい。
 それに比べればぼくたちのなんと平和なこと。

「至さんは誰かとケンカする?」
「親かな」
「おかあさん?」
「いや、親父」

 彼のご家庭はずっと昔にボタンをかけ違ったまま、うまくいかないままだという。
 ボタンの役割を押し付けられている至さんは大変そうだ。

「親との口喧嘩なんて不毛なもんだが……ケンカしてみるか?」
「誰と」
「俺と」
「何で?」
「それだよなぁ。なんか不満とかないのか、リツ」

 至さんに対して不満なんてない。そもそもぼくに意見はない。
 あぁでも、不満ですって胸を張るほどのことじゃないけど、気になってることはある。
 至さんは料理のとき、専用の器具を使わずにキャベツを千切りするので、ごくまれに指を切る。そのたびにぼくは泣きそうになりながら走っていって絆創膏を貼る。凶暴な色の至成分が流れ出ていく光景は何度見ても嫌なものだ。心配だしきちんと道具を使ってほしい。
 平日の買い出しも、ぼくの担当のはずなのに至さんも買い物に寄るせいで、同じ洗剤の詰め替えとかを同時に買ってきてしまうことがある。至さんのほうが激務なんだから買い出しはぼくがするって言ってるのに聞かない。せめて買ってくるものはコーヒーとか枝豆とか、自分が欲しいだけのものにしてほしい。
 それから、あれも、これも。
 絞り出してみると意外と意見あるなぁ、と新鮮な気持ちで挙げてみると、至さんは思いのほか神妙な顔をしていた。

「なにその顔」
「いや、俺ってリツにけっこう愛されてんだなと思って」

 そんな感情をしみじみと味わう内容があっただろうか。

「それより、わかってくれた? 千切りと、買い出しと、あと」
「あぁわかった。気をつける。いつもありがとな」
「わかればいいです」

 日頃言いたかったことを言えてすっきりしたが、ふと気づく。
 ケンカになってない。

「至さんがはぐらかすからケンカにならなかったじゃん!」
「そうだな。リツが可愛すぎて反論なんか思いつかなかった」
「そこをがんばって反論してこそケンカでしょ?」
「喧嘩ってそういうもんだったか……?」

 結局ケンカはできなかった。意見をぶつけても、打ち返してくれないので勝負にならない。
 もうすこしがんばればケンカが発生しそうだったけど、その晩は至さんがぼくをなでなでしながら寝てしまったので、ぼくも至さんをなでなでしながら寝た。
 後日、三度目ならぬ三人目の正直で、もうひとり誰かにケンカのやりかたを聞くことにした。

「喧嘩のやり方ぁ? なんだ律紀、誰かぶん殴りたいやつでもいんのか? そういうときはこう拳を握って……っておまえのなよっちぃ手じゃ自分が怪我するだけだな」

 相変わらず元気で口数の多いこのひとは、三上先輩。
 いわゆるかつての至さんの取り巻きのひとり。
 高校時代はこのひとと至さんと、あと二人くらい荒んだ先輩がいっしょにいて、ぼくもいっしょにいることがあった。
 三上先輩はケンカ慣れしているらしい。
 なにを隠そう現在、後輩で部下の渡くんとケンカ中であるからして。

「先輩、渡くんを殴ったの?」
「はぁあ!? 殴るわけねーだろ! 何言ってんの律紀!」
「だって、拳はこう握るんでしょ?」
「いや、ここは指をもっとこう……ってそうじゃねーよ。まず俺は渡を殴らない。そして律紀に喧嘩は教えない!」
「えー」

 なぜかひとりでぷんすか怒りだしてしまった。
 せっかくケンカのやりかただけでなく、極意まで教わることができそうだったのに。
 ただ、今日は仕事で来ているので、雑談はこのへんにして仕事の話をした。
 話が変わったとたん、先輩の怒りがころりと抜け落ちる。

「いやぁ、律紀がデザイナーなんてな。おかげで色々お願いできて助かるわ」
「ホームページのデザインはぼくがするけど、他のデザインはぼくにはできないよ?」
「そっちは事務所のデザイナーさん紹介してくれんだろ? 律紀の紹介なら間違いないだろーからな」

 店長と店員が絶賛ケンカ中の店であっても売り上げは上々らしい。
 ぼくはこのたび渡くん経由で、三上先輩が経営するお店のホームページ制作を任された。
 おしゃれな二人のお店の顔を作るのは難しい仕事だけど、二人ともコンセプトの話し合いや素材の提供に前のめりで協力的なので、いっしょに良いものを作りたいと思う。

「ま、とりあえず店見てってくれよ。そうだ、今日は仕事仲間も来てるんだが、挨拶してみるか?」
「仕事仲間?」
「おー、専門学校時代のダチで、服作ってんだよ」
「それって、お針子さん? それともデザイナーさん?」
「お針子て! 古風だなー。もちろん作るほうもやってるが、デザインがメインかな」

 デザイナー仲間だ。でもぼくはファッションは作るどころか着るのもてんでダメ。
 普段は同居人が買ってきたものをランダムに着ているだけなので、服飾系のデザイナーはぼくにとって高嶺の花だ。

「あ、こないだ至が注文してった服もってくる。ちょい待ってろ」

 店に通されるなり、先輩は裏に引っ込んでしまった。
 ぽつんと残されたので、仕事をすることにする。お店のページを作るための資料集めだ。
 スマホでお店の中を撮ったり、商品やマネキンを撮ったり。あとで外観も撮っていこう。
 そのように狭い店内をうろついていたら、当然目立つ。

「もしかして、三上が言ってたウェブデザイナーさん?」

 話しかけられて振り向くと、背の高い男のひとだった。
 ひょろりと高い頭にはゆるいくせのある茶髪が乗っている。おだやかそうな顔立ち、静かな声。小脇に書類ケースを抱えて、ぴったり体に沿うジャケットとスラックス。でも決して堅苦しい雰囲気じゃない。不思議な光を放つ青い石のついたタイピン。

「……あ、三上先輩のお友だちの?」
「そうです、三上とは専門学校時代の友人で。朝川あさかわといいます」
   
 紙片を持って差し出された手は大きいけれどひょろりと長いばかり。
 害のなさそうなひとだ。
 近頃やっと慣れてきた、懐から名刺ケースを出す動作が自然に出た。紙切れを交換して、ついでに握手もした。かさついてぬるく冷たい手のひら。

「朝川さんは服のデザイナーさんだとか?」
「えぇ、まぁ。やってることは学生時代の延長というか……作ったものを三上が売ってくれて、それでなんとかやっていけてるのですが」
「ということは、今もここに置いてあるんですか?」

 朝川さんは恥ずかしそうにしながらも、店の一角を示した。
 三上先輩のセレクトショップは、先輩と渡くんが気に入ったブランドやアーティストの服が置かれている。朝川さんの作ったものもそこに肩を並べていた。
 彼がまさに今着ているような、遊び心のあるインフォーマルから、スマートカジュアルくらいまでのジャケットやシャツ。
 ネクタイやポケットチーフまで置いてあるので、三上先輩の「芸術は爆発」って感じの好みからはやや浮いている。
 でもこの人が作った服だと示されれば納得だ。

「すてきですね」
「ありがとうございます」

 本心から褒めると、朝川さんはもっと恥ずかしそうに赤くなった。
 そんなとき、三上先輩が戻ってきた。大きな紙袋を持っている。

「ほれ律紀、これ持って帰って」
「はい」
「たまには自分のも買えって言っといて」

 渡された中身は服で、タグを見るとぼくのサイズだ。
 また勝手にぼくの服買って。
 至さんは昔馴染みの店に顔を出すついでに買い物をするが、買うのはだいたいぼくの服で、自分のぶんはたまにしか買わない。
 おかげでぼくのクローゼットは満員御礼で、自分で買った最後の服をこのまえ泣く泣く捨てた。
 誰に聞いても「ださい」と言われるセーターだったけど、袖がほつれてどうにもならなくなっていたけど、ぼくなりに気に入っていたのに、同居人の趣味の圧に押し流されてしまった。
 次勝手にぼくの服を買ったら至さんのクローゼットにしまう、と脅しておいたのにこれだ。本当にスペースを借りないともう入らない。
 しかし服は悪くない。むしろきっとすてきな服ばかり。だからなおさらなんとも言えず、しぶしぶ受け取ってお店を後にした。
 服を受け取って嬉しそうな顔ひとつしないぼくを、朝川さんが不思議そうに見ていたのがいたたまれなかった。

 帰宅後、至さんのクローゼットに服をしまっていたら、帰ってきた至さんにファッションショーを強要された。
 ぼくは決して、頼まれたって絶対に、ほんもののショーみたくターンしたりしないが、突っ立っているだけでも彼にとっては満足できるものだったらしい。

「似合ってる」
「そうかなぁ」

 ニヒルな顔立ちに微笑みを乗せて、ぼくの滑稽な着替えショーを眺めていた。

「かわいいよ」
「服が?」
「リツが」
「……」

 毎日のように言われるので、否定するのもめんどうになってきた。
 これこそ至さんの策略かもしれない。
 今日はロールキャベツにしようと思っていたのに、なんだか疲れてしまったので、キャベツとハンバーグのトマト煮込みになった。至さんはやっぱり笑っていた。
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