柿ノ木川話譚4・悠介の巻

如月芳美

文字の大きさ
14 / 54
第二章 御奉公

第14話 徳兵衛1

しおりを挟む
 暑さもだいぶ和らいできたころ、いつものように奈津の三味線の稽古について行き、隣の徳屋で徳兵衛からお茶の種類を教えて貰っていた時だ。悠介のよく知る海老茶に白抜きの毘沙門亀甲が目に飛び込んできた。懐かしい顔が徳屋に現れたのだ。どうやら相手も悠介を一目見てすぐに気づいたようだ。
「お前さん、悠介じゃないか。徳屋さんでお世話になっているのかい?」
 柏華楼の楼主だった。いつものように団子鼻の頭を皮脂でテカらせてごわごわの顎ひげを蓄えている。もみあげも立派で、奴さんのようだ。
「御無沙汰しまして申し訳ありません。あたしは今佐倉様のお屋敷で下男をさせていただいてるんですよ」
「御無沙汰なのは別にいいんだ、便りが無いのはいい便りって言うからな。それよりお前さんの稼ぎを預かってるんだ。落ち着いたら取りに来いって言っただろう。忘れてたのかい」
「ああ、そういえばそんなこと言ってましたね。もうそのまま柏華楼で使ってください」
 楼主は顔の前て手をブンブンを横に振った。
「とんでもない。子供の稼ぎを横取りするほど人間落ちぶれちゃいねえよ。佐倉様んとこって言ったな。何なら後で佐倉様のところにお届けするよ。釜焚きの太助が手が空くはずだから。ああ、それがいいな。お前さんのような子供が女郎宿に出たり入ったりするのはあまり傍目にもよくねえからな。そうしよう」
「お手数おかけします」
「しかしあれだね……」
 楼主は感心したように腕を組んだ。
「お前さん、以前から大人びた話し方をする子だったけど、佐倉様のところに入ったせいか、馴れ馴れしさが消えてきちんとして来たねぇ」
「そうでしょうか」
「ほら。以前なら『そうでしょうかねぇ』だったよ。『申し訳ありません』じゃなくて『あい済みませんねぇ』だった」
 言われてみるとそうかもしれない。柏華楼では徳兵衛から教養を仕込まれ、佐倉の家では言葉の使い方を仕込まれているのかもしれない。それらを知らぬ間に習得しているのだから、ありがたいことこの上ない。
「あ、そうだ、丁度良かった。お前さんに会いたかったんだよ」
「お金のこと以外でですか?」
 そこに徳兵衛がお茶を持って出て来た。
「まあまあ立ち話も何ですからそこの縁台でよろしければお茶でも飲みながらどうぞ」
「あ、いやぁ、すみませんねぇ」
 楼主と徳兵衛も顔馴染みなので、こういう時に融通が利く。悠介は徳兵衛の配慮に甘え、楼主と一緒に縁台に腰を下ろしてお茶をすすった。
「お雪は覚えているかい?」
「お雪さん、あたしがあそこを出る時に餞別に夏みかんをくだすったんですよ。いつもあたしを可愛がってくれてたのに忘れるわけがありません」
「ああ、そのお雪だ。あの娘も花柳病になっちまって、先が長くねえ」
「え、お雪さんがですか」
 母の死にざまを見ている悠介としては、お雪も同じような苦しみを味わっているのかと思うといたたまれなくなる。
「それであと数日持てばいい方なんだが、お雪がしきりにお前さんのことを話すもんだからね。あの娘は他に身寄りもないし、お前さんのことを弟のように可愛がっていたから、眠っていてもうなされていても悠介悠介って。だからね、お前さんからの言伝でもあれば喜ぶんじゃないかと思ってね」
「とんでもない、あたしが直接行きますよ。お雪さんには散々世話になったんです。ちょっと待っててください。お嬢さんに許可を貰ってきます」
「その必要はありません」
 急に頭上から降ってきた声に驚いて振り返ると、奈津が三味線を抱えて立っていた。
「盗み聞きするつもりはありませんでしたが、声をかける機会をうかがっていたら聞こえてしまいました。わたしは先に帰って父上に話しておきますから、悠介さんは柏華楼に行ってください」
「いえ、お嬢さんを送り届けてから……」
「結構です。わたしもいつまでも子供じゃありません。急いで行きなさい。楼主さん、悠介さんをお願いします」
「佐倉様のお嬢さんですね。ありがとうございます。必ず悠介をお返ししますから」
 楼主は立ち上がると悠介を引っ張り上げた。
「徳兵衛さん、お茶ご馳走様でした。また来ますんで」
 楼主は挨拶もそこそこに悠介を引っ張って徳屋を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

処理中です...