高嶺の花屋さんは悪役令嬢になっても逆ハーレムの溺愛をうけてます

花野りら

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第一部 春

48 リオン・オセアンのマイホーム

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「ただいま」

 玄関の扉を開けるとリビングのほうから、あっ、パパだ、と楽しげな声が飛び跳ねてきた。

 バタバタ、と廊下を走ってくるのは、四歳の男の子。オセアン家の長男であり、亡き妻の忘形見であり、俺の自慢の息子だ。
 
「パパ~! おかえりぃぃぃ」
「ただいまぁぁぁ」

 俺は息子を抱き上げると、さらにぎゅっと抱きしめた。頭の匂いを嗅ぐ。お風呂から上がったばかりなのだろう。花のような石鹸の香りがする。息子は満面の笑みを浮かべて、ねえ、ねえ、とばかりに声をかけてくる。幼稚園でのことを話したいらしい。
 
「今日ね、僕ね、逆上がりできたよ!」
「すっごいじゃないかっ!」

 俺は大仰にびっくりしてやると、高笑いする息子を抱き直した。リビングに足を踏み入れると、花のような香りが、さらに家のなかに漂っていた。たまらない良い香りだなあ、と思っていると、脱衣所から妹が出てきた。「あ、お兄ちゃんおかえり」
 
「ただいま、お風呂いい?」
「うん、いいよ」

 妹は濡れた髪の毛をタオルドライしながら、にっこりと笑う。年齢は俺より五歳下の二十二歳。こんなに可愛くて綺麗なのに、まだ嫁にいけてないのは、おそらく俺と息子のせいだ。マジでごめん、妹よ。
 
 妹は幼稚園で保育士をしていて、俺の息子を面倒見るくらい仕事で慣れてるから大丈夫だよ、と言ってくれた。それと、結婚のことは、男の人からのアプローチはいっぱいありますから御心配なく、これでもモテるんだからねっ、と釘を打たれていた。どんな男が妹をアプローチしているのか気になりまくるが、まあ、いいだろう。
 
 とりあえず、いまは幸せだから。

 だが、それは取り繕っているにすぎない。なぜなら、過去のオセアン家は、悪魔に呪いをかけられたんじゃないかと疑うほど、不幸つづきだったからだ。

 両親は俺が十五歳のときに他界している。二人とも戦場で活躍する料理人であったが、敵国の襲撃にあってこの世を去った。

 俺は妹を育てるため、すぐにパルテール学園の料理人となり働いた。そして、俺は生徒と恋愛して結婚するが、幸せは長くはつづかなかった。

 妻は息子を産んで間もなく体力が消耗し、亡くなってしまった。息子と過ごせたのは、たったの一年。
 
 儚くも幸せな一年だった。
 
 医者に訊いたところ、産み落としたあとに亡くなる女性はまれにいるらしい。それがたまたま俺の妻だった、と言えば綺麗に話はまとまるが、とても納得いくものでもなく。俺は人生を呪い絶望していた。
 
 しかし、息子の笑顔を見ていると、くよくよなんてしてる場合じゃない。がんばって働いて育てるんだ、妻の分まで、そう誓っていた。そんななか……。
 
 新しい妻をもらったらどうだ?
 
 そのように学園長からの勧めもあった。しかしなかなか、気持ちの整理ができなくて、断った。

 それでも、これ以上、妹に甘えていたらマズい。妹の婚期を逃す可能性がある。そろそろ息子も大きくなってきたから、新しいお嫁さんをもらってもいいかな、と最近では思う。
 
 そんなことを考えていると、妹が俺に近づき腕を伸ばしてきた。息子の抱っこを代わってくれるみたい。
 
「寝かせちゃうね」
「たのむ」

 えー! パパと一緒に寝る、と駄々をこねる息子だが、妹のおっぱいに顔を埋めると笑顔になっていた。言葉と行動が矛盾してやがる。やれやれ、将来有望かも。

 可愛らしく微笑む妹は、ぎゅっと息子を抱きなおすと寝室にいった。

 俺はネクタイを緩め、ジャケットを脱いでクローゼットにしまう。さらに、スラックスも脱いで下着姿になると風呂場に向かった。
 
「ふぅ……やっぱりこの瞬間が幸せだな」

 ちゃぽん、と湯船に浸かり、今日を振り返ってみる。

 ふはは、思わず笑みがこぼれる。
 
 頭のなかによぎったのは、転校生ルナにくすぐられて爆笑しているマリエンヌの姿。

 あんなマリエンヌは今までみたことがない。

 彼女は高等部の女子寮に入ってから顔見知りになったのだが、クールビューティーでスタイル抜群、学生じゃなかったら、デートに誘うレベルのいい女だ。

 今の俺は、すぐに妻はいらないが、男としはまだまだ現役の身体。たまには純粋に女を喜ばせてあげたい欲求に駆られることもある。シンプルに、人生を謳歌して楽しみたいのだ。このためには……。
 
 マリエンヌ・フローレンス、彼女はいい、セクシーだ。
 
 彼女はまったく笑わない。たまに、ベニーちゃんがバカなことをやって、それに対して笑うくらい。まあ、そこが面白いし、冷酷とスマイルのギャップ萌えが、お兄さんにとってはたまんないんだよなぁぁぁぁ。
 
 ブクブクブク、と俺は湯のなかで息を吐いた。

 やがて、ばしゃんと湯船から顔を上げて首を振った。いかん、いかん、学生に手を出してはダメだ、リオン・オセアン。自粛をしろ。これは業務命令だ。もしも万が一、女子生徒に手を出すにしても、卒業後、みんなが忘れたころにしたまえ、と学園長からの通達が下りている。
 
 なんだそりゃ? 

 って感じだが、実際、恋仲になる先生と生徒が一定数いるらしい。学園長の言うことには真実味があった。たしかに俺の前妻が生徒だったし、いまだって気になる女子生徒がいる。マリエンヌのことはもちろんだが、転校生のルナスタシア・リュミエール、彼女だけは別格でほっとけない。
 
 今日のお昼休みのことだ。
 
 俺は池の魚に餌をあげるため、購買部によってパンの耳をもらいにいったのだが、すでになくなっていた。そんなことは初めてだった。貴族が通う超名門、パルテール学園にパンの耳をもらう生徒なんかいるわけがない。
 
 びっくりした俺は、どんな生徒がパンの耳を? と購買部のお姉さんに尋ねると、見かけない子、新入生か転校生かも、という答えが返ってきた。
 
 転校生……。
 
 もしや? と思いながら歩き、広場の噴水を抜けようとすると、マリ、ベニー、そして、転校生ルナがベンチに座って昼食を摂っていた。微笑ましい光景だったので、盗み見るように遠くから眺めていると、やっぱりルナの手にはパンの耳が入った袋を持っていた。
 
 転校生ルナスタシアの外見は優雅だが、貧乏なんだなと察した。マリからおにぎりをもらうと、大粒の涙をこぼしながら食べていた。見ているこっちも泣きそうになった。と同時に、ルナスタシア、彼女の過去に何があったのか疑問に思った。
 
 結局、今日は池の魚には俺の弁当の米粒をあげておいた。池のなかでうごめく魚たちが、口を開けてパクパクやっている光景は、最初はちょっとキモかったが、餌をあげているうちに、面白くなってきた。俺は仕事のうえでも、女子生徒たちに食堂で飯を食わせてやっているが、池で魚に餌をやる光景と重なって見えてきた。
 
 ほら、もっと食え……。
 
 そんなふうな、ほんのりとしたサディズムが俺の心を陶酔させていたのを覚えている。それからは、昼寝をしたり、本を読んだり、釣りをしたりしながら夕方まで過ごした。食堂で夕飯を用意する仕事が待っている。
 
 夕刻、学園の校庭を歩いていると、何やら騒然としていた。大勢の生徒たちが体育館のほうに走っていく姿が見られた。いつも穏やかなパルテール学園なだけに、珍しいこともあるのだと思いながら、体育館のほうに身体を向けると、かすかに歌声が聞こえてきた。思わず、俺の足は動き出していた。
 
 美しい歌声に近づくに連れて、俺の頭のなかで妻の学生時代の姿が蘇ってきた。演劇部で歌を唄っている可愛い女子生徒の姿だ。まさか、妻の生まれ変わりか? いやいや、バカな妄想だ。と苦笑いしながらも、俺は体育館まで歩いていくと、そのなかをのぞいた。そこには、ひとりの少女が唄っていた。顔を見て驚いた。転校生だった。ルナスタシア・リュミエール。
 
 彼女の歌声は、天使だった。
 
 俺の心は一瞬で奪われた。亡き妻に一目惚れした状況とまったく同じだったからだ。
 
 ああ、このような奇跡がまた……。
 
 俺は、ふわりとのぼせそうになる頭で淡い思いをめぐらせていると、脱衣所に人の気配がした。「お兄ちゃん、まだ?」
 
 妹が何か言いたそうに立っていた。どうした? と俺が聞き返すと、あの……と言って口ごもっている。俺は湯船から上がると、タオルを置いてくれ、と頼んだ。妹が、はい、と答えるとつづけた。

「お兄ちゃん、私なんだか疲れちゃった」
「またか?」
「うん、今夜もやってくれないかな? ダメ?」
「いいよ、今日は気分がいいんだ」
「へー」
「っていうか、風呂からあがりたいんだが……」
「あっ、ごめん」

 脱衣所から妹が出たのを見計らって、俺は風呂から出た。タオルドライして部屋着に着替える。衣類は妹が用意してくれたものだ。いや、それだけじゃない、家事のすべては妹がしてくれる。俺は料理は得意だが、家ではなかなかやらない、それだけにたまに料理をすると、妹も息子も喜ぶ。だから、休みの日はよく作ってる。三人で買い物に行くと、街ゆく人から夫婦に見られることもある。妹は満更でもなく喜んでいるが、それじゃあダメなんだ。そろそろわかってくれ、妹よ。
 
 しかし……俺は妹に甘えている。すごく仲良しなんだ。
 
 こんなふうに、ソファに横たわる妹の肩や腰、そして、白肌の柔らかい脚をほぐしてやっていると、本当の妻に見えなくもない。というか……、女を癒してあげることに、妹も妻もない。平等に扱ってやらないと。
 
「今日もがんばったな」

 俺がそう妹の耳もとにささやいてやると、んんっ、と言葉ともならない甘い声をあげた妹が身体を震わせた。やがて、落ち着いてから妹は言った。
 
「お兄ちゃん、今日はなんだかテンション高いね。良いことあったの?」

 ああ、そうつぶやきながら、妹の臀部をグリグリと手のひらで圧迫してやる。あぁぁん、と喘ぐ妹は、「そこ、気持ちいい」とささやいた。俺はもみもみしながら説明した。
 
「演劇部に良い感じの歌姫が入部したのさ」
「へー、歌姫なんてお兄ちゃんが一番好きなタイプじゃん」
「だろ? なんか昔を思い出してしまった」
「お姉さんの歌、みんな聞いてたもんね~」
「ああ、あいつは歌姫だったからな」
「うん……」

 ねえ、お兄ちゃん、と言った妹は、ごろんと仰向けに寝返ると、俺の顔をじっと見つめてきた。何か言いたそうに唇を噛んでから、口を開いた。
 
「その歌姫の子が好きなの?」

 いや、と言った俺は小さくかぶりを振ってから、

「わからない」

 と答えた。
 すると、いきなり妹が抱きついてきた。
 
 ドキッとした。

 だが、いつものことなので、だんだん気持ちは落ち着いてきた。とりあえず、妹の肩を優しくなでてやる。そんな俺の心境を察してか、妹は快活に言い放った。

「じゃあ、好きな人ができるまで、一緒にいようね」

 にっこりと笑う妹は、チュッと俺の頬にキスをすると、おやすみと言って立ち上がった。
 
「おやすみ」

 そう言い返した俺の顔を、妹はさらっと流し目で見やると、寝室に歩いていった。
 
 ん?
 
 なんだか、いつもの妹じゃないような女の視線を感じ、ゾクっとした。禁断の果実からただよう、危険な香りさえもする。思わず、ため息が漏れた。
 
「はぁ……妹も二十二歳か。もう大人の女だもんな……」
 
 そろそろ、一緒の部屋で寝るのはやめたほうがいいかな、と思った。
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