61 / 84
第一部 春
59 神の土下座
しおりを挟む
屋上に神がいる!
そう思いながら、わたし、マリエンヌ・フローレンスは鈍くなった足で階段を昇る。
天国の階段かも?
やがて、最上階の扉を開けると、太陽のまばゆい光りに目がくらんだ。
う、まぶしい……。
しかも、それだけじゃない。パルテール学園の屋上は、風の強さがちょっと目障りで、なかなか目も開けられなかった。それでも、ゆっくりと足を踏みだす。デューレ先生がいるはずだから……あ、いた!
「来たか……高嶺真理絵……」
ぽつり、そうつぶやいた数学教師は蒼穹を仰ぎつつ、まるで、天体観測でもするみたいに、指先を虚空に掲げて何かを眺めていた。そのとたん、風に流れる雲が太陽を隠す。あたりは一瞬で暗くなり、わたしはやっと目を開けることができた。
風に揺れるスカートを手で抑えながら、わたしは単刀直入に尋ねた。
「先生……あなたは何者ですか?」
僕は……とつぶやいた先生は、踵を返してわたしと対面する。雲の切れ目から射す太陽の光りに、キラリと眼鏡が輝く。瞳の奥にある漆黒の銀河は、じっとわたしを見つめていた。いつも、だんまりしている先生の低い声が響く。
「この星を管理する存在、つまり……神だ」
ついに出たわね、と思った。
ゲームでお決まりの、ラスボス。または、影の実力者的な存在。それでも、こんな登場の仕方ってある? そもそも、この世界は乙女ゲームのはずなのに。なんだか、RPGゲームみたい。
「あの……神が、なぜここに?」
わたしのほうを向いたデューレ先生は、ククク、と笑ってから説明した。
「ある日、弟が仮想空間に乙女ゲームを創造した、との情報が入ってきた。これは良き、と思ってハッキングしてやった」
「なぜそんなことを?」
「女子高生、つまりJKと話せるチャンス。そう思ったんだ。だってそうだろう? 現実世界ではJKと話せないからな」
「……はあ、まあ、そうでしょうね。っていうか、JKだけじゃなくてふつうの人間は神と話せないでしょっ! 神と話せるのは、キリストやムハンマドなど、啓示を受けた人物だけなはずでは?」
うむ、とうなずいた先生はつづけた。
「僕はそのような、いわゆる、預言者たちに真理を教えたことになってるらしいな」
「違うのですか?」
「そんなおじさんたちに教えるわけないだろ? 仮に教えるとしたら若い女にしてる。しかも、とっておきの美少女にな」
「……あっそ」
「それにしても、ククク、弟は洒落たことをする」
え? とわたしは首を傾けた。
すると、デューレ先生はわたしに向かって、ずんずん、と肉薄してくる。そして、わたしの顎を指先で、グイッと持ちあげるとささやくように言った。
「まさか、僕に内緒で……こんなにも魂の美しい日本の女子高生を闖入させていたとはな」
「ち、ちんにゅう?」
わたしの頭のなかで、ちんにゅう、ちんにゅう、という言葉が反響していた。
先生はわたしの顎から指先を離すと、また苦笑した。ククク、と。
「ちんにゅうって……どういうことですか?」
「無断で入ってくることだ。神であるわたしに断りなくな」
「単語の意味を訊いてません。なぜ許可がいるのかってこと」
「ああ、君はなぜか知らないが……前世の記憶があるだろ? そう言った場合は特に許可がいる」
「前世の記憶があったら、何か不都合なことでもあるんですか?」
「そりゃあ、前世の記憶、特に智慧があったらインカネーション、つまり、転生した世界で無双できてしまうではないか。例えば……」
先生は両手を広げて話をつづけた。
「こんな陳腐な乙女ゲームの世界なんか、すぐに制圧できてしまう。科学の知識さえあれば、瞬く間に一大帝国を築きあげることができるだろう。かつて、古の地球に超文明があったように」
「は……はあ」
わたしは呆れて、この乙女ゲームの世界に目も当てられなくなり、目を細めて髪をかきあげた。ふう、だんだん胸が熱くなってムカついてきた。わたしの身体を使って、遊ばれているような気がしたからだ。ふと、手のひらを見ると、フェイが合掌して舌を、ぺろっとだした。「ごめんね」
ぷつん、と頭のなかで堪忍袋の緒が切れた。心は業火に燃えるマグマのように怒り心頭。わたしは思わず怒鳴り声をあげた。
「こんなのシナリオにはないんだけどぉぉぉぉ!」
ブチギレてしまったわたしは、先生だろうと神だろうと関係なく、にらんだ。
「あなた……神ならちゃんと責任とりなさいよぉ!」
「え?」
「わたしは死んでもないのに、あなたの弟の勘違いで、この乙女ゲーにいるのよ! どうしてくれるの?」
先生は、ビクッと肩を震わせると、鼻を近づけてわたしの頭の匂いを嗅いだ。
え、なに? 先生って匂いフェチなの?
くんか、くんかと鼻腔を動かす先生は、いったんわたしから離れると口を開いた。彼の唇は少しだけ震えていた。
「高嶺真理恵は……死んでないのか?」
わたしは、ふんっと唸りつつ腕を組んだ。大きく空気を吸って胸を張り、ぷるるんとおっぱいを強調させてから大仰にうなずいた。んもう、怒ってるんだからねっ、ホントに!
そのときだった。新任の数学教師であり、イケメンの皮を被った神でもある人物が、ガクッと膝をついた。
「すいませんでしたぁぁぁぁ!」
地面に額を当てながら土下座をする。しかも、何回も、何回も。
「ごめんなさい、ごめんなさい。死んでもないのに天国に入れてしまって申し訳ありません」
「ちょ……なに?」
「うわぁぁぁ! マズイぞぉぉ! こんなことがオヤジにバレたら殺されるうぅぅ! おい、フェイ! おまえも謝れ」
妖精フェイは羽を広げて飛び立つと、頭の後に両手を回して、口笛を吹くように言った。
「僕は謝ったよん。そんでもって、もう真理絵とは友達になったもん、ね~」
長いこと、ね~、と言ってフェイが首を傾けてくるから、わたしも倣って、ね~と首を傾けた。もちろん、無表情で眉ひとつ動かしてはいない。だって、わたしは怒ってるんだからねっ!
「あ! じゃあ、僕とも友達になってくれないかな、真理絵、いや、真理絵様」
「はあ? 意味不明なんだけど」
「頼む……死んだ人間以外が天国にいるとマズイんだ、内緒にして欲しい。友達なら内緒にしてくれるだろ?」
「友達ならね……でも、なんで、お父さんにバレたらマズイの?」
「それは、言えない……絶対に」
ははん、なるほど、と思った。
どうやらわたしは、神であるデューレ先生の弱みを握ってしまったようね。うふふ、これは存分に利用してやらないと。よし、とりあえず、揺さぶってやるか。
「友達になってもいいわよ」
「やった!」
「ただし、条件があるわ」
「なに?」
「わたしの言うことはなんでも聞くこと、わかった?」
「おっけー、でも、できないこともあるから、そこだけは察してほしい」
ええ、とわたしは目を細めてうなずくと、スカートの裾を持ち上げた。スルスル。
「じゃあ、とりあえず、この長すぎるスカートを短くして」
「え? どこまで?」
そうね、とつぶやいたわたしは、膝上の部分を指差した。「このあたり」
うむ、とうなずいたデューレ先生は、「おいフェイ、玉を……」と顎で示した。
あい~、とフェイはゆるい返事をした。
ふわり、と浮いていた妖精フェイの手もとから、青く光る玉が魔法のように、ぽんっと出た。
「見せろ……ここか、よし」
玉に指先を触れさせると、みるみるうちにわたしのスカートは短くなり、足が露出し始めた。けど……ん? え? ちょ、ちょっと待って! 膝の上まででって言ったのに、それより上に上に短くなってるじゃない、きゃあああ!
「ああん、待って、もういいってば先生、やめてぇぇぇぇ!」
「ん? 短くしすぎたか?」
気づくと、白いむっちりした太ももが丸出しになってしまった。ちょっとでも足を動かせば、いやぁん、パンツ見えちゃうぅぅ、っていうか、先生! こっち見ちゃダメ! うそ……パンチラしてる、ヤダぁぁぁぁ!
「こんなもんかな? パンティが見えなくなるのは口惜しいが」
デューレ先生は、唇を噛んで難しい表情をすると、指先で玉を触れていじくった。すると、スカートの丈が膝上のちょうどいい感じのところで止まった。
よし、これで動きやすくなった。
日本の女子高生はこれでなきゃね、うんうん。長いスカートなんて、わたしにはしっくりこない。
「ねえ、先生。ついでに攻略対象者を正気に戻してよ」
「ん? どういうことだ?」先生は首を傾けた。
「先生って何も知らないのね」
わたしは呆れつつも、玉に歩み寄った。
青白く光る玉のなかには、ソレイユ、ロック、そして、シエルの三人が映っていた。プロフィール写真のようだ。年齢、身長、血液型、家族構成、性格などのあらゆる情報が網羅されていた。わたしは、とりあえず、ソレイユを指さして言った。
「この、キラキラ王子がわたしにキスしてきたんだけど、どういうこと?」
「わお、大胆だなあ、マジか!」
デューレ先生、あなたって本当に神なの? マジか、じゃないわよ、マジかじゃ……どんだけ語彙力が現代風なのよ。かといって、古風なときもあるし、んもう、一体、何歳なのよ、先生!
「ごめん、真理絵。ゲームの途中でキャラの設定はできない」
「はあ? このキャラ、わたしのファーストキスを奪ったのよ! マジで狂ってるからなんとかしてよ」
「え、キスしたことなかったのか? 真理絵」
「うるさいっ! とにかく、キラキラ王子の熱暴走を止めてよね。このままだと、エンディングを迎えるまでに世界が崩壊しちゃう」
ううむ、と唸ったデューレ先生は玉をいじくってから、頭を掻きむしってぼやいた。
「やっぱりダメだな……一回ゲームをリセットしないとキャラの設定は変えられない」
「じゃあ、リセットしてよ」
「いや、リセットすると、真理絵が戻れなくなるから却下だ」
「じゃあ、どうするのよ」
デューレ先生は、グイッと眼鏡を指先で上げてから言った。
「なんとかしてエンディングまでルナスタシアに無事でいてもらうしかないな……」
「なんとかって……神のくせに適当なのね」
「そんなこと言ったって、弟が死んでもいない日本の女子高生を乙女ゲーの世界に入れるからイケナイ」
「どういうこと?」
「おそらく攻略対象者の熱暴走は、高嶺真理絵が生きていることに原因がある。現実と仮想空間のあいだで歪みが発生し、キャラたちの自我が目覚めたのだ。おい! フェイ、こっちこい」
ブーン、と飛んで逃げようとしていたフェイは、びくっと羽を動きを止めて虚空で静止した。すると、くるっと向き直って泣き出した。
「お兄様ぁぁ、手伝ってくれよぉぉ! 真理絵はいい子なんだ、前世に帰してあげたい」
「ああ、そうだな。真理絵とはもう友達だ。むざむざと殺させはしない。この神の力を使って、なんとしも前世に帰還させてやる」
「よかったぁぁ、お兄様ぁぁしゅき、だいしゅき♡」
「おお、弟よ」
抱き合う大人の男性と可愛い小さな妖精。背後には、ぽわわんと花が咲き乱れるエフェクトが発動している。なにこれ? なんともメルヘンな雰囲気がただよっていた。
「あんたたち、兄弟で何やってんの?」
わたしは思わずツッコミを入れた。
神様の悪戯か、今世紀最大の突然変異か、とにかくわたしは世にも奇妙な乙女ゲームの世界にいる。それだけは、ただ、それだけは理解できていた。
そして、神に出会えた奇跡を感謝する。だってそうでしょ?
わたしは死んでいないらしいから。生き返るために奇跡を起こす。こんな破滅的な世界だけど、なんとかして、エンディングを迎えるのだ。そうすれば、帰れるらしいから、わたしがいるはずの世界に。そう、高嶺真理絵だった頃の世界に。
そんなふうに口ずさむ。パルテール学園の校舎の屋上で。
そう思いながら、わたし、マリエンヌ・フローレンスは鈍くなった足で階段を昇る。
天国の階段かも?
やがて、最上階の扉を開けると、太陽のまばゆい光りに目がくらんだ。
う、まぶしい……。
しかも、それだけじゃない。パルテール学園の屋上は、風の強さがちょっと目障りで、なかなか目も開けられなかった。それでも、ゆっくりと足を踏みだす。デューレ先生がいるはずだから……あ、いた!
「来たか……高嶺真理絵……」
ぽつり、そうつぶやいた数学教師は蒼穹を仰ぎつつ、まるで、天体観測でもするみたいに、指先を虚空に掲げて何かを眺めていた。そのとたん、風に流れる雲が太陽を隠す。あたりは一瞬で暗くなり、わたしはやっと目を開けることができた。
風に揺れるスカートを手で抑えながら、わたしは単刀直入に尋ねた。
「先生……あなたは何者ですか?」
僕は……とつぶやいた先生は、踵を返してわたしと対面する。雲の切れ目から射す太陽の光りに、キラリと眼鏡が輝く。瞳の奥にある漆黒の銀河は、じっとわたしを見つめていた。いつも、だんまりしている先生の低い声が響く。
「この星を管理する存在、つまり……神だ」
ついに出たわね、と思った。
ゲームでお決まりの、ラスボス。または、影の実力者的な存在。それでも、こんな登場の仕方ってある? そもそも、この世界は乙女ゲームのはずなのに。なんだか、RPGゲームみたい。
「あの……神が、なぜここに?」
わたしのほうを向いたデューレ先生は、ククク、と笑ってから説明した。
「ある日、弟が仮想空間に乙女ゲームを創造した、との情報が入ってきた。これは良き、と思ってハッキングしてやった」
「なぜそんなことを?」
「女子高生、つまりJKと話せるチャンス。そう思ったんだ。だってそうだろう? 現実世界ではJKと話せないからな」
「……はあ、まあ、そうでしょうね。っていうか、JKだけじゃなくてふつうの人間は神と話せないでしょっ! 神と話せるのは、キリストやムハンマドなど、啓示を受けた人物だけなはずでは?」
うむ、とうなずいた先生はつづけた。
「僕はそのような、いわゆる、預言者たちに真理を教えたことになってるらしいな」
「違うのですか?」
「そんなおじさんたちに教えるわけないだろ? 仮に教えるとしたら若い女にしてる。しかも、とっておきの美少女にな」
「……あっそ」
「それにしても、ククク、弟は洒落たことをする」
え? とわたしは首を傾けた。
すると、デューレ先生はわたしに向かって、ずんずん、と肉薄してくる。そして、わたしの顎を指先で、グイッと持ちあげるとささやくように言った。
「まさか、僕に内緒で……こんなにも魂の美しい日本の女子高生を闖入させていたとはな」
「ち、ちんにゅう?」
わたしの頭のなかで、ちんにゅう、ちんにゅう、という言葉が反響していた。
先生はわたしの顎から指先を離すと、また苦笑した。ククク、と。
「ちんにゅうって……どういうことですか?」
「無断で入ってくることだ。神であるわたしに断りなくな」
「単語の意味を訊いてません。なぜ許可がいるのかってこと」
「ああ、君はなぜか知らないが……前世の記憶があるだろ? そう言った場合は特に許可がいる」
「前世の記憶があったら、何か不都合なことでもあるんですか?」
「そりゃあ、前世の記憶、特に智慧があったらインカネーション、つまり、転生した世界で無双できてしまうではないか。例えば……」
先生は両手を広げて話をつづけた。
「こんな陳腐な乙女ゲームの世界なんか、すぐに制圧できてしまう。科学の知識さえあれば、瞬く間に一大帝国を築きあげることができるだろう。かつて、古の地球に超文明があったように」
「は……はあ」
わたしは呆れて、この乙女ゲームの世界に目も当てられなくなり、目を細めて髪をかきあげた。ふう、だんだん胸が熱くなってムカついてきた。わたしの身体を使って、遊ばれているような気がしたからだ。ふと、手のひらを見ると、フェイが合掌して舌を、ぺろっとだした。「ごめんね」
ぷつん、と頭のなかで堪忍袋の緒が切れた。心は業火に燃えるマグマのように怒り心頭。わたしは思わず怒鳴り声をあげた。
「こんなのシナリオにはないんだけどぉぉぉぉ!」
ブチギレてしまったわたしは、先生だろうと神だろうと関係なく、にらんだ。
「あなた……神ならちゃんと責任とりなさいよぉ!」
「え?」
「わたしは死んでもないのに、あなたの弟の勘違いで、この乙女ゲーにいるのよ! どうしてくれるの?」
先生は、ビクッと肩を震わせると、鼻を近づけてわたしの頭の匂いを嗅いだ。
え、なに? 先生って匂いフェチなの?
くんか、くんかと鼻腔を動かす先生は、いったんわたしから離れると口を開いた。彼の唇は少しだけ震えていた。
「高嶺真理恵は……死んでないのか?」
わたしは、ふんっと唸りつつ腕を組んだ。大きく空気を吸って胸を張り、ぷるるんとおっぱいを強調させてから大仰にうなずいた。んもう、怒ってるんだからねっ、ホントに!
そのときだった。新任の数学教師であり、イケメンの皮を被った神でもある人物が、ガクッと膝をついた。
「すいませんでしたぁぁぁぁ!」
地面に額を当てながら土下座をする。しかも、何回も、何回も。
「ごめんなさい、ごめんなさい。死んでもないのに天国に入れてしまって申し訳ありません」
「ちょ……なに?」
「うわぁぁぁ! マズイぞぉぉ! こんなことがオヤジにバレたら殺されるうぅぅ! おい、フェイ! おまえも謝れ」
妖精フェイは羽を広げて飛び立つと、頭の後に両手を回して、口笛を吹くように言った。
「僕は謝ったよん。そんでもって、もう真理絵とは友達になったもん、ね~」
長いこと、ね~、と言ってフェイが首を傾けてくるから、わたしも倣って、ね~と首を傾けた。もちろん、無表情で眉ひとつ動かしてはいない。だって、わたしは怒ってるんだからねっ!
「あ! じゃあ、僕とも友達になってくれないかな、真理絵、いや、真理絵様」
「はあ? 意味不明なんだけど」
「頼む……死んだ人間以外が天国にいるとマズイんだ、内緒にして欲しい。友達なら内緒にしてくれるだろ?」
「友達ならね……でも、なんで、お父さんにバレたらマズイの?」
「それは、言えない……絶対に」
ははん、なるほど、と思った。
どうやらわたしは、神であるデューレ先生の弱みを握ってしまったようね。うふふ、これは存分に利用してやらないと。よし、とりあえず、揺さぶってやるか。
「友達になってもいいわよ」
「やった!」
「ただし、条件があるわ」
「なに?」
「わたしの言うことはなんでも聞くこと、わかった?」
「おっけー、でも、できないこともあるから、そこだけは察してほしい」
ええ、とわたしは目を細めてうなずくと、スカートの裾を持ち上げた。スルスル。
「じゃあ、とりあえず、この長すぎるスカートを短くして」
「え? どこまで?」
そうね、とつぶやいたわたしは、膝上の部分を指差した。「このあたり」
うむ、とうなずいたデューレ先生は、「おいフェイ、玉を……」と顎で示した。
あい~、とフェイはゆるい返事をした。
ふわり、と浮いていた妖精フェイの手もとから、青く光る玉が魔法のように、ぽんっと出た。
「見せろ……ここか、よし」
玉に指先を触れさせると、みるみるうちにわたしのスカートは短くなり、足が露出し始めた。けど……ん? え? ちょ、ちょっと待って! 膝の上まででって言ったのに、それより上に上に短くなってるじゃない、きゃあああ!
「ああん、待って、もういいってば先生、やめてぇぇぇぇ!」
「ん? 短くしすぎたか?」
気づくと、白いむっちりした太ももが丸出しになってしまった。ちょっとでも足を動かせば、いやぁん、パンツ見えちゃうぅぅ、っていうか、先生! こっち見ちゃダメ! うそ……パンチラしてる、ヤダぁぁぁぁ!
「こんなもんかな? パンティが見えなくなるのは口惜しいが」
デューレ先生は、唇を噛んで難しい表情をすると、指先で玉を触れていじくった。すると、スカートの丈が膝上のちょうどいい感じのところで止まった。
よし、これで動きやすくなった。
日本の女子高生はこれでなきゃね、うんうん。長いスカートなんて、わたしにはしっくりこない。
「ねえ、先生。ついでに攻略対象者を正気に戻してよ」
「ん? どういうことだ?」先生は首を傾けた。
「先生って何も知らないのね」
わたしは呆れつつも、玉に歩み寄った。
青白く光る玉のなかには、ソレイユ、ロック、そして、シエルの三人が映っていた。プロフィール写真のようだ。年齢、身長、血液型、家族構成、性格などのあらゆる情報が網羅されていた。わたしは、とりあえず、ソレイユを指さして言った。
「この、キラキラ王子がわたしにキスしてきたんだけど、どういうこと?」
「わお、大胆だなあ、マジか!」
デューレ先生、あなたって本当に神なの? マジか、じゃないわよ、マジかじゃ……どんだけ語彙力が現代風なのよ。かといって、古風なときもあるし、んもう、一体、何歳なのよ、先生!
「ごめん、真理絵。ゲームの途中でキャラの設定はできない」
「はあ? このキャラ、わたしのファーストキスを奪ったのよ! マジで狂ってるからなんとかしてよ」
「え、キスしたことなかったのか? 真理絵」
「うるさいっ! とにかく、キラキラ王子の熱暴走を止めてよね。このままだと、エンディングを迎えるまでに世界が崩壊しちゃう」
ううむ、と唸ったデューレ先生は玉をいじくってから、頭を掻きむしってぼやいた。
「やっぱりダメだな……一回ゲームをリセットしないとキャラの設定は変えられない」
「じゃあ、リセットしてよ」
「いや、リセットすると、真理絵が戻れなくなるから却下だ」
「じゃあ、どうするのよ」
デューレ先生は、グイッと眼鏡を指先で上げてから言った。
「なんとかしてエンディングまでルナスタシアに無事でいてもらうしかないな……」
「なんとかって……神のくせに適当なのね」
「そんなこと言ったって、弟が死んでもいない日本の女子高生を乙女ゲーの世界に入れるからイケナイ」
「どういうこと?」
「おそらく攻略対象者の熱暴走は、高嶺真理絵が生きていることに原因がある。現実と仮想空間のあいだで歪みが発生し、キャラたちの自我が目覚めたのだ。おい! フェイ、こっちこい」
ブーン、と飛んで逃げようとしていたフェイは、びくっと羽を動きを止めて虚空で静止した。すると、くるっと向き直って泣き出した。
「お兄様ぁぁ、手伝ってくれよぉぉ! 真理絵はいい子なんだ、前世に帰してあげたい」
「ああ、そうだな。真理絵とはもう友達だ。むざむざと殺させはしない。この神の力を使って、なんとしも前世に帰還させてやる」
「よかったぁぁ、お兄様ぁぁしゅき、だいしゅき♡」
「おお、弟よ」
抱き合う大人の男性と可愛い小さな妖精。背後には、ぽわわんと花が咲き乱れるエフェクトが発動している。なにこれ? なんともメルヘンな雰囲気がただよっていた。
「あんたたち、兄弟で何やってんの?」
わたしは思わずツッコミを入れた。
神様の悪戯か、今世紀最大の突然変異か、とにかくわたしは世にも奇妙な乙女ゲームの世界にいる。それだけは、ただ、それだけは理解できていた。
そして、神に出会えた奇跡を感謝する。だってそうでしょ?
わたしは死んでいないらしいから。生き返るために奇跡を起こす。こんな破滅的な世界だけど、なんとかして、エンディングを迎えるのだ。そうすれば、帰れるらしいから、わたしがいるはずの世界に。そう、高嶺真理絵だった頃の世界に。
そんなふうに口ずさむ。パルテール学園の校舎の屋上で。
0
あなたにおすすめの小説
❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~
四つ葉菫
恋愛
橘花蓮は、乙女ゲーム『煌めきのレイマリート学園物語』の悪役令嬢カレン・ドロノアに憑依してしまった。カレン・ドロノアは他のライバル令嬢を操って、ヒロインを貶める悪役中の悪役!
「婚約者のイリアスから殺されないように頑張ってるだけなのに、なんでみんな、次々と告白してくるのよ!?」
これはそんな頭を抱えるカレンの学園物語。
おまけに他のライバル令嬢から命を狙われる始末ときた。
ヒロインはどこいった!?
私、無事、学園を卒業できるの?!
恋愛と命の危険にハラハラドキドキするカレンをお楽しみください。
乙女ゲームの世界がもとなので、恋愛が軸になってます。ストーリー性より恋愛重視です! バトル一部あります。ついでに魔法も最後にちょっと出てきます。
裏の副題は「当て馬(♂)にも愛を!!」です。
2023年2月11日バレンタイン特別企画番外編アップしました。
2024年3月21日番外編アップしました。
***************
この小説はハーレム系です。
ゲームの世界に入り込んだように楽しく読んでもらえたら幸いです。
お好きな攻略対象者を見つけてください(^^)
*****************
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました
空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。
結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。
転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。
しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……!
「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」
農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。
「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」
ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています
22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。
誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。
そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。
(殿下は私に興味なんてないはず……)
結婚前はそう思っていたのに――
「リリア、寒くないか?」
「……え?」
「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」
冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!?
それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。
「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」
「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」
(ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?)
結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる