高嶺の花屋さんは悪役令嬢になっても逆ハーレムの溺愛をうけてます

花野りら

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第一部 春

59 神の土下座

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 屋上に神がいる! 

 そう思いながら、わたし、マリエンヌ・フローレンスは鈍くなった足で階段を昇る。

 天国の階段かも? 

 やがて、最上階の扉を開けると、太陽のまばゆい光りに目がくらんだ。

 う、まぶしい……。

 しかも、それだけじゃない。パルテール学園の屋上は、風の強さがちょっと目障りで、なかなか目も開けられなかった。それでも、ゆっくりと足を踏みだす。デューレ先生がいるはずだから……あ、いた!

「来たか……高嶺真理絵……」  
 
 ぽつり、そうつぶやいた数学教師は蒼穹を仰ぎつつ、まるで、天体観測でもするみたいに、指先を虚空に掲げて何かを眺めていた。そのとたん、風に流れる雲が太陽を隠す。あたりは一瞬で暗くなり、わたしはやっと目を開けることができた。
 風に揺れるスカートを手で抑えながら、わたしは単刀直入に尋ねた。

「先生……あなたは何者ですか?」

 僕は……とつぶやいた先生は、踵を返してわたしと対面する。雲の切れ目から射す太陽の光りに、キラリと眼鏡が輝く。瞳の奥にある漆黒の銀河は、じっとわたしを見つめていた。いつも、だんまりしている先生の低い声が響く。

「この星を管理する存在、つまり……神だ」

 ついに出たわね、と思った。

 ゲームでお決まりの、ラスボス。または、影の実力者的な存在。それでも、こんな登場の仕方ってある? そもそも、この世界は乙女ゲームのはずなのに。なんだか、RPGゲームみたい。
  
「あの……神が、なぜここに?」

 わたしのほうを向いたデューレ先生は、ククク、と笑ってから説明した。
 
「ある日、弟が仮想空間に乙女ゲームを創造した、との情報が入ってきた。これは良き、と思ってハッキングしてやった」
「なぜそんなことを?」
「女子高生、つまりJKと話せるチャンス。そう思ったんだ。だってそうだろう? 現実世界ではJKと話せないからな」
「……はあ、まあ、そうでしょうね。っていうか、JKだけじゃなくてふつうの人間は神と話せないでしょっ! 神と話せるのは、キリストやムハンマドなど、啓示を受けた人物だけなはずでは?」

 うむ、とうなずいた先生はつづけた。

「僕はそのような、いわゆる、預言者たちに真理を教えたことになってるらしいな」
「違うのですか?」
「そんなおじさんたちに教えるわけないだろ? 仮に教えるとしたら若い女にしてる。しかも、とっておきの美少女にな」
「……あっそ」
「それにしても、ククク、弟は洒落たことをする」

 え? とわたしは首を傾けた。
 すると、デューレ先生はわたしに向かって、ずんずん、と肉薄してくる。そして、わたしの顎を指先で、グイッと持ちあげるとささやくように言った。

「まさか、僕に内緒で……こんなにも魂の美しい日本の女子高生を闖入させていたとはな」
「ち、ちんにゅう?」

 わたしの頭のなかで、ちんにゅう、ちんにゅう、という言葉が反響していた。
 先生はわたしの顎から指先を離すと、また苦笑した。ククク、と。 

「ちんにゅうって……どういうことですか?」
「無断で入ってくることだ。神であるわたしに断りなくな」
「単語の意味を訊いてません。なぜ許可がいるのかってこと」
「ああ、君はなぜか知らないが……前世の記憶があるだろ? そう言った場合は特に許可がいる」
「前世の記憶があったら、何か不都合なことでもあるんですか?」
「そりゃあ、前世の記憶、特に智慧があったらインカネーション、つまり、転生した世界で無双できてしまうではないか。例えば……」

 先生は両手を広げて話をつづけた。

「こんな陳腐な乙女ゲームの世界なんか、すぐに制圧できてしまう。科学の知識さえあれば、瞬く間に一大帝国を築きあげることができるだろう。かつて、古の地球に超文明があったように」
「は……はあ」

 わたしは呆れて、この乙女ゲームの世界に目も当てられなくなり、目を細めて髪をかきあげた。ふう、だんだん胸が熱くなってムカついてきた。わたしの身体を使って、遊ばれているような気がしたからだ。ふと、手のひらを見ると、フェイが合掌して舌を、ぺろっとだした。「ごめんね」

 ぷつん、と頭のなかで堪忍袋の緒が切れた。心は業火に燃えるマグマのように怒り心頭。わたしは思わず怒鳴り声をあげた。

「こんなのシナリオにはないんだけどぉぉぉぉ!」

 ブチギレてしまったわたしは、先生だろうと神だろうと関係なく、にらんだ。
 
「あなた……神ならちゃんと責任とりなさいよぉ!」
「え?」
「わたしは死んでもないのに、あなたの弟の勘違いで、この乙女ゲーにいるのよ! どうしてくれるの?」

 先生は、ビクッと肩を震わせると、鼻を近づけてわたしの頭の匂いを嗅いだ。

 え、なに? 先生って匂いフェチなの? 

 くんか、くんかと鼻腔を動かす先生は、いったんわたしから離れると口を開いた。彼の唇は少しだけ震えていた。

「高嶺真理恵は……死んでないのか?」

 わたしは、ふんっと唸りつつ腕を組んだ。大きく空気を吸って胸を張り、ぷるるんとおっぱいを強調させてから大仰にうなずいた。んもう、怒ってるんだからねっ、ホントに!

 そのときだった。新任の数学教師であり、イケメンの皮を被った神でもある人物が、ガクッと膝をついた。
 
「すいませんでしたぁぁぁぁ!」

 地面に額を当てながら土下座をする。しかも、何回も、何回も。
 
「ごめんなさい、ごめんなさい。死んでもないのに天国に入れてしまって申し訳ありません」
「ちょ……なに?」
「うわぁぁぁ! マズイぞぉぉ! こんなことがオヤジにバレたら殺されるうぅぅ! おい、フェイ! おまえも謝れ」

 妖精フェイは羽を広げて飛び立つと、頭の後に両手を回して、口笛を吹くように言った。
 
「僕は謝ったよん。そんでもって、もう真理絵とは友達になったもん、ね~」

 長いこと、ね~、と言ってフェイが首を傾けてくるから、わたしも倣って、ね~と首を傾けた。もちろん、無表情で眉ひとつ動かしてはいない。だって、わたしは怒ってるんだからねっ!

「あ! じゃあ、僕とも友達になってくれないかな、真理絵、いや、真理絵様」
「はあ? 意味不明なんだけど」
「頼む……死んだ人間以外が天国にいるとマズイんだ、内緒にして欲しい。友達なら内緒にしてくれるだろ?」
「友達ならね……でも、なんで、お父さんにバレたらマズイの?」
「それは、言えない……絶対に」

 ははん、なるほど、と思った。
 
 どうやらわたしは、神であるデューレ先生の弱みを握ってしまったようね。うふふ、これは存分に利用してやらないと。よし、とりあえず、揺さぶってやるか。
 
「友達になってもいいわよ」
「やった!」
「ただし、条件があるわ」
「なに?」
「わたしの言うことはなんでも聞くこと、わかった?」
「おっけー、でも、できないこともあるから、そこだけは察してほしい」

 ええ、とわたしは目を細めてうなずくと、スカートの裾を持ち上げた。スルスル。

「じゃあ、とりあえず、この長すぎるスカートを短くして」
「え? どこまで?」

 そうね、とつぶやいたわたしは、膝上の部分を指差した。「このあたり」
 うむ、とうなずいたデューレ先生は、「おいフェイ、玉を……」と顎で示した。
 
 あい~、とフェイはゆるい返事をした。

 ふわり、と浮いていた妖精フェイの手もとから、青く光る玉が魔法のように、ぽんっと出た。
 
「見せろ……ここか、よし」

 玉に指先を触れさせると、みるみるうちにわたしのスカートは短くなり、足が露出し始めた。けど……ん? え? ちょ、ちょっと待って! 膝の上まででって言ったのに、それより上に上に短くなってるじゃない、きゃあああ!
 
「ああん、待って、もういいってば先生、やめてぇぇぇぇ!」
「ん? 短くしすぎたか?」

 気づくと、白いむっちりした太ももが丸出しになってしまった。ちょっとでも足を動かせば、いやぁん、パンツ見えちゃうぅぅ、っていうか、先生! こっち見ちゃダメ! うそ……パンチラしてる、ヤダぁぁぁぁ!
 
「こんなもんかな? パンティが見えなくなるのは口惜しいが」
 
 デューレ先生は、唇を噛んで難しい表情をすると、指先で玉を触れていじくった。すると、スカートの丈が膝上のちょうどいい感じのところで止まった。

 よし、これで動きやすくなった。

 日本の女子高生はこれでなきゃね、うんうん。長いスカートなんて、わたしにはしっくりこない。
 
「ねえ、先生。ついでに攻略対象者を正気に戻してよ」
「ん? どういうことだ?」先生は首を傾けた。
「先生って何も知らないのね」

 わたしは呆れつつも、玉に歩み寄った。

 青白く光る玉のなかには、ソレイユ、ロック、そして、シエルの三人が映っていた。プロフィール写真のようだ。年齢、身長、血液型、家族構成、性格などのあらゆる情報が網羅されていた。わたしは、とりあえず、ソレイユを指さして言った。
 
「この、キラキラ王子がわたしにキスしてきたんだけど、どういうこと?」
「わお、大胆だなあ、マジか!」

 デューレ先生、あなたって本当に神なの? マジか、じゃないわよ、マジかじゃ……どんだけ語彙力が現代風なのよ。かといって、古風なときもあるし、んもう、一体、何歳なのよ、先生!
 
「ごめん、真理絵。ゲームの途中でキャラの設定はできない」
「はあ? このキャラ、わたしのファーストキスを奪ったのよ! マジで狂ってるからなんとかしてよ」
「え、キスしたことなかったのか? 真理絵」
「うるさいっ! とにかく、キラキラ王子の熱暴走を止めてよね。このままだと、エンディングを迎えるまでに世界が崩壊しちゃう」

 ううむ、と唸ったデューレ先生は玉をいじくってから、頭を掻きむしってぼやいた。

「やっぱりダメだな……一回ゲームをリセットしないとキャラの設定は変えられない」
「じゃあ、リセットしてよ」
「いや、リセットすると、真理絵が戻れなくなるから却下だ」
「じゃあ、どうするのよ」

 デューレ先生は、グイッと眼鏡を指先で上げてから言った。
 
「なんとかしてエンディングまでルナスタシアに無事でいてもらうしかないな……」
「なんとかって……神のくせに適当なのね」
「そんなこと言ったって、弟が死んでもいない日本の女子高生を乙女ゲーの世界に入れるからイケナイ」
「どういうこと?」
「おそらく攻略対象者の熱暴走は、高嶺真理絵が生きていることに原因がある。現実と仮想空間のあいだで歪みが発生し、キャラたちの自我が目覚めたのだ。おい! フェイ、こっちこい」

 ブーン、と飛んで逃げようとしていたフェイは、びくっと羽を動きを止めて虚空で静止した。すると、くるっと向き直って泣き出した。
 
「お兄様ぁぁ、手伝ってくれよぉぉ! 真理絵はいい子なんだ、前世に帰してあげたい」
「ああ、そうだな。真理絵とはもう友達だ。むざむざと殺させはしない。この神の力を使って、なんとしも前世に帰還させてやる」
「よかったぁぁ、お兄様ぁぁしゅき、だいしゅき♡」
「おお、弟よ」

 抱き合う大人の男性と可愛い小さな妖精。背後には、ぽわわんと花が咲き乱れるエフェクトが発動している。なにこれ? なんともメルヘンな雰囲気がただよっていた。
 
「あんたたち、兄弟で何やってんの?」

 わたしは思わずツッコミを入れた。

 神様の悪戯か、今世紀最大の突然変異か、とにかくわたしは世にも奇妙な乙女ゲームの世界にいる。それだけは、ただ、それだけは理解できていた。

 そして、神に出会えた奇跡を感謝する。だってそうでしょ?
 
 わたしは死んでいないらしいから。生き返るために奇跡を起こす。こんな破滅的な世界だけど、なんとかして、エンディングを迎えるのだ。そうすれば、帰れるらしいから、わたしがいるはずの世界に。そう、高嶺真理絵だった頃の世界に。
 
 そんなふうに口ずさむ。パルテール学園の校舎の屋上で。
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