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第一部 春
60 セクシー悪役令嬢
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「デューレ先生、わたし悪役令嬢になろうと思いますっ!」
なるほど、とうなずくデューレ先生は、わたしの目をじっと見つめた。
「どうして?」
「攻略対象者から嫌われるためです」
「それはグッドアイデアだ。やつらがマリエンヌへの熱暴走をやめるには、それしかない」
わたしは胸の内にある溜まっている思いを吐き出した。
「あの、先生……わたし、正直不安です。男子と恋愛したことなんてないから、うまく嫌われることができるかどうか……」
わたしは肩を震わせて唇を噛んだ。もう、泣きそう。
「真理絵なら大丈夫だ」そう言った先生は微笑みをこぼす。
トゥンク、心臓が飛び跳ねた。
ヤダ……わたし、生まれて初めて父以外の男性から呼び捨てにされた。ウソでしょ、ただ名前を言われただけなのに、こんなにドキドキするなんて、やばい、前を向いていられない。わたしは視線を先生から逸らした。
「いいね、そのウブな仕草、たまらない」
「先生……まじめに答えてください、先生は神なんでしょ?」
「ああ、神だが、ひとりの男でもある。いまは……」
いまは? 訊き返すわたしは首を傾けた。
「この身体は仮の姿ってことさ、ちなみに、弟もね」
「ふぇ? フェイも?」
ブーン、と飛んだフェイはわたしのおっぱいに乗った。
「うん、花の妖精って可愛いから、一回やってみたかったんだ」
「……あっそ、コスプレ気分かよ」
呆れるわたしの声が虚空に響いた。ぴよぴよ、と鳥の鳴き声だけが反応してくれたけど、風の強さは相変わらず強く、わたしの髪やスカートを容赦なく揺さぶる。ついでに、心も。
「とにかくあなたたち、わたしを前世に帰れるように協力しなさないよねっ、わかった?」
こくりとうなずく先生とフェイは笑顔でわたしを見つめた。
わたしは、ふう、やれやれとため息をついた。「じゃあ、授業があるのでこれにてっ、ふんっ」
ぷりぷりしながらわたしは、屋上の扉を開けて階段を降り、廊下を歩く。校舎のなかは授業ちゅうのため静寂に包まれていた。わたしのおっぱいに乗ったままのフェイは、ほっと安心しきった感じで話しかけてきた。
「あんな楽しそうなお兄様を見たのは久しぶりだよ。ありがとう、真理絵」
「別に……わたしは何もしてない。巻きこまれただけ」
「あはは、真理絵は超クールだね」
「それ、褒めてんの?」
うん、とうなずいたフェイは、ぶーんと虚空を一回転した。
わたしは頭を掻きながら、やれやれ、とため息をついた。
ふう、どうもこの妖精は頼りない。
わたしは肩を落としながら歩き、やがて、教室の前まで戻ってきた。生徒たちの声がかすかに透明の窓から漏れている。のぞくと、なにやら盛り上がっている様子がうかがえた。
「じゃあ、しばらく人形になっててね、フェイ」
え? と大きな瞳をさらに開いた妖精フェイをつまみ上げると、胸ポケットにねじこんだ。ぐえっ、と鳴いていたけど無視した、完全に。
ガラガラ、と扉を開けて教室に入った。すると、一斉に生徒たちの顔がこっちを振り向いた。きょとん、とするわたしは、なに? と誰とでもなく訊くと、いきなりベニーが叫んだ。
「わあああ! マリリンのスカートが短くなってるぞぉぉぉ!」
うふふ、やはり気づいたようね。
さあ、見なさい男子たち、特にソレイユとロック!
わたしの悪役令嬢っぽい華麗なる美脚を!
って……あれ?
わたしは強烈な違和感を覚えた。何かが違うわね……。
教室を見回すと、みんなの席がシャッフルされていた。
え? 待って、わたし席ってどこにいったの?
わたしは頭のうえにクエッションマークを浮かべていると、ニコル先生が声をかけてきた。
「フローレンスさん、あなた何をやっているの? はやく扉を閉めてなかに入りなさい」
「あ……はい」
「まったく……あなたのトイレが長いからパートナー決まっちゃたわよ」
「ふぇ?」
「あなたのパートナーは……」
ニコル先生がすべてを言う前に、やあ、と爽やかな声が響いた。
わたしは一瞬で、その人物が誰なのかわかった。
なんで、なんで……なんで、あなたなのぉぉぉぉ!
「よろしく! マリ。私がロミオだ」
「いやいやいやいや、ちょっと待ってくださいっ!」
「どうした? そんなに嬉しがるなよ、マリ・フローレンス」
「違う違う! 嬉しくないし、意義あり!」
わたしは、ビシッと挙手するとニコル先生を見つめて抗議した。
首を傾けるニコル先生は、なにか問題でも? とつぶやく。
「大問題です! わたしはソレイユくんのことが好きではありません。むしろ、嫌いなくらいですっ! 話たくもありません」ぷんぷん。
しーん、と教室じゅうが、水を打ったかのように静まり返った。
あ、やばい、さすがに言い過ぎたか……と思い、ソレイユの顔をのぞくと……。
あれ?
頬を赤く染めて唇を噛んでいるでないか!
きゃあああ、なんで興奮しているのよ、変態か? ドMか? ソレイユは、ククク、と不適な笑みを浮かながら悪魔のようにささやく。
「話したくもない相手と……マリ、君はこれから愛の芝居をするんだ。偽りのな……」
「やめてぇぇぇ」
「ダメだ、もうすでにみんなパートナーを決めている」
「な、なんですって?」
黒い衝撃が走ったわたしは、ぐるんと首を振って周りを確認する。
ロックはメリッサと組んでいた。
「メリッサには悪いことをしたからな、これがけじめだ」
そう言ったロックは、照れながら指先で鼻をかいた。
か、かっこいいじゃない、ロック。
とうのメリッサは、まだ許してないんだからねっ! なんて言ってツンデレする始末。あら、金髪ドリルっぽい仕草だこと。割とお似合いかも、この二人。
一方、ルナはありきたりなモブ男子と組んでいた。
二人とも席に座ってお見合いみいたな感じになっている。うーん、なんとも微笑ましい。彼の容姿はフツメンと言ったところ。もちろん名前などないモブちゅうのモブ。
「なんか、この人があたしの歌が好きだって言うからさ、組んじゃったの、えっへへ」ルナがデレる。モブ男子は、ども、とわたしに挨拶。
は? なにこいつ。
モブ男子のくせに気取ってるんじゃないわよ。わたしは悪役令嬢になると決めていたので、怖いもの知らず。ダガーをぶん投げるがごとく、挑戦的な言葉を放った。
「モブ男子の分際でルナスタシアと組むなんて、あなたいい度胸してるじゃない」
わたし、マリエンヌの身長は170センチ。立ったまま氷のような視線で相手を見下す。席に座っているモブ男子は子どもも同然。あわわ、と悲鳴にも似たような声をあげた。それでも……。
「いいの、マリ」ルナは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
しかし、わたしは引き下がらない。
悪役令嬢たる以上、甘え上手でもある。
でもぉぉ、とルナに抱きついたわたしは、耳に吐息を吹きかけた。
ルナは満更でもなく、えっへへ、と嬉しそうに微笑んだ。
うふふ、やはり、ルナもボディタッチに弱いみたい。特に耳。わたしと一緒ね。
「お願い、ルナ……わたしソレイユのこと本当に嫌いだから変わってえ」
「えええ……マジでえ?」
「うん、どうせルナだってこの人のこと好きじゃないんでしょ?」
「うーん、そうだけどぉ、この人あたしの歌を好きって言ってくれたしなあ」
「ルナの歌はみんな好きだよぉ」
「あ……」
ぽっと頬を赤く染めいていたルナは、う、嬉しい、と言って両手で顔を隠した。よし、ルナが照れるぅぅ! かわいいから、男子たちの視線が注がれてる。
ん?
違うルナじゃない、男子たち……わたしのことを見てる? ソレイユとロックの二人はガン見していた。ちょっと、こっち見ないでぇぇぇ!
「ねぇ、ルナぁ、ソレイユとその男子を変わってよぉ」
「しょうがないなあ」
ルナは、すくっと立ち上がるとソレイユに近づいていった。
「なんかね、マリはソレイユのことが嫌いだから変わって欲しいんだってさ」
「ぐぬぬ……」
ソレイユは、ガクッと頭を下げてうなだれた。
それでも、よく顔を見ると、ニヤニヤと微笑を浮かべていた。
うわあ、嫌いって言われたのに、嬉しそうにしてる、これってもしかして……。不思議に思っていると、横からベニーが声をかけてきた。
「おい、マリリン。なにソレイユをいじめてるんだ?」
「別にいじめてないし」
「そっか? だって、ソレイユのやつ喜んでるじゃないか」
「あ、やっぱりベニーもそう思う?」
「うん、もっと悪役令嬢っぽい攻撃でないと嫌われないかも、だぞ」
「たしかに……」
「がんばれっ! マリリン」
えいえい、おー!
とチアリーダーっぽく応援してくれたベニーは、隣の席に座る男子のほうを向くと、「さあ、眼鏡くんやろっか」と言った。
え? ベニーの相手ってそれ?
それって言い方も失礼だけど、見るからに、それはオタク男子だった。ヒョロっとした体型は骨張ってて、寝癖はぴょん跳ねしていた。
「あの、あの、あの」
どもりまくる口調でベニーに向かって手を伸ばす仕草は、アイドルに握手を求める人間の動作と似ていた。すべてが、不器用でぎこちない。
「よよっよよ、よろしくお願いしますよぉぉ、ベニーさぁぁぁん」
「ああ、よろしくだぞ」
ベニーは眼鏡くんと握手した。ニヤつく彼の顔がキモい。
おいおい! どうなってるの?
わたしはベニーの耳もとで、ささやくように質問した。
「ちょっとベニー、その人が好きなの?」
「全然好きじゃないぞ」
「じゃあ、なんで?」
「眼鏡くんがベニーのことを好きみたいだぞ」
あ、察し。
ベニーは演劇部の踊り子で、言わば、アイドルみたいな存在。
よって、このようなオタクから好かれることが多い。
どもった言葉でベニーに、すすす、好きですって告白する眼鏡くんが目に浮かんできた。
わたしはひとり、納得しながら、周りの生徒たちを観察した。
みんなそれなりにパートナーを見つけて、芝居を始めていた。
ふと、ソレイユ、ルナのペアが気になったので、様子をうかがった。
「じゃあ、ソレイユ、あたしとやろ」
「うむ……作戦を練らなければ」
「なにを言ってるの? 作戦?」
「いや、なんでもない、さあ、やろうか、ルナ・リュミエール」
「うん……」
ソレイユのやつ、なにか企んでいるわね。
わたしは腕を組んで顎に拳を当てた。お決まりの推理ポーズ。すると横から、あのぉ、と尋ねてくるモブ男子がいた。うるさいわね、いま推理ちゅうなんだけど。
「なに?」
と言ってわたしは振り返る。もちろん冷たくあしらうように。
「僕らもやりましょう……本当はルナスタシアさんがよかったけど」
「あなたって何様? モブのくせに偉そうに」
「モブ? なんですかそれは?」
「なんでもないわ。仕方ない、わたしと組めるんだから光栄に思いなさい」
「なんだかマリエンヌさんって悪役みたいですね……セクシーな感じがします」
「殴るわよ」
ひえっ、と凍りつくモブ男子は、ガクブルに震える手で教科書を開いていた。
それでも、少しだけ、本当に少しだけ、わたしの心が躍った。
やだぁ、わたしってセクシーなの? きゃああ、男子に褒められちゃった。ひゃっほう! 満更でもなく嬉しくて、わたしは思わず微笑んでしまう。するとそのとき、背後から恐ろしほどの殺気を感じた。
ん?
と振り返ると、ソレイユとロックが、じっとモブ男子を睨んでいた。
嫉妬心に燃える炎が、その瞳の奥で、ぐらぐらと揺れていた。
うふふ、憎悪を抱いてらっしゃる……もう一押しね。
わたしは教科書に目を落とすと朗読した。
「ああ、ロミオ様、ロミオ様! なぜあなたは、ロミオ様でいらっしゃいますの? お父様と縁を切り、家名をお捨てになって……もしもそれがお嫌なら、せめてわたくしを愛すると、お誓いになって下さいまし。そうすれば、わたくしもこの場限りでキャピュレットの名を捨ててみせますわ」
モブ男子は、おずおずとわたしの朗読に重ねた。
「だ、だ、黙って、も、も、もっと聞いていようかぁぁ、それとも……声をかけたものか?」
わたしは目のまえに座るモブ男子と偽りの愛の芝居を始めた。息を吹きかけるように、そっと、わたしなりのセクシーな口調で。
ギシッと椅子を引きずったわたしは、ロミオに成り切った彼に肉薄した。
それと、女が男を誘惑するみたいに、足を組んで、美脚アピールのおまけつき。普段は見えない太ももの内側が、チラッと見えるようにも、した。もちろん、ゆっくりエッチな感じで。そのとたん、朗読していたモブ男子の目線がわたしの脚に注がれた。鼻の下を伸ばし、いやらしい目をしていた。ヤダ……キモい。
その瞬間!
突然、ロックが飛び跳ねるように立ち上がった。その反動で座っていた椅子が、ガシャンと大きな音を発して倒れた。
「おい! てめえ、マリから離れろや!」
ロックの怒鳴り声に反応するように、教室じゅうの物音がいっさい消えていた。
なるほど、とうなずくデューレ先生は、わたしの目をじっと見つめた。
「どうして?」
「攻略対象者から嫌われるためです」
「それはグッドアイデアだ。やつらがマリエンヌへの熱暴走をやめるには、それしかない」
わたしは胸の内にある溜まっている思いを吐き出した。
「あの、先生……わたし、正直不安です。男子と恋愛したことなんてないから、うまく嫌われることができるかどうか……」
わたしは肩を震わせて唇を噛んだ。もう、泣きそう。
「真理絵なら大丈夫だ」そう言った先生は微笑みをこぼす。
トゥンク、心臓が飛び跳ねた。
ヤダ……わたし、生まれて初めて父以外の男性から呼び捨てにされた。ウソでしょ、ただ名前を言われただけなのに、こんなにドキドキするなんて、やばい、前を向いていられない。わたしは視線を先生から逸らした。
「いいね、そのウブな仕草、たまらない」
「先生……まじめに答えてください、先生は神なんでしょ?」
「ああ、神だが、ひとりの男でもある。いまは……」
いまは? 訊き返すわたしは首を傾けた。
「この身体は仮の姿ってことさ、ちなみに、弟もね」
「ふぇ? フェイも?」
ブーン、と飛んだフェイはわたしのおっぱいに乗った。
「うん、花の妖精って可愛いから、一回やってみたかったんだ」
「……あっそ、コスプレ気分かよ」
呆れるわたしの声が虚空に響いた。ぴよぴよ、と鳥の鳴き声だけが反応してくれたけど、風の強さは相変わらず強く、わたしの髪やスカートを容赦なく揺さぶる。ついでに、心も。
「とにかくあなたたち、わたしを前世に帰れるように協力しなさないよねっ、わかった?」
こくりとうなずく先生とフェイは笑顔でわたしを見つめた。
わたしは、ふう、やれやれとため息をついた。「じゃあ、授業があるのでこれにてっ、ふんっ」
ぷりぷりしながらわたしは、屋上の扉を開けて階段を降り、廊下を歩く。校舎のなかは授業ちゅうのため静寂に包まれていた。わたしのおっぱいに乗ったままのフェイは、ほっと安心しきった感じで話しかけてきた。
「あんな楽しそうなお兄様を見たのは久しぶりだよ。ありがとう、真理絵」
「別に……わたしは何もしてない。巻きこまれただけ」
「あはは、真理絵は超クールだね」
「それ、褒めてんの?」
うん、とうなずいたフェイは、ぶーんと虚空を一回転した。
わたしは頭を掻きながら、やれやれ、とため息をついた。
ふう、どうもこの妖精は頼りない。
わたしは肩を落としながら歩き、やがて、教室の前まで戻ってきた。生徒たちの声がかすかに透明の窓から漏れている。のぞくと、なにやら盛り上がっている様子がうかがえた。
「じゃあ、しばらく人形になっててね、フェイ」
え? と大きな瞳をさらに開いた妖精フェイをつまみ上げると、胸ポケットにねじこんだ。ぐえっ、と鳴いていたけど無視した、完全に。
ガラガラ、と扉を開けて教室に入った。すると、一斉に生徒たちの顔がこっちを振り向いた。きょとん、とするわたしは、なに? と誰とでもなく訊くと、いきなりベニーが叫んだ。
「わあああ! マリリンのスカートが短くなってるぞぉぉぉ!」
うふふ、やはり気づいたようね。
さあ、見なさい男子たち、特にソレイユとロック!
わたしの悪役令嬢っぽい華麗なる美脚を!
って……あれ?
わたしは強烈な違和感を覚えた。何かが違うわね……。
教室を見回すと、みんなの席がシャッフルされていた。
え? 待って、わたし席ってどこにいったの?
わたしは頭のうえにクエッションマークを浮かべていると、ニコル先生が声をかけてきた。
「フローレンスさん、あなた何をやっているの? はやく扉を閉めてなかに入りなさい」
「あ……はい」
「まったく……あなたのトイレが長いからパートナー決まっちゃたわよ」
「ふぇ?」
「あなたのパートナーは……」
ニコル先生がすべてを言う前に、やあ、と爽やかな声が響いた。
わたしは一瞬で、その人物が誰なのかわかった。
なんで、なんで……なんで、あなたなのぉぉぉぉ!
「よろしく! マリ。私がロミオだ」
「いやいやいやいや、ちょっと待ってくださいっ!」
「どうした? そんなに嬉しがるなよ、マリ・フローレンス」
「違う違う! 嬉しくないし、意義あり!」
わたしは、ビシッと挙手するとニコル先生を見つめて抗議した。
首を傾けるニコル先生は、なにか問題でも? とつぶやく。
「大問題です! わたしはソレイユくんのことが好きではありません。むしろ、嫌いなくらいですっ! 話たくもありません」ぷんぷん。
しーん、と教室じゅうが、水を打ったかのように静まり返った。
あ、やばい、さすがに言い過ぎたか……と思い、ソレイユの顔をのぞくと……。
あれ?
頬を赤く染めて唇を噛んでいるでないか!
きゃあああ、なんで興奮しているのよ、変態か? ドMか? ソレイユは、ククク、と不適な笑みを浮かながら悪魔のようにささやく。
「話したくもない相手と……マリ、君はこれから愛の芝居をするんだ。偽りのな……」
「やめてぇぇぇ」
「ダメだ、もうすでにみんなパートナーを決めている」
「な、なんですって?」
黒い衝撃が走ったわたしは、ぐるんと首を振って周りを確認する。
ロックはメリッサと組んでいた。
「メリッサには悪いことをしたからな、これがけじめだ」
そう言ったロックは、照れながら指先で鼻をかいた。
か、かっこいいじゃない、ロック。
とうのメリッサは、まだ許してないんだからねっ! なんて言ってツンデレする始末。あら、金髪ドリルっぽい仕草だこと。割とお似合いかも、この二人。
一方、ルナはありきたりなモブ男子と組んでいた。
二人とも席に座ってお見合いみいたな感じになっている。うーん、なんとも微笑ましい。彼の容姿はフツメンと言ったところ。もちろん名前などないモブちゅうのモブ。
「なんか、この人があたしの歌が好きだって言うからさ、組んじゃったの、えっへへ」ルナがデレる。モブ男子は、ども、とわたしに挨拶。
は? なにこいつ。
モブ男子のくせに気取ってるんじゃないわよ。わたしは悪役令嬢になると決めていたので、怖いもの知らず。ダガーをぶん投げるがごとく、挑戦的な言葉を放った。
「モブ男子の分際でルナスタシアと組むなんて、あなたいい度胸してるじゃない」
わたし、マリエンヌの身長は170センチ。立ったまま氷のような視線で相手を見下す。席に座っているモブ男子は子どもも同然。あわわ、と悲鳴にも似たような声をあげた。それでも……。
「いいの、マリ」ルナは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
しかし、わたしは引き下がらない。
悪役令嬢たる以上、甘え上手でもある。
でもぉぉ、とルナに抱きついたわたしは、耳に吐息を吹きかけた。
ルナは満更でもなく、えっへへ、と嬉しそうに微笑んだ。
うふふ、やはり、ルナもボディタッチに弱いみたい。特に耳。わたしと一緒ね。
「お願い、ルナ……わたしソレイユのこと本当に嫌いだから変わってえ」
「えええ……マジでえ?」
「うん、どうせルナだってこの人のこと好きじゃないんでしょ?」
「うーん、そうだけどぉ、この人あたしの歌を好きって言ってくれたしなあ」
「ルナの歌はみんな好きだよぉ」
「あ……」
ぽっと頬を赤く染めいていたルナは、う、嬉しい、と言って両手で顔を隠した。よし、ルナが照れるぅぅ! かわいいから、男子たちの視線が注がれてる。
ん?
違うルナじゃない、男子たち……わたしのことを見てる? ソレイユとロックの二人はガン見していた。ちょっと、こっち見ないでぇぇぇ!
「ねぇ、ルナぁ、ソレイユとその男子を変わってよぉ」
「しょうがないなあ」
ルナは、すくっと立ち上がるとソレイユに近づいていった。
「なんかね、マリはソレイユのことが嫌いだから変わって欲しいんだってさ」
「ぐぬぬ……」
ソレイユは、ガクッと頭を下げてうなだれた。
それでも、よく顔を見ると、ニヤニヤと微笑を浮かべていた。
うわあ、嫌いって言われたのに、嬉しそうにしてる、これってもしかして……。不思議に思っていると、横からベニーが声をかけてきた。
「おい、マリリン。なにソレイユをいじめてるんだ?」
「別にいじめてないし」
「そっか? だって、ソレイユのやつ喜んでるじゃないか」
「あ、やっぱりベニーもそう思う?」
「うん、もっと悪役令嬢っぽい攻撃でないと嫌われないかも、だぞ」
「たしかに……」
「がんばれっ! マリリン」
えいえい、おー!
とチアリーダーっぽく応援してくれたベニーは、隣の席に座る男子のほうを向くと、「さあ、眼鏡くんやろっか」と言った。
え? ベニーの相手ってそれ?
それって言い方も失礼だけど、見るからに、それはオタク男子だった。ヒョロっとした体型は骨張ってて、寝癖はぴょん跳ねしていた。
「あの、あの、あの」
どもりまくる口調でベニーに向かって手を伸ばす仕草は、アイドルに握手を求める人間の動作と似ていた。すべてが、不器用でぎこちない。
「よよっよよ、よろしくお願いしますよぉぉ、ベニーさぁぁぁん」
「ああ、よろしくだぞ」
ベニーは眼鏡くんと握手した。ニヤつく彼の顔がキモい。
おいおい! どうなってるの?
わたしはベニーの耳もとで、ささやくように質問した。
「ちょっとベニー、その人が好きなの?」
「全然好きじゃないぞ」
「じゃあ、なんで?」
「眼鏡くんがベニーのことを好きみたいだぞ」
あ、察し。
ベニーは演劇部の踊り子で、言わば、アイドルみたいな存在。
よって、このようなオタクから好かれることが多い。
どもった言葉でベニーに、すすす、好きですって告白する眼鏡くんが目に浮かんできた。
わたしはひとり、納得しながら、周りの生徒たちを観察した。
みんなそれなりにパートナーを見つけて、芝居を始めていた。
ふと、ソレイユ、ルナのペアが気になったので、様子をうかがった。
「じゃあ、ソレイユ、あたしとやろ」
「うむ……作戦を練らなければ」
「なにを言ってるの? 作戦?」
「いや、なんでもない、さあ、やろうか、ルナ・リュミエール」
「うん……」
ソレイユのやつ、なにか企んでいるわね。
わたしは腕を組んで顎に拳を当てた。お決まりの推理ポーズ。すると横から、あのぉ、と尋ねてくるモブ男子がいた。うるさいわね、いま推理ちゅうなんだけど。
「なに?」
と言ってわたしは振り返る。もちろん冷たくあしらうように。
「僕らもやりましょう……本当はルナスタシアさんがよかったけど」
「あなたって何様? モブのくせに偉そうに」
「モブ? なんですかそれは?」
「なんでもないわ。仕方ない、わたしと組めるんだから光栄に思いなさい」
「なんだかマリエンヌさんって悪役みたいですね……セクシーな感じがします」
「殴るわよ」
ひえっ、と凍りつくモブ男子は、ガクブルに震える手で教科書を開いていた。
それでも、少しだけ、本当に少しだけ、わたしの心が躍った。
やだぁ、わたしってセクシーなの? きゃああ、男子に褒められちゃった。ひゃっほう! 満更でもなく嬉しくて、わたしは思わず微笑んでしまう。するとそのとき、背後から恐ろしほどの殺気を感じた。
ん?
と振り返ると、ソレイユとロックが、じっとモブ男子を睨んでいた。
嫉妬心に燃える炎が、その瞳の奥で、ぐらぐらと揺れていた。
うふふ、憎悪を抱いてらっしゃる……もう一押しね。
わたしは教科書に目を落とすと朗読した。
「ああ、ロミオ様、ロミオ様! なぜあなたは、ロミオ様でいらっしゃいますの? お父様と縁を切り、家名をお捨てになって……もしもそれがお嫌なら、せめてわたくしを愛すると、お誓いになって下さいまし。そうすれば、わたくしもこの場限りでキャピュレットの名を捨ててみせますわ」
モブ男子は、おずおずとわたしの朗読に重ねた。
「だ、だ、黙って、も、も、もっと聞いていようかぁぁ、それとも……声をかけたものか?」
わたしは目のまえに座るモブ男子と偽りの愛の芝居を始めた。息を吹きかけるように、そっと、わたしなりのセクシーな口調で。
ギシッと椅子を引きずったわたしは、ロミオに成り切った彼に肉薄した。
それと、女が男を誘惑するみたいに、足を組んで、美脚アピールのおまけつき。普段は見えない太ももの内側が、チラッと見えるようにも、した。もちろん、ゆっくりエッチな感じで。そのとたん、朗読していたモブ男子の目線がわたしの脚に注がれた。鼻の下を伸ばし、いやらしい目をしていた。ヤダ……キモい。
その瞬間!
突然、ロックが飛び跳ねるように立ち上がった。その反動で座っていた椅子が、ガシャンと大きな音を発して倒れた。
「おい! てめえ、マリから離れろや!」
ロックの怒鳴り声に反応するように、教室じゅうの物音がいっさい消えていた。
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第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
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