高嶺の花屋さんは悪役令嬢になっても逆ハーレムの溺愛をうけてます

花野りら

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第一部 春

69 花屋さん ⑤

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 ソレイユは微笑みながら注文をする。まるで、スタバでフラペチーノでも頼むかのように。
 
「戦没者の墓参りに花を持っていきたい」

 花の種類は? とわたしが訊くと、そうだな……白い花にしてくれとリクエスト。お店のおまかせってことね、かしこまりました~。
 
「それなら、シベリアはどうかしら?」
「ああ、たのむ」

 わたしは店にあるありったけの白いユリの品種、シベリアをかき集めた。
 
「よいしょっと」

 ソレイユは作業台に置かれた白い花を愛でる。その花びらを支えている茎と葉の青々とした力強さが美しい。
 
 ソレイユはキラキラ王子だ。
 
 どうせ金貨をいっぱい持って来ているはずだから、奮発して豪華な花束を作ってやろう。うふふ……。
 
 ん?
 
 そのとき、ふと、窓の外に黒い影が見えた。だれかいる?
 
 なんだ……黒執事ね……。
 
 彼はチラッと窓の外からこちらをのぞいている。怖いわね……ストーカーみたい。店に入ってくればいいのに。シャイなのかしら?

 一方、フィレ教授は母と話していた。っていうか、母に捕まっていた。男の人にとってはおばさんの世間話は罰ゲームかもしれないけど。
 
 ナイスプレー、お母さん!
 
 さっさと花束を作ってフィレ教授とデートしちゃうんだからぁぁ! すると、胸ポケットにいる妖精フェイがつぶやく。
 
「デートじゃなくて会議にでるだけだろ?」
「うっさい、黙ってて!」わたしは小声でツッコミを返す。
 
 なぜなら、フィレ教授は攻略対象者じゃないから、何をやってもいい、はず。あんなことや、こんなことをしたって、世界が崩壊することはない、はず。
 
 ああん、イケナイ妄想がとまらない。
 
 とは言うものの、フィレ教授が子どものわたしなんか相手にするわけないか……うふふ。
 
 さて、と。
 
 わたしの花束製作はラストスパートに入っていた。花束を作るコツは愛情たっぷり、キュ、キュ、とまとめて紐で縛ること。きつくね。わたしは、ぐりっと握られた花束を手首ごとひねって逆さまにし……。
 
 チョキン!
 
 伸びている茎をカットしてそろえる。うーん、きれいな花束の完成ね。
 そして最後は、ラッピングしてっと。よし、できた。
 わたしはソレイユのもとに花束を持っていく。
 そのときだった。
 
「じゃあな、マリちゃん」教授は手を振る。
「ええええ、もういくんですか?」
「うむ、会議に遅れるとうるさいもので……あ、レレリーの栽培をよろしく」
「あ、教授っ!」

 フィレ教授は手を振って店を出ていった。いやぁん、せっかく会議に誘ってくれたのに……。んもう、ソレイユのバカが来たせいで逃げられちゃったじゃない!
 
 ぴえん……。
 
 わたしは花束を押しつけるようにソレイユに渡した。「はい、これでいい?」
 
 ありがとう、とソレイユは感謝した。すぐにわたしは作業台にあったペンを取って、メッセージカードに書きこむ準備をする。「何かメッセージは?」
 
 ソレイユは相変わらず微笑む。首だけ傾けて考えてる様子。
 
「そうだな、じゃあ、『オセアン夫妻よ、安らかな冥福を祈る』としておいてくれ」
 
 ふーん、わたしは軽くうなずくと筆を走らせた。しかし、内心では、オセアン夫婦といったら、料理長リオンさんの両親ね、と思っていた。と同時に、脳裏では王宮でのやり取りが蘇る。
 
 王様の弱々しくて、細い声が再生される。
 
「オセアン夫婦の……スープ……」

 なるほど、ソレイユはスープのレシピをリオンさんから訊くつもりだろう。もちろん、このシナリオのことをわたしは知ってる。公式ファンブックに載っていたからだ。
 
 しかし……あれ?
 
 たしか、ルナスタシアも一緒にリオンさんの家にいくはずでは? もしかして、馬者に乗っているのかな? わたしは会計ちゅうに、ソレイユに訊いてみた。
 
「馬車にルナスタシアが乗ってるの?」

 ルナスタシア? と訊き返すソレイユは首をひねった。「いないが」
 そんなバカな、と思ったわたしは、ダッシュで店の外に出た。
 きょとん、とするソレイユ。「お会計はいいのかい?」
 わたしは馬車に駆け寄る。黒執事はびっくりしていた。
 
「マリエンヌ様、いかがなさいましたか?」
「馬車には誰も乗っていないの?」
「え? あ、はい、ソレイユ様ひとりだけですが、何か?」

 改めさせていただきます、と言ったわたしは馬車の扉を開けた。
 しかし、誰も乗っていなかった。
 
 おかしい! わたしは首を振った。
 
 シナリオだと、ルナとソレイユは一緒にリオンさんの家にいくはず。だけど、ルナはいない。まだ二人の関係がそこまで仲良くない、そういうことが原因かしら? 
 
 あ! もしかしたら、わたしが余計なことをしたから、シナリオ通りに進んでいないのかもしれない……。
 
 わたしは道端でフェイに声をかける。「フェイ、フェイ!」
 
 ん? 胸ポケットから顔をあげるフェイは、うーん、と伸びをした。寝ていたようだ。
 
「急にどうしたの? 真理絵」
「ソレイユが来店したんだけど、これはシナリオにはない行動なのよね……どう思う?」
「ああ、熱暴走したから狂っちゃったかもね、シナリオが」
「……ということは、公式ファンブックの攻略チャートが通用しないってこと」
「いや、基本はズレていないから、軌道を修正してあげれば戻るはず」

 なるほど、とつぶやいたわたしは腕を組んだあと、右手の拳だけ顎にあてた。

「じゃあ、ヒロインを連れてくればいいわけね」
「まあね、でもそれは大団円のエンディングを迎えたい場合だよ。真理絵をこの世界に入れといてなんだけど、どんなエンディングでも迎えさえすれば現実の世界に戻れるから、そこだけは安心していいよ。たとえ……」

 フェイは言葉を区切ってからつづけた。
 
「バッドエンドでもね」

 わたしは眉をひそめた。

 バッドエンド。

 それは攻略対象者が死亡する悲劇的な展開で、メンヘラちゃんなら大好きなシュチュエーション満載の鬱っぽいサイコホラー。たしか、こんなシナリオだったような……ぽわわん。
 
「グフッ、貴様……裏切ったな……」

 ソレイユ・フルールの口から血が流れる。
 胸に剣を突き刺しているのはロック・コンステラ。
 革命を起こす過激派になったロックが、王族を処刑したのだ。愛するルナスタシアをソレイユに取られるくらいなら殺してやるぅ! って感じで嫉妬に狂ったってわけ。こわ……。
 
 革命が起きると色々な問題があふれだす。
 
 シエル・デトワールはどうなるかと言うと……ふう、女のわたしからはとても言えないんだけど……都民の男どもから無理やりに襲われて、げ……うーん、これってボーイズラブってやつ? 知らないけど。
 
 一方、わたしたち女たちも、かなり衝撃的なバッドエンドになる。貴族の館は、都民によってめちゃくちゃな襲撃にあう。
 
 わたしの家の花屋さんも例外ではない。
 
 メリッサの家もひどいもので、あっという間に損壊されちゃう、ああ、これはあまり言いたいくないのだけど。金髪ドリルは、まあ、都民のおじさんたちに……服を引きちぎられてって……きゃああ、無理、これ以上は思いだしたくない!
 
 なぜなら、わたしも例外ではないからだ。
 
 え! やだやだ! 処女卒業がどこの誰だかわからないおじさんとなんて……無理、無理! 絶対に無理!
 
 げ……。
 
 公式ファンブックの裏のほうに掲載されているバッドエンドの内容を思いだすと、どれもこれもR18指定のとんでもないエロ本だったことを思いだす。やめてぇぇぇぇ!
 
 わたしは大きく首を横に振った。

「ダメダメ! バッドエンドは絶対にダメ!」

 ひどい目にあって前世に戻りたくないわ!
 
 よし、わたしは気合を入れてダッシュで店に戻る。背後にいる黒執事が、「走る姿も美しい……」とつぶやいていた。
 
「ソレイユ、学園に戻るわよ!」わたしは店のなかに入るなり叫んだ。

 え? と瞳を大きく開くソレイユは訊いた。
 
「いいけど、なぜ?」
「ルナを連れていく」
「ルナ? それなら、マリエンヌも来てくれるのかい?」
「ええ、わたしもいくわ」
 
 やったー! ソレイユはいつも以上に笑って喜んだ。か、かわいい……。
 
「べ、別にあなたのためにいくわけじゃないからねっ」ぷいっ、ダメ。わたしも釣られて笑いそうになった。

「でも、どうして? ルナを?」ソレイユは首を傾げた。

 ルナスタシア・リュミエール……と言ったわたしは言葉を区切ってから伝えた。
 
「彼女は必ず連れて行ったほうがいい」
「なぜ?」
「血を流さない革命を起こすには、ルナの歌声が必要だからよ」
「歌声? たしかに、ルナの歌は綺麗な声だとは訊いているが、それほどなのか?」
「ええ、彼女の歌は……」

 わたしは口ごもった。言ってしまっていいものか? と自問自答したけど、世界が崩壊するよりましだと思い直して断言した。ソレイユのことを、じっと見つめて。
 
「魔法よ。ルナの歌声は無血革命へと導く」
「本当か、マリ! なんでそんなことまでわかるんだ! 君は……」

 らんらんと瞳を輝かせて驚くソレイユ。それもそうでしょうね。未来予知ができるわたしのことを、神の化身とでも思っていることだろう。または、女神、とでも。しかし、それは今だけの話。なぜなら、わたしの正体は……。
 
 悪役令嬢だから。
 
 あなたをガチガチに縛りつけるために、わたしは存在している。
 
 そのうちに恨むがいい、ソレイユ。
 
 そして、わたしのことを愛したら世界が崩壊する。ということも、すぐ教えてやらないといけない。また、キスとかしてきたら大変だもん……。
 
 それでも、まだ教えなくてもいいかな、とも思う。
 
 なぜなら、ソレイユの唇が美しすぎて、思わずわたしは見惚れていた。
 
 また、キスして欲しいとも、思っている。本音では。
 すると、母の声が響いた。
 
「ちょっと、マリエンヌ! シベリアの花をぜんぶ使ったわね!」

 あ、バレたか。
 
「んもう、ソレイユ様、お代が高くなってしまうけどいいかしら?」母は眉尻をさげて言う。

 ソレイユは笑って、構わないが、と言って手に持つ花束を軽く掲げた。「いくらかな?」
 
「百万フルールになります」母の間高い声が響く。
「安いじゃないか……」

 ソレイユはおもむろにジャケットのポケットから金貨を取り出す。金貨には100という文字が刻まれていた。日本円で言うと、百万円って考えていいわよね、これ……。
 
 うわあ、ピカピカの金貨だ。しかも、でかい! わたしの目は¥マーク。この金貨、前世にお持ち帰りできないかしら? 無理よね、うふふ。
 
「ありがとうございました~」

 母がお辞儀をすると、近くにいたメイドさんたちも深々と頭をさげた。
 にっこりと笑うソレイユは、わたしの手を掴んで引いた。「それではお嬢さんをお借りします」
 
「マリエンヌ~、いってらっしゃい」母は手を振った。メイドさんたちもだ。
 
「いってきます」

 わたしはみんなにそう告げると店を出た。ソレイユは花束を黒執事に渡す。
 
「パル学に向かってくれ」

 ニコッと笑った黒執事は、かしこまりました、と言って馬車の扉を開いた。そして、花束を頭上にある荷物棚に置いた。わたしは黙って手を伸ばす。黒執事にエスコートしてと示した。すると、ソレイユが叫んだ。
 
「うわぁぁぁ! それ、私がやりたかったやつだぁぁぁ! 黒執事ぃ、どけぇ!」

 黒執事はわたしの手を引いたばかりだった。「え? 先に言ってくださいよ、ソレイユ様」
 
 わたしは不敵な笑みを浮かべて、ごめん遊ばせ、と言って黒執事の手に添えられた。ステップを踏んで馬車へ乗りこむ。車内は窓から射しこむ日の光りに包まれていた。わたしは、ちょこん、と座席に腰をおろした。「いくわよ、ソレイユ」

 ぐぬぬ、歯を食いしばって悔しがるソレイユの姿は、いつも笑ってばかりいるソレイユとは相反する姿だった。ごめんね、ソレイユ……あなたに嫌われるために、こんなことしてるのよ。
 
 わたしは、ふう、と深く息を吐いた。ソレイユは、いつになったらわたしのことを嫌ってくれるのだろうか。そう思っていた。
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