73 / 84
第一部 春
71 オセアン家に訪問
しおりを挟む
「ちょっとソレイユ……触らないで」
「そんなこと言ったって、揺れるから仕方ないだろ」
「ああっんもう、さっきからお尻に何か当たってるんだってば」
「それは私の手だ」
「きゃああああ! バンザイしてなさいっ」
「ゆ、揺れるから、無理だぁぁ」
ベニーがわたしとソレイユのやりとりを見て笑う。「きゃはは、揺られて楽しいぞぉぉ!」
「あたしたちが重いから安定しないみたいだよ、馬が大変そう」ルナが眉をひそめて言った。
ひひん、と馬が鳴くと、メルちゃんはびっくり驚いた。
パカラ、パカラ、とわたしたちを乗せた馬車はフルール王国の郊外に向けて走っていた。ぎゅう、ぎゅう、に詰まったわたしたちの席は対面式だった。遊園地の観覧車と同じようなもの。わたしとソレイユが隣りに座り、向かいにべニーとルナがメルちゃんを挟んでいた。
「まもなく着きますゆえ、ご辛抱を」手綱をひく黒執事さんがわたしたちに向かって言った。大きな声だったので、風に乗って聞こてくる。馬車の窓は半分ほど開いており、心地よい風と新緑の香りが入ってきた。車窓を眺めれば、辺りは郊外の景色となり、建物の数より木々や草花のほうが多くなってくる。やがて、馬車が止まった。
そこは、小さな一階建ての家が点々と集合したエリアだった。
わたしたちは馬車から降りて空気を吸いこむ。王都の中心地とはまるで違う、どこか懐かしい、土の香りと木々の瑞々しさがあった。どうやら、ここがリオンさんの家がある地区なのだろう。お世辞にも裕福なエリアとは言えない。近所の子どもたちが、元気よく舗装されてない大地を裸足で走り回っている。鬼ごっこをしていた。ベニーは目を輝かせて見つめている。遊びたくなったのだろう。
「ここです」黒執事が手のひらで示した。黒いグローブをはめている。
ソレイユが家の扉をノックした。「ごめんください。王宮のものです」
しばらくすると、はーい、という元気のいい若い女性の声が響いた。
ん?
ここリオン・オセアンの家だよな? と訝しむソレイユは黒執事の顔をのぞいた。黒執事は肩をすくめた。しばらくすると、扉が開いた。家のなかからでてきたのは、笑顔の可愛い女性と小さな男の子。二人はソレイユを見るなり叫んだ。
「「キラキラ王子だぁぁぁぁ!」」
ソレイユは有名人なので、まあ、こういう反応になるわね。男の子は身体をひねると、家のなかに向かってまた叫んだ。「パパー! キラキラがきたー!」
パパ?
女子たち四人は首を傾けた。ソレイユは自分に指さしてつぶやく。「キラキラ?」
黒執事はジャケットの内側から手帳と取り出して確認した。「ここはリオン・オセアンの家で間違いないです」
すると、廊下の奥に背の高い男性が立っていた。彼は驚いたように灰色の瞳が開いた。薄っすらともみあげから顎まで無精髭が生えていた。ひゅう、ワイルドでかっこいい。
歩いてきたのは、リオンさんだった。
料理をしていたのだろうか。白いシャツのうえに黒いエプロンをかけていた。空気を吸いこむと、部屋の奥からトマトソースの酸味の効いた香りが漂っている。
お昼はパスタかな?
彼の顔には警戒の色がかすかに浮かんでいた。わたしたちが突然くるなんて予想できるはずもないからだ。すると、足もとで男の子が抱っこをせがんでいた。さっと抱っこしてあげるリオンさんの姿は、なんとも優しいイクメンって感じ。リオンさんに子どもがいるなんて、ちょっとショックだけど、好きな人が結婚していたなんて、そんなドラマもあるのよね。
大人の恋愛だ。
乙女ゲームあるある、攻略対象者に連れの子どもがいるやつ。これにはさすがに、ルナ、メルちゃん、そしてベニーもびっくり仰天、目を丸くしていた。リオンさんは、ひょいと男の子を抱きなおすと口を開いた。
「どうしたみんな? ここは食堂じゃないんだが」皮肉がこもった声だった。
「料理長のリオンさんですね」ソレイユが言った。
はい、と答えるリオンさんはつづけた。「何かようですか?」
「本題に入る前に、御両親の供養をさせてもらってもいいですか?」ソレイユは花束に視線を移した。男の子が楽しげに笑う。「わあ、いい香り」
すると、驚愕していたベニーが、おずおずとリオンさんに訊いた。
「リオンさんって結婚していたの?」
ああ、と答えたリオンさんは男の子をおろした。「こいつは息子だ」
男の子は両手を腰に当てると、「ぼくは息子だぁ、ごしゃい」と威張って手のひらを、パーに広げた。五歳と言いたいのだろう。裸足でも平気なようで、そのへんを走り回っている。ベニーがわたしのスカートを引っ張って小声で抗議してきた。
「おい、どういうことだ! ルナルナよりも強敵がいるぞ! 嫁になんかに勝てるわけがないじゃないかぁぁ、くそぉぉぉ、既婚者に手を出したら捕まっちゃうよぉぉ」
「あ……ちょっと待ってね、ベニー、そのことなんだけど……」
わたしが説明をしようとしたとき、リオンさんはベニーに向かってつぶやいた。
「こいつは妹だ」
ニコッと微笑みを作る女性は会釈した。「いつも兄がお世話になってます」
ご丁寧にどうも、ベニーは、いえいえ、お世話になっているのはこっちだぞ、と脇を絞って両手を振った。内心では、なんだ、妹かよ、びっくりしたぞ! と叫んでいることだろう。
「家にいろ」
と妹につぶやいたリオンさんは、颯爽と歩きだしていく。どこか息子や妹を見られたことが、どこか恥ずかしいような気配さえ感じる。
ソレイユは黙ってそのあとを追った。
リオンさんは、チラッとルナのことを見つめている。やはり、一番意識しているのは、ルナなのだろう。悔しいが、それが乙女ゲームの世界。所詮、わたしたちモブはヒロインには勝てない。そして、妻にも勝てない。
「うわぁぁぁん、もうベニーの恋はおわた、完全におわたぁぁぁ!」
「ベニー先輩、諦めたらそこで試合終了ですよ」メルちゃんはつぶやく。
「そうよ、ベニーあれを見て」ルナスタシアは墓地を指さして説明した。
「オセアン家の墓がいくつかあるんだけど、そのなかに比較的若い女性の墓があるのよ。刻まれている年齢は二十歳、ひょっとして、リオンさんの……亡き妻?」
わたしたちは目を凝らして墓地を見つめた。
いやいや、墓に刻まれた文字なんて見えるわけがない。野生育ちのルナにしかできない芸当だった。視力が良すぎるのよ、ルナは。
「ベニー! 走って見て来なさい」わたしは目を細めて言った。
おっけー! そう言ったベニーは、風のように突っ走っていった。
ふと、横を見ると、メルちゃんがねちっこい視線でわたしのことを見つめてくる。この子、ちょっと怖い。
「マリせんぱぁい……何か隠してますねえ」メルちゃんが探りを入れてくる。
「え? どうして?」
「視線が鋭くなりました。何かに警戒している証拠です」
ううっと唸ったわたしは思いをぶつけた。
「隠してるっていうか、どうやってみんなに説明しようか迷ってる」
震えるわたしを見つめていたメルちゃんは、それでは仕方ないですね……とつぶやいた。やがて、不敵な笑みを浮かべると、ルナに向かってうなずいて示した。
「ルナ先輩! くすぐり攻撃で吐かせちゃいましょう」
「まかせてっ」
え? ちょっと待って! とわたしは叫んだけど、それは無駄な抵抗だった。そのとたん、ルナの姿が一瞬で見えなくなった。「き、消えた!」
「うしろよ……」
速い!
耳もとにルナのささやく声が響く。わたしは感じてしまい、ぞくぞくっと身をよじらせた。きゃあああ!
こちょ、こちょ、こちょ、こちょ……。
「ヒャ、ヒャ……」
こちょ、こちょ、こちょ、こちょ……。
「ヒャハハハ、あっ、やめ、あんっ、やめてっ、ヒャハハハ」
ルナの指先が、わたしの身体じゅうを舐め回すようにまとわりつく。いやっ、ほんとやめてほしい、脇をくすぐられると、ああっん、やばい! あと、おっぱい揉まれるのも、感じちゃうからやめてぇぇぇぇ!
「きゃあっ、あはっ、あははは! やめてぇぇぇぇ!」
「隠してることしゃべる? マリ?」
「しゃべる! しゃべるからやめてぇぇぇ! ヒャハハハ」
「ほんと?」
ルナの手が止まった。
ふう、わたしは一息ついてから言った。
「ほんとよ、だからくすぐるのはやめて、はあ、はあ……」
じゃあ、話して、と腕を組んで顎で促すルナの姿は、どっちかと言うとわたしより悪役令状っぽかった。立場逆転してないかしら? これ?
「簡単に言うとね……ふう」
わたしは息を整えてから、また口を開いた。
「この世界は乙女ゲームなの」
ルナスタシアとメルちゃんの頭上に稲妻が走ったような、そんな幻覚が見えた。
「その話、もう少し詳しく聞きたいです、先日、花の妖精フェイが言っていたことにも繋がりますから」
「え? フェイ! あんたメルちゃんになんて言ったの?」
わたしは胸ポケットからフェイをつまみだした。
羽をばたつかせたフェイは後頭部をかきながら答えた。
「この世界は僕が創造した世界だよって言ったよ。でも、メルキュール・ビスケットは眠かったみたいで興味を示さなかった。たまに、実験としてやってるんだ。この世界はゲームなんだよって知らせること」
「悪趣味ねフェイ……あなた、そんなことしてるの?」わたしは呆れた。
でも、と言ってからメルちゃんは語った。
「おかげで覚醒しました。いや、決心がついたと言ったほうが、説明は簡単かもしれません」
「どうしたの? メルちゃん」わたしは訊いた。
すると、メルちゃんはいきなりわたしに抱きついてきた。そして、上目使いでささやくように言葉を紡ぐ。
「好きです……マリ先輩……ゲームの世界なら終わりがあるはず、だから私は終わりを迎えるまえ
に思いだけは伝えておきます」
トゥンク! 心臓が飛び跳ねた。女の子から告白されるなんて……しかも、メルちゃん? あなた何を考えているのぉぉぉ?
それなら……と言ったルナスタシアが、ふう、と細く長く息を吐いた。
「マリがこのゲームの世界のヒロインなの?」
「いいえ、それは違うわ」
わたしはすぐにかぶりを振った。「それは……」
「誰ですか? ヒロインは?」わたしに抱きついたままメルちゃんが訊いた。
ルナを指さしたわたしは、胸いっぱいに空気を吸いこんでから断言した。
「ルナスタシア・リュミエール、あなたがヒロインよ!」
その瞬間、強烈な風が吹いた。ルナスタシアの金髪が揺れ、雲の切れ間から太陽の光りが射して、ヴァイオレットの瞳が美しく輝いた。まるで、王族の証を象徴するように。
「あ、あたしがヒロイン?」
まだあどけない顔を残した女の子は、風に揺れながらぽつんと立っていた。
「そんなこと言ったって、揺れるから仕方ないだろ」
「ああっんもう、さっきからお尻に何か当たってるんだってば」
「それは私の手だ」
「きゃああああ! バンザイしてなさいっ」
「ゆ、揺れるから、無理だぁぁ」
ベニーがわたしとソレイユのやりとりを見て笑う。「きゃはは、揺られて楽しいぞぉぉ!」
「あたしたちが重いから安定しないみたいだよ、馬が大変そう」ルナが眉をひそめて言った。
ひひん、と馬が鳴くと、メルちゃんはびっくり驚いた。
パカラ、パカラ、とわたしたちを乗せた馬車はフルール王国の郊外に向けて走っていた。ぎゅう、ぎゅう、に詰まったわたしたちの席は対面式だった。遊園地の観覧車と同じようなもの。わたしとソレイユが隣りに座り、向かいにべニーとルナがメルちゃんを挟んでいた。
「まもなく着きますゆえ、ご辛抱を」手綱をひく黒執事さんがわたしたちに向かって言った。大きな声だったので、風に乗って聞こてくる。馬車の窓は半分ほど開いており、心地よい風と新緑の香りが入ってきた。車窓を眺めれば、辺りは郊外の景色となり、建物の数より木々や草花のほうが多くなってくる。やがて、馬車が止まった。
そこは、小さな一階建ての家が点々と集合したエリアだった。
わたしたちは馬車から降りて空気を吸いこむ。王都の中心地とはまるで違う、どこか懐かしい、土の香りと木々の瑞々しさがあった。どうやら、ここがリオンさんの家がある地区なのだろう。お世辞にも裕福なエリアとは言えない。近所の子どもたちが、元気よく舗装されてない大地を裸足で走り回っている。鬼ごっこをしていた。ベニーは目を輝かせて見つめている。遊びたくなったのだろう。
「ここです」黒執事が手のひらで示した。黒いグローブをはめている。
ソレイユが家の扉をノックした。「ごめんください。王宮のものです」
しばらくすると、はーい、という元気のいい若い女性の声が響いた。
ん?
ここリオン・オセアンの家だよな? と訝しむソレイユは黒執事の顔をのぞいた。黒執事は肩をすくめた。しばらくすると、扉が開いた。家のなかからでてきたのは、笑顔の可愛い女性と小さな男の子。二人はソレイユを見るなり叫んだ。
「「キラキラ王子だぁぁぁぁ!」」
ソレイユは有名人なので、まあ、こういう反応になるわね。男の子は身体をひねると、家のなかに向かってまた叫んだ。「パパー! キラキラがきたー!」
パパ?
女子たち四人は首を傾けた。ソレイユは自分に指さしてつぶやく。「キラキラ?」
黒執事はジャケットの内側から手帳と取り出して確認した。「ここはリオン・オセアンの家で間違いないです」
すると、廊下の奥に背の高い男性が立っていた。彼は驚いたように灰色の瞳が開いた。薄っすらともみあげから顎まで無精髭が生えていた。ひゅう、ワイルドでかっこいい。
歩いてきたのは、リオンさんだった。
料理をしていたのだろうか。白いシャツのうえに黒いエプロンをかけていた。空気を吸いこむと、部屋の奥からトマトソースの酸味の効いた香りが漂っている。
お昼はパスタかな?
彼の顔には警戒の色がかすかに浮かんでいた。わたしたちが突然くるなんて予想できるはずもないからだ。すると、足もとで男の子が抱っこをせがんでいた。さっと抱っこしてあげるリオンさんの姿は、なんとも優しいイクメンって感じ。リオンさんに子どもがいるなんて、ちょっとショックだけど、好きな人が結婚していたなんて、そんなドラマもあるのよね。
大人の恋愛だ。
乙女ゲームあるある、攻略対象者に連れの子どもがいるやつ。これにはさすがに、ルナ、メルちゃん、そしてベニーもびっくり仰天、目を丸くしていた。リオンさんは、ひょいと男の子を抱きなおすと口を開いた。
「どうしたみんな? ここは食堂じゃないんだが」皮肉がこもった声だった。
「料理長のリオンさんですね」ソレイユが言った。
はい、と答えるリオンさんはつづけた。「何かようですか?」
「本題に入る前に、御両親の供養をさせてもらってもいいですか?」ソレイユは花束に視線を移した。男の子が楽しげに笑う。「わあ、いい香り」
すると、驚愕していたベニーが、おずおずとリオンさんに訊いた。
「リオンさんって結婚していたの?」
ああ、と答えたリオンさんは男の子をおろした。「こいつは息子だ」
男の子は両手を腰に当てると、「ぼくは息子だぁ、ごしゃい」と威張って手のひらを、パーに広げた。五歳と言いたいのだろう。裸足でも平気なようで、そのへんを走り回っている。ベニーがわたしのスカートを引っ張って小声で抗議してきた。
「おい、どういうことだ! ルナルナよりも強敵がいるぞ! 嫁になんかに勝てるわけがないじゃないかぁぁ、くそぉぉぉ、既婚者に手を出したら捕まっちゃうよぉぉ」
「あ……ちょっと待ってね、ベニー、そのことなんだけど……」
わたしが説明をしようとしたとき、リオンさんはベニーに向かってつぶやいた。
「こいつは妹だ」
ニコッと微笑みを作る女性は会釈した。「いつも兄がお世話になってます」
ご丁寧にどうも、ベニーは、いえいえ、お世話になっているのはこっちだぞ、と脇を絞って両手を振った。内心では、なんだ、妹かよ、びっくりしたぞ! と叫んでいることだろう。
「家にいろ」
と妹につぶやいたリオンさんは、颯爽と歩きだしていく。どこか息子や妹を見られたことが、どこか恥ずかしいような気配さえ感じる。
ソレイユは黙ってそのあとを追った。
リオンさんは、チラッとルナのことを見つめている。やはり、一番意識しているのは、ルナなのだろう。悔しいが、それが乙女ゲームの世界。所詮、わたしたちモブはヒロインには勝てない。そして、妻にも勝てない。
「うわぁぁぁん、もうベニーの恋はおわた、完全におわたぁぁぁ!」
「ベニー先輩、諦めたらそこで試合終了ですよ」メルちゃんはつぶやく。
「そうよ、ベニーあれを見て」ルナスタシアは墓地を指さして説明した。
「オセアン家の墓がいくつかあるんだけど、そのなかに比較的若い女性の墓があるのよ。刻まれている年齢は二十歳、ひょっとして、リオンさんの……亡き妻?」
わたしたちは目を凝らして墓地を見つめた。
いやいや、墓に刻まれた文字なんて見えるわけがない。野生育ちのルナにしかできない芸当だった。視力が良すぎるのよ、ルナは。
「ベニー! 走って見て来なさい」わたしは目を細めて言った。
おっけー! そう言ったベニーは、風のように突っ走っていった。
ふと、横を見ると、メルちゃんがねちっこい視線でわたしのことを見つめてくる。この子、ちょっと怖い。
「マリせんぱぁい……何か隠してますねえ」メルちゃんが探りを入れてくる。
「え? どうして?」
「視線が鋭くなりました。何かに警戒している証拠です」
ううっと唸ったわたしは思いをぶつけた。
「隠してるっていうか、どうやってみんなに説明しようか迷ってる」
震えるわたしを見つめていたメルちゃんは、それでは仕方ないですね……とつぶやいた。やがて、不敵な笑みを浮かべると、ルナに向かってうなずいて示した。
「ルナ先輩! くすぐり攻撃で吐かせちゃいましょう」
「まかせてっ」
え? ちょっと待って! とわたしは叫んだけど、それは無駄な抵抗だった。そのとたん、ルナの姿が一瞬で見えなくなった。「き、消えた!」
「うしろよ……」
速い!
耳もとにルナのささやく声が響く。わたしは感じてしまい、ぞくぞくっと身をよじらせた。きゃあああ!
こちょ、こちょ、こちょ、こちょ……。
「ヒャ、ヒャ……」
こちょ、こちょ、こちょ、こちょ……。
「ヒャハハハ、あっ、やめ、あんっ、やめてっ、ヒャハハハ」
ルナの指先が、わたしの身体じゅうを舐め回すようにまとわりつく。いやっ、ほんとやめてほしい、脇をくすぐられると、ああっん、やばい! あと、おっぱい揉まれるのも、感じちゃうからやめてぇぇぇぇ!
「きゃあっ、あはっ、あははは! やめてぇぇぇぇ!」
「隠してることしゃべる? マリ?」
「しゃべる! しゃべるからやめてぇぇぇ! ヒャハハハ」
「ほんと?」
ルナの手が止まった。
ふう、わたしは一息ついてから言った。
「ほんとよ、だからくすぐるのはやめて、はあ、はあ……」
じゃあ、話して、と腕を組んで顎で促すルナの姿は、どっちかと言うとわたしより悪役令状っぽかった。立場逆転してないかしら? これ?
「簡単に言うとね……ふう」
わたしは息を整えてから、また口を開いた。
「この世界は乙女ゲームなの」
ルナスタシアとメルちゃんの頭上に稲妻が走ったような、そんな幻覚が見えた。
「その話、もう少し詳しく聞きたいです、先日、花の妖精フェイが言っていたことにも繋がりますから」
「え? フェイ! あんたメルちゃんになんて言ったの?」
わたしは胸ポケットからフェイをつまみだした。
羽をばたつかせたフェイは後頭部をかきながら答えた。
「この世界は僕が創造した世界だよって言ったよ。でも、メルキュール・ビスケットは眠かったみたいで興味を示さなかった。たまに、実験としてやってるんだ。この世界はゲームなんだよって知らせること」
「悪趣味ねフェイ……あなた、そんなことしてるの?」わたしは呆れた。
でも、と言ってからメルちゃんは語った。
「おかげで覚醒しました。いや、決心がついたと言ったほうが、説明は簡単かもしれません」
「どうしたの? メルちゃん」わたしは訊いた。
すると、メルちゃんはいきなりわたしに抱きついてきた。そして、上目使いでささやくように言葉を紡ぐ。
「好きです……マリ先輩……ゲームの世界なら終わりがあるはず、だから私は終わりを迎えるまえ
に思いだけは伝えておきます」
トゥンク! 心臓が飛び跳ねた。女の子から告白されるなんて……しかも、メルちゃん? あなた何を考えているのぉぉぉ?
それなら……と言ったルナスタシアが、ふう、と細く長く息を吐いた。
「マリがこのゲームの世界のヒロインなの?」
「いいえ、それは違うわ」
わたしはすぐにかぶりを振った。「それは……」
「誰ですか? ヒロインは?」わたしに抱きついたままメルちゃんが訊いた。
ルナを指さしたわたしは、胸いっぱいに空気を吸いこんでから断言した。
「ルナスタシア・リュミエール、あなたがヒロインよ!」
その瞬間、強烈な風が吹いた。ルナスタシアの金髪が揺れ、雲の切れ間から太陽の光りが射して、ヴァイオレットの瞳が美しく輝いた。まるで、王族の証を象徴するように。
「あ、あたしがヒロイン?」
まだあどけない顔を残した女の子は、風に揺れながらぽつんと立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~
四つ葉菫
恋愛
橘花蓮は、乙女ゲーム『煌めきのレイマリート学園物語』の悪役令嬢カレン・ドロノアに憑依してしまった。カレン・ドロノアは他のライバル令嬢を操って、ヒロインを貶める悪役中の悪役!
「婚約者のイリアスから殺されないように頑張ってるだけなのに、なんでみんな、次々と告白してくるのよ!?」
これはそんな頭を抱えるカレンの学園物語。
おまけに他のライバル令嬢から命を狙われる始末ときた。
ヒロインはどこいった!?
私、無事、学園を卒業できるの?!
恋愛と命の危険にハラハラドキドキするカレンをお楽しみください。
乙女ゲームの世界がもとなので、恋愛が軸になってます。ストーリー性より恋愛重視です! バトル一部あります。ついでに魔法も最後にちょっと出てきます。
裏の副題は「当て馬(♂)にも愛を!!」です。
2023年2月11日バレンタイン特別企画番外編アップしました。
2024年3月21日番外編アップしました。
***************
この小説はハーレム系です。
ゲームの世界に入り込んだように楽しく読んでもらえたら幸いです。
お好きな攻略対象者を見つけてください(^^)
*****************
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました
空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。
結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。
転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。
しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……!
「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」
農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。
「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」
ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています
22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。
誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。
そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。
(殿下は私に興味なんてないはず……)
結婚前はそう思っていたのに――
「リリア、寒くないか?」
「……え?」
「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」
冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!?
それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。
「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」
「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」
(ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?)
結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる