転生したら本でした~スパダリ御主人様の溺愛っぷりがすごいんです~

トモモト ヨシユキ

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8 社交界への道のりは遠すぎる。

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   クーナの町の山城に滞在してはや一週間にもなろうという頃、冬の始まりを告げる積雪があった。
    一晩のうちに辺りは色を変え、町は、白銀に包まれた。
    それは、アストラル王国における社交界の季節の到来でもあるのだと、クリスは、俺たちに話した。
    俺は、雪が珍しかった。
   転生してからは、雪を見たりすることはなかったし、転生前には、都会育ちでほとんど雪に触れることがなかったのだ。
    俺は、城の中庭で一人雪だるまを作ったりしていた。そんな俺を見て、ディエントスは、バカにしたように言った。
   「これが本当に、私の主なのか?まるで、子犬の様じゃないか。なあ、アルカイド。そうではないか?」
     「ああ」
     アルカイドは、にっこりと微笑みを浮かべた。
    「本当に、我らの主は、可愛らしい方だな、ディエントス」
    そうして、俺は、しばらく童心にかえって遊んでいたのだが、クリスに呼ばれて部屋の中へと戻った。
    暖かい室内に入ると、全身か凍っていたのが溶けるように感じられて、体から力が抜けて、俺は、ほっこりとしていた。
    そんな俺を見て、クリスは、微笑んだ。
    「あまり、そういう姿を見せつけないでくれ。誘われているのかと思ってしまう」
    はい?
   俺は、窓際に腰かけて、メイドさんが入れてくれた暖かいミルクをふうふうして啜っりながら、クリスをうかがい見た。
   クリスは、気を取り直して俺に話始めた。
   「ユウ、君に頼みがあるんだ」
     「何?」
     俺は、暖かいミルクにほんわりとなりながら、クリスにきいた。クリスは、なにげない様子で言った。
   「ユウ、君に、社交界デビューしてもらう」
   「はい?」
    俺は、クリスの言っていることの意味がわからずにいた。クリスは、戸惑っている俺を見て、微笑んで言った。
   「いや、そんな、警戒することはない。社交界っていっても、ちょっとだけ、私とアークの付き合いで顔を出すだけのことだからな。アークと暮らす以上は、いつまでも君の存在を隠しておくことはできないんだ。なら、最初から、公にしてしまった方がよかろう」
    社交界、か。
   俺は、嫌な予感がしていた。
    人の集まるところには、ろくなことがない。
   だが。
   アークの側にいるということは、そういうことなのだ。
   伯爵であり、魔術師団長であるアークのパートナーであるということは、そういった人々の目からのがれることはできないのだ。
    それでも、俺は、悩んでいた。
   本当に、俺が人前に出ていってもいいのだろうか。
   だが、クリスがこの話を俺にしたとき、アークは、出掛けていて俺の回りには、執事のお仕着せ姿のディエントスとアルカイドの二人しかいなかった。
   そして、俺にとって不運だったのは、この2人が人間界の風習というものに疎かったということだけではなかった。
    魔王と精霊王は、この山城での暮らしですっかり退屈していた。
   だから、2人は、俺の社交界デビューというイベントに興味を示した。
   「いいんじゃないか、ユウ。お前も少し、この世界のことに慣れておく方がいいだろうし」
   「そうですね。まあ、問題はないでしょう。私たちも、お供することですし」
   というわけで、俺は、この冬に、社交界デビューすることになった。
    だが、このとき俺は、ことの重大性にまだ、気がついてはいなかった。
   クリスのことだ、何か思惑があるのだろうとは思っていた。
   だが、まさか、こんなことを企んでいようとは、さすがの俺も思いはしなかった。

      アークが外出から戻ってきたとき、俺にこの話をきいた彼は、あまりいい顔をしなかった。
    というか、アークは、俺を止まらせようとしているようだった。
   「それは、大変なことになったな、ユウ」
    「はい?」
    俺は、深刻気な表情になったアークにきいた。
   「俺、男だし、社交界デビューっていっても、そんな、大変なことないだろ?」
   「しかし、ユウ、クリスが、お前を社交界デビューさせるといったんだろう?」
   アークは、俺に言った。
   「正直言って、俺は、賛成できない。ユウは、社交界の恐ろしさを知らない。私は、お前をそんな場所にさらしたくはない」
   「でも」
   「だめだ、ユウ。これだけは、許可できない」
    一方的に言い放ったアークに、俺は、ムカついていた。
   アークは。
   俺が、彼の人生に関わることを良しとしないのだろうか。
    俺は、アークの番なのに?
   「アークは、俺が、番だってみんなに知られるのが嫌なのか?」
    「そういうことじゃない」
     アークは、言った。
    「ただ、お前を社交界の奴等の目に触れさせたくないだけだ」
     「俺は」
     俺は、アークに言った。
    「社交界デビューする。クリスに言われたからじゃない。俺がそうしたいから、するんだ」
    「ユウ」
    アークは、しばらく俺のことを黙って見つめていたが、やがて、溜め息をつくと言った。
   「厄介なことになるぞ」

      「なんだよ、あいつ!」
   俺は、寝室で枕を気がすむまで殴りながらアークに対する不満をぶちまけていた。
   「俺をなんだと思ってるんだよ!俺は、隠しとかなきゃいけないモンスターか何かかよ!」
    「奴にも、何か、思うところはあるんだろう」
    ディエントスが俺から、ボロボロになった枕を取り上げながら言った。
   「あれでも、立場のある男だからな」
     「立場って」
     俺は、不機嫌を隠さずにディエントスをじろりと睨んだ。
    「俺の夫としての立場は?」
     「そこが、人の子の複雑なところです」
     アルカイドが、俺のことをベッドに寝かしつけながら優しく言った。
    「我々とは違って、人とは、面子やら何やら、いろいろなことを気にせねばならないのです」
    俺は、ベッドに横たえてアルカイドに髪を撫でられながらきいた。
   「俺は、アークにとって、恥なのか?」
    「そんなことは、ないでしょう。ただ、人は、とても難しい生き物ですからね」
    アルカイドは、俺の頭を撫でた。
   「愚かしいくらい、人とは、他者を必要とするのです。彼もまた、例外ではないのでしょう」
    他者を必要とする。
   俺は、眠りに落ちていきながら思っていた。
   アークが。
   俺以外を必要としなくなればいいのに。

      翌日、クリスが手配したらしい鶏の鶏冠みたいな派手な赤い髪の太った女の仕立て屋が城にやって来た。
    彼女は、俺を下着姿にすると、俺の体の寸法を計りだした。
    「事情は、知ってますよ。安心してくださいね。私は、口を閉めるべき時を知っていますから」
    「はぁ・・」
    俺は、あっちに向けられ、こっちに向けられ、目が回りそうだった。
   寸法を計り終えると、その仕立て屋は、俺にいくつかの布地の見本を差し出した。
   「この新色の青なんて、どうかしら。あなたには、とっても、似合うと思うのだけれど」
   青か。
   俺は、ふと、アークの瞳の深いグリーンを思い出した。
    俺は、美しいダークグリーンの布地を手にとって見つめていた。
    アークは。
   なんで、俺を隠したがるんだろう。
   「その布地が気に入ったのかしら?それも新色なんだけれど、まだ、誰にもその布では、衣装を作っていないわ」
    仕立て屋は、俺にウインクして言った。
   「この色は、高貴な色ですもの。人を選ぶのよ」
    俺は、この光沢のあるダークグリーンの布地と、澄んだ青の布地を選んだ。
   仕立て屋は、にっこりと笑って言った。
  「私に任せて。あなたをこのシーズン1の人気者にしてあげるわ」
    仕立て屋が去った後、俺は、一人、考えていた。
   やはり、アークのためにも、社交界デビューは、しない方がいいのかもしれない。
   俺は、クリスに、社交界デビューの話をやっぱり断ろうと決めていた。
   柄でもない。
   なんで、こんなこと引き受けようとしていたんだろう。
   俺は、人じゃない。
   ただの魔導書にすぎないっていうのに。
    俺は、クリスを探していた。
   クリスを探して、はやく、社交界デビューの話を断ろう。
    クリスは、広い舞踏室にいた。
    「クリス」
     俺が駆け寄ると、クリスは、にっこりと笑って、俺に側にいた男を指して、言った。
     「ちょうどよかった、ユウ。君のダンスの教師のエリックだ。エリック、これが、ユウだよ」
   「はじめまして、ユウ。私は、あなたにダンスを教えるために王都から招かれたエリック・ストーンです」
   その大柄で淡い色合いの金髪をした女の子の夢の中に現れる王子様みたいなダンス教師は、俺の手をとって、微笑んだ。
   「君の事情は、だいたいクリス様からお聞きしています。心配しないで。私に任せてくれれば、君を舞踏会の花にしてあげるよ」
    「はい?」
    俺は、クリスに話をしようとしたが、そのとき、美しいワルツの音楽が流れはじめて、エリックが俺のことを抱いて、踊り始めた。
    おい、いきなりだな!
    俺は、エリックの手を振りほどこうとしたが、思ったより彼は、しっかりと俺の手を握りしめていた。
   「大丈夫、ユウ。私に身を任せて」
     俺は、仕方なく、エリックに身を任せた。彼は、俺を完璧にリードしてワルツを踊っていた。
    俺は、初めての経験で、最初、ぎくしゃくしていたが、だんだんとエリックに引かれて音楽に乗れるようになっていった。
   「そうそう、お上手ですよ、プリンセス」
     えっ?
    俺は、耳を疑っていた。
    プリンセス?
    俺は、確かに小柄だし、童顔で、ちょっと女の子に間違われそうになることもあるけど、男だぞ!
    服装だって、チュニックに細いズボンという男の子のものだし。
   なのに、なんで、プリンセス?
   俺は、エリックとくるくる舞踏場で躍りながら、クリスの方をうかがった。
   クリスは、腕組みをしたまま、俺がエリックと踊っているのをじっと見つめていた。
    曲が止まって、エリックが俺を離した。
   彼は、手放しで俺を褒め称えた。
  「お見事です。初めてとは思えない。これなら、少し、練習すれば王様とだって、踊れますよ」
       結局、俺は、クリスに社交界デビューを断ることが出来ずにいた。
   アークは、なんだか冷たくって、俺とほとんど口もきいてくれなかった。ただ、俺が、エリックとダンスの練習をするときは、いつも舞踏室にやってきて、じっとエリックと踊る俺を見つめていた。
     俺は、イライラしていた。
    ほんと、陰湿な感じ。
    俺は、躍りながらアークの視線を感じていた。
   なんなんだよ、まったく!
   「言いたいことあるんだったら、はっきりと言えよ!」
   俺は、音楽が止まるとすぐにアークの方へと歩み寄って言った。アークは、俺から目をそらして、言った。
   「別に、何も、ない」
    何、この態度!
    俺は、アークに言った。
   「何、怒ってんだか知らねえけど、陰湿なんだよ!」
    「別に、怒ってなんかないし」
     「嘘つけ!」
     俺が言うと、アークは、俺をちらっと見下ろして言った。
    「妻が他の男と踊っているのを見るのは、不愉快だ」
    「仕方がないだろ、練習なんだから」
     「なら、俺が、教えてやる」
     アークが俺の手をとって、踊り始めた。
    音楽は、なし。
    アークは、低くハミングしながら俺と踊った。
    俺は、今まで感じたことがないぐらいドキドキしていた。
    変、だ。
   俺は、躍りながら息を乱していた。
    エリックと踊ったときには、こんなことなかったのに。
   「魅了の魔法、だな?」
    俺は、彼の腕の中に抱かれて言った。
   「また、変な魔法を使ってるんだな?アーク」
   「いや、何も、魔法なんて使ってないぞ、ユウ」
   「嘘、だ。だって、こんなに、ドキドキしてるのに」
    「そうなのか?ユウ」
     アークが、俺を抱く手に力を込めた。
    「奇遇だな、俺も、だ」
    俺たちは、そのまま躍り続けた。
     ダンスが終わると、アークは、そっと俺から体を離した。
    そして、彼は、舞踏室から出ていった。
    俺は、なんだか、心を風が吹き抜けていくような気持ちがしていた。

      クリスの企みに俺が気づいたのは、舞踏会の前日のことだった。
   仕立て屋が俺の服が完成したといって持参した時のことだった。
   赤毛の太った仕立て屋は、俺の選んだダークグリーンと青の布地で作られた美しい 2着のドレスを持って俺のことを訪れた。
    「さあ、あなたの戦闘服ができたわよ、ユウ」
   はい?
   俺は、鳩豆で仕立て屋の掲げている美しいドレスを見ていた。
   どういうこと?
   「わぁ。さすが、王都1の仕立て屋  マルラメだけのことはあるなぁ」
    クリスは、笑顔でいうと、俺を振り向いた。
   「さあ、着てごらん、ユウ」
    「着てごらんじゃねぇだろうが、おい!」
     俺はクリスに向かって激昂した。
    「俺は、女じゃねぇし」
     「落ち着いて、ユウ」
     クリスは、俺に言うと、目を丸くしている仕立て屋に向かって言った。
    「この子は、不憫な子なんです。気にしないで」
    「何が、気にしないで、だよ!」
     「ユウ、話があるんだが」
     クリスは、俺に話始めた。
     「いいか、これは、君という存在がアークの伴侶として認められるための一番いい方法なんだよ」
    クリスは、仕立て屋を部屋の外に追い出すと、俺に話した。
   「私は、今回のチャンスを逃したくはない。この機に魔物との戦いを終わらせたいんだ。そのために、君には、役にたってもらうよ、ユウ」
    クリスは、俺にその企みを明かした。
    俺は、クリスが旅先で出会った遠い、東の国の姫君なのだという。
    クリスいわく、
   「みんな、謎の男よりは、謎の姫君の方が受け入れやすいだろう?」
    東国の姫である俺は、訳あって、二人の従者と共に旅をしているのらしい。
    二人の従者は、隷属している魔物という設定だ。
   そして、重要なのは、俺が、魔王をも従属させる力を持つ聖女だということだった。
   俺は、その力のために国を追われたのだということらしい。
      この力をもって、魔王との戦争を終わらせることをクリスは、企んでいると見せかけたいのだとクリスは、言った。
   「本当の目的は、別にある」
    マジか。
    俺は、クリスの計画がだいたい理解できた。
    しょうがなく、俺は、クリスの策に乗ることにした。
   だが、 俺は、舞踏会当日の朝に早くも後悔していた。
   俺は、クリスとアークに風呂に入れられごしごしと全身を磨きあげられた。
   そして、女性用の下着を着せられ、腰をコルセットで締め上げられた。
   「な、内蔵が、出る・・・」
    「出るわけないだろ!」
    クリスが俺にドレスを着せながら言った。
    「しっかりしろよ、ユウ。君には、人と魔族の行く末がかかってるんだからな」
    はい?
   俺は、キョトンとしてクリスを見つめた。
   クリスは、ニヤリと笑った。
   「今夜の君の振る舞いによって、人と魔族の未来が変わるってことだ、ユウ」
   俺の部屋付きのメイドさんがクリスとアークから俺を引き取ると、髪を結い、美しく飾り立てた。
   「このティアラは、私の祖母のものだ。本当なら私の未来の妻となる人のものとなるのだが、今夜は、ユウの力になってくれる」
    「俺の力に?」
    「そうだ」
     クリスとアークに手をとられて、俺は、部屋を出た。
   続きの間には、正装した魔王ディエントスと光の精霊王 アルカイドの姿があった。
   「さあ、お手をどうぞ、我が主よ」
    魔王ディエントスが俺へと手を差し出した。アルカイドも俺へと手を差し伸べる。
   「さぁ、行きましょうか、我が主よ」
    俺は、2人に手をとられて城の前で待つクリスの馬車へと乗り込んだ。
   馬車は、6人乗りで俺と2人のサーバントの他に、アークとクリスも乗り込んだ。
   クリスは、朗らかに言った。
   「いざ、出発だ。権謀渦巻く、社交界へ。目指すは、王都アルサイルの近郊、都市フリンクスの領主ガーゴリウス男爵邸だ」
    俺は、小さく溜め息をついた。
   本当に、これが世界の平和へ繋がっているのか?
   俺は、ふと顔をあげた。
   アークが俺をじっと見つめていた。
   奴は、何も言わずにただ、俺を見つめていた。
    俺は、なんだか、恥ずかしくって視線をそらした。
   こんな格好して、俺、どうかしてるよ。
   俺は、そのとき、はっと気づいた。
   別に、姫じゃなくっても、年若い王子でいいんじゃね?
    そうだよな、警戒心なく受け入れられるためだというなら、それでも十分だよな。
     聖女とかいう設定でも、別に、少年ならいんじゃね?
 だが、時すでに遅く、ごとん、と大きく揺れて馬車が動き出した。
    
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