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10 真夜中のランデヴー
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真夜中になって辺りが寝静まった頃、俺は、ベッドから起き出した。
なんだか、寝付けなかった。
体は、心地よく疲れているのに、妙に、頭が冴えていた。
俺は、ふとアークのことを考えていた。
俺と舞踏会の全ての曲を踊ったアーク。
俺が他の誰かにとられるんじゃないかとか思っちゃって心配していたアーク。
俺は、ベッドに腰かけてくすっと笑った。
俺たちは、婚姻の契りで結ばれているのに、なのに、俺が誰かにとられるんじゃないかなんて心配してたなんて。
アークは、ほんとに、バカだ。
俺は、なんだかむしょうにアークに会いたくなっていた。
俺は、夜着のまま部屋を飛び出していた。
アーク。
俺は、アークの気配を探して屋敷の中をさ迷っていた。
偶然、俺は、昨夜の舞踏場にたどり着いた。
舞踏場は、先程までの喧騒が嘘のように明かりが消え、静まり返っていた。
天窓から青白い月光が差し込んでいた。
俺は、舞踏場へと入り込むと月の光の中で一人体を揺らした。
目を閉じて、アークのリードで踊ったことを思い出して、俺は、一人、ハミングしながら体を揺らしていた。
そのときだった。
足音がして誰かが暗闇の中から現れた。
俺は、我にかえって足を止めた。
かぁっと頬が熱くなる。
恥ずい!
一人で踊ってるとこ見られた!
俺は、慌ててその場から立ち去ろうと踵を返した。
だが、その人影は、俺の腕を掴んで俺が逃げるのを止めた。
「は、はなして」
俺は、なんとか自分を捕らえる手から逃れようとしたが、逃れることができなかった。
月が。
俺たちの姿を照らした。
俺は、そいつの姿を見た。
青みがかった銀髪に、アイスブルーの凍えるような冷たい瞳。
俺は、凍りついたかのように立ち尽くした。
そのどこか幼さ残った美しい男のことを、俺は、確かによく知っていた。
「お前は」
その男は、言った。
「もしかして」
そいつが手を伸ばして俺の項に触れた。
電気が流れる。
その衝撃に、俺は、打たれた。
こいつは、間違いなく俺の知っている男だった。
「間違いない。お前が、なぜ、ここにいる?」
俺は、金縛りにあったかのように身動き一つできずに、ただ、その男のことを見つめていた。
「人の姿になどなって、ここで何をするつもりだ?」
「あ、あっ・・」
俺は、恐怖に身をすくませて瞬きもできずに男を見ていた。
その男は、俺ににぃっと冷たく笑いかけた。
「まあ、いい。ダンジョンへ行く手間が省けた」
男は、すっと手を上げると捕縛の魔法を展開した。
白銀の鎖が俺を囲んだ魔方陣から伸び、俺の首を、手を、足を捕らえ、巻き付いてくる。
「さあ、正しき姿に戻るがいい」
俺は、全身から力が抜けて、体が消えていくのを感じた。
本の姿に戻り、床の上にばさっと音をたてて落下した俺を拾い上げると男は、俺の表紙に書かれた文字をその冷たい指先でなどった。
『永久魔法機関Rー15』
そこには、そう、書かれていた。
「やっと我が手に戻ったか、我が愛しい僕よ」
男は、俺を抱えて舞踏場から去ろうとした。
「待て!」
とすっという低い音がして、男の手の甲に短刀が突き刺さった。
「ぐっ!」
男が手の甲を押さえた。その隙をついて、伸びてきた手が俺を男から奪い去った。
「これは、俺のものだ。誰にも渡さん」
アークが俺を抱き締めて言った。
アーク!
俺は、声にならない声をあげた。
「思わぬところで思わぬ相手がかかったものだな、ルイス・ガーゴリウス」
クリスが剣を閃かせて男の喉元へと切っ先を向けた。
「まさか、お前が出てくるとは、な」
ルイス・ガーゴリウス?
俺は、記憶のページを手繰った。
そうだ。
ルイス・ガーゴリウスは、ガーゴリウス男爵の三男で、今年15才になったばかりの魔法学園の学生だった。
「ふん。最初っからそのつもりだったのではないのか?王太子殿下よ」
ルイスが手の甲から滴る血を啜りながら、クリスに言った。
「私をとらえるつもりだったので、この魔導書をちらつかせたのではないのか?」
「だったら、どうだというんだ?」
クリスが剣を向けたままルイスにきいた。ルイスは、恐れる様子もなくにやりっと不敵な笑いを浮かべた。
「どうもしないさ。お前たちは、ここで死ぬ。我が魔導書の餌食となって」
ルイスの足元に白銀色の魔方陣が浮かび上がり、そこから俺へと矢印が走った。
だが、その矢は、俺に届くことはなかった。
アークが障壁の魔法を発動していた。それは、俺の力の一部でもあった。
アークが俺の力を行使するのを見て、ルイスは、顔を歪ませて言った。
「なぜ、だ?なぜ、お前がその力を使える」
ルイスの目がアークの左手の薬指に輝く金のリングに止まった。
「まさか、お前、この本と婚姻の契りを交わしたのか?」
「そうだ」
アークが俺を抱いたまま、ルイスに答えた。
「俺は、この本、ユウと婚姻の魔法で結ばれた番だ」
「なんだと?婚姻の魔法、だと?」
ルイスが、一息おいて笑い始めた。
「こいつと、婚姻の魔法を交わしたというのか?この、魔導書と?」
「何がおかしい」
アークがきくと、ルイスは言い放った。
「この、魂を持たない魔導書と婚姻の魔法を交わしたというのか。だが、悪くはない方法だな。お前がこの本を手に入れようというなら、その他には、方法はない」
「魂を持たない、だと?」
アークがルイスを睨み付けた。
「ユウには、魂がある。お前が知らないだけだ」
俺の魔力がアークへと流れ込んでいくのを感じる。
アークが光弾の魔法を展開していく。
無数の光の矢が一斉にルイスを貫いた。
だが。
一瞬のうちにルイスの姿は消えた。
「なるほど。お前がその本の新しい飼い主というわけか」
どこか遠くからルイスの声がきこえて、アークとクリスは、辺りを見回した。
しかし、すでにルイスの姿はなく、舞踏場には、本の姿になった俺を抱き締めたアークと剣を構えたクリスの姿だけが残されていた。
「あれは、確かに、俺のかつての持ち主。あんたたちが大魔導師 エドランと呼ぶ男だった」
俺は、クーナの町の山城に帰ってから広間のソファに腰かけたアークの膝の上に抱き抱えられたまま、アークとクリスたちに話していた。
あの夜。
ルイスが姿を消してから一騒動あった。
クリスの手引きでガーゴリウス男爵邸になだれ込んだ騎士団の働きによって、ガーゴリウス男爵と男爵の嫡男であるレイモンド・ガーゴリウスが捕らえられた。
「ガーゴリウス男爵は、魔物の売買の組織の中心人物だったんだ。我々は、その証拠を掴むためにガーゴリウス男爵に近づいたんだが、思わぬところに伏兵がいたわけだ」
当初の クリスの計画は、こうだった。
東国の姫であり魔王をも従わせるにたる力を持つという聖女である俺に興味を持った魔物売買の組織の連中が俺にちょっかいだしてくるのを待って組織を一網打尽にするつもりだったのだという。
そこに、あいつが現れたのだ。
「俺は、あいつには逆らうことができない」
俺は、震えている体を抱き締めて言った。
「俺の正式な持ち主は、いまだにあいつだからだ」
「大魔導師 エドラン、か」
クリスが言った。
「だが、彼は、かつて戦いに破れて死んだ筈じゃないのか?そのエドランがここにいたというのか?」
「俺にも詳しいことはよくはわからない。でも、あいつに間違いないんだ」
あの声。
あの仕草。
俺を捕らえて離さない、忌まわしい記憶。
俺は、クリスに訴えた。
「あのルイスとかいう奴、間違いなく奴、だった」
「ルイス・ガーゴリウスが、古代の大魔導師 エドランだって?」
クリスがきいたので俺は、頷いた。
「たぶん、転生の魔法を使ったんだと思う」
「転生の魔法?」
クリスが半笑いで言った。
「そんな魔法、子供のお伽噺にしかでてこないと思ってたんだが」
「でも、絶対に、ルイス・ガーゴリウスは、奴、だった」
震えが止まらなかった。
俺は、がたがた震えながら、自分の体をきつく抱き締めていた。
まさか。
あいつが甦るなんて。
「大丈夫だ、ユウ」
アークがそっと俺を背後から抱き締めた。
「決して、お前を奴に渡したりはしない」
「アーク・・」
俺は、アークの暖かい腕の中におさめられていた。
この温もりを、守りたい。
だけど。
俺は、奴とは戦うことができない。
俺の持ち主は、あくまであいつで、いくらアークでもそれを上書きすることはできない。
俺は、どうしたらいいんだ?
俺は、思い悩んでいた。
どうしたら、奴と戦える?
なんだか、寝付けなかった。
体は、心地よく疲れているのに、妙に、頭が冴えていた。
俺は、ふとアークのことを考えていた。
俺と舞踏会の全ての曲を踊ったアーク。
俺が他の誰かにとられるんじゃないかとか思っちゃって心配していたアーク。
俺は、ベッドに腰かけてくすっと笑った。
俺たちは、婚姻の契りで結ばれているのに、なのに、俺が誰かにとられるんじゃないかなんて心配してたなんて。
アークは、ほんとに、バカだ。
俺は、なんだかむしょうにアークに会いたくなっていた。
俺は、夜着のまま部屋を飛び出していた。
アーク。
俺は、アークの気配を探して屋敷の中をさ迷っていた。
偶然、俺は、昨夜の舞踏場にたどり着いた。
舞踏場は、先程までの喧騒が嘘のように明かりが消え、静まり返っていた。
天窓から青白い月光が差し込んでいた。
俺は、舞踏場へと入り込むと月の光の中で一人体を揺らした。
目を閉じて、アークのリードで踊ったことを思い出して、俺は、一人、ハミングしながら体を揺らしていた。
そのときだった。
足音がして誰かが暗闇の中から現れた。
俺は、我にかえって足を止めた。
かぁっと頬が熱くなる。
恥ずい!
一人で踊ってるとこ見られた!
俺は、慌ててその場から立ち去ろうと踵を返した。
だが、その人影は、俺の腕を掴んで俺が逃げるのを止めた。
「は、はなして」
俺は、なんとか自分を捕らえる手から逃れようとしたが、逃れることができなかった。
月が。
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俺は、そいつの姿を見た。
青みがかった銀髪に、アイスブルーの凍えるような冷たい瞳。
俺は、凍りついたかのように立ち尽くした。
そのどこか幼さ残った美しい男のことを、俺は、確かによく知っていた。
「お前は」
その男は、言った。
「もしかして」
そいつが手を伸ばして俺の項に触れた。
電気が流れる。
その衝撃に、俺は、打たれた。
こいつは、間違いなく俺の知っている男だった。
「間違いない。お前が、なぜ、ここにいる?」
俺は、金縛りにあったかのように身動き一つできずに、ただ、その男のことを見つめていた。
「人の姿になどなって、ここで何をするつもりだ?」
「あ、あっ・・」
俺は、恐怖に身をすくませて瞬きもできずに男を見ていた。
その男は、俺ににぃっと冷たく笑いかけた。
「まあ、いい。ダンジョンへ行く手間が省けた」
男は、すっと手を上げると捕縛の魔法を展開した。
白銀の鎖が俺を囲んだ魔方陣から伸び、俺の首を、手を、足を捕らえ、巻き付いてくる。
「さあ、正しき姿に戻るがいい」
俺は、全身から力が抜けて、体が消えていくのを感じた。
本の姿に戻り、床の上にばさっと音をたてて落下した俺を拾い上げると男は、俺の表紙に書かれた文字をその冷たい指先でなどった。
『永久魔法機関Rー15』
そこには、そう、書かれていた。
「やっと我が手に戻ったか、我が愛しい僕よ」
男は、俺を抱えて舞踏場から去ろうとした。
「待て!」
とすっという低い音がして、男の手の甲に短刀が突き刺さった。
「ぐっ!」
男が手の甲を押さえた。その隙をついて、伸びてきた手が俺を男から奪い去った。
「これは、俺のものだ。誰にも渡さん」
アークが俺を抱き締めて言った。
アーク!
俺は、声にならない声をあげた。
「思わぬところで思わぬ相手がかかったものだな、ルイス・ガーゴリウス」
クリスが剣を閃かせて男の喉元へと切っ先を向けた。
「まさか、お前が出てくるとは、な」
ルイス・ガーゴリウス?
俺は、記憶のページを手繰った。
そうだ。
ルイス・ガーゴリウスは、ガーゴリウス男爵の三男で、今年15才になったばかりの魔法学園の学生だった。
「ふん。最初っからそのつもりだったのではないのか?王太子殿下よ」
ルイスが手の甲から滴る血を啜りながら、クリスに言った。
「私をとらえるつもりだったので、この魔導書をちらつかせたのではないのか?」
「だったら、どうだというんだ?」
クリスが剣を向けたままルイスにきいた。ルイスは、恐れる様子もなくにやりっと不敵な笑いを浮かべた。
「どうもしないさ。お前たちは、ここで死ぬ。我が魔導書の餌食となって」
ルイスの足元に白銀色の魔方陣が浮かび上がり、そこから俺へと矢印が走った。
だが、その矢は、俺に届くことはなかった。
アークが障壁の魔法を発動していた。それは、俺の力の一部でもあった。
アークが俺の力を行使するのを見て、ルイスは、顔を歪ませて言った。
「なぜ、だ?なぜ、お前がその力を使える」
ルイスの目がアークの左手の薬指に輝く金のリングに止まった。
「まさか、お前、この本と婚姻の契りを交わしたのか?」
「そうだ」
アークが俺を抱いたまま、ルイスに答えた。
「俺は、この本、ユウと婚姻の魔法で結ばれた番だ」
「なんだと?婚姻の魔法、だと?」
ルイスが、一息おいて笑い始めた。
「こいつと、婚姻の魔法を交わしたというのか?この、魔導書と?」
「何がおかしい」
アークがきくと、ルイスは言い放った。
「この、魂を持たない魔導書と婚姻の魔法を交わしたというのか。だが、悪くはない方法だな。お前がこの本を手に入れようというなら、その他には、方法はない」
「魂を持たない、だと?」
アークがルイスを睨み付けた。
「ユウには、魂がある。お前が知らないだけだ」
俺の魔力がアークへと流れ込んでいくのを感じる。
アークが光弾の魔法を展開していく。
無数の光の矢が一斉にルイスを貫いた。
だが。
一瞬のうちにルイスの姿は消えた。
「なるほど。お前がその本の新しい飼い主というわけか」
どこか遠くからルイスの声がきこえて、アークとクリスは、辺りを見回した。
しかし、すでにルイスの姿はなく、舞踏場には、本の姿になった俺を抱き締めたアークと剣を構えたクリスの姿だけが残されていた。
「あれは、確かに、俺のかつての持ち主。あんたたちが大魔導師 エドランと呼ぶ男だった」
俺は、クーナの町の山城に帰ってから広間のソファに腰かけたアークの膝の上に抱き抱えられたまま、アークとクリスたちに話していた。
あの夜。
ルイスが姿を消してから一騒動あった。
クリスの手引きでガーゴリウス男爵邸になだれ込んだ騎士団の働きによって、ガーゴリウス男爵と男爵の嫡男であるレイモンド・ガーゴリウスが捕らえられた。
「ガーゴリウス男爵は、魔物の売買の組織の中心人物だったんだ。我々は、その証拠を掴むためにガーゴリウス男爵に近づいたんだが、思わぬところに伏兵がいたわけだ」
当初の クリスの計画は、こうだった。
東国の姫であり魔王をも従わせるにたる力を持つという聖女である俺に興味を持った魔物売買の組織の連中が俺にちょっかいだしてくるのを待って組織を一網打尽にするつもりだったのだという。
そこに、あいつが現れたのだ。
「俺は、あいつには逆らうことができない」
俺は、震えている体を抱き締めて言った。
「俺の正式な持ち主は、いまだにあいつだからだ」
「大魔導師 エドラン、か」
クリスが言った。
「だが、彼は、かつて戦いに破れて死んだ筈じゃないのか?そのエドランがここにいたというのか?」
「俺にも詳しいことはよくはわからない。でも、あいつに間違いないんだ」
あの声。
あの仕草。
俺を捕らえて離さない、忌まわしい記憶。
俺は、クリスに訴えた。
「あのルイスとかいう奴、間違いなく奴、だった」
「ルイス・ガーゴリウスが、古代の大魔導師 エドランだって?」
クリスがきいたので俺は、頷いた。
「たぶん、転生の魔法を使ったんだと思う」
「転生の魔法?」
クリスが半笑いで言った。
「そんな魔法、子供のお伽噺にしかでてこないと思ってたんだが」
「でも、絶対に、ルイス・ガーゴリウスは、奴、だった」
震えが止まらなかった。
俺は、がたがた震えながら、自分の体をきつく抱き締めていた。
まさか。
あいつが甦るなんて。
「大丈夫だ、ユウ」
アークがそっと俺を背後から抱き締めた。
「決して、お前を奴に渡したりはしない」
「アーク・・」
俺は、アークの暖かい腕の中におさめられていた。
この温もりを、守りたい。
だけど。
俺は、奴とは戦うことができない。
俺の持ち主は、あくまであいつで、いくらアークでもそれを上書きすることはできない。
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