「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK

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それぞれの思惑

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***カル視点


「手を……。ぎゅうっと手を握って、一緒に寝て欲しいの」

 彼女の言葉に、俺の心臓に血液が集まる。
 しかもフェミィの頬は赤く染まり、少女のような目をしている。

『股ユル令嬢』 

 王宮にて第一王子に傅いているはずの令嬢が、夜な夜な男と闇に消えて行く。
 ついた仇名は高位令嬢にそぐわないもの。

「お前さあ、アイツと結婚しろよ」

 フェミィの婚約者であったアージノス殿下が、近所で雑貨を買うかのような、雑な命令を出した。
 
「御意……」

 もとより逆らう術も気もない。
 だが、彼女は俺で良いのか?
 毎夜男に抱かれている女が、「エウノークス」である俺と夫婦でいられるのか?

「ははは。気にするな。俺なりの嫌がらせだ、カル。結婚しながら、夫に抱かれることのない妻が、いつまで貞淑な日々を送れるのだろうか」

 なるほどね。
 自分を裏切り続けた婚約者への、意趣返しというわけか。

 歪んでいるな、殿下。
 少年時代はもう少し、可愛らしかったが。

 いずれにせよ、公爵家には王命が届く。
 支度金もべらぼうに出るらしいので、せいぜい善き夫役を演じさせてもらおう。

 そんな程度の気持ちで、フェミニム・インテラ公爵令嬢と、俺は結婚したのだ。

 美姫と聞いてはいたが、花嫁姿のフェミィを一目見て、俺は息するのを忘れた。
 朝露に咲く、一輪の白い薔薇。
 長い睫毛が微かに震えている。

 ヴェールを脱いだ素顔のフェミィは、あどけなさを残している。
 夕陽の色に染まった頬が、なんとも愛らしい。

 股ユル?
 毎夜男を侍らしていた?

 エウノークスとして王宮に出仕する前、汚水を浴びるような生活をしていた俺の目に映るフェミィは、ひたすらに純粋な令嬢だ。

 初めて二人で過ごす夜、俺はフェミィの手をずっと握っていた。
 安心しきって眠る彼女を見つめ、俺は初めて己の身体を呪った。
 だからせめて。
 彼女の願いは必ず叶えてあげよう。

 こんな妻を娶らせてくれたアージノス殿下に、心底御礼を言いたいと思った。
 そんな機会は、なかったが。


***こんなざまぁ。アージノス第一王子視点


 ようやく、鬱陶しい婚約の解消が出来た。
 公爵令嬢フェミニム・インテラは、確かに完璧な女であった。

 男好きという一点を除けば。

 俺は間もなく王太子になる。
 後継ぎは、正しい王家の血を引く者でなければならない。

 股ユルなんて、話にもならん。
 しかし、俺にはどうしてもフェミニムを手放せない理由があった。

「アージ様ぁ。結界張りましたよ。これで安心して眠れますね」

 セルーフェが目をキラキラさせながら、俺のベッドの上に上がる。
 
「そうだな、ありがとう。セルフェ」

 この国も建国して早三百年。
 王族同士の諍いや、王家と貴族らとの戦の歴史を抱えている。
 俺の三代前から、ようやく国内が平定されたのだが、流された血が完全に、浄化されたわけではない。

 特に嫡子の寿命は短く、俺も子どもの頃は病弱であった。

 そんな時、インテラ家に、「呪いを祓う」能力を持つ、娘が生まれた。
 それがフェミニムだ。
 父上はすぐに彼女を俺の婚約者とした。

 その頃の俺は、夜もよく眠れず、何度も悪夢で目を覚ます。
 ハッと目を開ければ、異形の影があちこちに見える。
 ガクガクしながら布団を頭から被った。

 フェミニムが王宮に来てからだ。
 俺が寝付くまで、フェミニムは俺の手を握っていた。
 すると不思議なことに、悪夢を見ることなく、俺は朝までぐっすりと眠れるようになった。

 だから、どんなに問題があっても、フェミニムを手放すことが出来なかった。

 ところが。
 俺が学園に通うようになった頃、男爵家で密かに育てられていたセルーフェに、聖女の能力が芽生えたのだ! 
 出自は低くても、セルーフェは清らかで愛らしい。
 フェミニムのように賢しらなことは言わない。
 当然、夜な夜な、男と連れ立って、出かけるようなことはない。

 何よりも、聖女の力は、まつろわぬ異形の影を、一瞬で消す。

 俺はフェミニムに、些か過剰な罪を与え、代わりにセルーフェと婚約することにした。
 国王も王妃も、聖女ならばと許してくれた。

 傷モノ令嬢となったフェミニムには、俺の下僕であるカルブス・フェローチェを与えることにした。
 毎夜男に抱かれていたフェミニムが、カルブス一人で満足できるのだろうか。
 男欲しさにすり寄って来たら、一回くらいは相手をしてやっても良いな。

 パキン……。

 結界で守られている俺の室内に、何かの音が響く。

 パキンパキン……。

「な、なんの音だ?」
「え、音? わたしには、何も聞こえないです」

 俺は寒気を感じた。
 幼い頃の深夜と同じように、どんどん部屋の温度が下がっている。

 女の泣き声のような音を立て、風が吹く。

「きゃあ!」
「何だ! どうした! セルフェ」

「足が、足に何かが貼り付いてる!」

 気が付けば、室内には黒い無数の影が生まれている。
 コイツらは! まさか!

「け、結界張ったって、言ったよな」
「うん……でも、知らない! こんなの知らない!」

 影どもは浸食する。
 俺もセルフェも、体を動かすことが出来ない。

 誰か! 誰か来てくれ!

 声すら出せない俺は、口の中まで入って来る、影の声を聞いた。

――ようやく、邪魔な祓い屋が消えたね
  キエタ、キエタ、きえた、消えたよおおおおおおおお!
――これで王家の血筋も……
  キエル、キエル…………。うふふふふ。あははははは!
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