魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第七章

『外伝。エリーの視点』

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 農業圏構想が始まって暫くの事である。
とある一行が本命の前にゴルビー地方へと立ち寄った。先行量産型の百足列車に乗って複数名の貴族たちがやって来たのだ。

サンプルの馬車や荷車は依然と同じく混在しており、ゴーレム馬車に乗れた者はともかく、既存の馬車に乗った者は揺れに顔をしかめていた。

「ふん。何も無い土地ですな。こんな場所を収めて何を誇るのやら」
「嘘やろ……こんなんうちの知っとるゴルビーと全然ちゃうやん」
 とある男爵が面白くもなさそうに呟くが、エリー・ティンは茫然とした。
ミッド・ラーン出身者で魔法学院に赴いた彼女がゴルビーを通ったのはまだ若いころのことだ。その頃は本当に何も無く、あるのは砂漠と荒野ばかり。村で休ませてもらうのも難しかったくらいである。

普段は意識して御国言葉を使わない彼女がなまり始めたので同乗していた他のメンバーが首を傾げる。

「そうなのか? 我々は不案内でな。説明してもらえるとありがたい」
「はい。まず真っ直ぐ流れている水を引き込む窪み、そしてあそこにある溜め池。あんなものはなく村が管理している湧き水しかありませんでした。そこで馬に水を呑ませている遊牧民が居ますが、そんな事を湧き水でやったら殺されても文句は言えません。そのくらいに水がありませんでしたし、畑は自分たちが生きて幾分で精一杯のようでしたよ」
 尋ねて来た男が紳士だったこともあり丁寧に答えた。
訪れたのはずいぶん前だが、あまりにもなさ過ぎて良く覚えている。飲み水を買うのは何処でも当たり前の事だが、それが随分と高かったのをよく覚えていた。食料に至っては売ってくれないか、買えたとしても一緒に鍋を囲んで一杯ほど分けてもらう程度である。

あまりにも侘しい光景だったので、急いで通り抜けたのを良く覚えていたのだ。

「ふん。水だけは増えたという事だな」
「……川上の領主と仲良くなったのでしょうね」
「それは苦労した事だろうよ。水利は命綱だろうからな」
 先ほどの男が不満を漏らすと、二人は苦笑いをした。
水がタダだと思っている幸せな男だ。きっと生きていくだけなら苦労した事は無いのだろう。そういえば騎士だったそうだが、きっと補給に関しては部下や仲間に放り投げていたの違いあるまい。

もっとも、才能があるならそれでも良いのだ。
強い者が戦い、そうでない者が補う方が効率よいのは当然のことだ。賢者や剣聖が鍬を持って土いじりなど聞いたこともない。

「しかし、あの壁は何かな? 獣や遊牧民対策ではないようだが」
「魔物の棲み家でもあるのだろうさ。守るだけなら壁と矢で良い」
(せやろか? あのミハイルがあんな中途半端なことするかいな? 率先して叩き潰しにいってゴーレム自慢しそうやけどな。せやかて他に思いつかんし、村の人に聞いても答えてはくれひんやろな)
 ここに居るのはあくまで常識人ばかりだ。
だから使い道としては、風上側に獣か鳥の魔物が居るのではないかと思った。取りなら風に乗って来るのは正しいし、獣なら臭い消しするから少し怪しいが……毒の吐息を履くなら別におかしくはないからだ。

それに、もうすぐこの場所は離れていくのでそう時間を掛けて居られないのもあるだろう。

「もう出発か。……これ見よがしに見せつけおって」
「無償で見学させてもらえるのだ。参考に出来るところはすれば良い」
「そうですね。見て判る物は真似られても仕方のない事です。代価を払うとしても抑えられます。もっとも、秘奥を隠すための囮であることもありますが」
 今の状態で判るものはたかが知れている。
道が随分と平坦で馬車を動かし易いが、真似れるなら真似てくれと言う程度だろう。溜め池を多く作るのは乾いた土地ならではだが、別にそれは珍しくはない。集団農法をやっている姿は参考に成るが……あれは既にコツも含めて教授されていると聞いた。不平を漏らす男が不満を貯めているのは、おそらく自分の所では上手く行っていないだけだろう。

あるいは量産型の百足列車の事かもしれない。
もちろんエリーから見れば容易くパクれる代物だ。今までもやろうと思えばやれたし、単にやろうと思わなかっただけのことでしかないのだ。

「秘奥というと塩田かね? あそこは随分と実入りが良いと聞いた」
「そうですね。学院では彼のアイデアを聞いた者も居ますが、皆笑ったものです。奴隷で良いではないかと誰もが笑って居ました」
 塩田で作業用ゴーレムを使う話はエリーも聞いた。
ただ、当時のエリーもオロシャに来た時のエリーも首を傾げたものだ。学院では呪文を磨くために何の役も経たず、研究費用を稼ぐにしても奴隷でも出来る事をゴーレムにやらせてどうするのだと笑いの的になったほどだ。嘲笑で無かったのは、あくまで身内の集まりだからに過ぎない。ミハイルだって身内だからこそ、草案を口にしただけだろう。

何しろ、話に聞いていただけでは塩田でそこまで儲かるとは思えないからだ。隠しているコツ・・が幾つもあって、儲けを出しているとしか思えなかった。

「なんだコレは。川岸を平坦にしただけではないか」
「そう思うならお前がそれまでの事だったという事だ。……素晴らしい」
「御前!?」
 最終的に一向はキーエル伯爵領にある私営路線にやって来ていた。
そこは大型の船が接岸できるようになっており、そのまま荷を積んだり荷揚げできるようになっていた。それだけではなく、二つの溜め池が傍に控えている。そのうちの一つには小舟が何艘も留められてしており、もう片方には上流から降ろして来たらしい材木が何本もあった。舟溜まりや材木溜まりと呼ばれる工夫だろう。

だが、一つ一つは何処かでやっている事だ。
驚く駅はヨセフ伯ともあろうものが手放しで褒めている。それも手下の一人である男爵を馬鹿でも見るような目して、代わりに広場に建設中の鶴首……クレーンを食い入るような目で見ている事だった。

「他所から持って来た木のみならず食い物でも何でも降ろし、あるいは積み込める。バルガス河を使い、あるいは今乗って来た新街道を使ってあちこちへと運ぶ。これぞワシの理想だ。同じことをゲオルギアでやったらどれほどの利があろうか」
「それはそうですが……。ティーヌ、貴様も何か言わんか!」
「広いのは物を積む場所という事ですね。落ち着いたら蔵でも立てるかと」
 ヨセフが興奮したような面持ちで話すのを配下は戸惑っていた。
彼が剛腕で、何かにつけて自己主張するマッチョな男であるとは誰もが知っていた。だが、これほどまでに他人の成果を褒めるのは珍しい。もちろん、大仰な事が好きな彼の頃、ゴーレムで大々的に整備したこの河川港というべき場所と、連結した新街道が気に居ただけかもしれない。

エリーは適当に相槌を打ちながら、自分なら何が出来るかを考え始めた。

「それだけではない。品を扱えるという事は兵も扱えるという事でもある」
「やられたな。もはやプロシャ攻めの話は絵に描いた餅で終わったぞ」
「私営列車はウッラール騎士団の所まで通るそうではないか。合わせればイル・カナンへの援軍の方がよほど早い。攻めるとしてもポーセスやかつてのイラ・カナンという意見を押し留める程ではない」
 ヨセフ伯は商売よりも戦争に関心があった。もちろん侵略戦争にだ。
かねてからプロシャ攻めを主張していたのは、あちらから魔物が追い出されてくるという事もあったが、派閥の者の領地が近くにあるからだ。イザとなったらそこに兵を集めて、一気に国境を侵して既成事実を作る手もあった。だが、今の前で起きている整備計画を見れば他の貴族はどう思うだろうか?

苦労してプロシャを攻めるよりも、同盟国であるイル・カナンを助け魔物の島を攻める方がよほど良いと思うだろう。侵略戦争を考えるにしても、ポーセスを併合するなり滅びたイラ・カナンを得る方が早そうに見える。少なくとも今までは困難と思われた復興事業が、ゴーレムと集団農業を使えば楽にできると判ってしまったからだ。

「ティーヌ。同じとは言わん。お前のやり方で良いが、似たことはできるな? いや、やれ。出来なければお前の手札を切ってでも知見を買い取って来い」
「……判りました。何とかします」
 ヨセフは随分とミハイルのやった事を買ったようだ。
エリーは自分のオトコ……元彼が自分より高く見積もられている事に、嬉しさを抱いてしまうと同時に、その何倍もの嫉妬心を抱いた。彼女にとって、やはりミハイルは生涯のライバルだからだ。

ゼネラリストゆえにこういった事業に長けているミハイルと、スペシャリストゆえにゴーレムの開発が得意なエリー。その差を噛みしめ、どうやって彼を越えるかを考え始めた。
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