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第十一章
『議論と交渉がゲームであるとして』
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イル・カナン救援要請に関する御前会議がどうなったかと言うと……。
俺達は記録的な大敗北を迎えた。ヨセフ伯率いる主戦派に押しまくられ、こちらの牙城を突き崩される始末。抑えていたはずの北部・東部の有力者どころか、王党派ですらも今回の件に関してはあちらに味方する者が出たくらいである。
何が問題だったかと言って、これがゲームなら対戦相手が居ることを忘れた為だ。こちらが向こうの事を研究しているのに、向こうがこちらの事を研究していないなどと多寡を括ってしまっていた。
「我々は歴史的な岐路に立っておる!」
「友好国を救うという大義名分。開拓による豊富な食料!」
「国の東西南北を繋ぐ列車によって、他国に勝る兵の輸送が可能だ!」
「で、あるのに在りもせぬ侵略に怯えて友邦を見捨てるのか!? ありえん! 多くの魔物たちはカスだという! ならば大軍を以てこれを蹴散らしてしまえば良い。精鋭が強いというならば勇者軍がそうであったように対策すれば良い。それに何より、怯懦で縮こまって居るような状況では無かろう!」
今日も朝からヨセフ伯は実に名調子である。
現在の状況はオロシャ国にとって有利なのだと有力諸侯に喧伝し、他国と戦うのではなく魔物と戦うのだと当たり前の事を吠えたてている。この部分に反論する者は誰もおらず、年若い者たちや護衛の騎士たちなどは興奮している者すらいた。
そして何より、理論的には間違っていないのも大きい。
「だがねヨセフ伯。イル・カナンが何処まで信用できるか、だよ」
「せっかく大枚を叩いたのに終わったから帰れでは、金蔵の帳尻が合うまい」
「笑止! 国家百年の計の前には金勘定など無用の長物よ。第一にだ、魔物の害をいつまで放っておくのか! 子々孫々まで笑いものにされるわ!」
ヨセフ伯は最初から最後まで、魔物討伐を理由に挙げている。
こちらもその段階では問題していないのだから反論が出る筈もない。その後に占領して領地を得るという、一部貴族たちの欲望が問題なのだ。だからヨセフ伯はその論点を突いて魔物退治と言う、人類に課せられた宿痾を挙げて来る。これまで魔物に苦しめられてきた人類が、此処に着て逆転している。ここで決起して少なくともイル・カナンを救えばオロシャは安泰。もしイラ・カナンまで復興出来たら快挙だと口にする。
その言葉は権力という意味でも名誉という意味でも甘美だ。
「ヨセフ伯。貴公の言葉はいちいちもっともじゃ。両国に巣くう魔物退治だけならば幾らでも請け負おう。それでワシらの子孫が困らぬからな。じゃが、多くの諸侯にとっては領地を経営する政りの果てが重要なのじゃ。理想だけでは騎士は動いても貴族は動かぬじゃろう。そなたは何をもって我らを動かすのじゃ?」
「知れた事よ! 魔族を討ち、彼奴等の棲み家である島を奪う!」
老獪なコンスタン・ティン伯が老バルガスと相談して反撃に出た。
相手の言い分を一部認めつつも、沸き立つ若者はともかく老練な貴族たちは利益なしに受け入れないと告げ、諭したのだ。まるでヨセフ伯が英雄願望のある、採算など知らぬ将軍か何かであるように。
だが、それこそがヨセフ伯の待っていた一言であった。
「最低でも島にどんな備えがあり、どれだけ増えるのか、無謀なのか勝てるのか知れるだけでも将来の利益となるだろう! それとも何か? 百年後にまた魔王との戦いを繰り返すのか? ここで知ることができれば百年の間に同盟軍を募れるのだぞ? 仮に負けても次がある! 知らなければ百年後に食われてしまうわ!」
「ヨセフ伯。そこに一理あるのは認めよう。だが、論点をずらすでない」
「そうじゃ。魔族の島という奪っても居ない空手形、それで兵に死ねと?」
まるで俺とヨセフ伯の立場が逆転したような状況だった。
もし俺が貴族ではなく、一階の魔術師として魔王軍を討つための議論を始めるならば確かにこんな感じになるだろう。そして老人二人に諭されている様になるか、あるいは強権的な大貴族に権力でぶんなぐられる。だが、そういう状況と違うのは彼こそが大貴族であり野心家であることだった。
しかし、俺たちは幾つか見誤っていた。それは博打じみた投資をまさかヨセフ伯がしようとは思わなかったことである。
「では金と食料の一部はワシのところで負担しよう。もちろん兵もな。代わりにオロシャで最初の辺境伯にはワシが成らせてもらうぞ。ワシが向こうに行って飛び地を管理し、息子に伯爵と本領を任せることにさせてもらおう! それでもまだ四の五を口にするのか!?」
(しまったな。ヨセフ伯の反抗心と名誉欲を甘く見ていた。これでは彼が独断で私軍を動かしたとしても、こちらもフォローせざるを得ない)
今回のポイントは、魔物退治と被害担当の2つである。
人類の敵である魔物退治を主目的にするのは、こちらも考えていた事だ。イル・カナン方面からの魔物流入をシャットアウトできるだけで東部圏のみならず、オロシャ全土の治安が大幅に改善する。そうなれば流通・経済・軍事費の面でも同様だろう。東部の民が矢面に立たされて貧乏籤を引くはずだったのが、ヨセフ伯率いる西部組が出て来るなら話は変わって来るだろう。
総じて、こちらの手の内を読まれていたと考えるしかない。読み合いなどなく、向こうの我儘をいなすだけだと思っていたこちらが迂闊だったのだ。
「ヨセフ。そなたの言を認めよう。ただし、食料と金貨で一万枚を積み上げよ、即金とは言わぬ。それが出来ないのであればこの話はそこまでだ。それを担保にイル・カナンにも条件を飲ませれば三万枚までは利益、五万枚の出費が許容範囲と言えよう」
「承った! 費用も先陣も期待していただきたい!」
この話をレオニス陛下が認めたことで全てに決着がついた。
正直な所、何処まで陛下が先を見ていたのかは分からない。ヨセフ伯と王党派を天秤に掛けて、向こうにこちらの情報を流していた可能性すらある。そして双方を潰し合って、オロシャ王家自体が上を行く事を狙っているのだとしたら……今回の件は渡りに船だろう。
そう、陛下はヨセフ伯をすり潰す気なのだ。
儲けているバルガス伯爵家に金と食料を吐き出させるよりも、それは大きな果実に違いあるまい。中途半端が一番だが、別に彼が勝利に奢って独立したとして、魔族の島で鳥無き里のコウモリをされても別に構わないのだから。
「ゴルビー伯。この中で最も魔族に対する賢のある貴公に諮問する。可能なのか? これはイル・カナン救援に関する話だけではない、ヨセフの申す魔族の島攻略に関しての話もだ」
「はっ。答えさせていただきます。第一にイル・カナン救援までは確実かと」
貴族への確認と違い、賢者への諮問は一線を画するものだ。
こちらも可能性論などは延べず、出来る事と出来ない事はキッリチ分けて述べる必要がある。なので定番の三つに分けての回答をするとして、まずは確実に可能なイル・カナン国に関する事を切り分けて答えた。ここまでは強力な魔族が居たとしても十分に可能だからだ。新しい魔王がこんな早くに生まれる訳はないし、居残っていた魔将が上陸したにせよ、進軍の初動であるならばそれほど困らない。
むしろ我が町を無傷で取り戻せという貴族の主張が面倒くさい程度だろう。
「魔王が現れるサイクルには早過ぎ、魔将なら苦労はしますがそれだけです」
「問題はイラ・カナン開放を我々にやらせ、出血と費用を押し付けられる事」
「関係者筋の話では既に取り分の話でイル・カナンは揉めていると聞きます」
「我々に『報酬として切り取り自由』と言っておきながら、『この機とばかりに故地を占領する憎きオロシャを追い出せ!』と同じ民族である事を活かして、反感を押し付ける腹であると伺っています。これが第二の段階。第三は魔族の島に関する問題ですが……」
第二の話題は確度が下がるが、有力諸侯ならば考慮しているレベルだ。
イル・カナンの救援を果たすには、続々と流れて来る魔族をどうにかする必要がある。そのためには海岸線を封鎖し、同時にイラ・カナンを開放する必要があるだろう。そうしないといつまで経ってもイル・カナンは防衛で自立できないし、こちらは延々と滞在して戦いを強いられてしまう。一方でイラ・カナンを開放してしまえば、後は同じ民族で何とかするだろう。
報酬を口約束で済ませ、皮算用のイラ・カナンの地で済ませる。そして魔族を負い出したら、オロシャも追い出して自分たちこそが居座る気だろう。
「渡海しての軍事行動の難しさがあり、風土病の問題が立ち塞がります。前者はエルフ族やドワーフ族の如き、海の亜人種に頼れば可能でしょうが……彼らは筋金入りのリアリストです。相当な金ないし代価を払う必要があるかと思われます。彼らもまた魔族をどうにかしたいと思うが、だが陸地に上がる気はないというならば、安くは付くでしょうが援軍としては期待できません」
「確か水棲種族であったか? 陸では強くはないが海では無敗と聞いた」
要するに今回の話は全て、兵士が死ぬのも出費を払うのもオロシャ国だ。
自国の戦争だと思えば援軍が居るだけマシであると言えるし、自国の戦争ではないからこそ落としどころを自らの手で決められない。ヨセフ伯はそこに目を付けて、イル・カナンの思惑は全部捨て魔族の島を取りに行くとしたのだ。その背景にはある程度の領土欲と、自分がオロシャで上に立てるとか、もし上手く行けば人類の歴史に残る名誉も手に入るという目論見もあるだろう。
問題は渡海を行うに際し途方もない労力を払う事、そして諸国が勇者軍を結成して対抗した魔族にオロシャ単独で挑まねばならない事である。
「その通りです。彼らは海の向こうへ幾らでも引いて、勝てる時に戻ってくれば良いという利点があります。このため、排除することは不可能でしょう。代わりに他の国と違ってその都度払いの報酬を求め、領土野心はありません。土地を切り取れるかもしれませんが、先の五万枚での損切りは現実的にありえることであり、それを先延ばしにする為にも列車の挑発は最終段階まで待つべきです」
「ああ、なるほど。殲滅可能になるか、逆に撤退する時か……だな?」
「御明察の通りです。列車が運ぶのは『機会』ですから」
全ての百足列車を軍用に挑発すれば、兵士と物資を運べる。
だが、それをやってしまうと経済が止まってしまう。だから国全体の税金をそれなりの水準で維持するためには、最低でも列車の早期挑発は間違いである。五万枚で数年は戦えるかもしれないが、その後に占領地を維持するのは絶望的になる。だから勝てると思った時に全力を注ぐために使用するか、もう駄目だと判断して撤退するために用いるべきだろう。
その上で、最後の関門を説明せねばならない。
「以上、三つの問題に関してはほぼ判明している事なのでお答えしました。最後に、魔族の戦力と、魔族の島の疫病に関しては未知数。数え切れぬ雑兵にすり潰され、疫病で戦う事すら叶わぬ事態への憂慮は捨てるべきではありません。その場合はヨセフ閣下のおっしゃる通り、魔族たちの情報を最大の宝とすべきでしょう」
最悪の場合、ゴブリンたちが増え過ぎて攻めて来ただけの可能性はある。同様に疫病やら何やらで大変だから島を捨てて出てきた可能性もある。それらを考えたら攻めるべきではないが、ヨセフ伯の言う通り、百年後の魔族が心配なのも確かだった。そういう意味では、無事に島を占領して、ヨセフ伯が苦労するだけで終わって欲しいところである。
イル・カナン救援要請に関する御前会議がどうなったかと言うと……。
俺達は記録的な大敗北を迎えた。ヨセフ伯率いる主戦派に押しまくられ、こちらの牙城を突き崩される始末。抑えていたはずの北部・東部の有力者どころか、王党派ですらも今回の件に関してはあちらに味方する者が出たくらいである。
何が問題だったかと言って、これがゲームなら対戦相手が居ることを忘れた為だ。こちらが向こうの事を研究しているのに、向こうがこちらの事を研究していないなどと多寡を括ってしまっていた。
「我々は歴史的な岐路に立っておる!」
「友好国を救うという大義名分。開拓による豊富な食料!」
「国の東西南北を繋ぐ列車によって、他国に勝る兵の輸送が可能だ!」
「で、あるのに在りもせぬ侵略に怯えて友邦を見捨てるのか!? ありえん! 多くの魔物たちはカスだという! ならば大軍を以てこれを蹴散らしてしまえば良い。精鋭が強いというならば勇者軍がそうであったように対策すれば良い。それに何より、怯懦で縮こまって居るような状況では無かろう!」
今日も朝からヨセフ伯は実に名調子である。
現在の状況はオロシャ国にとって有利なのだと有力諸侯に喧伝し、他国と戦うのではなく魔物と戦うのだと当たり前の事を吠えたてている。この部分に反論する者は誰もおらず、年若い者たちや護衛の騎士たちなどは興奮している者すらいた。
そして何より、理論的には間違っていないのも大きい。
「だがねヨセフ伯。イル・カナンが何処まで信用できるか、だよ」
「せっかく大枚を叩いたのに終わったから帰れでは、金蔵の帳尻が合うまい」
「笑止! 国家百年の計の前には金勘定など無用の長物よ。第一にだ、魔物の害をいつまで放っておくのか! 子々孫々まで笑いものにされるわ!」
ヨセフ伯は最初から最後まで、魔物討伐を理由に挙げている。
こちらもその段階では問題していないのだから反論が出る筈もない。その後に占領して領地を得るという、一部貴族たちの欲望が問題なのだ。だからヨセフ伯はその論点を突いて魔物退治と言う、人類に課せられた宿痾を挙げて来る。これまで魔物に苦しめられてきた人類が、此処に着て逆転している。ここで決起して少なくともイル・カナンを救えばオロシャは安泰。もしイラ・カナンまで復興出来たら快挙だと口にする。
その言葉は権力という意味でも名誉という意味でも甘美だ。
「ヨセフ伯。貴公の言葉はいちいちもっともじゃ。両国に巣くう魔物退治だけならば幾らでも請け負おう。それでワシらの子孫が困らぬからな。じゃが、多くの諸侯にとっては領地を経営する政りの果てが重要なのじゃ。理想だけでは騎士は動いても貴族は動かぬじゃろう。そなたは何をもって我らを動かすのじゃ?」
「知れた事よ! 魔族を討ち、彼奴等の棲み家である島を奪う!」
老獪なコンスタン・ティン伯が老バルガスと相談して反撃に出た。
相手の言い分を一部認めつつも、沸き立つ若者はともかく老練な貴族たちは利益なしに受け入れないと告げ、諭したのだ。まるでヨセフ伯が英雄願望のある、採算など知らぬ将軍か何かであるように。
だが、それこそがヨセフ伯の待っていた一言であった。
「最低でも島にどんな備えがあり、どれだけ増えるのか、無謀なのか勝てるのか知れるだけでも将来の利益となるだろう! それとも何か? 百年後にまた魔王との戦いを繰り返すのか? ここで知ることができれば百年の間に同盟軍を募れるのだぞ? 仮に負けても次がある! 知らなければ百年後に食われてしまうわ!」
「ヨセフ伯。そこに一理あるのは認めよう。だが、論点をずらすでない」
「そうじゃ。魔族の島という奪っても居ない空手形、それで兵に死ねと?」
まるで俺とヨセフ伯の立場が逆転したような状況だった。
もし俺が貴族ではなく、一階の魔術師として魔王軍を討つための議論を始めるならば確かにこんな感じになるだろう。そして老人二人に諭されている様になるか、あるいは強権的な大貴族に権力でぶんなぐられる。だが、そういう状況と違うのは彼こそが大貴族であり野心家であることだった。
しかし、俺たちは幾つか見誤っていた。それは博打じみた投資をまさかヨセフ伯がしようとは思わなかったことである。
「では金と食料の一部はワシのところで負担しよう。もちろん兵もな。代わりにオロシャで最初の辺境伯にはワシが成らせてもらうぞ。ワシが向こうに行って飛び地を管理し、息子に伯爵と本領を任せることにさせてもらおう! それでもまだ四の五を口にするのか!?」
(しまったな。ヨセフ伯の反抗心と名誉欲を甘く見ていた。これでは彼が独断で私軍を動かしたとしても、こちらもフォローせざるを得ない)
今回のポイントは、魔物退治と被害担当の2つである。
人類の敵である魔物退治を主目的にするのは、こちらも考えていた事だ。イル・カナン方面からの魔物流入をシャットアウトできるだけで東部圏のみならず、オロシャ全土の治安が大幅に改善する。そうなれば流通・経済・軍事費の面でも同様だろう。東部の民が矢面に立たされて貧乏籤を引くはずだったのが、ヨセフ伯率いる西部組が出て来るなら話は変わって来るだろう。
総じて、こちらの手の内を読まれていたと考えるしかない。読み合いなどなく、向こうの我儘をいなすだけだと思っていたこちらが迂闊だったのだ。
「ヨセフ。そなたの言を認めよう。ただし、食料と金貨で一万枚を積み上げよ、即金とは言わぬ。それが出来ないのであればこの話はそこまでだ。それを担保にイル・カナンにも条件を飲ませれば三万枚までは利益、五万枚の出費が許容範囲と言えよう」
「承った! 費用も先陣も期待していただきたい!」
この話をレオニス陛下が認めたことで全てに決着がついた。
正直な所、何処まで陛下が先を見ていたのかは分からない。ヨセフ伯と王党派を天秤に掛けて、向こうにこちらの情報を流していた可能性すらある。そして双方を潰し合って、オロシャ王家自体が上を行く事を狙っているのだとしたら……今回の件は渡りに船だろう。
そう、陛下はヨセフ伯をすり潰す気なのだ。
儲けているバルガス伯爵家に金と食料を吐き出させるよりも、それは大きな果実に違いあるまい。中途半端が一番だが、別に彼が勝利に奢って独立したとして、魔族の島で鳥無き里のコウモリをされても別に構わないのだから。
「ゴルビー伯。この中で最も魔族に対する賢のある貴公に諮問する。可能なのか? これはイル・カナン救援に関する話だけではない、ヨセフの申す魔族の島攻略に関しての話もだ」
「はっ。答えさせていただきます。第一にイル・カナン救援までは確実かと」
貴族への確認と違い、賢者への諮問は一線を画するものだ。
こちらも可能性論などは延べず、出来る事と出来ない事はキッリチ分けて述べる必要がある。なので定番の三つに分けての回答をするとして、まずは確実に可能なイル・カナン国に関する事を切り分けて答えた。ここまでは強力な魔族が居たとしても十分に可能だからだ。新しい魔王がこんな早くに生まれる訳はないし、居残っていた魔将が上陸したにせよ、進軍の初動であるならばそれほど困らない。
むしろ我が町を無傷で取り戻せという貴族の主張が面倒くさい程度だろう。
「魔王が現れるサイクルには早過ぎ、魔将なら苦労はしますがそれだけです」
「問題はイラ・カナン開放を我々にやらせ、出血と費用を押し付けられる事」
「関係者筋の話では既に取り分の話でイル・カナンは揉めていると聞きます」
「我々に『報酬として切り取り自由』と言っておきながら、『この機とばかりに故地を占領する憎きオロシャを追い出せ!』と同じ民族である事を活かして、反感を押し付ける腹であると伺っています。これが第二の段階。第三は魔族の島に関する問題ですが……」
第二の話題は確度が下がるが、有力諸侯ならば考慮しているレベルだ。
イル・カナンの救援を果たすには、続々と流れて来る魔族をどうにかする必要がある。そのためには海岸線を封鎖し、同時にイラ・カナンを開放する必要があるだろう。そうしないといつまで経ってもイル・カナンは防衛で自立できないし、こちらは延々と滞在して戦いを強いられてしまう。一方でイラ・カナンを開放してしまえば、後は同じ民族で何とかするだろう。
報酬を口約束で済ませ、皮算用のイラ・カナンの地で済ませる。そして魔族を負い出したら、オロシャも追い出して自分たちこそが居座る気だろう。
「渡海しての軍事行動の難しさがあり、風土病の問題が立ち塞がります。前者はエルフ族やドワーフ族の如き、海の亜人種に頼れば可能でしょうが……彼らは筋金入りのリアリストです。相当な金ないし代価を払う必要があるかと思われます。彼らもまた魔族をどうにかしたいと思うが、だが陸地に上がる気はないというならば、安くは付くでしょうが援軍としては期待できません」
「確か水棲種族であったか? 陸では強くはないが海では無敗と聞いた」
要するに今回の話は全て、兵士が死ぬのも出費を払うのもオロシャ国だ。
自国の戦争だと思えば援軍が居るだけマシであると言えるし、自国の戦争ではないからこそ落としどころを自らの手で決められない。ヨセフ伯はそこに目を付けて、イル・カナンの思惑は全部捨て魔族の島を取りに行くとしたのだ。その背景にはある程度の領土欲と、自分がオロシャで上に立てるとか、もし上手く行けば人類の歴史に残る名誉も手に入るという目論見もあるだろう。
問題は渡海を行うに際し途方もない労力を払う事、そして諸国が勇者軍を結成して対抗した魔族にオロシャ単独で挑まねばならない事である。
「その通りです。彼らは海の向こうへ幾らでも引いて、勝てる時に戻ってくれば良いという利点があります。このため、排除することは不可能でしょう。代わりに他の国と違ってその都度払いの報酬を求め、領土野心はありません。土地を切り取れるかもしれませんが、先の五万枚での損切りは現実的にありえることであり、それを先延ばしにする為にも列車の挑発は最終段階まで待つべきです」
「ああ、なるほど。殲滅可能になるか、逆に撤退する時か……だな?」
「御明察の通りです。列車が運ぶのは『機会』ですから」
全ての百足列車を軍用に挑発すれば、兵士と物資を運べる。
だが、それをやってしまうと経済が止まってしまう。だから国全体の税金をそれなりの水準で維持するためには、最低でも列車の早期挑発は間違いである。五万枚で数年は戦えるかもしれないが、その後に占領地を維持するのは絶望的になる。だから勝てると思った時に全力を注ぐために使用するか、もう駄目だと判断して撤退するために用いるべきだろう。
その上で、最後の関門を説明せねばならない。
「以上、三つの問題に関してはほぼ判明している事なのでお答えしました。最後に、魔族の戦力と、魔族の島の疫病に関しては未知数。数え切れぬ雑兵にすり潰され、疫病で戦う事すら叶わぬ事態への憂慮は捨てるべきではありません。その場合はヨセフ閣下のおっしゃる通り、魔族たちの情報を最大の宝とすべきでしょう」
最悪の場合、ゴブリンたちが増え過ぎて攻めて来ただけの可能性はある。同様に疫病やら何やらで大変だから島を捨てて出てきた可能性もある。それらを考えたら攻めるべきではないが、ヨセフ伯の言う通り、百年後の魔族が心配なのも確かだった。そういう意味では、無事に島を占領して、ヨセフ伯が苦労するだけで終わって欲しいところである。
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