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第5章
彩芽、気持ち悪がる
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オルデンの部屋に続く長い廊下。
等間隔にある窓からは月明りが差し込み、廊下を照らすランプの明かりと共に独特のムードを生み出している。
オルデンにエスコートされ彩芽が歩いていくと、部屋の扉の前に大きな影が見えた。
窓から月を見上げてるストラディゴスが、彩芽とオルデンの到着に気付く。
ストラディゴスは、彩芽を見て少し驚いた顔をした。
着替えた彩芽は、オルデンと同じ色の深い蒼色のドレスに身を包み、見違える様に綺麗になっているのだ。
その顔はメイクを施され、彩芽の唇が闇の中で深紅に浮いて見える。
「すまない、待たせてしまったね」
「美女のお色直しを待つのも、男の務めですよ」
騎士の礼服でキッチリと身を包んだエルムが、膝をついて彩芽の手を取ると、手の甲に口づけをした。
「先ほどの無礼をお許しください」
「え、ええっ!?」
彩芽が状況を飲み込めないで驚いていると、同じく分かっていないオルデンがエルムに聞く。
「コルカル、僕は確かにアヤメを賓客として扱えと言ったが、急にどうしたんだ?」
「これで相応しいと判断しましたが、問題でしょうか?」
既に、エルムは彩芽がネヴェル領主の奥方候補のつもりで応対していた。
そう言う意味では、正しい判断である。
続けてエルムと同じ正装に身を包んだストラディゴスが、石の床に静かに力強く膝をつく。
それでも目線が彩芽と同じぐらいだが、頭を下げている為にストラディゴスは少し上目遣いに彩芽を見た。
その姿は、直前に驚いていた男とは思えない、強い意志を感じさせた。
「アヤメ殿、度重なる無礼をお許しください」
彩芽の手を取り、エルムと同じ様に手の甲に口づけをするが、ストラディゴスの目は閉じられ、唇が手に触れる事は無かった。
* * *
結局、ストラディゴスは大食堂の一件の後、着替えもせずに見張り塔の頂上で一人月明りを見上げていた。
掃除されたのか、屋根の上には何もない。
頭を冷やし、一人悩み、悩みぬいた。
酔いが醒め、心が凍える様に冷えていくのを感じながらも、昨日の夜を思い出し一つの答えを出す。
彩芽がオルデンを選ぶのならば、騎士としても男としても自分には止められない。
だが、同時に自分の想いを偽る事も出来ない。
今まで、力で全てを手に入れて来たと自負し、自分は最後には全てを手に入れられると考え続けて来た男にとって、初めて経験する挫折であった。
ルイシーの時だって、最後には救った。
騎士団長の座をかけエルムに負けた時も、副長として成り上がれば、じきに騎士団長は約束されていると思ってきたし、その為の努力を欠かした事も無い。
しかし、今度ばかりは違うと分かる。
ならばせめて、男として好きになった一人の女性の幸せを願う事だけが出来る事では無いか?
それぐらいは許されても良いのではないか?
そう考え、成り上がりの騎士よりも、家柄も顔も性格も良い領主に見初められて幸せになった方が良いに決まっていると、割り切る事に決めた。
そうすれば、もしかすれば、すぐ近くで騎士として仕える事が出来るかもしれない。
一生、その手に届かなくても、彩芽の幸せに貢献出来るのなら、本望では無いか。
そんな決意を固め、まだ彩芽がオルデンを選ぶと決まった訳でもないのに、巨人は一人涙を流した。
こんな事は、戦場で長年連れ添った仲間を失って以来に思えた。
自分にはルイシーがいてくれるし、他にも女は星の数ほどいる。
そうでも思わないと、この苦しみには耐えられない。
そう思おうとしても、涙は止まらず、なんて自分は女々しいのだろうとストラディゴスは悔しくなる。
昨日会ったばかりの女相手に、なぜこんな気持ちになる。
しかし、共にすごした時間の長さなど関係無いと、自分でも分かるのだ。
ずっと探していた自分の半身を永遠に失う感覚は、長年抱えていた孤独感を更に強くする。
目の前で蒼いドレスに身を包んだ彩芽を見た時は、胸が張り裂けて、それを必死に封じ込めるので精いっぱいだった。
それでも、ストラディゴスは、自分を犠牲にしてでも彩芽を優先させようと心に決めたのだった。
* * *
いつの間にやら、まさかそんな事になっているとは知らない彩芽は、騎士としての正しい対応をしようとするエルムとストラディゴスを見て「気持ち悪い」と感じた。
二人とも彩芽の性格は、既に知っている筈である。
ストラディゴスには、異世界から来た迷子である事も伝えてある。
つまり今、二人が跪いているのは、彩芽にではなく、領主の賓客と言う事だ。
権力を持つ男が自分を大事にし、持ち上げてくれる状況。
これが嬉しい女性が沢山いる事はわかるし、気持ちも分かる。
だが、彩芽にとって心地の良い、求めている空間は、その先には無い。
求めていたのは、昨日の酒場であり、思い出せない城までの夜道であり、やはり思い出せない今朝の見張り塔の頂上であり、今日の大食堂でカードをし、食事を囲む空間、そう言うなんて事の無い日常なのだ。
結局、オルデンの部屋で催されたカードゲームは、終始、彩芽への接待の様な空気が流れてしまい、味気ないものになってしまった。
結果は、彩芽が勝利して終わったが、それが運による勝利なのか、三人の男達が手引きした勝利なのかは分からない。
カードをプレイ中の会話も、オルデンと彩芽に気遣う形で、エルムが軽妙に、当たり障りなく、優等生的に場をまわし、場をまとめてくれた。
その場では楽しかった記憶はあっても、過ぎてみると内容が思い出せなくなる。
まるで、どうでも良い夢を見た朝、夢の記憶が失われていくような感覚しか残らなかった。
明日、エルムが魔法使いとして真面目に相談に乗ってくれると言う事になり、ストラディゴスとオルデンから、それぞれ一千フォルト分の金貨が入った小さな袋を手渡されたが、少しも嬉しく無かった。
三人に対する彩芽の願いを一つ聞きたくなる魔法とやらも、エルムが杖を構えて何やら難しい呪文を唱え、ストラディゴス、オルデン、自身の順で杖についた青い宝石の様な石で頭にさわると、その顔に刺青の様な模様が浮かびあがり、肌に溶け込むように消えて派手な事も無く終わった。
あとは、本人の前で「ただ一つ、願いを叶えよ」と目を見て宣言してから命令すると、その一回だけ、相手は逆らうのが難しくなると言う話だ。
しかし今の彩芽には、三人に対して願う事など思い浮かばなかった。
等間隔にある窓からは月明りが差し込み、廊下を照らすランプの明かりと共に独特のムードを生み出している。
オルデンにエスコートされ彩芽が歩いていくと、部屋の扉の前に大きな影が見えた。
窓から月を見上げてるストラディゴスが、彩芽とオルデンの到着に気付く。
ストラディゴスは、彩芽を見て少し驚いた顔をした。
着替えた彩芽は、オルデンと同じ色の深い蒼色のドレスに身を包み、見違える様に綺麗になっているのだ。
その顔はメイクを施され、彩芽の唇が闇の中で深紅に浮いて見える。
「すまない、待たせてしまったね」
「美女のお色直しを待つのも、男の務めですよ」
騎士の礼服でキッチリと身を包んだエルムが、膝をついて彩芽の手を取ると、手の甲に口づけをした。
「先ほどの無礼をお許しください」
「え、ええっ!?」
彩芽が状況を飲み込めないで驚いていると、同じく分かっていないオルデンがエルムに聞く。
「コルカル、僕は確かにアヤメを賓客として扱えと言ったが、急にどうしたんだ?」
「これで相応しいと判断しましたが、問題でしょうか?」
既に、エルムは彩芽がネヴェル領主の奥方候補のつもりで応対していた。
そう言う意味では、正しい判断である。
続けてエルムと同じ正装に身を包んだストラディゴスが、石の床に静かに力強く膝をつく。
それでも目線が彩芽と同じぐらいだが、頭を下げている為にストラディゴスは少し上目遣いに彩芽を見た。
その姿は、直前に驚いていた男とは思えない、強い意志を感じさせた。
「アヤメ殿、度重なる無礼をお許しください」
彩芽の手を取り、エルムと同じ様に手の甲に口づけをするが、ストラディゴスの目は閉じられ、唇が手に触れる事は無かった。
* * *
結局、ストラディゴスは大食堂の一件の後、着替えもせずに見張り塔の頂上で一人月明りを見上げていた。
掃除されたのか、屋根の上には何もない。
頭を冷やし、一人悩み、悩みぬいた。
酔いが醒め、心が凍える様に冷えていくのを感じながらも、昨日の夜を思い出し一つの答えを出す。
彩芽がオルデンを選ぶのならば、騎士としても男としても自分には止められない。
だが、同時に自分の想いを偽る事も出来ない。
今まで、力で全てを手に入れて来たと自負し、自分は最後には全てを手に入れられると考え続けて来た男にとって、初めて経験する挫折であった。
ルイシーの時だって、最後には救った。
騎士団長の座をかけエルムに負けた時も、副長として成り上がれば、じきに騎士団長は約束されていると思ってきたし、その為の努力を欠かした事も無い。
しかし、今度ばかりは違うと分かる。
ならばせめて、男として好きになった一人の女性の幸せを願う事だけが出来る事では無いか?
それぐらいは許されても良いのではないか?
そう考え、成り上がりの騎士よりも、家柄も顔も性格も良い領主に見初められて幸せになった方が良いに決まっていると、割り切る事に決めた。
そうすれば、もしかすれば、すぐ近くで騎士として仕える事が出来るかもしれない。
一生、その手に届かなくても、彩芽の幸せに貢献出来るのなら、本望では無いか。
そんな決意を固め、まだ彩芽がオルデンを選ぶと決まった訳でもないのに、巨人は一人涙を流した。
こんな事は、戦場で長年連れ添った仲間を失って以来に思えた。
自分にはルイシーがいてくれるし、他にも女は星の数ほどいる。
そうでも思わないと、この苦しみには耐えられない。
そう思おうとしても、涙は止まらず、なんて自分は女々しいのだろうとストラディゴスは悔しくなる。
昨日会ったばかりの女相手に、なぜこんな気持ちになる。
しかし、共にすごした時間の長さなど関係無いと、自分でも分かるのだ。
ずっと探していた自分の半身を永遠に失う感覚は、長年抱えていた孤独感を更に強くする。
目の前で蒼いドレスに身を包んだ彩芽を見た時は、胸が張り裂けて、それを必死に封じ込めるので精いっぱいだった。
それでも、ストラディゴスは、自分を犠牲にしてでも彩芽を優先させようと心に決めたのだった。
* * *
いつの間にやら、まさかそんな事になっているとは知らない彩芽は、騎士としての正しい対応をしようとするエルムとストラディゴスを見て「気持ち悪い」と感じた。
二人とも彩芽の性格は、既に知っている筈である。
ストラディゴスには、異世界から来た迷子である事も伝えてある。
つまり今、二人が跪いているのは、彩芽にではなく、領主の賓客と言う事だ。
権力を持つ男が自分を大事にし、持ち上げてくれる状況。
これが嬉しい女性が沢山いる事はわかるし、気持ちも分かる。
だが、彩芽にとって心地の良い、求めている空間は、その先には無い。
求めていたのは、昨日の酒場であり、思い出せない城までの夜道であり、やはり思い出せない今朝の見張り塔の頂上であり、今日の大食堂でカードをし、食事を囲む空間、そう言うなんて事の無い日常なのだ。
結局、オルデンの部屋で催されたカードゲームは、終始、彩芽への接待の様な空気が流れてしまい、味気ないものになってしまった。
結果は、彩芽が勝利して終わったが、それが運による勝利なのか、三人の男達が手引きした勝利なのかは分からない。
カードをプレイ中の会話も、オルデンと彩芽に気遣う形で、エルムが軽妙に、当たり障りなく、優等生的に場をまわし、場をまとめてくれた。
その場では楽しかった記憶はあっても、過ぎてみると内容が思い出せなくなる。
まるで、どうでも良い夢を見た朝、夢の記憶が失われていくような感覚しか残らなかった。
明日、エルムが魔法使いとして真面目に相談に乗ってくれると言う事になり、ストラディゴスとオルデンから、それぞれ一千フォルト分の金貨が入った小さな袋を手渡されたが、少しも嬉しく無かった。
三人に対する彩芽の願いを一つ聞きたくなる魔法とやらも、エルムが杖を構えて何やら難しい呪文を唱え、ストラディゴス、オルデン、自身の順で杖についた青い宝石の様な石で頭にさわると、その顔に刺青の様な模様が浮かびあがり、肌に溶け込むように消えて派手な事も無く終わった。
あとは、本人の前で「ただ一つ、願いを叶えよ」と目を見て宣言してから命令すると、その一回だけ、相手は逆らうのが難しくなると言う話だ。
しかし今の彩芽には、三人に対して願う事など思い浮かばなかった。
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