新米陰陽師の僕は、島の古狐の前にたじたじですっ!

神崎文尾

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鐘和島

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 瀬戸内の沖合は静かだった。実際は潮が絶えず動いていて、海に飛び込むと、あっという間に遠くまで運ばれてしまう。戦国時代にはこの小さな瀬戸内海の島々に大小合わせて様々な海賊がいたという。広島の因島を根城にした村上水軍や、淡路島に領土を持っていた菅氏。伊予の国の大名として名をはせた河野氏の配下だった河野水軍など今に名の残す水軍や海賊たちが多数いたことからもうかがえる。




 そんな瀬戸内海を小さな船が横断していた。漁船より一回り小さな船は、瀬戸内海の真ん中に位置する鐘和島に向かう定期船である。乗員一名、乗客一名。船長は不惑を超えて間もない男で、一名の乗客はまだ高校生になったばかりのように見える少年だった。


「おーい」



 小さな船なのだが、その分騒音は凄い。大馬力で動いているわけではなく、エンジンに対してボディがしょぼすぎるだけなのだ。潮が早いせいでその流れを切り裂く強靭な馬力が必要なのである。大きければ大きいほど潮への影響が強まるものだから、船体は小さめになる。船長が大声で乗客の彼に声をかけたのも当然だ。客室と呼べるものはなく、幌の下にベンチを二三個おいただけで、一応客室。この場合は客席と呼んだ方が近い気がするが、そこに座っていた少年は、顔をひょいと上げ、操舵室にいた船長を見ていた。細い顔で、どこか印象が薄い。眉も目も主張が乏しく、いつも強面の漁師とともに漁業に勤しんでいる船長からすれば、かなりの優男という印象を持つ。


「はあ」


 なんだ、元気のない。だが、そう見えてしまうのも無理はない。一概にいって、船長の周りにいる青年たちは元気に溢れすぎている。やんちゃといえばいいのだろうが、元気すぎて前科を持つような者も一人二人いるくらいだ。


「あんた、鐘和なんぞに何しに行くんかいね。言っちゃなんじゃが、観光できるとこなんかありゃせんよ」
「まあ、その……」


 覇気がないというのとは違う。単純に会話に慣れていないようだった。知らない人と話しちゃいけませんよ、の教育は毀誉褒貶あるものの、やはりこういう若者を見ると船長は一言、言いたくなる。知らない人と話すなと言っても、仕事をしていれば知らない人と話すことばかりだ。歪んだとまではいかないが、少しは節度を持て、なんて言いたくなるのである。俺も年寄りらしくなったもんだ。そう考えながら舵を握った。


「若い頃は色々見て回るのもいいんだろうが、鐘和にゃ何もないけん」
「あんまり人はいかないんですか?」


 声が軽い。煙草でつぶれた俺の声とは違うな。そう思わせる若々しさがある。船長は急を漬かれたが、話に付き合うのも悪くない。舵取りだなんだとあるが、船はもう何十年となく動かしている。油断は出来ないが、油断さえしなければちょっとした話に付き合いたい。何せ暇だ。


「いかんね。だーれもいかん。そこそこデカい島じゃが人口は……二、三百ってとこじゃね。中学まではあるが、高校はない。そんなどこにでもある田舎島よ」
「どこにでもある、ですか」
「そりゃそうな。それに瀬戸内には似たような島がいくらでもある上に、観光地もどでかいのんが多い。宮島やら大久野島やら、ようさんある。釣りするにしてもフェリーが通っとる島がなんぼでもあるけんのう」
「へー……それで、鐘和島にはこの連絡船しかないわけですね」
「まーの」


 昔は少し違った。フェリーというものはないにしろ、この小さな連絡船では賄いきれないくらいに人がいた時期もなくはない。旧海軍があった頃には演習で行き来する海防艦や、突貫工事で作られる戦時標準船が鐘和の造船所で作られたこともある。船長の若かりし頃は高度経済成長期だったから、鐘和も賑わった。鐘和の子供は大体が造船所で働く工員の子だったから、貧乏漁師の倅だった船長にとっては憧れだった。


 それから三十年経つ。
 今や鐘和島も変わった。造船所は閉鎖。工員の子たちもどこかに行ったまま帰ってこない。一時は県内でももてはやされた都会の島は見る影もなくさびれている。

「そうなんだ……」

 少年は独り言ちた。


「そんで、そんな島にあんたはなんで行くんだね?」
「ちょっとした用事です。何て言えばいいのかなあ、学術調査?」
「学術?あんな場所に?高校生じゃろ、あんた」
「違いますよ。れっきとした成人。なんなら社会人です。免許証見せてあげましょうか?」
「信じられん」
「信じなくてもいいですよ。別に」


 少年、もとい、成人した青年はそう言ってまた海を暇そうに見始めた。

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