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18 離宮
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「恋かあ」
本を読み終えるとため息が出た。
恋愛小説は好きだし、前世でも漫画を読んだり恋愛ゲームをプレイしてドキドキしたりもしていた。
でも……自分のこととなると、何か違うような気がして。急に実感がなくなるのだ。
「お嬢様、馬車が到着いたしました」
「ええ」
メイドの声に私は立ち上がった。
新学期が始まり最初の休日。今日は王宮へ行くことになった。
昨日、帰り際に殿下から『明日は空いている?』と聞かれ、はいと答えたら『じゃあ王宮に来て欲しい』と言われたのだ。
返事をする間もなく『こちらから迎えを出すから』と言い残して殿下はすぐ行ってしまい……後でエディーに怒られてしまった。
王宮からの迎えの馬車に乗り込もうとすると、中には笑顔の先客がいた。
「……殿下」
「おはよう、クリスティナ」
「え、どうして……」
「今日は離宮へ行こうと思ってね」
「離宮ですか?」
「ああ」
殿下の向かいへ腰を下ろすと馬車は動き出した。
王家の離宮はいくつかあるが、王都から日帰りで行かれるのは少し前まで殿下が謹慎していた離宮だ。
「あの、どうして離宮へ?」
「クリスティナに私のことをよく知ってもらいたくてね」
「殿下のことを知る……?」
「私たちは何年も婚約していたのに一緒にいた時間は少なかったからね。互いのことを知ることが大事かなと思って」
「……はい……」
それは分かるけれど、どうして離宮なんだろう?
離宮は小高い丘の上にあった。
「ここから王都を一望できるんだ」
建物の屋上へと出る。殿下の言う通り見晴らしが良く、丘の下に広がる王都が見える。
「ここは元々、戦争の時に造られた砦だったんだ」
「そうなのですか。だから物々しい造りなんですね」
石を積み重ねた無骨で堅牢そうな外観は、宮殿と呼ぶには相応しくない雰囲気だと思ったけれど、砦ならば納得がいく。
「謹慎中、ここに登って王都を眺めては色々なことを思い出していた」
下界を見つめていた殿下はそう言って私へ向いた。
「反省や後悔、色々考えて……最後はいつも、クリスティナに会いたいって思ってたんだ」
「……そう、ですか」
ええと……こういう時は何て返せばいいんだろう。
「戻れればクリスティナに会えることを励みにしていたんだよ」
殿下の言葉に、顔に熱がこもるのを感じた。
建物の中に戻ると、殿下が留学中に集めたり取り寄せたものがあるという部屋に案内された。
昔は軍の司令室として、今は執務室として使われているという部屋の書棚には沢山の本が並べられている。床にはいくつもの箱が置かれ、大きな机の上にも平積みの本や標本のようなものが置かれていた。
「王宮の部屋には仕舞いきれなくてね。読み終わった本や使わないものをここに置いているんだ」
「え、これ全部読んだのですか?!」
私も本を読むのは好きだけれど、ここまで沢山は読めない。
「謹慎中は時間があったからね……。気になる本があれば貸してあげるよ」
「……見てもいいですか?」
私は書庫の前へ立つと並んだ背表紙を見渡した。
やはり植物関係の本が多いけれど、他にも色々なジャンルのものがある。
「この辺りは気象や地形の本ですか?」
「ああ。植物の生息地や育成条件を調べていくうちに集まったんだ」
「そうなんですね」
目に留まった『季節や時間における雲の形状』と書かれた本を手に取った。
本を開くと、鮮やかに着色された美しい空と雲の絵が何枚も収められている。前世でもこういう本があって、いつまででも眺めていられたのを思い出した。
「綺麗だよね、この本」
「は……い」
思いがけず、すぐ後ろから殿下の声が聞こえた。
「この国では見られない形の雲も載っているんだ」
肩に重みがかかると目の前に伸びてきた手がページをめくった。
(え……近すぎない?!)
背中と肩から殿下の体温が伝わってくる。
(……というか……これってまずいよね)
元婚約者ではあるけれど、今は違う。護衛や侍従、侍女といった人たちが多く同行しているけれど、馬車の中でも、今この部屋でも……そういえば二人きりだ。
「ほらこの雲。不思議な形だよね」
「はい……あ、あの。殿下」
「何?」
「……近すぎませんか」
「そうだね」
そう答えると……殿下は背後から私を抱きしめた。
(ひぇ?!)
「クリスティナ」
耳元で殿下の声が響く。
「こうすれば、私を男として意識してくれる?」
「……え?」
「アリス・リオットに言われたんだ、君は私のことを男として見ていないだろうって」
(え……?)
「私は『草食系男子』なのだそうだ。その言葉の意味はよく分からなかったが、いい人止まりで終わりそうだとか、結婚しても物足りなくなりそうだのつまらないだの。色々言われたよ」
(いや待って。あの人、本人にそんなこと言ってたの?!)
不敬罪になりそうなヒロインの暴言にこちらが青ざめてしまう。――まさか、修道院に送られたのってそれも理由なのでは……。
「そ……そんな酷いことを言われたのですか」
「母上にも言われた。女性は男に優しさだけでなく時には強引さも求めるが、私には優しさしかないと」
王妃様まで!
「その強引さは王にとっても必要だと。クリスティナもそう思う?」
「……強引、というか……意志の強さが王にとって必要だとは思います」
「意志の強さか」
「はい……優しさだけでは、色々な立場に遠慮したり流されたりしてしまいそうで……頼りになる王の方がいいのかなと……」
そこまで言ってはたと気づいた。これって私も優しい殿下が頼りにならないと言ってるようなものでは?!
「そうだね、確かに臣下が付いていこうと思えない王は問題だ」
そう言うと殿下は私の顔を覗き込んできた。
「クリスティナは、強引な男は好き?」
「え?」
私?
「強引……なのはあまり……」
「ではどういうのが好き?」
「どういう……」
好きな男性の好み……それは正直、自分でも分からない。無難な言葉で言えば『好きになった人が好みのタイプ』なのだろうけれど、そもそも誰かに恋をしたことがないし、願望もあまりない。
でも強引なのはあまり好きではないし、小説みたいにドキドキするような恋というのもあまり……ああ、それよりも。
「一緒にいて、穏やかに過ごせる人がいいです」
「穏やかに?」
「はい」
のんびり暮らすならば、一緒にいてホッとできるような、穏やかな時間を共有できる人がいい。
「そう……良かった」
ぎゅ、と殿下が強く抱きしめてきた。
(良かった?)
「王として強く出なければならない時はそう振る舞うよ。でも、クリスティナにはそういうことはしたくないんだ。だって君は私の『ローズリリーの姫』だからね」
「え……?」
「この『ドラゴンと姫君』の絵本」
殿下は身体を離すと、書棚から一冊の本を抜き出した。
「このドラゴンのように、私もクリスティナを大切にしていこうと思っていたのに。つまらない思い込みと意地を張ったせいで、台無しにしてしまった」
栞が挟んであるページを開くと、殿下は私に本を手渡した。その開いたページには、月明かりに照らされながら姫君に花を手渡すドラゴンが描かれていた。
他国で出版されたのだろうか、それは私が知っている絵柄とは異なっていた。
「もう間違えないから。また君があのローズリリーの髪飾りをつけてくれるよう、頑張ることを誓うよ」
本を持つ私の手に、自分の手を重ねて殿下は言った。
「君のことを大切にする。……それから、ちゃんと私の気持ちを伝えていくよ」
「気持ち……」
「相手への愛情は言葉なり態度なり、形にしないと伝わらないと母上に言われたからね」
殿下の顔が不意に近づくと、こめかみに柔らかな感触が落ちた。
本を読み終えるとため息が出た。
恋愛小説は好きだし、前世でも漫画を読んだり恋愛ゲームをプレイしてドキドキしたりもしていた。
でも……自分のこととなると、何か違うような気がして。急に実感がなくなるのだ。
「お嬢様、馬車が到着いたしました」
「ええ」
メイドの声に私は立ち上がった。
新学期が始まり最初の休日。今日は王宮へ行くことになった。
昨日、帰り際に殿下から『明日は空いている?』と聞かれ、はいと答えたら『じゃあ王宮に来て欲しい』と言われたのだ。
返事をする間もなく『こちらから迎えを出すから』と言い残して殿下はすぐ行ってしまい……後でエディーに怒られてしまった。
王宮からの迎えの馬車に乗り込もうとすると、中には笑顔の先客がいた。
「……殿下」
「おはよう、クリスティナ」
「え、どうして……」
「今日は離宮へ行こうと思ってね」
「離宮ですか?」
「ああ」
殿下の向かいへ腰を下ろすと馬車は動き出した。
王家の離宮はいくつかあるが、王都から日帰りで行かれるのは少し前まで殿下が謹慎していた離宮だ。
「あの、どうして離宮へ?」
「クリスティナに私のことをよく知ってもらいたくてね」
「殿下のことを知る……?」
「私たちは何年も婚約していたのに一緒にいた時間は少なかったからね。互いのことを知ることが大事かなと思って」
「……はい……」
それは分かるけれど、どうして離宮なんだろう?
離宮は小高い丘の上にあった。
「ここから王都を一望できるんだ」
建物の屋上へと出る。殿下の言う通り見晴らしが良く、丘の下に広がる王都が見える。
「ここは元々、戦争の時に造られた砦だったんだ」
「そうなのですか。だから物々しい造りなんですね」
石を積み重ねた無骨で堅牢そうな外観は、宮殿と呼ぶには相応しくない雰囲気だと思ったけれど、砦ならば納得がいく。
「謹慎中、ここに登って王都を眺めては色々なことを思い出していた」
下界を見つめていた殿下はそう言って私へ向いた。
「反省や後悔、色々考えて……最後はいつも、クリスティナに会いたいって思ってたんだ」
「……そう、ですか」
ええと……こういう時は何て返せばいいんだろう。
「戻れればクリスティナに会えることを励みにしていたんだよ」
殿下の言葉に、顔に熱がこもるのを感じた。
建物の中に戻ると、殿下が留学中に集めたり取り寄せたものがあるという部屋に案内された。
昔は軍の司令室として、今は執務室として使われているという部屋の書棚には沢山の本が並べられている。床にはいくつもの箱が置かれ、大きな机の上にも平積みの本や標本のようなものが置かれていた。
「王宮の部屋には仕舞いきれなくてね。読み終わった本や使わないものをここに置いているんだ」
「え、これ全部読んだのですか?!」
私も本を読むのは好きだけれど、ここまで沢山は読めない。
「謹慎中は時間があったからね……。気になる本があれば貸してあげるよ」
「……見てもいいですか?」
私は書庫の前へ立つと並んだ背表紙を見渡した。
やはり植物関係の本が多いけれど、他にも色々なジャンルのものがある。
「この辺りは気象や地形の本ですか?」
「ああ。植物の生息地や育成条件を調べていくうちに集まったんだ」
「そうなんですね」
目に留まった『季節や時間における雲の形状』と書かれた本を手に取った。
本を開くと、鮮やかに着色された美しい空と雲の絵が何枚も収められている。前世でもこういう本があって、いつまででも眺めていられたのを思い出した。
「綺麗だよね、この本」
「は……い」
思いがけず、すぐ後ろから殿下の声が聞こえた。
「この国では見られない形の雲も載っているんだ」
肩に重みがかかると目の前に伸びてきた手がページをめくった。
(え……近すぎない?!)
背中と肩から殿下の体温が伝わってくる。
(……というか……これってまずいよね)
元婚約者ではあるけれど、今は違う。護衛や侍従、侍女といった人たちが多く同行しているけれど、馬車の中でも、今この部屋でも……そういえば二人きりだ。
「ほらこの雲。不思議な形だよね」
「はい……あ、あの。殿下」
「何?」
「……近すぎませんか」
「そうだね」
そう答えると……殿下は背後から私を抱きしめた。
(ひぇ?!)
「クリスティナ」
耳元で殿下の声が響く。
「こうすれば、私を男として意識してくれる?」
「……え?」
「アリス・リオットに言われたんだ、君は私のことを男として見ていないだろうって」
(え……?)
「私は『草食系男子』なのだそうだ。その言葉の意味はよく分からなかったが、いい人止まりで終わりそうだとか、結婚しても物足りなくなりそうだのつまらないだの。色々言われたよ」
(いや待って。あの人、本人にそんなこと言ってたの?!)
不敬罪になりそうなヒロインの暴言にこちらが青ざめてしまう。――まさか、修道院に送られたのってそれも理由なのでは……。
「そ……そんな酷いことを言われたのですか」
「母上にも言われた。女性は男に優しさだけでなく時には強引さも求めるが、私には優しさしかないと」
王妃様まで!
「その強引さは王にとっても必要だと。クリスティナもそう思う?」
「……強引、というか……意志の強さが王にとって必要だとは思います」
「意志の強さか」
「はい……優しさだけでは、色々な立場に遠慮したり流されたりしてしまいそうで……頼りになる王の方がいいのかなと……」
そこまで言ってはたと気づいた。これって私も優しい殿下が頼りにならないと言ってるようなものでは?!
「そうだね、確かに臣下が付いていこうと思えない王は問題だ」
そう言うと殿下は私の顔を覗き込んできた。
「クリスティナは、強引な男は好き?」
「え?」
私?
「強引……なのはあまり……」
「ではどういうのが好き?」
「どういう……」
好きな男性の好み……それは正直、自分でも分からない。無難な言葉で言えば『好きになった人が好みのタイプ』なのだろうけれど、そもそも誰かに恋をしたことがないし、願望もあまりない。
でも強引なのはあまり好きではないし、小説みたいにドキドキするような恋というのもあまり……ああ、それよりも。
「一緒にいて、穏やかに過ごせる人がいいです」
「穏やかに?」
「はい」
のんびり暮らすならば、一緒にいてホッとできるような、穏やかな時間を共有できる人がいい。
「そう……良かった」
ぎゅ、と殿下が強く抱きしめてきた。
(良かった?)
「王として強く出なければならない時はそう振る舞うよ。でも、クリスティナにはそういうことはしたくないんだ。だって君は私の『ローズリリーの姫』だからね」
「え……?」
「この『ドラゴンと姫君』の絵本」
殿下は身体を離すと、書棚から一冊の本を抜き出した。
「このドラゴンのように、私もクリスティナを大切にしていこうと思っていたのに。つまらない思い込みと意地を張ったせいで、台無しにしてしまった」
栞が挟んであるページを開くと、殿下は私に本を手渡した。その開いたページには、月明かりに照らされながら姫君に花を手渡すドラゴンが描かれていた。
他国で出版されたのだろうか、それは私が知っている絵柄とは異なっていた。
「もう間違えないから。また君があのローズリリーの髪飾りをつけてくれるよう、頑張ることを誓うよ」
本を持つ私の手に、自分の手を重ねて殿下は言った。
「君のことを大切にする。……それから、ちゃんと私の気持ちを伝えていくよ」
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