23 / 35
22 エイリーの街へ
しおりを挟む
「暑い中、ようこそお越しくださいました」
馬車を降りると、屋敷の管理人だという初老の男性が出迎えた。
「道中お疲れでございましょう。近くの温泉からお湯を運んでおります。まずは汗をお流しください」
温泉! 入れるの?!
「ああ」
頷くと殿下は私を見た。
「それじゃあクリスティナ、また夕食時に」
「はい」
「部屋はこちらでございます」
部屋に案内され、同行した王宮の侍女たちが入浴を手伝おうとするのを断り、私は一人バスルームへと入った。
お世話されるのが当たり前なのだろうけれど、せっかくの温泉なんだしお風呂は一人で入りたいの!
「はあーごくらくぅ」
ぬるめの温度の湯船に肩までつかると前世の言葉が出てしまう。夏の温泉もいいわよね!
夏季休暇に入り、私は殿下とフォスター領エイリーへやってきた。
私たちが泊まるのは領主家族用のお屋敷で、明後日には領主の息子であるラウルも合流する予定だ。
フォスター領は王都のある王家が所有する領地と隣接しており、この街へは馬車で一日半程度の距離で着く。道もほぼ整備されていたから楽だったが、それでもやはり夏の馬車旅は大変だ。
前世の日本の夏よりは暑くはないとはいえ、冷房などない世界。王族の乗る馬車は警備上の理由もあり窓も少ししか開いていなくて、結構蒸し暑かったのだ。
お風呂から上がると、待ち構えていた侍女たちによって身支度を整えられていく。
せっかくさっぱりしたのにまた化粧をさせられるのは嫌だけれど、ここは我が家ではないのだから仕方ない。これから殿下と夕食をともにしないとならないのだし。
夕食は疲れているだろうからと、胃に優しい、野菜を柔らかく煮込んだシチューが出された。デザートはよく冷えた柑橘類で、色々と気遣いが嬉しかった。
夕食後、屋敷の屋上へと向かった。
広々とした屋上の中央にはテーブルと椅子が置かれている。ここで星や花火を眺めることができるらしい。
花火はこの国では希少なものだが、研究都市であるこの街では最新の技術を使って開発した花火が見られるそうだ。
「クリスティナは、高いところは平気だよね」
「はい」
頷くと、殿下は手すりの方へと促した。
「暗くて見ずらいけれど街が見渡せるね」
「はい……綺麗ですね」
暗闇の中、道や窓に灯りがともるその景色は、まるで星灯りのようだった。
侍従が持っていた灯りを覆いで隠した。途端に周囲が暗くなる。
「――ああ、星がよく見えるね」
殿下の言葉に頭を上げると、一面の星空が広がっていた。
「わあ……」
夜空を見上げるなんていつぶりだろう。――もしかして、前世の家族でキャンプに行った時以来かも?
(星座とか分かればいいのに)
この世界でも星を結んで絵を描く星座はあるが、地域によってバラバラなので学園などで学ぶようなことはなく、私も有名な星の名前くらいしか知らない。
それでも、星座が分からなくても、煌めく星々を眺めるのは心が洗われるような心地になる。
夏とはいえ夜は涼しい。しばらく眺めているうちに少し肌寒くなってきたなと思うと不意に背後から温かなものに包まれた。
「寒くない?」
殿下は私の肩にショールをかけると……そのまま後ろから抱きしめられた。
(ひゃあ!)
「は、はい……」
周囲に侍従や護衛の人たちがいるのに……いや、二人きりでもまずいけど! こんな、星を見ながら後ろから抱きしめられるなんて……まるで、恋人同士みたいな……。
(恋人って!)
頭の中に浮かんだ言葉に、ぶわっと顔に熱が帯びるのを感じる。
「クリスティナ」
すぐ耳元で殿下の声が響く。息が耳にかかり、思わず肩がびくりと震えた。
「は、はい」
「綺麗だね」
星のことかと頭を上げると、殿下は私を見つめていた。
柔らかな色の、優しい瞳に宿る光が星のようだと思って見惚れていると、その光が大きくなって。
唇に柔らかなものが軽く触れた。
(……え)
「ごめんね、強引なのは好きじゃないんだよね。でも我慢できなかった」
そんな声が聞こえて……再び唇に、今度はしっかりと殿下のそれが重ねられた。
馬車を降りると、屋敷の管理人だという初老の男性が出迎えた。
「道中お疲れでございましょう。近くの温泉からお湯を運んでおります。まずは汗をお流しください」
温泉! 入れるの?!
「ああ」
頷くと殿下は私を見た。
「それじゃあクリスティナ、また夕食時に」
「はい」
「部屋はこちらでございます」
部屋に案内され、同行した王宮の侍女たちが入浴を手伝おうとするのを断り、私は一人バスルームへと入った。
お世話されるのが当たり前なのだろうけれど、せっかくの温泉なんだしお風呂は一人で入りたいの!
「はあーごくらくぅ」
ぬるめの温度の湯船に肩までつかると前世の言葉が出てしまう。夏の温泉もいいわよね!
夏季休暇に入り、私は殿下とフォスター領エイリーへやってきた。
私たちが泊まるのは領主家族用のお屋敷で、明後日には領主の息子であるラウルも合流する予定だ。
フォスター領は王都のある王家が所有する領地と隣接しており、この街へは馬車で一日半程度の距離で着く。道もほぼ整備されていたから楽だったが、それでもやはり夏の馬車旅は大変だ。
前世の日本の夏よりは暑くはないとはいえ、冷房などない世界。王族の乗る馬車は警備上の理由もあり窓も少ししか開いていなくて、結構蒸し暑かったのだ。
お風呂から上がると、待ち構えていた侍女たちによって身支度を整えられていく。
せっかくさっぱりしたのにまた化粧をさせられるのは嫌だけれど、ここは我が家ではないのだから仕方ない。これから殿下と夕食をともにしないとならないのだし。
夕食は疲れているだろうからと、胃に優しい、野菜を柔らかく煮込んだシチューが出された。デザートはよく冷えた柑橘類で、色々と気遣いが嬉しかった。
夕食後、屋敷の屋上へと向かった。
広々とした屋上の中央にはテーブルと椅子が置かれている。ここで星や花火を眺めることができるらしい。
花火はこの国では希少なものだが、研究都市であるこの街では最新の技術を使って開発した花火が見られるそうだ。
「クリスティナは、高いところは平気だよね」
「はい」
頷くと、殿下は手すりの方へと促した。
「暗くて見ずらいけれど街が見渡せるね」
「はい……綺麗ですね」
暗闇の中、道や窓に灯りがともるその景色は、まるで星灯りのようだった。
侍従が持っていた灯りを覆いで隠した。途端に周囲が暗くなる。
「――ああ、星がよく見えるね」
殿下の言葉に頭を上げると、一面の星空が広がっていた。
「わあ……」
夜空を見上げるなんていつぶりだろう。――もしかして、前世の家族でキャンプに行った時以来かも?
(星座とか分かればいいのに)
この世界でも星を結んで絵を描く星座はあるが、地域によってバラバラなので学園などで学ぶようなことはなく、私も有名な星の名前くらいしか知らない。
それでも、星座が分からなくても、煌めく星々を眺めるのは心が洗われるような心地になる。
夏とはいえ夜は涼しい。しばらく眺めているうちに少し肌寒くなってきたなと思うと不意に背後から温かなものに包まれた。
「寒くない?」
殿下は私の肩にショールをかけると……そのまま後ろから抱きしめられた。
(ひゃあ!)
「は、はい……」
周囲に侍従や護衛の人たちがいるのに……いや、二人きりでもまずいけど! こんな、星を見ながら後ろから抱きしめられるなんて……まるで、恋人同士みたいな……。
(恋人って!)
頭の中に浮かんだ言葉に、ぶわっと顔に熱が帯びるのを感じる。
「クリスティナ」
すぐ耳元で殿下の声が響く。息が耳にかかり、思わず肩がびくりと震えた。
「は、はい」
「綺麗だね」
星のことかと頭を上げると、殿下は私を見つめていた。
柔らかな色の、優しい瞳に宿る光が星のようだと思って見惚れていると、その光が大きくなって。
唇に柔らかなものが軽く触れた。
(……え)
「ごめんね、強引なのは好きじゃないんだよね。でも我慢できなかった」
そんな声が聞こえて……再び唇に、今度はしっかりと殿下のそれが重ねられた。
90
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームに転生した悪役令嬢、断罪を避けるために王太子殿下から逃げ続けるも、王太子殿下はヒロインに目もくれず悪役令嬢を追いかける。結局断罪さ
みゅー
恋愛
乙女ゲーム内に転生していると気づいた悪役令嬢のジョゼフィーヌ。このままではどうやっても自分が断罪されてしまう立場だと知る。
それと同時に、それまで追いかけ続けた王太子殿下に対する気持ちが急速に冷めるのを感じ、王太子殿下を避けることにしたが、なぜか逆に王太子殿下から迫られることに。
それは王太子殿下が、自分をスケープゴートにしようとしているからなのだと思ったジョゼフィーヌは、焦って王太子殿下から逃げ出すが……
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
【完結】どうか、婚約破棄と言われませんように
青波鳩子
恋愛
幼き日、自分を守ってくれた男の子に恋をしたエレイン。
父から『第二王子グレイアム殿下との婚約の打診を受けた』と聞き、初恋の相手がそのグレイアムだったエレインは、喜びと不安と二つの想いを抱えた。
グレイアム殿下には幼馴染の想い人がいる──エレインやグレイアムが通う学園でそんな噂が囁かれておりエレインの耳にも届いていたからだった。
そんな折、留学先から戻った兄から目の前で起きた『婚約破棄』の話を聞いたエレインは、未来の自分の姿ではないかと慄く。
それからエレインは『婚約破棄と言われないように』細心の注意を払って過ごす。
『グレイアム殿下は政略的に決められた婚約者である自分にやはり関心がなさそうだ』と思うエレイン。
定例の月に一度のグレイアムとのお茶会、いつも通り何事もなくやり過ごしたはずが……グレイアムのエレインへの態度に変化が起き、そこから二人の目指すものが逆転をみせていく。すれ違っていく二人の想いとグレイアムと幼馴染の関係性は……。
エレインとグレイアムのハッピーエンドです。
約42,000字の中編ですが、「中編」というカテゴリがないため短編としています。
別サイト「小説家になろう」でも公開を予定しています。
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─
江崎美彩
恋愛
侯爵家の令嬢エレナ・トワインは王太子殿下の婚約者……のはずなのに、正式に発表されないまま月日が過ぎている。
王太子殿下も通う王立学園に入学して数日たったある日、階段から転げ落ちたエレナは、オタク女子高生だった恵玲奈の記憶を思い出す。
『えっ? もしかしてわたし転生してる?』
でも肝心の転生先の作品もヒロインなのか悪役なのかモブなのかもわからない。エレナの記憶も恵玲奈の記憶も曖昧で、エレナの王太子殿下に対する一方的な恋心だけしか手がかりがない。
王太子殿下の発表されていない婚約者って、やっぱり悪役令嬢だから殿下の婚約者として正式に発表されてないの? このまま婚約者の座に固執して、断罪されたりしたらどうしよう!
『婚約者から妹としか思われてないと思い込んで悪役令嬢になる前に身をひこうとしている侯爵令嬢(転生者)』と『婚約者から兄としか思われていないと思い込んで自制している王太子様』の勘違いからすれ違いしたり、謀略に巻き込まれてすれ違いしたりする物語です。
長編ですが、一話一話はさっくり読めるように短めです。
『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています。
悪役令息の婚約者になりまして
どくりんご
恋愛
婚約者に出逢って一秒。
前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。
その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。
彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。
この思い、どうすれば良いの?
【完結】婚約破棄を3時間で撤回された足枷令嬢は、恋とお菓子を味わいます。
青波鳩子
恋愛
ヴェルーデ王国の第一王子アルフレッドと婚約していている公爵令嬢のアリシアは、お妃教育の最中にアルフレッドから婚約破棄を告げられた。
その僅か三時間後に失意のアリシアの元を訪れたアルフレッドから、婚約破棄は冗談だったと謝罪を受ける。
あの時のアルフレッドの目は冗談などではなかったと思いながら、アリシアは婚約破棄を撤回したいアルフレッドにとりあえず流されておくことにした。
一方のアルフレッドは、誰にも何にも特に興味がなく王に決められた婚約者という存在を自分の足枷と思っていた。
婚約破棄をして自由を得たと思った直後に父である王からの命を受け、婚約破棄を撤回する必要に迫られる。
婚約破棄の撤回からの公爵令嬢アリシアと第一王子アルフレッドの不器用な恋。
アリシアとアルフレッドのハッピーエンドです。
「小説家になろう」でも連載中です。
修正が入っている箇所もあります。
タグはこの先ふえる場合があります。
【完結】お荷物王女は婚約解消を願う
miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。
それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。
アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。
今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。
だが、彼女はある日聞いてしまう。
「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。
───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。
それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。
そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。
※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。
※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる