51 / 62
第6章 お披露目
04
しおりを挟む
ホールに満ちていた騒めきがどよめきへと変わった。
館の主人、正装に身を包んだノワール公爵と夫人が並んで入ってくる。
人々の視線はその背後、嫡男のフェールにエスコートされる女性に集まっていた。
お披露目には白いドレスを着用する事が習わしとなっている。
その習慣通り、純白のドレスの長い裾にはよく見ると白い糸で花柄の刺繍が施され、真珠が散りばめられている。
大きく開いた背中にまでかかる、結い上げられた黒髪に結ばれた白いリボンには、紫色の唐草模様が刺繍されていた。
アクセサリーはシンプルだったが、見た事がないほど大粒の真珠が胸元と耳を飾っており、手の込んだドレスと共に公爵家の力を誇示している。
だが何より人々の目を引いたのは彼女の容姿だった。
この国では黒髪はノワール公爵家にしかおらず、しかも女性は彼女が初めてだという。
濡れたように輝く黒髪と、同じ色の長い睫毛の下に覗く青灰色の瞳は宝石のような輝きを持ち、きめ細やかな乳白色の肌は彼女を飾る真珠よりも艶やかで。
紅を引いた形の良い唇は微笑を浮かべている。
兄や父に似た端正な面立ちは華やかというよりも控えめだったが、内側から滲み出る美しさが彼女を覆っているようだった。
「まあ…綺麗…」
「なんと美しい…」
「さすがノワール家の秘宝だな」
「まるで女神…夜に輝く月の女神のようだ…」
ため息とともに聞こえて来るロゼへの称賛の中に『月の女神』という言葉が聞こえ、ホールの隅で見守っていたルーチェは思わず声のした方を見た。
会話をしていた一団の表情を見るに、彼らは素直にロゼを称賛しているようだった。
確かにロゼは太陽よりも月が似合う。
今日のために磨き上げたその姿は女神のように美しい。
だが、賛辞なのだけれどどうしても…月の女神という言葉は不幸なあの人と重なってしまい、素直に喜べない。
(セレネも…最初はこんな風に称賛されていたのかしら…)
魔女と呼ばれ恐れられる前は、彼女も女神と謳われていたのだ。
ルーチェが五百年前の事に思いを馳せていると、公爵一家は舞台のように一段高くなった場所の中央へ立った。
「今宵は多くの方々にお集まりいただき、感謝する」
公爵のよく通る声がホールに響く。
「娘は長く領地で療養していたが、ようやく公の場に出られるまで回復したため今宵の場を用意させて頂いた。———ロゼ」
公爵の言葉にロゼは一歩前へと出ると完璧な姿勢でカーテシーを披露した。
「ロゼ・ノワールと申します。未熟ではございますがお見知りおきをお願いいたします」
「声まで美しい…」
「とても病気だったとは思えないほど綺麗だわ…」
ざわめくその様子や言葉からはロゼへの好意しか感じられない。
———良かった。
この世界に戻って半年で身につけたとは思えない、公爵令嬢として文句ないロゼの所作にルーチェはほっと胸を撫で下ろした。
「…さて、娘の本復は喜ばしいが…」
公爵は大袈裟にため息をついた。
「早速目をつけ、あっという間に娘の心を奪った者がいる」
公爵が視線を送った先から現れた、白い騎士の正装に身を包んだヴァイスがロゼの隣へ立った。
天青石のブローチで留めたスカーフには、青と灰色の糸でロゼのリボンと同じ模様の刺繍が施されている。
どちらもロゼが自分で刺繍したものだ。
「我が国軍は情報収集と行動力に優れているのは周知だが…まさかそれで我が娘を取られるとは思いもよらなかった」
やや芝居がかった公爵の口調と嘆きに会場からどっと笑いが起きた。
宰相家の娘と将軍家の子息の噂は既に社交界中に知れ渡っていた。
お披露目の前に婚約者がいる事は珍しくないが、ロゼの場合はその存在を知られる事なく領地に籠り続けていた事になっているのだ。
そのロゼと、女嫌い、社交嫌いで有名な第二騎士団長がどういう経緯で出会ったのか。
それは社交界の恰好の話題であったし、下衆な噂もあるとの話だった。
「国防は次代も安泰だろうが、親として子の未来は不安が多い。どうか娘ロゼと婚約者のヴァイス・アルジェント、二人を温かく見守り支えてやってほしい」
わあっと歓声と拍手が上がり、温かな祝福の空気が会場内を満たした。
館の主人、正装に身を包んだノワール公爵と夫人が並んで入ってくる。
人々の視線はその背後、嫡男のフェールにエスコートされる女性に集まっていた。
お披露目には白いドレスを着用する事が習わしとなっている。
その習慣通り、純白のドレスの長い裾にはよく見ると白い糸で花柄の刺繍が施され、真珠が散りばめられている。
大きく開いた背中にまでかかる、結い上げられた黒髪に結ばれた白いリボンには、紫色の唐草模様が刺繍されていた。
アクセサリーはシンプルだったが、見た事がないほど大粒の真珠が胸元と耳を飾っており、手の込んだドレスと共に公爵家の力を誇示している。
だが何より人々の目を引いたのは彼女の容姿だった。
この国では黒髪はノワール公爵家にしかおらず、しかも女性は彼女が初めてだという。
濡れたように輝く黒髪と、同じ色の長い睫毛の下に覗く青灰色の瞳は宝石のような輝きを持ち、きめ細やかな乳白色の肌は彼女を飾る真珠よりも艶やかで。
紅を引いた形の良い唇は微笑を浮かべている。
兄や父に似た端正な面立ちは華やかというよりも控えめだったが、内側から滲み出る美しさが彼女を覆っているようだった。
「まあ…綺麗…」
「なんと美しい…」
「さすがノワール家の秘宝だな」
「まるで女神…夜に輝く月の女神のようだ…」
ため息とともに聞こえて来るロゼへの称賛の中に『月の女神』という言葉が聞こえ、ホールの隅で見守っていたルーチェは思わず声のした方を見た。
会話をしていた一団の表情を見るに、彼らは素直にロゼを称賛しているようだった。
確かにロゼは太陽よりも月が似合う。
今日のために磨き上げたその姿は女神のように美しい。
だが、賛辞なのだけれどどうしても…月の女神という言葉は不幸なあの人と重なってしまい、素直に喜べない。
(セレネも…最初はこんな風に称賛されていたのかしら…)
魔女と呼ばれ恐れられる前は、彼女も女神と謳われていたのだ。
ルーチェが五百年前の事に思いを馳せていると、公爵一家は舞台のように一段高くなった場所の中央へ立った。
「今宵は多くの方々にお集まりいただき、感謝する」
公爵のよく通る声がホールに響く。
「娘は長く領地で療養していたが、ようやく公の場に出られるまで回復したため今宵の場を用意させて頂いた。———ロゼ」
公爵の言葉にロゼは一歩前へと出ると完璧な姿勢でカーテシーを披露した。
「ロゼ・ノワールと申します。未熟ではございますがお見知りおきをお願いいたします」
「声まで美しい…」
「とても病気だったとは思えないほど綺麗だわ…」
ざわめくその様子や言葉からはロゼへの好意しか感じられない。
———良かった。
この世界に戻って半年で身につけたとは思えない、公爵令嬢として文句ないロゼの所作にルーチェはほっと胸を撫で下ろした。
「…さて、娘の本復は喜ばしいが…」
公爵は大袈裟にため息をついた。
「早速目をつけ、あっという間に娘の心を奪った者がいる」
公爵が視線を送った先から現れた、白い騎士の正装に身を包んだヴァイスがロゼの隣へ立った。
天青石のブローチで留めたスカーフには、青と灰色の糸でロゼのリボンと同じ模様の刺繍が施されている。
どちらもロゼが自分で刺繍したものだ。
「我が国軍は情報収集と行動力に優れているのは周知だが…まさかそれで我が娘を取られるとは思いもよらなかった」
やや芝居がかった公爵の口調と嘆きに会場からどっと笑いが起きた。
宰相家の娘と将軍家の子息の噂は既に社交界中に知れ渡っていた。
お披露目の前に婚約者がいる事は珍しくないが、ロゼの場合はその存在を知られる事なく領地に籠り続けていた事になっているのだ。
そのロゼと、女嫌い、社交嫌いで有名な第二騎士団長がどういう経緯で出会ったのか。
それは社交界の恰好の話題であったし、下衆な噂もあるとの話だった。
「国防は次代も安泰だろうが、親として子の未来は不安が多い。どうか娘ロゼと婚約者のヴァイス・アルジェント、二人を温かく見守り支えてやってほしい」
わあっと歓声と拍手が上がり、温かな祝福の空気が会場内を満たした。
85
あなたにおすすめの小説
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
ヒロインに躱されて落ちていく途中で悪役令嬢に転生したのを思い出しました。時遅く断罪・追放されて、冒険者になろうとしたら護衛騎士に馬鹿にされ
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
第二回ドリコムメディア大賞一次選考通過作品。
ドジな公爵令嬢キャサリンは憎き聖女を王宮の大階段から突き落とそうとして、躱されて、死のダイブをしてしまった。そして、その瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。
そして、黒服の神様にこの異世界小説の世界の中に悪役令嬢として転移させられたことを思い出したのだ。でも、こんな時に思いしてもどうするのよ! しかし、キャサリンは何とか、チートスキルを見つけ出して命だけはなんとか助かるのだ。しかし、それから断罪が始まってはかない抵抗をするも隣国に追放させられてしまう。
「でも、良いわ。私はこのチートスキルで隣国で冒険者として生きて行くのよ」そのキャサリンを白い目で見る護衛騎士との冒険者生活が今始まる。
冒険者がどんなものか全く知らない公爵令嬢とそれに仕方なしに付き合わされる最強騎士の恋愛物語になるはずです。でも、その騎士も訳アリで…。ハッピーエンドはお約束。毎日更新目指して頑張ります。
皆様のお陰でHOTランキング第4位になりました。有難うございます。
小説家になろう、カクヨムでも連載中です。
【完結】『運命』を『気のせい』と答えたら、婚姻となりまして
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
ヴォレッカ・サミレットは、領地の危機をどうにかするために、三年ぶりに社交界へと婚姻相手を探しにやってきた。
第一にお金、次に人柄、後妻ではなく、できれば清潔感のある人と出会いたい。 そう思っていたのだが──。
「これは、運命だろうか……」 誰もが振り返るほどの美丈夫に、囁かれるという事態に。
「気のせいですね」 自身が平凡だと自覚があり、からかって遊ばれていると思って、そう答えたヴォレッカ。
だが、これがすべての始まりであった。 超絶平凡令嬢と、女性が苦手な美丈夫の織りなす、どこかかみ合わない婚姻ラブストーリー。
全43話+番外編です。
この度、変態騎士の妻になりました
cyaru
恋愛
結婚間近の婚約者に大通りのカフェ婚約を破棄されてしまったエトランゼ。
そんな彼女の前に跪いて愛を乞うたのは王太子が【ド変態騎士】と呼ぶ国一番の騎士だった。
※話の都合上、少々いえ、かなり変態を感じさせる描写があります。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。
まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。
理由は、お家騒動のための避難措置である。
八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。
★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。
☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。
☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。
☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる