異世界育ちの侯爵令嬢と呪いをかけられた完璧王子

冬野月子

文字の大きさ
2 / 43
第1章

02

しおりを挟む
「お帰りなさいませ」
 リリヤとマティアスが馬車から降りると、居並んだ使用人たちが二人を出迎えた。

「旦那様も先程お戻りになられて、一緒に昼食をとのことです」
「……そう」
 侍女たちに囲まれながら部屋に入ると着替えをさせられる。

(家でもドレスを着なければならないのは窮屈だなあ)
 制服は、日本にいた時よりもずっと上品なお嬢様らしいデザインだけれど締め付けのないワンピースで、まだ見慣れたものだ。
 けれど学園にいる時以外は家の中であっても、常にドレスを着なければならないという。

 身体に合わせたドレスはスタイルを良く見せるため、リボンや時にはコルセットで腰を締め付ける。
 姿勢良く過ごさないとならないから一日が終わるころにはぐったりとしてしまう。
 さらに、時間や場所によって着用するドレスには細かな決まりがある。
 そのあたりは侍女達が選ぶため、リリヤはただ与えられたものを着るだけでいいのがまだ救いだ。

(着替えを人にしてもらうのは慣れないけど……)
 養護施設では高校を卒業したら自立しないとならなかったため、自分のことは自分でできるよう指導されていた。
 幼い子供は年上のリリヤたちが面倒を見ることも多い。
 だから着替えや食事、入浴までも侍女の補助があるこの生活にはなかなか慣れない。


 着替え終え、途中でマティアスと合流して食堂に向かうと両親は既に着席していた。
 テーブルにはスープやサラダ、フルーツ、パンなどが次々と運ばれてくる。

 食事はいつも種類、量共に大量で、その中から好きなものだけ食べればいいという。
 余ったものは後で使用人たちに下げ渡されるというが、いつも食事は残さず大切に頂くようにと教わってきたリリヤには、テーブルの上にある料理の多くが手をつけられないままということにどうしても抵抗がある。
(慣れることができるのかな……)
 正直慣れたくはないと思いながら、リリヤは果実水の入ったグラスを手に取った。

「学園には馴染めそうか?」
 食事が始まると父親のアウッティ侯爵は子供たちに尋ねた。
「今日はカリキュラムの説明と魔力検査だけだったので、まだ分かりませんよ」
 マティアスが苦笑して答えた。
「そうか。それで魔力検査の結果はどうだった」

「僕は、人を癒す力に長けていると言われました。いい治癒師になれるだろうと」
「ほう。私の父も治癒師として領民のために尽くしていた。お前は祖父に似たのだな」
 侯爵は目を細めるとリリヤへ視線を送った。
「リリヤはどうだった」

「私、は……」
 リリヤは手にしていたナイフとフォークを置くと父親に向いた。
「三ヶ月前よりも魔力が増えていました」

「どういう意味だ」
「ルスコ教授が言うには、魔力の存在しない向こうの世界で、身体の中で封印されていた魔力が、こちらの世界に戻り解放されたのだろうと」

 放課後、リリヤとマティアスは改めて教授室に呼ばれると説明を受けた。
 リリヤが呪いで「異世界」に飛ばされたというのは世間に混乱を招くとして極一部の者にしか伝えられていないから、他の生徒たちの前では説明できなかったのだ。
 表向き、リリヤは隣国の小さな田舎町にいたとされている。

「三ヶ月前に鑑定した時は、まだ封印が解けきっていなかったので魔力の量は少なかったのだろうと言っていました」
 まだ分からないことが多いと前置きして教授はそう説明した。
「少なかった? あの時の時点でかなり強い魔力を持っていると言われたはずだが」
「はい……私の魔力量は、おそらく国内でも一、二を争うほどだろうと」

「――そうか」
 侯爵は深くため息をついた。
「父上? 何か不都合でも?」
 マティアスが眉をひそめた。

「実は今日、陛下に呼ばれて王宮へ行ってきたのだ」
 侯爵は家族を見渡した。
「そこで、リリヤを王太子殿下の婚約者候補にしたいと申し出があった」

「え」
 リリヤは目を丸くした。
(王太子って……未来の国王ってことだよね)
 その婚約者ということは、つまり未来の王妃だ。
(そんなものに私がなるの!?)

「まあ、どうしてですの? リリヤはまだここの生活にも慣れていないし、マナーも覚束ないのですよ」
 リリヤが内心悲鳴を上げていると、母親が顔を曇らせた。
「しかも王太子殿下は呪いのせいで、片目の視力と魔力を失ったというではないですか。いくら何でもそのような方に……」

「リリヤに呪いをかけたのはキースキネン侯爵、そして王太子に呪いをかけたのはキースキネン侯爵の娘。どちらも娘を王太子の婚約者にしようと画策したためだ」
「……どうしてそれで姉上が呪いをかけられたんです?」
 侯爵の言葉にマティアスが首を傾げた。

「お前たちが生まれた時、リリヤは王太子殿下の婚約者になる可能性が高いという噂が流れたのだ」
 妃には、まず侯爵家以上の家から候補者を選定される。
 魔力持ちであることも必須で、量が多ければ多いほど良い。

 リリヤは王太子の一つ下と年齢も近く、また双子は生まれた時から魔力を持っていることが分かった。
 魔力を持つ者は限られている。
 また持つ者でも大抵は成長するにつれ魔力に覚醒し、身体に魔力を蓄えていく。
 生まれつき魔力持ちということは、その量が多いことを示す。
 だからリリヤが妃候補と思われるのは当然のことだった。

「キースキネン侯爵には王太子殿下と同年の娘がいる。家柄は我が家と同等で、その娘も生まれつき魔力を持っていたから婚約者候補の一人だった」
 キースキネン侯爵は、娘を妃にするのに邪魔となるリリヤに呪いをかけて排除しようとした。
 その娘もまた、王太子殿下に魅了の呪いをかけようとして失敗し、リリヤへの呪いも発覚した。

 呪いはとても難しい魔術だ。
 特に対象が魔力持ちの場合、どんな作用が起きるか分からない。
 結果リリヤは異世界に飛ばされ、王太子は魅了にはかからなかったものの、左目の視力と魔力を失ってしまった。

「呪いは禁じられているが行う者は後を断たない。この二つの件は教会の魔術師が関わっている。教会は王家と対立していて、王家としてはこの機会に教会及び教会派貴族の力を削ぎたい意向だ。そこでこの婚約話だ」
 侯爵はリリヤを見た。

「リリヤが妃となることで、呪いをかけた教会派を牽制したいのだそうだ」
 それに魔力を失った王太子の相手には、魔力量の多い者が必要だ。
 召喚された時に行った魔力検査の結果は王家にも報告されている。

「あの時よりもさらに魔力量が増えたとなると……よりリリヤが婚約者になる可能性が高くなるな」
 侯爵は息を吐いた。


(なるほど、政治的な理由なのね)
 難しいことは分からないけれど、色々と事情があるのだろう。
「……王太子殿下って、どういう人なの?」
 ふと気になって、リリヤはそっと隣に座るマティアスに尋ねた。

「よくは知らないけど、完璧王子って呼ばれているよ」
「完璧王子?」
「頭も良く剣の腕も立ち隙がなく、自分にも他人にも厳しくて怖い人だって」
「そうなんだ……」

「リリヤ」
 小声で会話をしていると、侯爵の声が聞こえた。
「国王の命令ならば逆らえないが、事情が特殊すぎるからな。打診という形で決定権は一応こちらにある。お前はどうしたい」

「――貴族の娘は親が決めた相手と結婚するのだと教わりました」
 少し考えてリリヤは口を開いた。
 マナーや学問を習っている家庭教師がそう言っていた。
 それがこの世界での決まりならば、逆らう気はない。

「なので私も、そうしろと命じられれば誰とでも結婚します」
 父親を見つめてリリヤは答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~

古堂 素央
恋愛
【完結】 「なんでわたしを突き落とさないのよ」  学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。  階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。  しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。  ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?  悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!  黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?

孤独なもふもふ姫、溺愛される。

遊虎りん
恋愛
☆☆7月26日完結しました! ここは、人間と半獣が住んでいる星。いくつかある城の1つの半獣の王と王妃の間に生まれた姫は、半獣ではない。顔が『人』ではなく『獣』の顔をした獣人の姿である。半獣の王は姫を城から離れた塔に隠した。孤独な姫ははたして、幸せになれるのだろうか。。。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

異世界で温泉はじめました 〜聖女召喚に巻き込まれたので作ってみたら魔物に大人気です!〜

冬野月子
恋愛
アルバイトの帰り道。ヒナノは魔王を倒す聖女だという後輩リンの召喚に巻き込まれた。 帰る術がないため仕方なく異世界で暮らし始めたヒナノは食事係として魔物討伐に同行することになる。そこで魔物の襲撃に遭い崖から落ち大怪我を負うが、自分が魔法を使えることを知った。 山の中を彷徨ううちに源泉を見つけたヒナノは魔法を駆使して大好きな温泉を作る。その温泉は魔法の効果か、魔物の傷も治せるのだ。 助けたことがきっかけで出会った半魔の青年エーリックと暮らしながら、魔物たちを癒す平穏な日々を過ごしていたある日、温泉に勇者たちが現れた。 ※小説家になろう、カクヨムでも連載しています

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

拝啓、聖騎士様。もうすぐ貴方を忘れるから離縁しましょう~履いてない!?聖女逃亡手記~

花虎
恋愛
セカンドライフを満喫したい聖女で記憶喪失妻リナリア(21)×両想いだと思い込んでいた聖騎士で激重溺愛夫フィグルド(24)のすれ違い追いかけっこラブコメ ここは信仰と魔法の世界フォルティアーナ。 リナリア…本名、兎本 莉奈(うもと りな)は女神によって日本から異世界へ召喚された聖女だ。 彼女は聖女として2年間、5人の聖騎士と浄化の旅をしていた。 舞台はリナリアが聖女として世界を救った後のお話。 彼女はやっと役目から解放されてセカンドライフを満喫できると喜んでいた。だがそれもつかの間、見知らぬ美形の男に突然肩をつかまれた。彼は言う「俺は、君の夫だ」と。 聖女時代、凶事を覆すために女神から授かった能力を行使していたリナリア。 その能力とは、凶事が訪れる対象と交わることで「無かったこと」にできる理を超えた力。 代償に、聖女は一部の記憶を失うと定められていた。 誰かと結婚した記憶などないリナリアに、自称夫である聖騎士フィグルドは、「君の記憶を取り戻させてくれ」と迫ったのだった。 ※ムーンライトノベルズにも掲載作品となります。

処理中です...