異世界育ちの侯爵令嬢と呪いをかけられた完璧王子

冬野月子

文字の大きさ
41 / 43
第3章

13

しおりを挟む
「もうあんなに積もっているんですね」
 リリヤは馬車の窓から前方に望む山々を見た。

 夏にこの道を通った時は、山は青く麦畑は黄金色だった。
 けれど今は白い山々を背に、秋に植えた小麦が緑色の絨毯のように広がっている。

「雪が降ると言っていたが、大丈夫そうだな」
 空を見上げてラウリが言った。
 雲に覆われているが、まだ空は明るいから離宮に着くまでは持つだろう。

「はい。もし降っても精霊たちが馬車を守ってくれると言っていましたし」
 リリヤは視線を膝に乗せた小さな箱へ落とした。
 箱の中には、大聖堂から回収した泉の精の石が入っている。
 これを返しに泉へ行くと言ったら、精霊たちもついてくると言ったのだ。
 馬車の周囲を何体かの精霊が飛んでいるのをリリヤは感じていた。

 誘拐された時、リリヤは助けに来た土の妖精にミサンガを託した。
 大勢の人がいる中でラウリたちを探すのは難しいだろうと思っていたが、ラウリにはかすかにリリヤの魔力が残っていて、それで見つけることができたという。
 ラウリの呪いを少しでも癒そうと、感謝祭の間もリリヤが魔力を注いでいたからだ。

 精霊はミサンガをラウリの目の前に落とした。
 それを見てラウリはすぐにリリヤのものだと気づいた。
『あの紐にはリリヤの魔力が入っていたの。だから紐の中に入って誘導できたのよ』
 土の精はそう言った。
 おそらくリリヤが編んだものだから知らずにリリヤの魔力が込められたのだろう。
(精霊たちには助けられた……だから今度は、私が)

「無事石を返してもらえて良かったです」
 リリヤは箱を撫でた。
「未来の王太子妃誘拐の制裁として軽すぎるくらいだがな」
 リリヤを見つめながらラウリは言った。

 感謝祭での、二人の司祭によるリリヤ誘拐は秘匿に処理されることになった。
 公にしてしまうと、リリヤが神子であることも公になってしまうからだ。

 また教会としても司祭が貴族令嬢、しかも王太子の婚約者候補を誘拐したなどと知られるのは非常にまずいという事情もある。
 ラウリは二人の司祭及び彼らの配下の者たちの身柄、そして井戸に沈んでいる精霊の石を要求した。

 石は二十年前、国王の離宮行きに同行した司祭の一人が持ち帰ったのだという。
 たまたま見つけた魔力を帯びた石が、水気を含んでいることに気付いた司祭は、その時既に枯れていた井戸に効果があるのではと思い立ち、こっそり持ち帰ったのだ。

「井戸の中に泉の石があったことは、持ち帰った司祭と当時の大司祭以外は知らないのですか?」
「教会はそう言っている。当時の司祭はほぼ残っていないから真偽は不明だがな」
 十五年前の内部抗争で大司祭派は排除されたため、当時を知る者はほとんどいない。
 井戸の中から石を回収した時に、石が包まれた布の中に経緯を刻んだ石板が一緒に入っていたため分かったのだ。

 今回リリヤを誘拐した司祭モンテールは、数少ない当時を知る一人だ。
 彼は大司祭に仕えていたが、二十年前はまだ神官だったため教会に残ることができた。
 リリヤを神子として担ぎ、かつての大司祭派の復興を願っていたという。

 もう一人のドルクは、司祭よりも研究の仕事が中心だという。
 彼はキースキネン侯爵令嬢によるラウリへの呪いにも関与した可能性があると王宮では考えていて、今も厳しい取り調べが続いているが口が固く難航しているそうだ。

「石がなくなって、井戸はどうなったのですか」
「今のところは枯れていないようだが今後は分からない。教会が考えることだが決して精霊や君の力に頼ることのないよう釘は刺しておいた」
 ラウリはため息をついた。
「今の大司祭がまともに対処することを祈るよ」
「そうですね。――とりあえず今は、この石を無事に泉に戻して殿下の呪いを解くことが大事ですね」

「殿下?」
 ラウリは眉をひそめた。
「名前で呼ぶと言っただろう」
「……ええと、それは」
「ほら、呼んでみろ」
「――ラウリ様」
 リリヤが少し顔を赤らめて名前を呼ぶと、ラウリは嬉しそうに頬をゆるめた。

 誘拐された時、助けにきたラウリに思わず名前を呼んだ。
 どうもラウリはそれが気に入ったらしく、以来自分のことを名前で呼ぶよう要求するのだ。
 ヘンリクは「ご両親以外に名前で呼ばれることはないので嬉しいのでしょう」と言っていた。

(確かに……王太子を名前で呼ぶのは家族くらいだよね)
 家族、という言葉にリリヤの胸がドクンと高鳴る。
(……ラウリ様と、家族になるんだよね)
 血縁などいないと思っていた自分が、この世界に戻り血の繋がった家族と再会して。
 数年後には、また別の形の家族ができる。

(日本にいた時は想像もつかなかったな)
 自分の身に起きたことを、改めて不思議に思いながらリリヤは近づいてきた山々を眺めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

夏の眼差し

通木遼平
恋愛
 伯爵令嬢であるティナの婚約者とティナの妹が恋仲になり、ティナは婚約を解消することになる。婚約者に対して特に思い入れはなかったが、姉妹の婚約のすげ替えについての噂と勝手なことばかり言う妹に気疲れしたティナは、昔から彼女を気にかけてくれていたイライザ夫人の紹介で夫人の孫娘リネットの話し相手として雇われることになった。  家から離れ、リネット共に穏やかな日々を過ごすティナは、リネットの従兄であるセオドアと出会う。 ※他サイトにも掲載しています

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~

古堂 素央
恋愛
【完結】 「なんでわたしを突き落とさないのよ」  学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。  階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。  しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。  ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?  悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!  黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お飾り王妃のはずなのに、黒い魔法を使ったら溺愛されてます

りんりん
恋愛
特産物のないポプリ国で、唯一有名なのは魔法だ。  初代女王は、歴史に名を残すほどの魔法使い。 それから数千年、高い魔力を引き継いだ女王の子孫達がこの国をおさめてきた。 時はアンバー女王の時代。 アンバー女王の夫シュリ王婿は、他国の第八王子であった。 どこか影の薄い王婿は、三女ローズウッドを不義の子ではと疑っている。 なぜなら、ローズウッドだけが 自分と同じ金髪碧眼でなかったからだ。 ローズウッドの薄いピンク色の髪と瞳は宰相ククスにそっくりなのも、気にいらない。 アンバー女王の子供は四人で、すべて女の子だった。 なかでもローズウッドは、女王の悩みの種だ。 ローズウッドは、現在14才。 誰に似たのか、呑気で魔力も乏しい。 ある日ストーン国のレオ王から、ローズウッド王女を妻にしたいとうい申し出が届いた。 ポプリ国は、ストーン国から魔法石の原料になる石を輸入している。 その石はストーン国からしか採れない。 そんな関係にある国の申し出を、断ることはできなかった。 しかし、レオ王に愛人がいるという噂を気にしたアンバー女王は悩む。 しかし、ローズウッド王女は嫁ぐことにする。 そして。 異国で使い魔のブーニャンや、チューちゃんと暮らしているうちに、ローズウッドはレオ王にひかれていってしまう。 ある日、偶然ローズウッドは、レオ王に呪いがかけられていることを知る。 ローズウッドは、王にかけられた呪いをとこうと行動をおこすのだった。  

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。

ふわふわ
恋愛
過労死したオタク女子SE・桜井美咲は、アストラル王国の公爵令嬢エリアナとして転生。 前世知識フル装備でEDTA(重金属解毒)、ペニシリン、輸血、輪作・土壌改良、下水道整備、時計や文字の改良まで――「ラノベで読んだ」「ゲームで見た」を現実にして、疫病と貧困にあえぐ世界を丸ごとアップデートしていく。 婚約破棄→ザマァから始まり、医学革命・農業革命・衛生革命で「狂気のお嬢様」呼ばわりから一転“聖女様”に。 国家間の緊張が高まる中、平和のために隣国アリディアの第一王子レオナルド(5歳→6歳)と政略婚約→結婚へ。 無邪気で健気な“甘えん坊王子”に日々萌え悶えつつも、彼の未来の王としての成長を支え合う「清らかで温かい夫婦日常」と「社会を良くする小さな革命」を描く、爽快×癒しの異世界恋愛ザマァ物語。

処理中です...