21 / 27
必要なときの力
しおりを挟む
■ 工房街への道
――前を歩かせ、前に立つ
工房街へ向かう朝、
あなたは少し早足でした。
若さというのは、
目的地が見えると、自然と歩調が上がるものです。
「……そんなに急がなくても」
私がそう言うと、
あなたは振り返り、少し照れたように笑いました。
「つい。
音が聞こえてきたので」
確かに、
金属を打つ音、
蒸気の吐き出される低い唸り。
工房街特有の、活気のある騒音です。
私は、約束どおり、
あなたの半歩後ろを歩いていました。
視線は、自然と周囲へ。
習慣のようなものです。
⸻
路地に差しかかったときでした。
進行方向から、
若いオークが二人。
まだ肩の張りきっていない、
しかし力を誇示したがる年頃。
一人が、あなたを見て、口角を上げました。
「……なんだ?
ペットか、それとも玩具か?」
声は大きく、
周囲に聞かせるためのもの。
あなたの歩みが、
ほんの一瞬、鈍る。
私は――
考える前に、前へ出ていました。
あなたの前に、
一歩。
背中で、完全に視界を遮る位置。
体格差は、
言葉よりも雄弁です。
若オークの視線が、
私の胸当て、肩幅、
そして赤い瞳へと移る。
「……あ」
若オークの声が、詰まったのを見下ろす。
私は、声を荒げません。
低く、穏やかに言います。
「この方は、
私の伴侶です」
それだけ。
だが、
空気が変わる。
「興味本位で声をかける相手ではない。
分かりますね?」
最後は、確認。
命令ではない。
若オークたちは、
一瞬、虚勢を張ろうとしましたが――
私が、ほんの少しだけ、重心を落としたのを見て、
理解したようでした。
「……失礼しました」
視線を逸らし、
道を空ける。
私は、追わない。
睨まない。
ただ、
そこに立っている。
それだけで、十分だった。
⸻
あなたが、小さく息を吐くのが、
背中越しに分かりました。
「……ありがとうございます」
私は、振り返らずに答えます。
「当然のことです」
それから、
少しだけ声を落として付け加えました。
「……怖かったですか」
あなたは、少し間を置いてから言いました。
「正直に言うと、
ちょっと」
私は、頷く。
「それでいい」
再び歩き出すとき、
今度は――
あなたの隣を歩く。
あなたの歩幅に合わせつつ、
自然に、影を落とす位置。
⸻
工房街の入り口で、
あなたがぽつりと言いました。
「ガスパールって、
すごく穏やかなのに……」
私は、首を傾げます。
「……のに?」
あなたは、少し困ったように笑いました。
「ちゃんと、
オークなんですね」
その言い方が、
あまりにも可笑しくて。
私は、思わず低く笑いました。
「ええ。
必要なときだけ、ですが」
あなたは、
私の袖の端を、きゅっと掴む。
小さな手。
だが、もう、震えていない。
「……前に立ってくれて、
安心しました」
私は、静かに答えました。
「それが、
私の役目ですから」
そして、心の中で付け足します。
守るだけではない。
あなたと、一緒に歩くために。
――前を歩かせ、前に立つ
工房街へ向かう朝、
あなたは少し早足でした。
若さというのは、
目的地が見えると、自然と歩調が上がるものです。
「……そんなに急がなくても」
私がそう言うと、
あなたは振り返り、少し照れたように笑いました。
「つい。
音が聞こえてきたので」
確かに、
金属を打つ音、
蒸気の吐き出される低い唸り。
工房街特有の、活気のある騒音です。
私は、約束どおり、
あなたの半歩後ろを歩いていました。
視線は、自然と周囲へ。
習慣のようなものです。
⸻
路地に差しかかったときでした。
進行方向から、
若いオークが二人。
まだ肩の張りきっていない、
しかし力を誇示したがる年頃。
一人が、あなたを見て、口角を上げました。
「……なんだ?
ペットか、それとも玩具か?」
声は大きく、
周囲に聞かせるためのもの。
あなたの歩みが、
ほんの一瞬、鈍る。
私は――
考える前に、前へ出ていました。
あなたの前に、
一歩。
背中で、完全に視界を遮る位置。
体格差は、
言葉よりも雄弁です。
若オークの視線が、
私の胸当て、肩幅、
そして赤い瞳へと移る。
「……あ」
若オークの声が、詰まったのを見下ろす。
私は、声を荒げません。
低く、穏やかに言います。
「この方は、
私の伴侶です」
それだけ。
だが、
空気が変わる。
「興味本位で声をかける相手ではない。
分かりますね?」
最後は、確認。
命令ではない。
若オークたちは、
一瞬、虚勢を張ろうとしましたが――
私が、ほんの少しだけ、重心を落としたのを見て、
理解したようでした。
「……失礼しました」
視線を逸らし、
道を空ける。
私は、追わない。
睨まない。
ただ、
そこに立っている。
それだけで、十分だった。
⸻
あなたが、小さく息を吐くのが、
背中越しに分かりました。
「……ありがとうございます」
私は、振り返らずに答えます。
「当然のことです」
それから、
少しだけ声を落として付け加えました。
「……怖かったですか」
あなたは、少し間を置いてから言いました。
「正直に言うと、
ちょっと」
私は、頷く。
「それでいい」
再び歩き出すとき、
今度は――
あなたの隣を歩く。
あなたの歩幅に合わせつつ、
自然に、影を落とす位置。
⸻
工房街の入り口で、
あなたがぽつりと言いました。
「ガスパールって、
すごく穏やかなのに……」
私は、首を傾げます。
「……のに?」
あなたは、少し困ったように笑いました。
「ちゃんと、
オークなんですね」
その言い方が、
あまりにも可笑しくて。
私は、思わず低く笑いました。
「ええ。
必要なときだけ、ですが」
あなたは、
私の袖の端を、きゅっと掴む。
小さな手。
だが、もう、震えていない。
「……前に立ってくれて、
安心しました」
私は、静かに答えました。
「それが、
私の役目ですから」
そして、心の中で付け足します。
守るだけではない。
あなたと、一緒に歩くために。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!
木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。
この話は小説家になろうにも投稿しています。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる