悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき

文字の大きさ
2 / 99

ここはどこ、私は誰

しおりを挟む
 ふと、ベッドの上から豪華な机の方を見た。
 そこには立派な本棚があり、分厚い本、何かの冊子のような薄い本、背表紙がやたら豪華な本などがギュウギュウと詰まっていた。
「何でもいいから本を取ってもらえないかな?」
 側につかえているメイドさんに声をかけた。
 一瞬、目を見開き驚いた表情をしたが、すぐに何冊かの本を取ってきてくれた。
 今の驚いた反応は言葉使いに対してだろうか、それとも、俺が本を読むことに対してだろうか。
 持って来てくれた本は、どれもとても綺麗で読んだ形跡は見られなかった。
 メイドの反応がどっちなのかを考えても答えは出そうになかったので、手に取った本に目を通した。
 日本語ではなく、アルファベットのようなミミズがのたうち回ったような文字だったが、どうやら読むことはできるようだ。
 なになに、ジュエル王国の歴史?それとこっちは魔法全集に魔法の杖図鑑。それと動物図鑑に植物図鑑か。どれも子供向けの本のようで絵が沢山描いてあったが、写真ではなかった。
 ジュエル王国とは今いるこの国の名前のようだ。
 この本によると、ジュエル王国はムー大陸の大半を支配しており、残りの国もほとんどが属国となっている。社会制度は国王を頂点とする典型的な封建制度のようである。
 国王の次に力を持っているのは公爵家であり、公爵家にはどれも宝石の名前がついているらしい。
 そして、我が家はどうやら公爵家らしいのだ。
 何故分かったかというと、本に名前が書いてあったからだ。
 シリウス・ガーネット
 どうやらこれが自分の名前のようだ。
 シリウス・ガーネットか、どこかで聞いたことがある名前のような気がする。
 何だったかなぁと首を捻っていると、ようやく思い出した。
「アーッ!」
 あまりのショックに思わず声が出てしまった。
「シリウス様、大丈夫ですか!?すぐにお医者様をお呼びします!」
 そう言うと止める間もなくメイドさんは部屋から飛び出していった。
 思い出した。思い出したぞ。妹がハマっていた恋愛ゲームの「ジュエル王国の魔王の杖」に出てくるラスボスの魔王がシリウス・ガーネットという名前だった。
 ラスボスなのでどのルートを通っても必ず主人公達の前に立ち塞がり、最後は主人公達に倒される運命だ。
 しかしながら、ゲームとは微妙に違う点があった。ゲームに出てくるシリウスはポッチャリ体型の傲慢令息だったはずだが、どうみても今の自分はスリムな体型だ。小さい頃は痩せていたという設定だったのかな?
 もっとしっかりと妹がやっているゲームを見ておくべきだった。
 自分はゲームよりも外で運動する方が好きだったので、その方面はからっきしであり、持っている情報も断片的なものしかない。これはもう南無三としか言いようがない。
 ん?まてよ、これってもしや異世界転生!?
 妹がこのゲームの世界に転生したいと常々言っていたが、まさか自分が転生することになるとは。
 4月から新社会人となるはずだったスポーツ馬鹿には、今さらゲームの中のファンタジーな世界はちょっと、いや、かなり厳しいのではないだろうか。
 自分の置かれた状況を整理し、理解し、その結末に震えているとお母様が飛んできた。例えではなく、実際に飛んできた。魔法で。
「シリウス!もう大丈夫よ!お母様が来たわ!!」
 ガバッと力強く抱き締められたのはいいのだが、場所が悪かった。
 豊満なお母様の胸の間にスッポリと収まってしまい、息ができない。
 急いでお母様の腕をポムポムと必死にタップしたが、どうやらこの世界では通じないらしく、全く気がつく様子がない。
 あわや窒息死寸前のところでようやくやって来た医者が慌てて引き剥がしてくれた。
 その後、あちらこちらを診断したが、異常なし、と結論付けられた。
 それはそうだ。異常があるのは頭の中なのだから。
 しかしお母様はその結果に納得しなかったのか、しばらくの間、寝るまで側についていた。

 貴族であって本当によかった。
 何故なら、本が沢山あるから。
 現代日本とは違い、こういった世界では紙は貴重であり、本となるとさらに貴重なはずだ。
 この世界の事をもっとよく知るには、本の存在は非常に有り難かった。そんな訳で、ベッドの上にいる間も、動けるようになってからも、時間の許す限り本を読み続けた。
 その結果、家人からは「シリウス様は将来すごい学者様になるのでは?」と噂されていたが、現在のところ魔王フラグを折らなければ魔王になる予定だ。いや、この場合、折るべきものは魔王の杖か。見つけ次第、容赦なくへし折る。絶対に。
 何とか魔王フラグを回避すべく情報収集に勤しんでいたが、思うようにはいかなかった。
 何せ、判断基準となるゲームの知識がほとんど無いのだ。それはまるで雲を掴むようなものだった。
 本では得られない情報も、もちろん出来る限り収集した。片っ端から使用人に話しかけ、あれやこれやと聞き回った。お陰で屋敷の人達とは随分と仲良くなった。
 シリウス君は現在5歳の男の子。兄弟は他におらず一人っ子の甘やかされっ子だ。それで、お父様もお母様もお祖父様もお祖母様も親戚もみんな甘やかしてくる。
 そして、毎度毎度、高価で美味しそうなお菓子を沢山持ってくる。
 そりゃポッチャリ体型にもなるわ・・・。
 以前の俺は勉強嫌いで逃げ回っていたらしく、何とか勉強に興味を引くために子供が好きそうな図鑑や魔法の本などを与えていたようだ。それらの本に手をつけた様子は見られなかったが、それゆえに今の本に興味のある姿勢はとても喜ばれている。当の本人は命がかかっているので必死なだけなのだが。
 5歳児だったことが幸いし、雷に撃たれる前と後との多少の違和感は、首を傾げるか、目を見開かれるか、で済んだ。
 だが、問題もある。
 5歳児ゆえに、まだお母様と一緒にお風呂に入るのだ。
 惜しげもなく晒されるお母様の全裸は、それはもう迫力があった。
 お母様は自分の息子なので全く気にして無いが、こちらはお母様を女性として見てしまっている。
 すると当然、男の面子が起つことになる。そしてそれを見たお母様が「あらあら」と言ってからかってくるのだ。
 もう少し年齢がいっていたら色々と不味いところだった。危ない危ない。
 ちなみにお母様はただいま24歳。その年で5歳の子がいるということは、19歳の時に俺を産んだことになるのだが、この世界では普通らしい。ちなみにお父様も同じ年。俺がいるせいでお母様と一緒に風呂に入れないと拗ねている。
「シリウス、魔法に興味があるみたいね」
 お風呂の浴槽内で僕を抱き抱えた状態でお母様が聞いてきた。背中には柔らかな感触があり、シリウス君の豆芝が牙を剥いている状態では振り返ることが出来なかった。
 確かに魔法関連の本を沢山読んではいるが、それは杖のヒントを探すためであり、別に魔法を使いたいという訳ではなかった。
「そ、そんなことはないですよ?」
 何故疑問系にしてしまったのかと思いつつも、動揺を隠せなかった。
「ウフフ、隠さなくてもいいのに。シリウスくらいの年齢の子供はみんな魔法に興味を持つものよ。明日、洗礼を受けに行くわよ」
 洗礼、それは魔法を使えるようにするための儀式だ。この洗礼を受けることで大なり小なり魔法が使えるようになるのだ。
 本来なら10歳の時に教会で洗礼を受けるのだが、貴族となると少し事情が変わってくる。
 お布施をすることで10歳未満でも洗礼を受けることができるのだ。当然、お布施の金額は安くはない。だが、他の子供よりも先に魔法を覚えているというのは一種のステータスであり、柔軟な発想のできる小さい頃から魔法を嗜んでおくと非常に有利になるらしい。
 そういった事情もあり、小さい頃に洗礼を受ける貴族の子供は多い。
 それと同時に、まだ善悪の判断が乏しい子供が魔法を使うことで、器物破損や怪我人、死者が出る場合もあり、それで家名が傾いた貴族も多い。
「お母様、僕にはまだ早すぎます」
 魔王フラグに直結しそうな魔法の習得はできれば避けたいところだ。まだ子供の僕には理解出来ない、これで押し切ろう。
「あら、シリウスなら大丈夫よ。あれだけ沢山の本を読んで理解しているし、お話もとても上手だってみんな言っているわ。とても5歳児とは思えないって評判よ。お母様も鼻が高いわ」
 なんてこった!情報収集が裏目に出た形だ。普通の5歳児の行動パターンなど分かるはずもなく、ちょっとやり過ぎたらしい。
「でも・・・」
「大丈夫よ、お母様が魔法を教えてあげるわ」
 やさしくそう言うとグルンと僕の体を強引にお母様の方に向けた。目の前には豊満で、柔らかい、何かが。俺の豆柴が本日最高潮に牙を剥いた。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

元皇子の寄り道だらけの逃避行 ~幽閉されたので国を捨てて辺境でゆっくりします~

下昴しん
ファンタジー
武力で領土を拡大するベギラス帝国に二人の皇子がいた。魔法研究に腐心する兄と、武力に優れ軍を指揮する弟。 二人の父である皇帝は、軍略会議を軽んじた兄のフェアを断罪する。 帝国は武力を求めていたのだ。 フェアに一方的に告げられた罪状は、敵前逃亡。皇帝の第一継承権を持つ皇子の座から一転して、罪人になってしまう。 帝都の片隅にある独房に幽閉されるフェア。 「ここから逃げて、田舎に籠るか」 給仕しか来ないような牢獄で、フェアは脱出を考えていた。 帝都においてフェアを超える魔法使いはいない。そのことを知っているのはごく限られた人物だけだった。 鍵をあけて牢を出ると、給仕に化けた義妹のマトビアが現れる。 「私も連れて行ってください、お兄様」 「いやだ」 止めるフェアに、強引なマトビア。 なんだかんだでベギラス帝国の元皇子と皇女の、ゆるすぎる逃亡劇が始まった──。 ※カクヨム様、小説家になろう様でも投稿中。

伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい

えながゆうき
ファンタジー
 停戦中の隣国の暗殺者に殺されそうになったフェルナンド・ガジェゴス伯爵令息は、目を覚ますと同時に、前世の記憶の一部を取り戻した。  どうやらこの世界は前世で妹がやっていた恋愛ゲームの世界であり、自分がその中の攻略対象であることを思い出したフェルナンド。  だがしかし、同時にフェルナンドがヒロインとハッピーエンドを迎えると、クーデターエンドを迎えることも思い出した。  もしクーデターが起これば、停戦中の隣国が再び侵攻してくることは間違いない。そうなれば、祖国は簡単に蹂躙されてしまうだろう。  後味の悪いハッピーエンドを回避するため、フェルナンドの戦いが今始まる!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

前世は不遇な人生でしたが、転生した今世もどうやら不遇のようです。

八神 凪
ファンタジー
久我和人、35歳。  彼は凶悪事件に巻き込まれた家族の復讐のために10年の月日をそれだけに費やし、目標が達成されるが同時に命を失うこととなる。  しかし、その生きざまに興味を持った別の世界の神が和人の魂を拾い上げて告げる。    ――君を僕の世界に送りたい。そしてその生きざまで僕を楽しませてくれないか、と。  その他色々な取引を経て、和人は二度目の生を異世界で受けることになるのだが……

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

処理中です...