1 / 2
Side.S
しおりを挟む
「すまない、私は真実の愛に目覚めてしまったのだ」
「フェルナンド様……」
うっとり、という感じで隣に寄り添う美しい娘がフェルナンド殿下を見詰めた。殿下もそれを見詰め返し、二人は微笑み手を取りあった。
その後ろで涙ぐむのは、この国の国王陛下と王妃陛下だ。あの……ちょっと。
確かに運命的に恋に落ちて、絵になる二人だ。しかし私の立場はどうなる?誰も考慮してくれないのか?
生憎周りを見渡したが、控えている王室の護衛の騎士や侍従達も、皆が皆この国の輝かしい王子と姫に魅入られていた。……駄目だな、これは。
はあ、と私は一つ溜め息をついた。
「まあ、わかりました。とりあえず慰謝料だけ家の方に送っておいて頂けますか?」
「分かった」
フェルナンド第三王子殿下は、私の方に視線を向けもせずそう言った。いや良いんだけれども。私だって殿下の事を好きだった訳では無いけれども。だからと言ってこんな仕打ちあるか?
しかし王家に逆らえる筈もない。私は溜め息と共に頭を下げ、王城の客間を後にした。
───────
サミュエル・ヨハン・クローヴィア。私の名前である。クローヴィア家と言えば、国内有数の由緒正しき一族の家名だ。現王家よりも長い歴史を持ち、過去の最盛期には政権を握っていた事もある程の名家だった。
……だった、という過去形を使うのには訳がある。そう、かつては華々しく政権を握り、繁栄の限りを尽くしていた我が家だが……それももう百年程前の話になる。当時の疫病にて祖先は殆ど亡くなり、辛うじてどうにか現在は末裔の我が一家だけが名前を受け継いでいる。任されている領地は今や国境近くの片田舎のみ。あまりにも貧乏過ぎて、領主の父や息子の私も近所で畑仕事に勤しむ程だ。
辛うじて残っているのは、名家だった名残りの美しい家と、母が受け継ぐ由緒正しき作法や誇り、それだけだ。
さて、そんな我が家に十五年程前、激震が走る。四男でありオメガである私が、この国の第三王子殿下の婚約者に選ばれたのだ。
世界では男性女性の性別の他に、バース性というものが存在している。バース性はアルファ、オメガ、ベータの三種が存在している。アルファとオメガは互いにフェロモンを発し、相性のいい者同士で番となる。オメガは発情期……またはヒートと呼ばれるフェロモンが過多になる周期を持ち、その期間は番となるアルファと蜜月を過ごすという。また、アルファがオメガの首の後ろを噛む事で番が成立するため、普段オメガは首を隠す装飾を身に付けるのが一般的だ。
アルファは知力、体力、容姿等全てにおいて優れた者が多く、主に王家や貴族、商家等の権力者に多く存在している。一方オメガは優れたしなやかな美貌を持つ者が多いが、やや非力である事から、平民に生まれれば接客業や夜の仕事に就き、貴族等の家に生まれても直ぐに嫁や婿に出される事が多い。
ただしアルファとオメガは共に数が少なく、基本的にはフェロモンを発さず、感知もしないベータと呼ばれる性が一番多く存在している。
かくいう私も、クローヴィア家に生まれたオメガの男だった。当然、成人の年齢の前にはどの家に嫁ぐか決まっているような身だった。ところが何故か私が十歳の頃、フェルナンド第三王子殿下の婚約者に選ばれた、と王家から突然通達が届いたのである。
正直に言って完全な政略的婚約だった。
現王家は昨今国民からの支持率が低下していた。一代前の国王陛下があまりにも賢王だったため、弟君が国王陛下となり治める今の政権には、不満を抱く人が多かった。
そこで白羽の矢が立ったのが私である。クローヴィア家はかつての名家で、国民の知名度も高い。四男のオメガであれば家を継ぐ必要も無く、使い勝手が良い。そんな理由で選ばれたのが私……サミュエルだ。
勝手にそんな政略結婚に巻き込まれた私は、十歳にして王家に名を連ねるための教育に勤しんだ。この国の歴史から各地域、他国の情勢を学び、言語も五ヶ国語を覚えた。母からは美しい所作や礼儀を学び、同時に美しくある事にも気を配った。父の農作業の手伝いも、決して日焼けをしないように全身布まみれで農作業をしたものだ。
お陰様で成人を迎えた十八の頃には、知識豊富で美しい所作の金髪のオメガの青年、という仕上がりにはなっていた、と自分でも思う。……ただし、農作業を手伝っていたせいでオメガにしては少々……背が高く筋肉質にはなってしまったが。
とは言え、そのようにして成人した私を……フェルナンド殿下は迎えに来なかった。市井の勉強をする、等と言い地方に行ったまま帰ってこなかったのだ。
私は待った。いや、待つしか無かったとも言う。ただ、正直な話私としては有難かったとも言える。何しろ、フェルナンド殿下とは婚約した頃に一度会ったきりだ。手紙や贈り物も殆どなく、会う事もない婚約者を、誰が好きになれるだろうか?
この婚約は王命だからでしか無い。別に私も好き好んでフェルナンド殿下と結婚したい訳でもないのだ。どうせ私はオメガで無かったとしても、四男である。元より家を継げる立場でも無く、さっさと金のある家と結婚するか、くらいの考えしかなかった。
そんなこんなで待ち続けて……なんと、成人から七年が経った。おや?とは思っていたものの、案の定。
フェルナンド殿下は地方の美しい町娘と恋に落ち、その娘を連れて王都に戻ってきたのだった……。
───────
「だからってあんまりだわ。私がサミュエルをこんなに完璧に育てたのに」
「まあまあ……賠償金も結構貰った事だし」
父がニコニコしながらそう言うと、それもそうね、と母は機嫌良く食卓の肉を頬張った。おいおい、両親共々……もう少し息子の事を悲観してくれても良いんじゃないだろうか。
クローヴィア家の人間は、良い意味でも悪い意味でもあっけらかんとしている。長い歴史があるからこそ、そういう気質なのだろうか。
馬車に一ヶ月程揺られて、私は漸く実家に帰ってきた。その頃には私と殿下の婚約破棄は家にも伝わっており、最初は一家総出で怒ってくれたものだ。しかし賠償金の小切手が王家から家に届くと、父はころっと機嫌を直した。
夕食で家族が集まっても、結局は皆小切手に気を取られている。私の事を気にしている家族はもうあまり居なかった。……まあ、私が殿下の事を好きでも何でも無かったのは皆知っているため、そんなものだろう。
たまに母が思い出したようにフェルナンド殿下の話をして怒り始めるのだが、結局は賠償金で少し豪華になった夕食を前にすると、怒りなんて飛んでしまうのだ。
フェルナンド殿下は地方を視察中、強盗に遭いそうな町娘を助けたらしい。そして運命的な一目惚れを果たした殿下は、町娘を嫁として王都に連れて来た。そしてなんと王家も、その町娘を歓迎した。と言うのも、その町娘はものすごく嫋やかな美人だったことと、調べたところ父親の血筋に有数の子爵家の貴族の血が流れていたためである。没落していたとは言え、貴族は貴族。ということでフェルナンド殿下は町娘を救い、実は子爵の出身だったその美しい娘の身分を明らかにし、恋に落ちましたとさ、めでたしめでたし。という美談と共に王家と国民に広まった。
いや、私は?一応七年待ってたんだが?
まあ確かに殿下の事は全く愛していなかったので、婚約破棄されてもはあ、そうですか……位でしか無いのだが。王家のために受けた勉強は身になっているし、そのおかげでたまに隣国の本の翻訳の仕事等も貰える。見た目に気を使ったおかげもあって、人並み以上には美しい男で居られている自覚だってある。しかも賠償金もかなりの額を貰ったので、農作業に使う装具も新しく買えるのはとても、とてつもなく、有難いのだが。
一つ私には大きな問題が残っている。
「父上、母上。私はもう二十五歳になりましたよ。どうするんですか?オメガは皆殆ど二十歳くらいまでにはどこかしら貰われていくのに……」
「それが問題よね」
「うむ……知り合いに声を掛けては見たんだがなあ、あまり良い返事は貰えなくてな」
そうだろう。貴族でオメガに生まれた者は、家の利権と照らし合わせ、成人前にはほぼ嫁ぎ先が決まっている。そして十八で成人したら結婚してしまうのが殆どで、オメガなのに二十五にもなった私では……既に良い相手の空きがないのだ。
しかし、どこにも嫁がない訳にもいかない。私は四男なので、家業を継ぐ訳にもいかないし、街で働くにはオメガ性が邪魔をする。王家からの賠償金が多額とは言え、これからずっとクローヴィア家を支える程の金額、という程でもない。となるとやはり家の利益となる者と結婚するのが一番良いのだが……。
私が考えあぐねていると、父が顎髭に手をやりながら、口を開いた。
「まあこの際、相手は貴族の身分でなくても良いだろう。どこかの商家で金持ちの家とかはどうだ?最近隣国との貿易が盛んだから、若者でも成功している者が増えてきただろう」
「それもそうね。クローヴィアの様な家柄と繋がりが欲しいところは、そういう成り上がりたい家に多そうだわ」
うーん、それもそうかもしれない。相手が貴族である必要はこの際無いのだ。むしろオメガで二十五歳で四男の私なので、選んでいられる立場でも無い。元より相手にこだわりも無いので、さっさとそういう相手を見繕って結婚に漕ぎ着けよう。
確か国境付近の港では、頻繁に若い商人達の交流パーティーが開かれていると聞いた事がある。そこであわよくばアルファの男、そうでなくてもベータで成功している者を見つけよう。
なんだかものすごく名案に思えてきた。漸く活路を見付けた気がする。私も夕食として出された肉を頬張りながら、父と母に言った。
「確かにそうですね。次の週末には港町の方に行って、商家の若手が集まる交流会を探して乗り込んでみます」
「おお、それが良いかもな」
「私が商家で良さそうな家柄を調べて、リストにしてあげるわ。それを元に婚活を頑張るのよ」
「ありがとうございます。最悪今はオメガのヒート誘発薬なんかもありますからね。既成事実があればこっちのものです」
父と母は一瞬虚をつかれた様な顔をしたが、それもそうだ、と頷いて笑った。なんというか、本当に我が家はあっけらかんとした家なのである。
かくして私は次の婚活に向けて、準備を進めるのだった。
───────
ふむ、確かに商家は今勢いがあるのかもしれない。辺りを見渡しながら、私はそう思った。
早速週末になり、私は宣言通り港町に来て、若者たちの集まりに参加している。商家関連の交流会なので、もちろん突然乗り込む訳にもいかない。そのあたりはきちんと家のツテを頼りに招待状を獲得した。開催されていたのは主催者の家のホールで、なかなかに広くて美しい場所だ。
そして事前に若手でやり手な商家の人間や、貿易を盛んに行う貴族、商人たちの交流の場と聞いていたが、その通りだった。皆身なりも品が良く、そして活気に溢れている。私のように邪な考えで乗り込んできている人間は少なそうで、殆どは仕事の開拓や情報交換に来ている様だった。
母から貰ったリストを頭に叩き込んであるので、参加者の中でも選りすぐりの精鋭達は顔を見ただけで分かった。
例えばあの柱にもたれて仲間と談笑している男性。あれは最近船会社を興して大儲けした家の長男だ。貿易に必須の船は需要も伸び代もある。婚約相手としては気になる存在だ。
あそこの椅子で休んでいるのは、食品を他国から輸入して儲けている家の当主。そっちで酒を飲んでいるのは、国内唯一の葡萄酒の製造を任されている家の次男。……さすがは社交界でも繋がりの多い私の母である。婚約有力候補は抜かりなく、母の情報通りだった。
しかも殆どがアルファだと見た。選べる立場でもないしこの際お相手はベータでもいいとは思ってはいたが、私がオメガなのでどちらかと言うと相手はアルファの方がいい……きちんと番になって貰えるし。
しかし生憎、私はこの集まりに参加してから……ずっと壁の花となっているのだった。
それもそうだろう。見るからに貴族然とした男で、見た事も無い顔が突然参加しているのだ。詐欺師の類いか何かだと思われてる節すらある。
参ったなあ……。先程リストにあった男性を見掛けたのでそれとなく声を掛けてみたのだが、相槌も適当にそそくさとその場を離れられてしまった。
何が悪いんだろうか?今日のために華美すぎず、それでいて華やかなクリーム色のスーツを着て、髪も綺麗にセットしている。ずっと使っていた王家の紋章入りのネックガードも外し、港町で仕入れた美しい刺繍のネックガードに変えた。周りの人達も身綺麗にしているし、変に浮いてはいない格好だと思うのだが……。
しかし!ここでめげる訳にはいかない。両親に宣言した通り、懐にヒート誘発薬も持ってきている。どうにかいい感じの相手と二人きりになり、既成事実をもぎ取るのだ。流石に国内随一の歴史を持つ良家の子息のオメガと床を共にしておいて、責任を取らない様な男は、ここにはいないだろう。
もっと積極的に行かねばと思い、私はとりあえず中央のテーブルに向かった。談笑している人々の中で一人、グラスを片手に後ろを向いている男性がいた。一際背が高い男性だった上に、母お手製の有力候補リストには思い当たる特徴では無かった。しかしここで躊躇していても仕方がない。私は思い切って声を掛けてみることにした。
「あの」
「ん?」
振り返った男性に、内心驚いてしまった。
その男性は明らかにこの国の人では無かった。やや浅黒い肌色に、意志の強そうな黒い瞳。彫りは深く、髪色は後ろ姿では普通の茶髪に見えたのだが、やや癖のある茶褐色が男性的な雰囲気で良く似合う。背も高くがっしりとしていて、あまり見なれないような刺繍の施された、黒い上質な服を身に纏っていた。
そう、有り体に言えば……いかにもアルファ然とした、かなりの美丈夫だった。そしてどう見ても成功者のなりをしているが、母のリストには載っていないと思われる。こんな男性、載っていない方がおかしいのだが……急遽参加する事になった人等だろうか。この辺りは貿易がとても盛んな港町なので、ちょうど最近他国からやってきたとか。服装や雰囲気的にも、多分海を隔てた先にある南の国の人物だろうが……。
うーん、他国か。輿入れするとなったら、他国に住むのは大変だな……等と、会って間もないくせに勝手に考えた自分を恥じる。そもそも私は選べる立場でも無いくせに、何を偉そうに考えているのやら……。
色々な考えを押し殺し、私はにこりとその人に微笑みかけた。
「おひとりの様なので声を掛けたんですが、良ければお話しませんか?」
「……あー……、まあ、良いが」
見た目の雰囲気とぴったりな低めの声で、男は粗野に言い放った。相手も微笑んではいるが、どうも私を探る様な目付きだ。やはり何かの詐欺師とでも思われているのかもしれない。何はともあれ、今日ここに来て初めて誰かと話す機会を得た。逃す手立ては無い、とばかりに私は彼に話し掛ける。
「私はサミュエル、ここからほど近いところの領主の息子です。失礼ですが貴方は、南の方のご出身ですか?」
「ああ、そうだ。分かるものか?今日はたまたま商談でこっちに来ていたんだ。俺の名前はハリム」
そう言い、ハリムは私の手を取った。握手かと思ったが……ハリムはそのまま顔を近付け、私の手の甲に小さくキスをした。
「……」
思わず呆気に取られてしまった。手の甲に口付けを送るのは、貴族間ではある事だ。親愛の証や、それこそ女性を口説く時なんかにはよく見られるが……まさかオメガとは言え男性の私にされるとは思っていなくて、狼狽えてしまった。いかなる場でも冷静であれ、というのが誇り高き貴族の教えなのに。生まれてこの方私は王家に嫁ぐ事と家の手伝いをする事だけを考えて生きてきたのだ。そんな事をされるとも思っていなくて、思わず素で驚いてしまった。
そんな私の様子を上目で確認すると、男は笑みを深めた。からかわれたのかもしれない。
ハリムは、「まあここだと話も出来そうにないしな、移動するか」と言い、会場の隅の方へと歩いていった。確かに周りを見渡すと、なんとなく皆が私やハリムの方に意識を向けているのが分かる。明らかに大物そうな他国の男と、詐欺師のような見た目の私の組み合わせが、気になるのだろうか?
兎にも角にも、私は千載一遇のチャンス!とばかりにハリムの後ろをついて行くのだった。
───────
「そう。うちの国の食品や雑貨、絨毯はこの国でもよく取引してもらってるが、中でも茶葉がよく売れる」
「そうみたいですね。茶葉はあまりこの国の気候では育たないんですよ。育ってもまろやかな味の茶葉ばかりで。南の茶葉は味が濃くて香ばしいから、貴族の間では特に重宝されてますね」
「うちじゃあ庶民もみんな茶を飲むんだけどな。管理が難しいとはいえ、それくらいこっちでも普及してもらいたいもんだ」
「この港町に店を出してみるのはいかがです?値段的に安価で流行れば、他の地域にも波及していくでしょうし」
そうだな、とハリムは笑い、テーブルの上の葡萄酒を一口煽った。
まずは当たり障りのない話からするのが良いだろう、と私はハリムに出身国の話を振った。そこからあれよあれよと話す間に、ハリムの博識さが窺い知れた。貿易や経済についてはかなり詳しいし、他国の情勢にも詳しい。国のため家のためとかつては猛勉強していた私の血も騒ぎ、気付けば色んな話が弾んでしまった。どうやらハリムの方もそう感じてくれているみたいで、暫くは会場の隅で立ち話をしていたのだが、その後別の個室の談笑スペースに場所を移した。
奥まったそこは完全に個室になっており、図らずも既成事実を作るにはもってこいの場所だった。
軽いつまみと酒を交わしながら、私とハリムは交流を深めた。なんというかこのハリムという男性……あまりにも、気が合う。
第一に、ハリムは本当に博識だった。私も知識は持ち合わせている方だが、一緒に話していると際限なく話せそうな程様々な話が出来た。そして第二に、ハリムは人の話を聞くのも上手いし、人に話を聞かせるのも上手かった。どう考えても彼は……そんじょそこらの並の商人では無いと思う。人を操り、また人の上に立つ事にも慣れている人だ。
母のリストに無かったので、ハリムが一体何者なのかはよく分からない。推察するに、商団をいくつかまとめていたり、貿易関連の会社を経営しているような話しぶりだ。胡散臭さは感じないので真っ当な人間だとは思うが、よく知らない人間とこんなに仲を深めて良いんだろうか?と思わなくもない。ただそれを差し置いても、私はこの男を気に入っていた。
そんな事をつらつらと考えていたら、ハリムが私に話し掛けた。
「さっき外国語も勉強していたと話してたが、うちの国の言葉も話せるのか?」
『はい、少しだけ』
私が南の言葉で喋ってみせると、ハリムは目を見開いて笑みを浮かべた。
『綺麗な発音だ。かなり練習したんじゃないか?』
『一通りの会話は出来るようになりたくて。頑張りました』
『うちの言葉は発音が難しいのに、よくそこまで喋れるようになったな』
『ありがとうございます。外国語はいくつも勉強しましたが、実際その国の方と話す機会はあまり無くて。そう言って頂けて嬉しいです』
『他にも話せるのか?凄いな、サミュエルは』
褒められて嬉しくなった私は、ついつい酒が進んでしまう。
それからも、私とハリムの会話は進んだ。色んな話をしていたら、気付けば結構な長い間話し込んでしまった気がする。私はすっかり……この人が気に入ってしまった。ハリムの美しく男らしい容貌だけでなく、博識で落ち着いた中身を知り、もっと仲を深めたいと思った。何なら……惹かれているとすら感じる。
ただそのせいで、当初の目的を果たすか否か考えてしまった。
だって、ここでひっそりと薬を服用して、襲ってもみろ。確かに既成事実は作れるし、結婚も出来るかもしれない。でも間違いなく私はハリムから嫌われてしまうだろう。
そう思うと、ちくりと胸が痛んだ。いや、最初からそういう目的で近付いているし、それがどれだけ自己中心的な思惑なのかも分かってはいたが……誤算だったのは、私がハリムに嫌われたくなくて、これからも定期的に会って親交を深めたいと思える程、この男に好感を抱いてしまっている事だった。
誤魔化すように、私はハリムに話を振る。
「貴方は、こうしてよく色んな国を回るんですか?」
「そうだな。今は仕事でよく転々としてるな。まあ、そろそろ腰を据えないといけない時期なんだが」
「……そうですか」
腰を据える。つまり、自国から外に出なくなるということか。そうしたらきっと、私とはもう会えなくなってしまうだろう。
そう思ったら……やはり胸が痛い。だったらいっそ、やはりここで既成事実を作り、そのまま嫁いでしまえば……。
しかしそれでハリムに嫌われてしまったら?今は優しくこちらの話を聞いてくれているが、もしこの瞳に私への憎悪が浮かびでもしたら、泣いてしまうかもしれない……。
どうしたらいいのか、と悶々としていると、談笑室の部屋のドアがノックされた。何だろう?と思っていると、どうやらハリムの部下が来たらしい。部下らしき男はハリムに近付き、そっと彼に耳打ちした。
用が済んだとばかりにその男性は部屋を後にしたが、ハリムはというと……ふむ、と考え込むように黙り、何故か私の方を見詰めていた。
「……あの、何か?」
「いや。別に」
別に、と言う割には、ハリムは私を探るような目付きを止めない。何故だか私の当初の思惑がバレているような気がしてきて、思わずそのヒート誘発薬の入っている懐に手をやった。
その時だった。目にも止まらぬ速さで、ハリムは私の手を掴んだ。そのまま痛いほど手を掴まれ、ぐい、と手を引っ張られる。驚いた私は思わず前のめりになってしまい、身を乗り出したハリムと思いがけず距離を詰めてしまった。
そのままハリムは突然……私のスーツの懐に手を突っ込んだ。あまりの素早さに為す術も無い私を他所に、ハリムは私の懐から袋を取り出してしまった。
「……あ!」
「何だこれは?」
袋を取り返そうともがいたが、相手は体格の良いアルファだ。ハリムは私を片腕で制し、もう片方の手でその袋の中身を取り出した。そう、ヒートの誘発薬だ。
「ふうん。形状的に……俺に害があるものでは無いが、そういう事か」
「あ、あの……」
「どういうつもりでこれを持っているんだ?答えによっては、ただじゃ済まない」
ぎらり、とハリムの目が光る。明らかに怒っている……その目が怖い。
嫌われるのは嫌だと思っていたが、こうも簡単にその時が訪れるとは。しかもこうしてアルファの威圧を間近で感じたのは人生でも初めてだった。
少し恐ろしい。改めて自分が、今までのうのうと生きてきた事を実感する。
威圧に負け、何と言っていいのかも分からず押し黙っていると、ハリムは口の片方を釣り上げて冷酷に笑った。
「まあいい。生憎俺は、何だろうと据え膳は食う派でね」
「え……?」
「この後どうなろうと別に構わない。それに俺は、お前に謀られるのも……悪くないと思ってるしな」
ハリムは袋からヒート誘発薬を取り出すと、そのまま自分の口に放り込んだ。しかもボリボリとまるで菓子でも食べるかの様に噛み砕くと、呆気に取られる私の後頭部に手をやり、そのまま無理やり口付けられてしまった。
「ぅ、んっ!!」
「ほら、味わえ」
いきなりものすごく深く口付けられて、舌を捩じ込まれる。舌を伝ってハリムの唾液が流れ込んできて、ほんのり苦いような味が口の中に広がった。
あ、これ……やばいかもしれない。
ハリムはこの薬が何なのか分かっている。分かっていて、私に無理やり摂取させたんだ。
慌てて身を引こうとする私を、彼は許さなかった。後頭部に添えられた手とは逆の手で私の体を抱き込み、そのまま座っていた大きなソファに押し倒される。
そして食われそうな程深く口付けられて、私は息すらも出来なかった。ただ舌で口内を蹂躙され、上顎すらなぞられる。あまりに淫靡な全身を走るぞくぞくとした感覚に、恐怖すら感じた。
もう何を考えても遅い。きっと数分後には、この薬が効いてきてしまう……。
もう少し他の出会い方をしていたら、こうはならなかったのだろうか。私が浅はかにも既成事実なんて作りに来たばかりに、良いなと思った相手にもこんな展開になってしまったのだ。
それなのに、これからこのアルファに抱かれる……と思うと嬉しくて仕方が無い気持ちが沸いてきてしまった。どうしようも無い。私はいつの間にか……こんな短時間のうちに、すっかりハリムという男に惹かれてしまった事を、認めざるを得なかった。
───────
「あ、あああっ!……だめ、そんなに……んっ」
「駄目?こんなにしてるくせに?」
「ぅ、んっ!ぁ、ああっ」
ぐちゃぐちゃと酷い音がしている。耳を塞ぎたい気もするが、まるで思考にモヤがかかった様な酩酊感で、そんな事はどうでも良かった。
気持ち良い。それしか考えられない。
ハリムの指が、私の中に入っている。それだけで脳の中が蕩けてしまいそうだ。今や私は服を着ているのか着ていないのかも分からないし、後ろにハリムの指が何本入っているのかも分からない。ただ目の前にいる男が欲しくてたまらなかった。
「あ、っ!ハリム……」
思わず目の前の身体に抱き着けば、ふわりとスパイシーな甘い香りがした。きっとハリムのフェロモンの香りだ。それを嗅ぐだけで、自分の後ろが益々濡れていくのが分かる。
ああ、あんなに既成事実を作るか作らまいか悩んでいたのに。発情状態でアルファを目の前にすると、こうなってしまうんだな。
ほんの少しだけ残った理性が、頭の片隅でそう思わせた。何しろ私は王家に嫁ぐ身だったので、この歳にして純血潔白な童貞処女である。発情期にアルファと過ごした経験なんてあるはずも無い。
ハリムの指が私の中で蠢くのと同時に、もう片方の手で私の乳首を撫でた。すっかり立ち上がったそこは、軽く撫でられるだけで電流が走ったかのように気持ちが良い。
そんな自分に恐ろしさもあるのに、目の前で服をはだけたハリムを見ていたら、どうでも良くなってしまう。ただこの熱をどうにかして欲しい。
そのぬかるんだ後ろの孔を、埋めて欲しい。
そんな風に考えていたら、きゅっと後ろを締め付けてしまった。中に入っていたハリムの指にもそれが伝わった様で、彼は片方の唇を釣り上げて笑った。
「そんなに欲しいか、俺が」
多分私を揶揄っていると思うのに、どこかハリムの視線にも余裕の無さを感じた。身体が蕩けそうな程……嬉しい。
私は思わず笑みを零し、言った。
「欲しい。ハリム……貴方が欲しい……っ」
「っ……」
「あ、……ぅっ……ああっ!」
ハリムはぐい、と私の脚を抱えると、そのまま容赦なく私の孔に己の熱を突き立てた。挿れられた瞬間、私はあまりの熱さと幸福感に……それだけで達してしまった。
嬉しい。気持ち良い。もうハリムの事しか考えられない。
ハリムは、そのまま激しく抽挿を始める。先端が中の上側をごり、と擦る度に、私の口からははしたない声が漏れた。
「あ、あっ、んっ!ハリム……っ」
「はぁ……」
ハリムも私の中で気持ち良くなっているのか、うっすらと顔に汗が滲んでいた。やや着崩した上着から覗く上半身も汗ばんでいて、とてつもなく色っぽかった。
しかもこの、匂い。私のフェロモンに反応してくれているからこそ、ハリムもこうしてフェロモンを出してくれているのだ。
ああ、こんなに幸せな事が人生の中にあったなんて。
知らなかった。フェルナンド第三王子殿下に嫁ぐために花嫁修業をしていた期間も、父の手伝いで農業をやっていた時も、何も感じなかった。ただこれは義務で、やるべき事で、でもそれなりに幸せだと思っていた。
この幸せは、何なんだろうか?オメガとしての本能の幸せか?それとも、相手がハリムだからだろうか。会ってまだ、間もないのに。どうしてこんなに幸せなんだろう。
ハリムが腰を動かす度に、酷く濡れた私の孔がぐちゃぐちゃと音を立てた。それすらも淫靡でたまらない。
しかも、挿入のためにハリムが私の方に身を乗り出している。そのせいで彼の腹筋で私の前の起立が擦られて、余計に気持ちが良い。
「んっ!ぅ、もう……っ!」
「またイくか?」
「い、いくっ……ハリム、噛んで……っ」
私は首元のネックガードを外した。ハリムは一瞬目を見開いて、腰の動きを止めた。
「……いいのか?噛んだら、俺とお前は番だぞ」
「いい。ハリムがいい……」
ハリムは唸る様な声を発すると、くるりと私の身体をひっくり返した。さらりと項を掻き分けられて、露わにされる。それだけで身体が歓喜に震えた。
ハリムはそのまま、私の臀部を掴んだ。そしてすっかり泥濘きった孔を拡げ、熱を捩じ込んだ。
「あっ、ああっ!」
「クソ、やられた……」
「う、んっ!……、ぁあっ」
「抗えない。お前がこんなに可愛くて、俺と相性が良すぎるのが悪い」
ハリムの身体が、私に覆いかぶさってくる。私の背中にハリムの胸元が当たったかと思うと、その瞬間首筋に思いっきり歯を立てられた。
「ああああっ……!!」
痛い、痛いのに、気持ちが良い。全身が歓喜に包まれて震える。
一瞬頭の中が真っ白になり、気付けば前から白いものを漏らしていた。
ああ、分かる。これって多分、フェルナンド殿下が相手だったらこうはならない。今日ここに来ていた、他の見知らぬアルファ達でもきっとならない。
ハリムだからこうなった。何故だか全てのピースがカチッとはまったような気さえして、私は微笑んで後ろを振り返った。
「……嬉しい」
「っ、お前……」
「ぅ、あっ!」
ハリムが、再び激しい抽挿を繰り返した。達したばかりの私にはキツい筈だが、しかし発情期の力なのか……はたまた番になりたてだからなのか、私は嬉しさしか感じなかった。
「もっと……、ハリム……好き……」
「……サミュエル。もう俺のものだ」
嬉しくて、うん、と頷くと、ハリムは私の顎を取り、無理やり後ろから口付けた。体勢的に身体が痛いが最早どうでもいい。
そこから私達は、飽きる事なく何度も抱き合った。今が昼なのか夜なのかすら分からないが、とにかくお互いが欲しくて仕方が無い。
漸く正常な意識を取り戻したのは、それから三日経った夜の事だった。
───────
「う……ん?いたた……」
ずき、という腰の痛みに目が覚めた。何だこれ?私はそれなりに鍛えているので、稲刈りの時期ですらこうはならない。しかし今は全身が筋肉痛で痛いし、何より腰がとてつもなく痛い。
とりあえず起き上がろう、と思い辺りを見回したが、あまりにも見覚えの無い光景に固まってしまった。
「え?いや、どこだここは」
見慣れない模様の赤い絨毯に、真っ白な麻の天蓋。家具も我が国では見た事の無い細工が施された一級品である。窓際に飾られた大きな植物は、いかにも南の国で育ちそうな葉の大きなものだった。
しかも、寒くない。我が国は今はやや寒い季節で、上着が無いとやっていられない筈だ。それなのに今、白い薄手のガウンの様なものを身にまとっている私だが、やや暖かいくらいの風を感じる。
しばらく考えて、色々と思い出される。そう、私は確か結婚相手探しに商家の集まりに顔を出し、そこで異国の美丈夫に惹かれ、そして……。
まざまざとここ数日の痴態を思い出してしまい、自ずと顔が熱くなった。
まさかここって、うちの国では無い?もしやハリムの……。
そこまで考えた時、入口からシャラン、という鐘の音が鳴った。
「お、起きたか」
「ハリム……」
私と似たような白い服を身にまとい、ハリムが現れた。手にはいくつかの切られた果物と水が用意されていたが、彼はそれをベッドの横のテーブルに置いた。そしてベッドの上で固まっている私の肩を引き寄せて、そのまま唇に軽く口付けた。
「!」
「よく眠れたか?ヒートから抜けても、疲れたのか一日近く目覚めなかったからな」
ヒートから抜けているのか、私は。なのにどうして今、私を抱いているハリムの香りにドキドキしているんだろう。
しかも何故なのか……全く抗いたくない。私は思わず彼の懐に身体を預け、腹の所に腕を回した。ハリムは怒るどころか、上機嫌に私の額に口付けた。
「というか、ここはどこですか?」
「ああ、気付いてるだろう。俺の国だ」
「やっぱり。いつの間に連れて来たんですか……」
「サミュエルが寝てる間に、船に乗せてな。当たり前だろ?俺は嫁と遠距離で暮らす趣味は無い」
「嫁……」
嫁、と聞いて、胸がときめいてしまった。本当に私を正式に娶ってくれるつもりの様だ。嬉しくて、つい顔が綻ぶ。
しかしハリムは、私を抱いていた腕の拘束を解き、真剣な表情で私に向き直った。
「で、サミュエル。お前の思惑は何だ?あの時は俺も頭に血が上っていたし、何であれお前を抱く事にした訳だが。目的は何だった?」
「……」
「俺の金や身体目当てで近付いたのか?それとも、俺と番えば皇家に名を連ねる事になるから、地位と名声が欲しいのか。それか……俺を疎ましく思う一派の仲間なのか、お前は」
「………………はい?」
何?今なんと言った。ハリムと番えば、皇家に名を連ねる……?ハリムを疎ましく思う派閥の仲間……?
一つの恐ろしい考えに辿り着き、私は恐る恐る口を開いた。
「もしや、ハリム……貴方は……」
「……ハリム・エルザヒド・ディワリ。それが俺の本名だ。正真正銘、この国の第一皇子にあたる」
私は卒倒しかけた。
待て。待て……!確かに私は、それなりの人間と結婚しようとした、打算的で考え足らずの行き遅れオメガだ。だからって、隣国の皇族なんていう超大物を引っ掛けたかった訳ではないのだが……!
ふら、とよろめいた私の腰を支えたハリムだが、私の顔を覗き込み、安堵のため息を一つ漏らした。
「その感じだと、やっぱり俺が誰なのか知らなかったな」
「し、知るわけが無い……!ただの裕福な商人のアルファだと思った……」
思わず敬語の取れた私に、ハリムは蕩けるように笑って「その口調の方が良いな」と言った。
仕方なく、私は洗いざらい話した。自分は二十五歳にして行き遅れてしまった名家のオメガで、家柄よりも金のありそうな商家のアルファと結婚を目論んでいた、と。
ハリムは若干笑いながら私の話を聞いていたが、はあ、と呆れた様な声を出した。
「つまりお前は、ヒート誘発薬でヒートになって、適当なアルファとセックスをして番にしてもらうつもりだったんだな?」
「……有り体に言えば、そうです」
「馬鹿だな。というか、俺以外に抱かれそうになってた事が腹立つ」
「いや、貴方くらいしか私をまともに相手にしてくれませんでしたが」
「サミュエルが美人すぎるからだろ。極上な獲物には、流石に俺くらいじゃなきゃ寄り付かない」
兎に角、馬鹿なアルファに捕まらなくて良かった、とハリムは私を抱き締めた。
私はそっと彼の背中に腕を回す。
「あの、私って第二夫人とか第三夫人とか、そういう位置でしょうか」
「……お前の国はどうか知らないが、少なくともこの国は一度番った相手一人しか娶らない」
「でも私は二十五歳の行き遅れ男性オメガですし……」
「この国では、オメガだから何歳までに結婚するとか、そういう価値観は存在しない」
「しかも、オメガのわりに華奢じゃなくて結構背も高くて……」
「綺麗に付いた筋肉が色っぽい。身長も口付けしやすくて良いだろ」
他にはなんだ?とハリムは喉の奥で笑った。
もう、観念するしかない。
「……初めて話した時から、凄く気が合うなと思ってて……こんなに話してて楽しい相手がいるんだなって思いました。惹かれてしまったから、今更ヒート誘発薬で誘惑するなんてして、貴方に嫌われたくなかった。変な風に思ったでしょうに、ごめんなさい」
「……俺もだよ。サミュエルが何者なのかは部下に探らせてたが、思惑が分からなかった。でもそれでもいいかと思った……謀られたところで、お前が手に入るならそれで良いと」
顔を上げた私に、ハリムが優しく微笑んだ。
自然とお互い顔が近付いて、気付けば唇が重なっていた。
胸が暖かい。発情期の時とはまた違った、穏やかな幸福感が体を襲った。
私は微笑んで、彼にぎゅっと抱き着いた。
「好きです、ハリム」
「ああ、俺も愛してる……サミュエル。こんな始まりだけど、これから挽回しような」
「はい」
浅はかで短絡的な婚活だったが、まさかこんな大物と番ってしまうとは思わなかった。でも、私はハリムの身分や財産を好きになった訳では無い。何者か分からなくても、どうしようもなくこの人がいいと思ってしまったのだから。
予想もしなかった幸せに、私は思わず首の後ろの噛み跡を触った。確かにそこには、くっきりと歯形が残っている感触がする。
そんな私を見て、ハリムも嬉しそうに笑った。
これから、多分色々と大変だと思う。我がクローヴィア家の両親や兄弟たちにも話さないといけないし、移住の手続き、それ以上にこの国の事をもっと学ばねばならない。しかし何故だか、このアルファと一緒なら大丈夫だと言う気がしてくるから不思議だ。
確か、アルファとオメガには運命の番、というものが存在するという。唯一無二の二人で、目と目が合うだけで結ばれてしまう、都市伝説的な話だ。
きっとそこまでではなくとも、私とハリムはきっとこうなる運命だったのでは無いか、と思ってしまった。だから私は第三王子殿下の婚約も上手くいかなかったのだ……この人と出会う運命だったから。
落ちてくる唇に身を委ねて、私はこれからの二人の幸せを思って、ゆっくりと目を閉じた。
「フェルナンド様……」
うっとり、という感じで隣に寄り添う美しい娘がフェルナンド殿下を見詰めた。殿下もそれを見詰め返し、二人は微笑み手を取りあった。
その後ろで涙ぐむのは、この国の国王陛下と王妃陛下だ。あの……ちょっと。
確かに運命的に恋に落ちて、絵になる二人だ。しかし私の立場はどうなる?誰も考慮してくれないのか?
生憎周りを見渡したが、控えている王室の護衛の騎士や侍従達も、皆が皆この国の輝かしい王子と姫に魅入られていた。……駄目だな、これは。
はあ、と私は一つ溜め息をついた。
「まあ、わかりました。とりあえず慰謝料だけ家の方に送っておいて頂けますか?」
「分かった」
フェルナンド第三王子殿下は、私の方に視線を向けもせずそう言った。いや良いんだけれども。私だって殿下の事を好きだった訳では無いけれども。だからと言ってこんな仕打ちあるか?
しかし王家に逆らえる筈もない。私は溜め息と共に頭を下げ、王城の客間を後にした。
───────
サミュエル・ヨハン・クローヴィア。私の名前である。クローヴィア家と言えば、国内有数の由緒正しき一族の家名だ。現王家よりも長い歴史を持ち、過去の最盛期には政権を握っていた事もある程の名家だった。
……だった、という過去形を使うのには訳がある。そう、かつては華々しく政権を握り、繁栄の限りを尽くしていた我が家だが……それももう百年程前の話になる。当時の疫病にて祖先は殆ど亡くなり、辛うじてどうにか現在は末裔の我が一家だけが名前を受け継いでいる。任されている領地は今や国境近くの片田舎のみ。あまりにも貧乏過ぎて、領主の父や息子の私も近所で畑仕事に勤しむ程だ。
辛うじて残っているのは、名家だった名残りの美しい家と、母が受け継ぐ由緒正しき作法や誇り、それだけだ。
さて、そんな我が家に十五年程前、激震が走る。四男でありオメガである私が、この国の第三王子殿下の婚約者に選ばれたのだ。
世界では男性女性の性別の他に、バース性というものが存在している。バース性はアルファ、オメガ、ベータの三種が存在している。アルファとオメガは互いにフェロモンを発し、相性のいい者同士で番となる。オメガは発情期……またはヒートと呼ばれるフェロモンが過多になる周期を持ち、その期間は番となるアルファと蜜月を過ごすという。また、アルファがオメガの首の後ろを噛む事で番が成立するため、普段オメガは首を隠す装飾を身に付けるのが一般的だ。
アルファは知力、体力、容姿等全てにおいて優れた者が多く、主に王家や貴族、商家等の権力者に多く存在している。一方オメガは優れたしなやかな美貌を持つ者が多いが、やや非力である事から、平民に生まれれば接客業や夜の仕事に就き、貴族等の家に生まれても直ぐに嫁や婿に出される事が多い。
ただしアルファとオメガは共に数が少なく、基本的にはフェロモンを発さず、感知もしないベータと呼ばれる性が一番多く存在している。
かくいう私も、クローヴィア家に生まれたオメガの男だった。当然、成人の年齢の前にはどの家に嫁ぐか決まっているような身だった。ところが何故か私が十歳の頃、フェルナンド第三王子殿下の婚約者に選ばれた、と王家から突然通達が届いたのである。
正直に言って完全な政略的婚約だった。
現王家は昨今国民からの支持率が低下していた。一代前の国王陛下があまりにも賢王だったため、弟君が国王陛下となり治める今の政権には、不満を抱く人が多かった。
そこで白羽の矢が立ったのが私である。クローヴィア家はかつての名家で、国民の知名度も高い。四男のオメガであれば家を継ぐ必要も無く、使い勝手が良い。そんな理由で選ばれたのが私……サミュエルだ。
勝手にそんな政略結婚に巻き込まれた私は、十歳にして王家に名を連ねるための教育に勤しんだ。この国の歴史から各地域、他国の情勢を学び、言語も五ヶ国語を覚えた。母からは美しい所作や礼儀を学び、同時に美しくある事にも気を配った。父の農作業の手伝いも、決して日焼けをしないように全身布まみれで農作業をしたものだ。
お陰様で成人を迎えた十八の頃には、知識豊富で美しい所作の金髪のオメガの青年、という仕上がりにはなっていた、と自分でも思う。……ただし、農作業を手伝っていたせいでオメガにしては少々……背が高く筋肉質にはなってしまったが。
とは言え、そのようにして成人した私を……フェルナンド殿下は迎えに来なかった。市井の勉強をする、等と言い地方に行ったまま帰ってこなかったのだ。
私は待った。いや、待つしか無かったとも言う。ただ、正直な話私としては有難かったとも言える。何しろ、フェルナンド殿下とは婚約した頃に一度会ったきりだ。手紙や贈り物も殆どなく、会う事もない婚約者を、誰が好きになれるだろうか?
この婚約は王命だからでしか無い。別に私も好き好んでフェルナンド殿下と結婚したい訳でもないのだ。どうせ私はオメガで無かったとしても、四男である。元より家を継げる立場でも無く、さっさと金のある家と結婚するか、くらいの考えしかなかった。
そんなこんなで待ち続けて……なんと、成人から七年が経った。おや?とは思っていたものの、案の定。
フェルナンド殿下は地方の美しい町娘と恋に落ち、その娘を連れて王都に戻ってきたのだった……。
───────
「だからってあんまりだわ。私がサミュエルをこんなに完璧に育てたのに」
「まあまあ……賠償金も結構貰った事だし」
父がニコニコしながらそう言うと、それもそうね、と母は機嫌良く食卓の肉を頬張った。おいおい、両親共々……もう少し息子の事を悲観してくれても良いんじゃないだろうか。
クローヴィア家の人間は、良い意味でも悪い意味でもあっけらかんとしている。長い歴史があるからこそ、そういう気質なのだろうか。
馬車に一ヶ月程揺られて、私は漸く実家に帰ってきた。その頃には私と殿下の婚約破棄は家にも伝わっており、最初は一家総出で怒ってくれたものだ。しかし賠償金の小切手が王家から家に届くと、父はころっと機嫌を直した。
夕食で家族が集まっても、結局は皆小切手に気を取られている。私の事を気にしている家族はもうあまり居なかった。……まあ、私が殿下の事を好きでも何でも無かったのは皆知っているため、そんなものだろう。
たまに母が思い出したようにフェルナンド殿下の話をして怒り始めるのだが、結局は賠償金で少し豪華になった夕食を前にすると、怒りなんて飛んでしまうのだ。
フェルナンド殿下は地方を視察中、強盗に遭いそうな町娘を助けたらしい。そして運命的な一目惚れを果たした殿下は、町娘を嫁として王都に連れて来た。そしてなんと王家も、その町娘を歓迎した。と言うのも、その町娘はものすごく嫋やかな美人だったことと、調べたところ父親の血筋に有数の子爵家の貴族の血が流れていたためである。没落していたとは言え、貴族は貴族。ということでフェルナンド殿下は町娘を救い、実は子爵の出身だったその美しい娘の身分を明らかにし、恋に落ちましたとさ、めでたしめでたし。という美談と共に王家と国民に広まった。
いや、私は?一応七年待ってたんだが?
まあ確かに殿下の事は全く愛していなかったので、婚約破棄されてもはあ、そうですか……位でしか無いのだが。王家のために受けた勉強は身になっているし、そのおかげでたまに隣国の本の翻訳の仕事等も貰える。見た目に気を使ったおかげもあって、人並み以上には美しい男で居られている自覚だってある。しかも賠償金もかなりの額を貰ったので、農作業に使う装具も新しく買えるのはとても、とてつもなく、有難いのだが。
一つ私には大きな問題が残っている。
「父上、母上。私はもう二十五歳になりましたよ。どうするんですか?オメガは皆殆ど二十歳くらいまでにはどこかしら貰われていくのに……」
「それが問題よね」
「うむ……知り合いに声を掛けては見たんだがなあ、あまり良い返事は貰えなくてな」
そうだろう。貴族でオメガに生まれた者は、家の利権と照らし合わせ、成人前にはほぼ嫁ぎ先が決まっている。そして十八で成人したら結婚してしまうのが殆どで、オメガなのに二十五にもなった私では……既に良い相手の空きがないのだ。
しかし、どこにも嫁がない訳にもいかない。私は四男なので、家業を継ぐ訳にもいかないし、街で働くにはオメガ性が邪魔をする。王家からの賠償金が多額とは言え、これからずっとクローヴィア家を支える程の金額、という程でもない。となるとやはり家の利益となる者と結婚するのが一番良いのだが……。
私が考えあぐねていると、父が顎髭に手をやりながら、口を開いた。
「まあこの際、相手は貴族の身分でなくても良いだろう。どこかの商家で金持ちの家とかはどうだ?最近隣国との貿易が盛んだから、若者でも成功している者が増えてきただろう」
「それもそうね。クローヴィアの様な家柄と繋がりが欲しいところは、そういう成り上がりたい家に多そうだわ」
うーん、それもそうかもしれない。相手が貴族である必要はこの際無いのだ。むしろオメガで二十五歳で四男の私なので、選んでいられる立場でも無い。元より相手にこだわりも無いので、さっさとそういう相手を見繕って結婚に漕ぎ着けよう。
確か国境付近の港では、頻繁に若い商人達の交流パーティーが開かれていると聞いた事がある。そこであわよくばアルファの男、そうでなくてもベータで成功している者を見つけよう。
なんだかものすごく名案に思えてきた。漸く活路を見付けた気がする。私も夕食として出された肉を頬張りながら、父と母に言った。
「確かにそうですね。次の週末には港町の方に行って、商家の若手が集まる交流会を探して乗り込んでみます」
「おお、それが良いかもな」
「私が商家で良さそうな家柄を調べて、リストにしてあげるわ。それを元に婚活を頑張るのよ」
「ありがとうございます。最悪今はオメガのヒート誘発薬なんかもありますからね。既成事実があればこっちのものです」
父と母は一瞬虚をつかれた様な顔をしたが、それもそうだ、と頷いて笑った。なんというか、本当に我が家はあっけらかんとした家なのである。
かくして私は次の婚活に向けて、準備を進めるのだった。
───────
ふむ、確かに商家は今勢いがあるのかもしれない。辺りを見渡しながら、私はそう思った。
早速週末になり、私は宣言通り港町に来て、若者たちの集まりに参加している。商家関連の交流会なので、もちろん突然乗り込む訳にもいかない。そのあたりはきちんと家のツテを頼りに招待状を獲得した。開催されていたのは主催者の家のホールで、なかなかに広くて美しい場所だ。
そして事前に若手でやり手な商家の人間や、貿易を盛んに行う貴族、商人たちの交流の場と聞いていたが、その通りだった。皆身なりも品が良く、そして活気に溢れている。私のように邪な考えで乗り込んできている人間は少なそうで、殆どは仕事の開拓や情報交換に来ている様だった。
母から貰ったリストを頭に叩き込んであるので、参加者の中でも選りすぐりの精鋭達は顔を見ただけで分かった。
例えばあの柱にもたれて仲間と談笑している男性。あれは最近船会社を興して大儲けした家の長男だ。貿易に必須の船は需要も伸び代もある。婚約相手としては気になる存在だ。
あそこの椅子で休んでいるのは、食品を他国から輸入して儲けている家の当主。そっちで酒を飲んでいるのは、国内唯一の葡萄酒の製造を任されている家の次男。……さすがは社交界でも繋がりの多い私の母である。婚約有力候補は抜かりなく、母の情報通りだった。
しかも殆どがアルファだと見た。選べる立場でもないしこの際お相手はベータでもいいとは思ってはいたが、私がオメガなのでどちらかと言うと相手はアルファの方がいい……きちんと番になって貰えるし。
しかし生憎、私はこの集まりに参加してから……ずっと壁の花となっているのだった。
それもそうだろう。見るからに貴族然とした男で、見た事も無い顔が突然参加しているのだ。詐欺師の類いか何かだと思われてる節すらある。
参ったなあ……。先程リストにあった男性を見掛けたのでそれとなく声を掛けてみたのだが、相槌も適当にそそくさとその場を離れられてしまった。
何が悪いんだろうか?今日のために華美すぎず、それでいて華やかなクリーム色のスーツを着て、髪も綺麗にセットしている。ずっと使っていた王家の紋章入りのネックガードも外し、港町で仕入れた美しい刺繍のネックガードに変えた。周りの人達も身綺麗にしているし、変に浮いてはいない格好だと思うのだが……。
しかし!ここでめげる訳にはいかない。両親に宣言した通り、懐にヒート誘発薬も持ってきている。どうにかいい感じの相手と二人きりになり、既成事実をもぎ取るのだ。流石に国内随一の歴史を持つ良家の子息のオメガと床を共にしておいて、責任を取らない様な男は、ここにはいないだろう。
もっと積極的に行かねばと思い、私はとりあえず中央のテーブルに向かった。談笑している人々の中で一人、グラスを片手に後ろを向いている男性がいた。一際背が高い男性だった上に、母お手製の有力候補リストには思い当たる特徴では無かった。しかしここで躊躇していても仕方がない。私は思い切って声を掛けてみることにした。
「あの」
「ん?」
振り返った男性に、内心驚いてしまった。
その男性は明らかにこの国の人では無かった。やや浅黒い肌色に、意志の強そうな黒い瞳。彫りは深く、髪色は後ろ姿では普通の茶髪に見えたのだが、やや癖のある茶褐色が男性的な雰囲気で良く似合う。背も高くがっしりとしていて、あまり見なれないような刺繍の施された、黒い上質な服を身に纏っていた。
そう、有り体に言えば……いかにもアルファ然とした、かなりの美丈夫だった。そしてどう見ても成功者のなりをしているが、母のリストには載っていないと思われる。こんな男性、載っていない方がおかしいのだが……急遽参加する事になった人等だろうか。この辺りは貿易がとても盛んな港町なので、ちょうど最近他国からやってきたとか。服装や雰囲気的にも、多分海を隔てた先にある南の国の人物だろうが……。
うーん、他国か。輿入れするとなったら、他国に住むのは大変だな……等と、会って間もないくせに勝手に考えた自分を恥じる。そもそも私は選べる立場でも無いくせに、何を偉そうに考えているのやら……。
色々な考えを押し殺し、私はにこりとその人に微笑みかけた。
「おひとりの様なので声を掛けたんですが、良ければお話しませんか?」
「……あー……、まあ、良いが」
見た目の雰囲気とぴったりな低めの声で、男は粗野に言い放った。相手も微笑んではいるが、どうも私を探る様な目付きだ。やはり何かの詐欺師とでも思われているのかもしれない。何はともあれ、今日ここに来て初めて誰かと話す機会を得た。逃す手立ては無い、とばかりに私は彼に話し掛ける。
「私はサミュエル、ここからほど近いところの領主の息子です。失礼ですが貴方は、南の方のご出身ですか?」
「ああ、そうだ。分かるものか?今日はたまたま商談でこっちに来ていたんだ。俺の名前はハリム」
そう言い、ハリムは私の手を取った。握手かと思ったが……ハリムはそのまま顔を近付け、私の手の甲に小さくキスをした。
「……」
思わず呆気に取られてしまった。手の甲に口付けを送るのは、貴族間ではある事だ。親愛の証や、それこそ女性を口説く時なんかにはよく見られるが……まさかオメガとは言え男性の私にされるとは思っていなくて、狼狽えてしまった。いかなる場でも冷静であれ、というのが誇り高き貴族の教えなのに。生まれてこの方私は王家に嫁ぐ事と家の手伝いをする事だけを考えて生きてきたのだ。そんな事をされるとも思っていなくて、思わず素で驚いてしまった。
そんな私の様子を上目で確認すると、男は笑みを深めた。からかわれたのかもしれない。
ハリムは、「まあここだと話も出来そうにないしな、移動するか」と言い、会場の隅の方へと歩いていった。確かに周りを見渡すと、なんとなく皆が私やハリムの方に意識を向けているのが分かる。明らかに大物そうな他国の男と、詐欺師のような見た目の私の組み合わせが、気になるのだろうか?
兎にも角にも、私は千載一遇のチャンス!とばかりにハリムの後ろをついて行くのだった。
───────
「そう。うちの国の食品や雑貨、絨毯はこの国でもよく取引してもらってるが、中でも茶葉がよく売れる」
「そうみたいですね。茶葉はあまりこの国の気候では育たないんですよ。育ってもまろやかな味の茶葉ばかりで。南の茶葉は味が濃くて香ばしいから、貴族の間では特に重宝されてますね」
「うちじゃあ庶民もみんな茶を飲むんだけどな。管理が難しいとはいえ、それくらいこっちでも普及してもらいたいもんだ」
「この港町に店を出してみるのはいかがです?値段的に安価で流行れば、他の地域にも波及していくでしょうし」
そうだな、とハリムは笑い、テーブルの上の葡萄酒を一口煽った。
まずは当たり障りのない話からするのが良いだろう、と私はハリムに出身国の話を振った。そこからあれよあれよと話す間に、ハリムの博識さが窺い知れた。貿易や経済についてはかなり詳しいし、他国の情勢にも詳しい。国のため家のためとかつては猛勉強していた私の血も騒ぎ、気付けば色んな話が弾んでしまった。どうやらハリムの方もそう感じてくれているみたいで、暫くは会場の隅で立ち話をしていたのだが、その後別の個室の談笑スペースに場所を移した。
奥まったそこは完全に個室になっており、図らずも既成事実を作るにはもってこいの場所だった。
軽いつまみと酒を交わしながら、私とハリムは交流を深めた。なんというかこのハリムという男性……あまりにも、気が合う。
第一に、ハリムは本当に博識だった。私も知識は持ち合わせている方だが、一緒に話していると際限なく話せそうな程様々な話が出来た。そして第二に、ハリムは人の話を聞くのも上手いし、人に話を聞かせるのも上手かった。どう考えても彼は……そんじょそこらの並の商人では無いと思う。人を操り、また人の上に立つ事にも慣れている人だ。
母のリストに無かったので、ハリムが一体何者なのかはよく分からない。推察するに、商団をいくつかまとめていたり、貿易関連の会社を経営しているような話しぶりだ。胡散臭さは感じないので真っ当な人間だとは思うが、よく知らない人間とこんなに仲を深めて良いんだろうか?と思わなくもない。ただそれを差し置いても、私はこの男を気に入っていた。
そんな事をつらつらと考えていたら、ハリムが私に話し掛けた。
「さっき外国語も勉強していたと話してたが、うちの国の言葉も話せるのか?」
『はい、少しだけ』
私が南の言葉で喋ってみせると、ハリムは目を見開いて笑みを浮かべた。
『綺麗な発音だ。かなり練習したんじゃないか?』
『一通りの会話は出来るようになりたくて。頑張りました』
『うちの言葉は発音が難しいのに、よくそこまで喋れるようになったな』
『ありがとうございます。外国語はいくつも勉強しましたが、実際その国の方と話す機会はあまり無くて。そう言って頂けて嬉しいです』
『他にも話せるのか?凄いな、サミュエルは』
褒められて嬉しくなった私は、ついつい酒が進んでしまう。
それからも、私とハリムの会話は進んだ。色んな話をしていたら、気付けば結構な長い間話し込んでしまった気がする。私はすっかり……この人が気に入ってしまった。ハリムの美しく男らしい容貌だけでなく、博識で落ち着いた中身を知り、もっと仲を深めたいと思った。何なら……惹かれているとすら感じる。
ただそのせいで、当初の目的を果たすか否か考えてしまった。
だって、ここでひっそりと薬を服用して、襲ってもみろ。確かに既成事実は作れるし、結婚も出来るかもしれない。でも間違いなく私はハリムから嫌われてしまうだろう。
そう思うと、ちくりと胸が痛んだ。いや、最初からそういう目的で近付いているし、それがどれだけ自己中心的な思惑なのかも分かってはいたが……誤算だったのは、私がハリムに嫌われたくなくて、これからも定期的に会って親交を深めたいと思える程、この男に好感を抱いてしまっている事だった。
誤魔化すように、私はハリムに話を振る。
「貴方は、こうしてよく色んな国を回るんですか?」
「そうだな。今は仕事でよく転々としてるな。まあ、そろそろ腰を据えないといけない時期なんだが」
「……そうですか」
腰を据える。つまり、自国から外に出なくなるということか。そうしたらきっと、私とはもう会えなくなってしまうだろう。
そう思ったら……やはり胸が痛い。だったらいっそ、やはりここで既成事実を作り、そのまま嫁いでしまえば……。
しかしそれでハリムに嫌われてしまったら?今は優しくこちらの話を聞いてくれているが、もしこの瞳に私への憎悪が浮かびでもしたら、泣いてしまうかもしれない……。
どうしたらいいのか、と悶々としていると、談笑室の部屋のドアがノックされた。何だろう?と思っていると、どうやらハリムの部下が来たらしい。部下らしき男はハリムに近付き、そっと彼に耳打ちした。
用が済んだとばかりにその男性は部屋を後にしたが、ハリムはというと……ふむ、と考え込むように黙り、何故か私の方を見詰めていた。
「……あの、何か?」
「いや。別に」
別に、と言う割には、ハリムは私を探るような目付きを止めない。何故だか私の当初の思惑がバレているような気がしてきて、思わずそのヒート誘発薬の入っている懐に手をやった。
その時だった。目にも止まらぬ速さで、ハリムは私の手を掴んだ。そのまま痛いほど手を掴まれ、ぐい、と手を引っ張られる。驚いた私は思わず前のめりになってしまい、身を乗り出したハリムと思いがけず距離を詰めてしまった。
そのままハリムは突然……私のスーツの懐に手を突っ込んだ。あまりの素早さに為す術も無い私を他所に、ハリムは私の懐から袋を取り出してしまった。
「……あ!」
「何だこれは?」
袋を取り返そうともがいたが、相手は体格の良いアルファだ。ハリムは私を片腕で制し、もう片方の手でその袋の中身を取り出した。そう、ヒートの誘発薬だ。
「ふうん。形状的に……俺に害があるものでは無いが、そういう事か」
「あ、あの……」
「どういうつもりでこれを持っているんだ?答えによっては、ただじゃ済まない」
ぎらり、とハリムの目が光る。明らかに怒っている……その目が怖い。
嫌われるのは嫌だと思っていたが、こうも簡単にその時が訪れるとは。しかもこうしてアルファの威圧を間近で感じたのは人生でも初めてだった。
少し恐ろしい。改めて自分が、今までのうのうと生きてきた事を実感する。
威圧に負け、何と言っていいのかも分からず押し黙っていると、ハリムは口の片方を釣り上げて冷酷に笑った。
「まあいい。生憎俺は、何だろうと据え膳は食う派でね」
「え……?」
「この後どうなろうと別に構わない。それに俺は、お前に謀られるのも……悪くないと思ってるしな」
ハリムは袋からヒート誘発薬を取り出すと、そのまま自分の口に放り込んだ。しかもボリボリとまるで菓子でも食べるかの様に噛み砕くと、呆気に取られる私の後頭部に手をやり、そのまま無理やり口付けられてしまった。
「ぅ、んっ!!」
「ほら、味わえ」
いきなりものすごく深く口付けられて、舌を捩じ込まれる。舌を伝ってハリムの唾液が流れ込んできて、ほんのり苦いような味が口の中に広がった。
あ、これ……やばいかもしれない。
ハリムはこの薬が何なのか分かっている。分かっていて、私に無理やり摂取させたんだ。
慌てて身を引こうとする私を、彼は許さなかった。後頭部に添えられた手とは逆の手で私の体を抱き込み、そのまま座っていた大きなソファに押し倒される。
そして食われそうな程深く口付けられて、私は息すらも出来なかった。ただ舌で口内を蹂躙され、上顎すらなぞられる。あまりに淫靡な全身を走るぞくぞくとした感覚に、恐怖すら感じた。
もう何を考えても遅い。きっと数分後には、この薬が効いてきてしまう……。
もう少し他の出会い方をしていたら、こうはならなかったのだろうか。私が浅はかにも既成事実なんて作りに来たばかりに、良いなと思った相手にもこんな展開になってしまったのだ。
それなのに、これからこのアルファに抱かれる……と思うと嬉しくて仕方が無い気持ちが沸いてきてしまった。どうしようも無い。私はいつの間にか……こんな短時間のうちに、すっかりハリムという男に惹かれてしまった事を、認めざるを得なかった。
───────
「あ、あああっ!……だめ、そんなに……んっ」
「駄目?こんなにしてるくせに?」
「ぅ、んっ!ぁ、ああっ」
ぐちゃぐちゃと酷い音がしている。耳を塞ぎたい気もするが、まるで思考にモヤがかかった様な酩酊感で、そんな事はどうでも良かった。
気持ち良い。それしか考えられない。
ハリムの指が、私の中に入っている。それだけで脳の中が蕩けてしまいそうだ。今や私は服を着ているのか着ていないのかも分からないし、後ろにハリムの指が何本入っているのかも分からない。ただ目の前にいる男が欲しくてたまらなかった。
「あ、っ!ハリム……」
思わず目の前の身体に抱き着けば、ふわりとスパイシーな甘い香りがした。きっとハリムのフェロモンの香りだ。それを嗅ぐだけで、自分の後ろが益々濡れていくのが分かる。
ああ、あんなに既成事実を作るか作らまいか悩んでいたのに。発情状態でアルファを目の前にすると、こうなってしまうんだな。
ほんの少しだけ残った理性が、頭の片隅でそう思わせた。何しろ私は王家に嫁ぐ身だったので、この歳にして純血潔白な童貞処女である。発情期にアルファと過ごした経験なんてあるはずも無い。
ハリムの指が私の中で蠢くのと同時に、もう片方の手で私の乳首を撫でた。すっかり立ち上がったそこは、軽く撫でられるだけで電流が走ったかのように気持ちが良い。
そんな自分に恐ろしさもあるのに、目の前で服をはだけたハリムを見ていたら、どうでも良くなってしまう。ただこの熱をどうにかして欲しい。
そのぬかるんだ後ろの孔を、埋めて欲しい。
そんな風に考えていたら、きゅっと後ろを締め付けてしまった。中に入っていたハリムの指にもそれが伝わった様で、彼は片方の唇を釣り上げて笑った。
「そんなに欲しいか、俺が」
多分私を揶揄っていると思うのに、どこかハリムの視線にも余裕の無さを感じた。身体が蕩けそうな程……嬉しい。
私は思わず笑みを零し、言った。
「欲しい。ハリム……貴方が欲しい……っ」
「っ……」
「あ、……ぅっ……ああっ!」
ハリムはぐい、と私の脚を抱えると、そのまま容赦なく私の孔に己の熱を突き立てた。挿れられた瞬間、私はあまりの熱さと幸福感に……それだけで達してしまった。
嬉しい。気持ち良い。もうハリムの事しか考えられない。
ハリムは、そのまま激しく抽挿を始める。先端が中の上側をごり、と擦る度に、私の口からははしたない声が漏れた。
「あ、あっ、んっ!ハリム……っ」
「はぁ……」
ハリムも私の中で気持ち良くなっているのか、うっすらと顔に汗が滲んでいた。やや着崩した上着から覗く上半身も汗ばんでいて、とてつもなく色っぽかった。
しかもこの、匂い。私のフェロモンに反応してくれているからこそ、ハリムもこうしてフェロモンを出してくれているのだ。
ああ、こんなに幸せな事が人生の中にあったなんて。
知らなかった。フェルナンド第三王子殿下に嫁ぐために花嫁修業をしていた期間も、父の手伝いで農業をやっていた時も、何も感じなかった。ただこれは義務で、やるべき事で、でもそれなりに幸せだと思っていた。
この幸せは、何なんだろうか?オメガとしての本能の幸せか?それとも、相手がハリムだからだろうか。会ってまだ、間もないのに。どうしてこんなに幸せなんだろう。
ハリムが腰を動かす度に、酷く濡れた私の孔がぐちゃぐちゃと音を立てた。それすらも淫靡でたまらない。
しかも、挿入のためにハリムが私の方に身を乗り出している。そのせいで彼の腹筋で私の前の起立が擦られて、余計に気持ちが良い。
「んっ!ぅ、もう……っ!」
「またイくか?」
「い、いくっ……ハリム、噛んで……っ」
私は首元のネックガードを外した。ハリムは一瞬目を見開いて、腰の動きを止めた。
「……いいのか?噛んだら、俺とお前は番だぞ」
「いい。ハリムがいい……」
ハリムは唸る様な声を発すると、くるりと私の身体をひっくり返した。さらりと項を掻き分けられて、露わにされる。それだけで身体が歓喜に震えた。
ハリムはそのまま、私の臀部を掴んだ。そしてすっかり泥濘きった孔を拡げ、熱を捩じ込んだ。
「あっ、ああっ!」
「クソ、やられた……」
「う、んっ!……、ぁあっ」
「抗えない。お前がこんなに可愛くて、俺と相性が良すぎるのが悪い」
ハリムの身体が、私に覆いかぶさってくる。私の背中にハリムの胸元が当たったかと思うと、その瞬間首筋に思いっきり歯を立てられた。
「ああああっ……!!」
痛い、痛いのに、気持ちが良い。全身が歓喜に包まれて震える。
一瞬頭の中が真っ白になり、気付けば前から白いものを漏らしていた。
ああ、分かる。これって多分、フェルナンド殿下が相手だったらこうはならない。今日ここに来ていた、他の見知らぬアルファ達でもきっとならない。
ハリムだからこうなった。何故だか全てのピースがカチッとはまったような気さえして、私は微笑んで後ろを振り返った。
「……嬉しい」
「っ、お前……」
「ぅ、あっ!」
ハリムが、再び激しい抽挿を繰り返した。達したばかりの私にはキツい筈だが、しかし発情期の力なのか……はたまた番になりたてだからなのか、私は嬉しさしか感じなかった。
「もっと……、ハリム……好き……」
「……サミュエル。もう俺のものだ」
嬉しくて、うん、と頷くと、ハリムは私の顎を取り、無理やり後ろから口付けた。体勢的に身体が痛いが最早どうでもいい。
そこから私達は、飽きる事なく何度も抱き合った。今が昼なのか夜なのかすら分からないが、とにかくお互いが欲しくて仕方が無い。
漸く正常な意識を取り戻したのは、それから三日経った夜の事だった。
───────
「う……ん?いたた……」
ずき、という腰の痛みに目が覚めた。何だこれ?私はそれなりに鍛えているので、稲刈りの時期ですらこうはならない。しかし今は全身が筋肉痛で痛いし、何より腰がとてつもなく痛い。
とりあえず起き上がろう、と思い辺りを見回したが、あまりにも見覚えの無い光景に固まってしまった。
「え?いや、どこだここは」
見慣れない模様の赤い絨毯に、真っ白な麻の天蓋。家具も我が国では見た事の無い細工が施された一級品である。窓際に飾られた大きな植物は、いかにも南の国で育ちそうな葉の大きなものだった。
しかも、寒くない。我が国は今はやや寒い季節で、上着が無いとやっていられない筈だ。それなのに今、白い薄手のガウンの様なものを身にまとっている私だが、やや暖かいくらいの風を感じる。
しばらく考えて、色々と思い出される。そう、私は確か結婚相手探しに商家の集まりに顔を出し、そこで異国の美丈夫に惹かれ、そして……。
まざまざとここ数日の痴態を思い出してしまい、自ずと顔が熱くなった。
まさかここって、うちの国では無い?もしやハリムの……。
そこまで考えた時、入口からシャラン、という鐘の音が鳴った。
「お、起きたか」
「ハリム……」
私と似たような白い服を身にまとい、ハリムが現れた。手にはいくつかの切られた果物と水が用意されていたが、彼はそれをベッドの横のテーブルに置いた。そしてベッドの上で固まっている私の肩を引き寄せて、そのまま唇に軽く口付けた。
「!」
「よく眠れたか?ヒートから抜けても、疲れたのか一日近く目覚めなかったからな」
ヒートから抜けているのか、私は。なのにどうして今、私を抱いているハリムの香りにドキドキしているんだろう。
しかも何故なのか……全く抗いたくない。私は思わず彼の懐に身体を預け、腹の所に腕を回した。ハリムは怒るどころか、上機嫌に私の額に口付けた。
「というか、ここはどこですか?」
「ああ、気付いてるだろう。俺の国だ」
「やっぱり。いつの間に連れて来たんですか……」
「サミュエルが寝てる間に、船に乗せてな。当たり前だろ?俺は嫁と遠距離で暮らす趣味は無い」
「嫁……」
嫁、と聞いて、胸がときめいてしまった。本当に私を正式に娶ってくれるつもりの様だ。嬉しくて、つい顔が綻ぶ。
しかしハリムは、私を抱いていた腕の拘束を解き、真剣な表情で私に向き直った。
「で、サミュエル。お前の思惑は何だ?あの時は俺も頭に血が上っていたし、何であれお前を抱く事にした訳だが。目的は何だった?」
「……」
「俺の金や身体目当てで近付いたのか?それとも、俺と番えば皇家に名を連ねる事になるから、地位と名声が欲しいのか。それか……俺を疎ましく思う一派の仲間なのか、お前は」
「………………はい?」
何?今なんと言った。ハリムと番えば、皇家に名を連ねる……?ハリムを疎ましく思う派閥の仲間……?
一つの恐ろしい考えに辿り着き、私は恐る恐る口を開いた。
「もしや、ハリム……貴方は……」
「……ハリム・エルザヒド・ディワリ。それが俺の本名だ。正真正銘、この国の第一皇子にあたる」
私は卒倒しかけた。
待て。待て……!確かに私は、それなりの人間と結婚しようとした、打算的で考え足らずの行き遅れオメガだ。だからって、隣国の皇族なんていう超大物を引っ掛けたかった訳ではないのだが……!
ふら、とよろめいた私の腰を支えたハリムだが、私の顔を覗き込み、安堵のため息を一つ漏らした。
「その感じだと、やっぱり俺が誰なのか知らなかったな」
「し、知るわけが無い……!ただの裕福な商人のアルファだと思った……」
思わず敬語の取れた私に、ハリムは蕩けるように笑って「その口調の方が良いな」と言った。
仕方なく、私は洗いざらい話した。自分は二十五歳にして行き遅れてしまった名家のオメガで、家柄よりも金のありそうな商家のアルファと結婚を目論んでいた、と。
ハリムは若干笑いながら私の話を聞いていたが、はあ、と呆れた様な声を出した。
「つまりお前は、ヒート誘発薬でヒートになって、適当なアルファとセックスをして番にしてもらうつもりだったんだな?」
「……有り体に言えば、そうです」
「馬鹿だな。というか、俺以外に抱かれそうになってた事が腹立つ」
「いや、貴方くらいしか私をまともに相手にしてくれませんでしたが」
「サミュエルが美人すぎるからだろ。極上な獲物には、流石に俺くらいじゃなきゃ寄り付かない」
兎に角、馬鹿なアルファに捕まらなくて良かった、とハリムは私を抱き締めた。
私はそっと彼の背中に腕を回す。
「あの、私って第二夫人とか第三夫人とか、そういう位置でしょうか」
「……お前の国はどうか知らないが、少なくともこの国は一度番った相手一人しか娶らない」
「でも私は二十五歳の行き遅れ男性オメガですし……」
「この国では、オメガだから何歳までに結婚するとか、そういう価値観は存在しない」
「しかも、オメガのわりに華奢じゃなくて結構背も高くて……」
「綺麗に付いた筋肉が色っぽい。身長も口付けしやすくて良いだろ」
他にはなんだ?とハリムは喉の奥で笑った。
もう、観念するしかない。
「……初めて話した時から、凄く気が合うなと思ってて……こんなに話してて楽しい相手がいるんだなって思いました。惹かれてしまったから、今更ヒート誘発薬で誘惑するなんてして、貴方に嫌われたくなかった。変な風に思ったでしょうに、ごめんなさい」
「……俺もだよ。サミュエルが何者なのかは部下に探らせてたが、思惑が分からなかった。でもそれでもいいかと思った……謀られたところで、お前が手に入るならそれで良いと」
顔を上げた私に、ハリムが優しく微笑んだ。
自然とお互い顔が近付いて、気付けば唇が重なっていた。
胸が暖かい。発情期の時とはまた違った、穏やかな幸福感が体を襲った。
私は微笑んで、彼にぎゅっと抱き着いた。
「好きです、ハリム」
「ああ、俺も愛してる……サミュエル。こんな始まりだけど、これから挽回しような」
「はい」
浅はかで短絡的な婚活だったが、まさかこんな大物と番ってしまうとは思わなかった。でも、私はハリムの身分や財産を好きになった訳では無い。何者か分からなくても、どうしようもなくこの人がいいと思ってしまったのだから。
予想もしなかった幸せに、私は思わず首の後ろの噛み跡を触った。確かにそこには、くっきりと歯形が残っている感触がする。
そんな私を見て、ハリムも嬉しそうに笑った。
これから、多分色々と大変だと思う。我がクローヴィア家の両親や兄弟たちにも話さないといけないし、移住の手続き、それ以上にこの国の事をもっと学ばねばならない。しかし何故だか、このアルファと一緒なら大丈夫だと言う気がしてくるから不思議だ。
確か、アルファとオメガには運命の番、というものが存在するという。唯一無二の二人で、目と目が合うだけで結ばれてしまう、都市伝説的な話だ。
きっとそこまでではなくとも、私とハリムはきっとこうなる運命だったのでは無いか、と思ってしまった。だから私は第三王子殿下の婚約も上手くいかなかったのだ……この人と出会う運命だったから。
落ちてくる唇に身を委ねて、私はこれからの二人の幸せを思って、ゆっくりと目を閉じた。
1,605
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になったら弟の恋人になった
天霧 ロウ
BL
ギウリは種違いの弟であるトラドのことが性的に好きだ。そして酔ったフリの勢いでトラドにキスをしてしまった。とっさにごまかしたものの気まずい雰囲気になり、それ以来、ギウリはトラドを避けるような生活をしていた。
そんなある日、酒を飲んだ帰りに路地裏で老婆から「忘れたい記憶を消せる薬を売るよ」と言われる。半信半疑で買ったギウリは家に帰るとその薬を飲み干し意識を失った。
そして目覚めたときには自分の名前以外なにも覚えていなかった。
見覚えのない場所に戸惑っていれば、トラドが訪れた末に「俺たちは兄弟だけど、恋人なの忘れたのか?」と寂しそうに告げてきたのだった。
トラド×ギウリ
(ファンタジー/弟×兄/魔物×半魔/ブラコン×鈍感/両片思い/溺愛/人外/記憶喪失/カントボーイ/ハッピーエンド/お人好し受/甘々/腹黒攻/美形×地味)
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
王子様の愛が重たくて頭が痛い。
しろみ
BL
「家族が穏やかに暮らせて、平穏な日常が送れるのなら何でもいい」
前世の記憶が断片的に残ってる遼には“王子様”のような幼馴染がいる。花のような美少年である幼馴染は遼にとって悩みの種だった。幼馴染にべったりされ過ぎて恋人ができても長続きしないのだ。次こそは!と意気込んだ日のことだったーー
距離感がバグってる男の子たちのお話。
パン屋の僕の勘違い【完】
おはぎ
BL
パン屋を営むミランは、毎朝、騎士団のためのパンを取りに来る副団長に恋心を抱いていた。だが、自分が空いてにされるはずないと、その気持ちに蓋をする日々。仲良くなった騎士のキトラと祭りに行くことになり、楽しみに出掛けた先で……。
出世したいので愛は要りません
ふじの
BL
オメガのガブリエルはオメガらしい人生を歩む事が不満だった。出世を目論みオメガ初の官僚としてバリバリと働いていたは良いものの、些細な事で体調を崩す様になってしまう。それがきっかけで五年程前に利害の一致から愛の無い結婚をしたアルファである夫、フェリックスとの関係性が徐々に変わっていくのだった。
王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います
卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。
◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる