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第1部 夏
第2話 怒られる人間でありたい。
しおりを挟む「え……?」
俺は小浦の言葉に、分かりやすく戸惑ってしまう。確かに俺から声をかけたりはしなかったが、別に避けている訳ではない。
ただ……気まずいんだ。何度も告白して何度も撃沈した俺が、今更どんな会話を持ち掛ければいいのか、どんな顔して話しかけていいのか……分からない。
ただ、それだけだったんだ。
「なんでそう思うんだ……?」
質問に質問で返すのが、今の俺の限界だった。
「だって……去年と違って、せっかく同じクラスになったのに全然話しかけてこないし、目が合ってもすぐに逸らしちゃうし……」
それはお前に振られたからだよ。なんて言えるはずもなく、何か上手い返しはないか考えた。
「それって、もっと俺と話したかったってこと? やっと俺の魅力に気付いて惚れなおしたとか?」
考えるだけ無駄だった。茶化すような言葉が、思考よりも先に口から溢れ出てしまう。
「はぁ……最初っから惚れてないから……」
小浦は深いため息とともに立ち上がった。
俺の前まで来ると、腰に手を当てる。
「あたしは、青嶋くんと友達でいたいって言ったの。他人になりたいなんて、言ってない……」
その寂しそうな憂いを含んだ表情に、俺は胸がギュウっと締め付けられるような……そう、告白して振られた時と似たような感覚を再び、いや……四度味わった。
「そんなつもりはなくて。小浦が迷惑かなって思って、俺からは控えてたっていうか……」
「青嶋くんっていっつもそうだよね。初めて告白してくれた日だって、あたしはまだ言いたい事あったのに走ってどっか行っちゃうし、2回目だって……3回目もすぐに電話切っちゃうし……そうやって自分の中だけで全部勝手に終わらせないでよ!」
怒っている小浦を、初めて見た。
――なぜ俺は今、怒られているのだろうか。そして、怒った顔も本当に可愛い。
「仕方ないだろ、俺だっていっぱいいっぱいだったんだよ! 3回とも心臓が破裂するんじゃないかってくらい緊張したし……断られた時は、毎回人生の終わりみたいな気持ちになるんだ!」
「告白した側だけが辛いなんて思わないでよ! あたしだって断るのは胸が痛かったし、これから青嶋くんとどんな顔して学校で話せばいいか、色々考えたんだから!」
小浦の真剣な表情と言葉は、俺の過去をえぐるように、癒えかけていた古傷を呼び覚ました。
「ならもういいだろ。俺は小浦を避けてる訳じゃない。俺だって、どう接していいか分からないだけだよ」
「じゃあ去年みたいに普通にしてよ」
「……そう簡単に言うなよ」
それが出来たら、苦労はしない。俺だって、出来ることならそうしたい。でも、どうしても思い出しちゃうんだよ。
「青嶋くんからが無理なら、それならあたしから話しかけるから、その時は今まで通りに接してよ……」
小浦の瞳は少し潤んでいた。こんな瞳に見つめらたら、男であればどんな願いでも聞いてしまうだろうと思った。
「ど、努力するよ……」
俺の返事を聞くと、小浦は自分の席までトコトコと戻っていき着席した。
「な、なんだったんだ……」
その帰り道、小浦の怒った顔がしばらく頭から離れなかった。
俺は自転車を走らせながら、久しぶりに2人きりで話せた内容が喧嘩みたいになってしまったことを後悔しつつ、これからは前みたいに普通に話せるよう頑張ろうと思った。
俺の高校は県内の中心部に位置していて、家から車でも30分以上はかかる距離だ。だから通学では電車を使って最寄駅まで移動し、そこからは駅の駐輪場に停めてある自転車で学校まで通っている。最寄駅から自転車を全力で走らせても20分以上かかるのが、車社会の田舎ならではの悩みだ。
でも田舎生まれの俺にとって、県内では1番栄えた市街地を眺めながら自転車を走らせる時間は嫌いではなかった。
俺は駅方向へと向かっていたが、途中でそれとは逆方向にハンドルを切る。寄り道をしたかった訳ではなく、今日はアルバイトの日だったからだ。
アルバイト先の『焼き鳥 たまだ』に到着すると、裏に回り隅の方へ自転車を止める。
このお店は60年の歴史ある焼鳥屋さんで、いわゆる老舗だ。4階建てのビルになっており、4階は店主ご夫妻のご自宅で、3階は社員寮、2階は昔使われていた客席だったが現在は物置きになっている。
俺はいつものように裏口から入り、従業員通路から厨房へと向かった。
「おはようございます」
「青嶋君、おはよう」
この人はパートの『矢守』さん。ポッチャリとした体型で、いつも笑顔の優しさ溢れるおばさまだ。意外と流行りの歌手に詳しかったりする。
「青嶋、ちょっと手伝ってくれ」
と、店舗客席前の焼き場より、俺がいる裏の厨房が見える小窓から顔を覗かせているのが、この店の2代目社長。年齢は60歳で、大のギャンブル好き。奥さんのいないところでよくボソッと、昔のヤンチャ話や女性関係の話を聞かされる。
俺がこの店で働くきっかけになったのが、何を隠そうあの失恋なのだ。高校1年の冬、小浦を諦めた俺は、何もせず家にいるのが苦痛で仕方がなかった。なにか気が紛れる方法はないかと考え、アルバイト雑誌をめくり、この店に電話をかけたのだった。
「お前は本当になんでも器用にこなしちまう奴だな」
社長は新しく導入したビールサーバーの洗浄を手伝った俺に笑顔を向けた。社長はよくこうして褒めてくれる。それが嬉しくて、最近ではこの仕事にやりがいすら感じられるようになった。
「しぃ、今日から新しい子が入るからね」
客席で新聞を読んでいた奥さんが、眼鏡を外して声をかける。『しぃ』とは、奥さんだけが呼ぶ俺のあだ名だ。その由来は、シフトに名前を書く際、青嶋という名字が2人いるらしく区別する為に『青嶋し』と書いた事から、段々と『し』のみが書かれるようになり、今では呼び方まで『しぃ』となったのだ。
「はい! 何歳くらいの人なんですか?」
「確かしぃと同じ高校で歳も一緒くらいだったよ」
俺は誰だろうと思いながら、厨房に戻ってサラダの仕込みをしていると、裏口の扉が開いた。
「おはようございます」
そう言って入ってきた人に見覚えがある……どころの騒ぎではなかった。それは、俺の高校で小浦と並ぶ美女と噂高い、『後藤 姫華』だったのだ。
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