サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海

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第1部 夏

第4話 じゃんけんぽん、あいこでしょ。

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 後藤さんが『たまだ』に来てから、約1週間が過ぎた。

「しぃ、これってどこに片付けるんだっけ?」

「あ、それはシンクの上のケースの中」

「ここね……ありがと」
少し背伸びをしながら、計量カップを片付ける彼女の後ろ姿に見惚れて手が止まる。

 ――すぐに振り返った後藤さんと目が合い、慌てて自分の作業に戻る。

「そんなに心配しなくても、これくらい届くわよ」

「別に、心配はしてねぇよ……」

 彼女は飲み込みが早くて、キッチン業務の簡単なサラダやスピードメニューならば1人で卒なくこなせるようになっていた。

「そろそろ他のサイドメニューにも挑戦してみる?」

「でも、今日は土曜日で忙しいんでしょう?  私のせいで提供が遅れちゃったら申し訳ないわ……」

「大丈夫だって。ヤバかったら俺がフォローするし」

「じゃあ……やってみたい」

 俺がサイドメニューの説明をしていると、奥さんが困った顔で厨房にやってきた。
「どうしようかねぇ……」

「どうかしたんですか?」

「矢守さん、体調が悪くなって今日こられないらしいんだよ……」

「そうですか……大丈夫ですよ!  俺が厨房の様子も見ながらやってみるんで!」

「そうかい?  じゃあ頼むよ。一応誰か代わりがいないかギリギリまで探してみるから」

 結局、土曜日に代わりの人員は補給出来ずに、オープン時間を迎えた。

「どうしよう、私自信ないわ……」

「大丈夫、なんかあったら呼んでくれればすぐ来るから」


 土曜日という事もあり、オープンからあっという間に店内は満席になってしまった。
 一度に注文が殺到し、厨房には大量のオーダー表が回ってくる。だが、入って1週間の姫華がその量を1人で捌き切る事など出来る筈もなく、パニックに陥った彼女の脳内は思考を止めてフリーズし、目には涙を浮かべた。
 
 この日はホール担当だった将は、オーダーとファーストドリンクに手を取られ、すぐには厨房の様子を見る事が出来なかった。

 なんとか全ての卓にドリンクを出し切り、厨房に入った将が目にしたのは、スーッと涙を流しながら、ただその場に立ち尽くしている姫華の姿だった。

 将はすぐに姫華のそばまで近付くと、ゆっくりと手を挙げる。それを見た姫華は叩かれると思ったのか、グッと目を瞑った。

「遅くなった。ごめん……」
将の手は、姫華の頭をポンっと優しく撫でた。

「ごめんなさい……わたし……」
将をじっと見つめる姫華はまだ混乱していた。

「よし、後藤さん。じゃんけん――」
将がいきなり拳を振りながらそう言った為、姫華も慌てて手を出す。

「ぽんっ!」

 姫華はグー、将はチョキを出していた。

「じゃあ後藤さんはサラダとスピードメニューね。俺はその他のサイドやるから。サラダは全部で4つ、冷蔵庫に準備してあるからドレッシングをかけるだけでいいよ。それが終わったら冷奴が3つとキムチが2つ。同時に枝豆を5人前解凍しよう」

「え、わ、分かったわ……」
姫華は涙を袖で拭って、将の指示通り調理を始める。

 その後も将はホールとキッチンを行き来しながら、提供スピードを下げる事なく、ピークタイムを乗り切った。

 
「青嶋、お前は本当に凄い奴だな。後藤ちゃんと好きなジュース飲んでいいぞ」
社長は忙しかった日のピークが過ぎると、みんなにジュースをご馳走してくれる。俺は密かにその時間を楽しみにしていた。

「後藤さん、社長がジュース飲んでいいってさ。なに飲む?」

「じゃあコーラで……」

「オッケー」

 俺が飲み物を渡すと、後藤さんは深刻そうな顔で呟く。

「やっぱり私、向いてないのかしら……」

「なに言ってんだよ。初めての週末であれだけ出来たら十分すごいよ」

「でも……しぃが居なかったら、なんにも出来なかった……」

「お店ってのはチームスポーツと同じなんだ。個人戦じゃないから、みんなで力を合わせて、お客さんに美味しいものを届けるのが俺らの仕事なんだよ」

「フフ、それも社長の受け売り?」

「あれ、バレた……?」


 アルバイトが終わり、外に出て自転車に乗ろうとすると、後藤さんがかしこまった様子で俺を引き止めた。

「ちょっと、いい?」

「どうしたんだ?」

「今日は本当にありがとう。しぃと同じバイト先で……良かったわ」

「照れるからそんなのいいって。それにもう店の外なんだからその呼び方やめろよな!」

「そうね……でも本当に感謝してるの。ありがとう青嶋君」
この笑顔をオークションにかけたら、きっと高値がつく。そんな馬鹿みたいなことを考えさせられるほど、俺は舞い上がっていた。
 

 週が明けて、終業式の日がやってきた。

「明日から夏休みだけど将はなんか予定あるのか?」

「特にないなぁ……バイトばっかになりそ」

「でも後藤さんと一緒なんだろ?  それはそれで羨ましいけどな」

「俺は竜の方が羨ましいよ。どうせ彼女とイチャイチャしまくるんだろうが!」

「まぁ、いくつか約束はしてっけど……」

「ふざけんなこの裏切り者がっ!」
俺が竜と大声でじゃれあっていると、勢いよく小浦が席を立って教室を出て行った。

 それからしばらくして、こんな声が廊下から聞こえてきた。
「おい、『舞姫コンビ』が喧嘩してるらしいぞ!」
「マジかよ!  なんで?」
「理由は知らんけど、小浦さんが後藤さんにすごい剣幕で怒鳴ってたらしいよ」

 舞姫コンビとは仲のいい2人の愛称である。まぁそう呼んでいるのは周りの連中だけなのだが……。

 他人事とは思えなかった俺は、その様子を見に行くことにした。近寄ると2人の声が聞こえる。

「なんで黙ってたの?」

「言おうとは思ってたんだけど、タイミングがなくて……」

「あたしに隠し事なんて姫らしくない!」

「本当に隠していた訳じゃないの……」

 見たところ、後藤さんが小浦に一方的に詰められていた。このまま盗み聞きしているのも気に病んだため、仲裁に入ろうと2人に近付いて声をかける。

「どうしたんだよ。みんなお前らが喧嘩してるって噂してるぞ?」

「青嶋くん……」
小浦は驚いた顔をすると、後藤さんに向けていた剣幕を俺にも同様に向けた。

「ちょうど良かった。青嶋くん、なんで姫と同じバイトしてること隠してたの?」

「か、隠すって俺は別に……」

「ふーん。2人してあたしを仲間外れにして仲良くしてたんだ」

「俺と後藤さんが同じバイトになったのは、ただの偶然だよ!」

「そうよ舞、私としぃはそんな関係じゃないわ……」
姫華は咄嗟に将をしぃと呼んでしまう。
 
「ねぇ、"しぃ"ってなに……?」

 ――まさに一触即発であった。
 
 

 
 
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