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第1部 夏
第15話 コーラの味。
しおりを挟む――俺はまだ、夢を見ているのだろうか。
昨夜まであんなに険悪だった2人が、今朝にはケロッと仲良くなって俺の前に現れた。
「お前ら、一体何がどうしたんだ?」
「別に? 普通じゃん。舞、醤油とって?」
「はいどうぞ」
本日の青嶋家の朝食風景は、とても華やかだ。でも俺の感じている違和感はなんだ。隣同士に座る2人の距離が、やけに近い気がする。
「やっぱり変だよな……」
「愛里那ちゃん醤油かけ過ぎだって、早死にするよー?」
「なぁ小浦、もしかして愛里那になんか弱みでも握られたか?」
「ううん、違うよ。ただ仲良くなったの」
まさか、小浦と愛里那がそういう関係になったのか? いやまさか、流石にそれは……ないとは言い切れない。驚く俺の顔を見て2人はヒソヒソと笑い合っている。やっぱりこいつら、デキてるのか……?
「おにぃ、ウインナーたべないの?」
いかん、想像するな。あまりにも刺激が強すぎる。小浦単体でも破壊力抜群だというのに、ルックスなら引けをとらない愛里那まで加わるのはマズイ……。
「玉子焼きも」
朝と、そして昨日せっかく手に入れた相棒を放置せざるを得なくてフラストレーションが溜まっていた事により、この状況でも反応してしまいそうだ。何か別のことを考えなくては……別のこと……
「あれ、俺の朝飯は……?」
いつの間にか皿が空っぽになっている。
「おにぃが食欲なさそうだから食べた」
美波がリスのような膨れた口でモゴモゴと喋っているのを見て、邪な感情がどこかへスッと消えた。
「美波……ありがとう」
「なんのお礼?」
俺以外のみんなは朝食を済ませ、それぞれの時間を過ごしていた。
「将は今日なんか予定あんの?」
食べ終わった食器を洗いながら愛里那がこちらに目を向ける。
「ないけど」
「舞と美波ちゃんは?」
「「なーい」」
リビングでレーシングゲームをしていた2人は、体を傾けながら同時に答えた。
「じゃあみんなでカラオケ行かない?」
「「いきたーい!」」
今度は逆方向に傾いている。仲いいなこいつら。
「なんでカラオケなんだよ」
「また将の歌声聴きたくなっちゃった。舞知ってる? 将はこう見えて歌うまいんだよ?」
「へぇ~知らなかった。聴いてみたいかも!」
「でもおにぃは選曲が変」
「美波にもきっと、分かる日がくる」
「どんなの歌うの?」
小浦の問いに、美波はあからさまにつまらなさそうな顔で答える。
「古い歌ばっかり」
「そう言う美波は、アニメソングばっかりだよな」
「アニソンを馬鹿にするなら、おにぃといえども容赦はしない」
「別に馬鹿にしてねーよ。人から朝飯奪っておいてこれ以上何するつもりだ」
こうして俺の地元に昔からあるカラオケ店へとやってきた。そこはゲームセンターと併設されていて、夜になるとヤンキー達が集まってくるのだが、昼間は至って平和だった。
「なんかこの部屋狭くないか?」
受付を愛里那に任せると、4人にしては少し手狭な部屋に案内された。
「あんまり広い部屋じゃ緊張するでしょ?」
「そ、そうなのか……?」
全員が入ると、やっぱり狭い。隣の人との距離約5センチ。その隣の人というのが小浦だから余計にマズイ。
「なぁやっぱり部屋替えてもらわないか?」
「えー、いいじゃんここで」
「小浦も狭いよな?」
「あたしは、ここがいい……」
な、なんで顔赤いんですか? やっぱり狭いんじゃないんですか?
「ほら曲入れたから、歌って将!」
「お、おぅ……」
マイクを渡され有耶無耶にされてしまった。歌っていると、呼吸のたびに体が触れ合ってしまう。愛里那め、こっちの方が緊張するっつーの。
歌い終わり、横目で小浦を見ると、下を向いてモジモジとしていた。
「青嶋くん、本当に上手だね……」
なんで目を合わせないんですか小浦さん。
「そ、そうか……? 次、小浦だよな、はいマイク」
「あ、ありがと……」
――小浦の歌声は、よく通った。かっこいいより、可愛いという表現が合っている。声優にはあまり詳しくないけど、アニメ声というのだろうか。聞いていて、耳が気持ち良いと感じた。この人は、いったいどこまで魅力を秘めているんだろう。まだ俺の知らない小浦舞が、どのくらい眠っているんだろう。
「す、すげぇ良かった!」
俺は思わずすぐ横にいる彼女へ、大声で叫んでしまった。
「えっ!? ありがとう、ございます……」
その様子を見ていた愛里那が笑みを溢す。
「せっかくだからデュエット聴かせてよ。曲はお2人で選んで!」
「はぁ?」
愛里那に文句を言おうとすると、肩を指でトントンされた。
「なに、歌おっか……?」
え、乗り気なの? 超恥ずいんですけどー。
美波のアニソンメドレーが始まったタイミングで、俺はこの距離感に耐えかねて一度部屋を出る。自販機で缶ジュースを買って、外の空気を吸っていた。
「そろそろあたしたちの番きちゃうよ?」
背後から小浦の声がした。
「すぐ戻るよ」
小浦は俺の隣に座ると、外を見渡した。
「青嶋くんの地元、いいとこだね」
「そうか? なーんにもないとこだと思ってたけど」
「それがいいんだよ。あたしもここに生まれてたら、青嶋くんともっと早く会えてたかな……」
「どういう意味……?」
「ただそう思っただけ……。ねぇジュースひと口ちょうだい?」
俺がジュースを手渡すと、小浦は少し間を置いてひと口飲み、俺に返す。それに俺が再び口をつけると、彼女は悪戯な笑顔を向けた。
「はい、間接キス」
「改めて言われると照れるわっ!」
「青嶋くん、顔赤いよぉ?」
「小浦のせいだろっ!」
「ね、どんな味だった?」
「コーラの味だよ!」
恥ずかしくなった俺は立ち上がって戻ろうとすると、その後ろをトコトコと笑顔でついてくる天使がいた。
「ねぇ教えてよー?」
やっぱり俺は、こいつには勝てない。
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