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第1部 夏
第16話 バニーガール。
しおりを挟むいろいろと慌ただしかった夏休みも終わりが近付き、重い気持ちでアルバイトに臨んでいた俺はこの日、ミスを連発してしまった。社長は「そんなこともある」「気にするな」などと言ってくれたけれど、優しくされると余計に沈んでしまっていた。
帰宅しようと着替えて外へ出ると、月がいつもより明るく感じた。ため息を溢しながら自転車の鍵を取り出すと、この日シフトが被っていた後藤さんに呼び止められた。
「青嶋君、話があるのだけど……」
「どうしたんだ? そんな改まって」
「実は……」
明らかにいつもと雰囲気が違った。月明かりに照らされている彼女の顔は、うっすらと赤くなって、俺とは目を合わせずに両の手をもじもじと握り合わせていた。
「私の……彼氏になってほしいの……」
――姫華が出勤する2時間前のこと。
家でアルバイトの準備を早めに終えた彼女は、自室で飼っているハムスターに餌をあげていた。すると玄関の扉の開く音が聞こえる。姫華は母親と二人暮らしで、まだ母の帰宅時間ではなかった為、不審に思い様子を見に行った。
そこには玄関に座り、膝下丈の黒いブーツを脱いでいる、少し癖のある長い黒髪の女性がいた。その女性は肩を露出した白のトップスに黒のミニスカートという服装で、男子ウケしそうな大人の色気を漂わせている。
「あ、姫華いたんだ。ただいまー」
「ね、姉さん、急にどうしたの?」
姫華から姉さんと呼ばれているこの女性の名は、『後藤 風香』。今年で21歳になる姫華の実の姉である。現在は自立して一人暮らしをしており、家族とは離れて暮らしている。
「偶然近くを通ったから……今日めっちゃ暑いし少し涼もうと思ってさー」
「そ、そう……」
「姫華は、最近どう?」
「別に、変わらないわ」
「彼氏、まだできないの?」
「何よいきなり……」
姫華は姉と会うたびに聞かれるこの質問が嫌いだった。
「あんた、男っ気全くないから姉として心配してんのよ。いい加減、彼氏の1人や2人くらい紹介してもらわないと」
「そんなこと、どうでもいいじゃない……」
「よくないわよ。男で失敗して、それで母さんがどれだけ苦労してきたと思ってんの? あんたには同じ失敗して欲しくないから、今の内からちゃんと恋愛しろって言ってんの」
風香の顔が少し険しくなり、徐々に声量を上げて返した。
腹を立てた姫華も反論し、いつもの姉妹喧嘩に発展してしまう。
「いつもいつも、子供扱いしないで。私はもう、自分の事は自分でどうにか出来るわ」
「へぇ、ろくに恋もしたことないガキが生意気言うじゃん」
「彼氏くらい……いるわよ」
「ええ、そうなの? どんな人? 良かったねぇ姫華!」
風香の顔は嘘のように解れ、自分の事のように喜び、そして祝った。
「お、同じバイト先の人……」
引くに引けなくなった姫華は嘘に嘘を重ねる。
「じゃあ今日その人に会わせなさい。まともな奴かどうか確かめないと」
――そして現在、たまだの前。
「――ということがあったの……」
「経緯は分かったけど、なんで咄嗟に出た名前が俺だったんだ?」
「私と親しい男の友人は、青嶋君だけだから……」
正直、飛び上がりそうなほど嬉しかった。さっきまで落ち込んでいた事など、もう俺の頭からは抜けていた。
「そういうことなら……」
「じゃ、じゃあ彼氏のフリ、お願いしてもいい?」
「後藤さんの姉さんにも会ってみたいし、俺で良ければ喜んで」
「ありがとう。もうすぐ姉がここに車で迎えにくるはずだから……」
5分ほどして、軽自動車が路肩に停車した。
「き、来たみたい」
車に近付き窓から車内を覗いて挨拶をしようとしたが、俺は言葉を失う。なぜならその車を運転していたのが、バニーガールの恰好をしたエッチなお姉さんだったからだ。一番に目がいったのは、本当に姉妹かと思ってしまうほど、大きくてご立派な胸部だった。
車窓が開くと、後藤さんは声を荒げた。
「ね、姉さん、なんなのその恰好は!」
「ごめんごめん、早く会いたくて仕事終わってそのまま来ちゃった。……君が青嶋君?」
風香さんは視線を俺へ移す。
「は、はじめまして。よろしくお願いします」
「姫華~、あんたこーゆーのがタイプだったんだぁ」
「そ、そうよ、悪い? 会わせたんだからもういいでしょ?」
「ダメ。2人とも、後ろ乗って?」
「無理言わないで。青嶋君には終電が……」
「私がちゃんと家まで送ってあげるから」
風香さんに言われるがまま、俺たちは車に揺られていた。どこへ向かっているのかは知らないが、移動中の会話でこの人の素性が分かってきた。昼はOL、夜はバニーガールのコスプレをした女性が接客してくれるガールズバーで働いているらしい。見かけによらず働き者のお姉さんだった。
「青嶋君も大人になったらウチのお店来てね?」
「は、はい……」
「ハハハ、そこは断りなよ、彼女の前なんだからさぁ」
「そ、そうですよね~。ごめん後藤さん」
「い、いえ、いいのよ青嶋君」
俺たちはよそよそしくも恋人のフリをしていた。
「君たち、まだ苗字で呼び合ってるの?」
「ふ、二人の時はちゃんと愛称で呼んでるわよ?」
「へえ~、なんて?」
「しぃって……」
嘘はついていない。この呼び名が、意外にもこんなところで役に立った。
「じゃあ青嶋君は?」
「ひ、姫って呼んでます」
小浦が……。
「そっかそっか。青春だね~」
「ところで、これどこに向かってるんですか?」
「私こんな格好だから行けるとこ限られてるけど、いいとこだから楽しみにしてて」
次に車が留まったその場所は、山の上にある展望台だった。車を降りるとキラキラと揺らめく夜景が綺麗で、満点の星空までくっきりと見えた。
「ここからの景色、いいでしょ?」
「はい……圧巻です」
「姫華、ちょっと向こうの自販機で全員分の飲み物買ってきて」
風香さんは後藤さんに千円札を手渡した。
「それなら俺が……」
と、名乗り出たが「いいから」とあっさり取り下げられてしまった。
後藤さんの姿が見えなくなると、風香さんは俺と向かい合って、見透かしているかのような視線を送った。
「姫華と、本当は付き合ってないんでしょ?」
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