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第3部 巴
第42話 神経衰弱。
しおりを挟む「すみませんお母さん、言っている意味が分からないんですが……」
「だってもう終電はないし、私も風香もお酒飲んじゃったから送ってあげることも出来ないし、今日は泊まっていきなさい? 明日は祝日で学校もお休みだし、親御さんには私から連絡してあげるから」
俺はまた、やってしまった。呑気にケーキなんて食っている場合じゃなかった。なんでこの地域はこんなにも終電が早いんだ。もっと頑張れよ市政! オレに選挙権が与えられたら、絶対に選挙へ行こうと思った。
「それで、どっちがいい?」
「その二択しか選択肢はないんでしょうか?」
「私の部屋でもいいけど、こんなおばさんとじゃ、青嶋君が嫌でしょ?」
「いや、そうではなくて、リビングのソファとか……」
「お客様をソファで寝かせる訳にはいかないわ」
一体なんと答えるのが正解なんだ? 風香さんは悩んでいる俺を見てニタニタとしていた。さてはこの人、最初からこのつもりだったな……。
俺が頭を抱えていると、後藤さんがため息混じりに口を開いた。
「……青嶋君、私の部屋で寝るといいわ。今日は私がソファで寝るから、お母さんもそれなら文句はないでしょう?」
「ダメよー! せっかくなんだから一緒に寝ればいいじゃない? 来客用の布団を出してあげるから!」
「お母さん……常識的に考えて……そんなのどう考えたっておかしいわ。青嶋君とはお友達なのよ?」
「じゃあもし、まだ嘘がバレていなかったらどうするつもりだったの? そうやって断れた? 嘘をついていたからには、ある程度の覚悟があったんじゃないの?」
「そ、それは、まさか泊まりになるなんて思っていなかったもの……」
2人のやりとりを見ていた風香さんは、痺れを切らしたのか俺の首に腕を回しながら「じゃあ青嶋君、私と一緒に寝よっか?」と、提案してきた。ご立派な胸が当たっています、ありがとうございます。
「それはダメっ!!」
「あれー? 姫華~、なんでダメなの~?」
「……不純だわ!」
「一体、何を想像してるのかな~?」
「…………」
後藤さんが悔しそうな顔で言葉を失っていると、お母さんが「閃いた」と言わんばかりに合点ポーズをする。
「いいこと思いついちゃった! 間をとって、あなた達3人一緒にリビングで川の字で寝ればいいんじゃないかしら?」
この人は何を言い出しているんだと思ったが、よくよく考えればこれが丸い結論のような気もする。後藤さんもしぶしぶその提案を了承していた。まぁ、いざその状況になると、全く丸くなかったことに気付くのだ。
後藤家のリビングに並べられた布団の中で、仰向けになって状況を整理していた。右を向けば、わざとかと思うほどに服がはだけている風香さん。左を向けばパジャマ姿の後藤さん。天国のような地獄だった。一番の疑問はもちろん、なぜ俺が真ん中なんだ? おかしくないか? そしてなんで2人とも普通に寝られるんですか? あぁそうか、俺のことなんて、全く意識していないからか。俺はこんなにも、神経をすり減らしているというのに……。
「青嶋君……」
左から、申し訳なさそうな声がした。
「ま、まだ起きてたのか……?」
「ええ……ごめんなさい、こんなことになってしまって……」
「ちょっと緊張するけど、今日はすごく楽しかったよ」
「そう……それなら良かったわ」
「風香さんもお母さんも、後藤さんのこと、大好きなんだなって思ったよ」
「どうなのかしら。うちの家族、変でしょう?」
「確かに変わってるとは思うけど、いい意味の変って感じがする……」
「それ、褒めているの?」
「もちろん。もっと仲良くなりたいって、思った」
「もう十分仲が良いじゃない。特に姉さんとは……」
「アレは風香さんが俺のこと、弟みたいだって揶揄ってるだけだぞ? ……後藤さん、ひょっとして嫉妬してる?」
「少しだけ……」
あれ……今嫉妬してるって言ったよね。そういう意味だよね。それって……もしかして。
「私は人付き合いがあまり得意ではないから、あなたみたいにすぐ人と仲良くなれるのは、素直に羨ましいと思うわ……」
なるほど、そういう意味ね。危ない危ない、勘違いするところだった。
「……俺さ、あんまり誰にも言った事ないんだけど、中学まではかなり大人しい奴だったんだよ」
「そうなの……?」
さっきまで俺に背中を向けていた後藤さんがこちらを向いたのが、横目にチラッとだけ映った。
「内弁慶ってやつ? 家では今と同じような感じなんだけど、学校では割と静かなタイプで、小学校の頃に通ってた習い事では3年間一度も先生と会話しなかったくらいだ」
「……それで、習い事が成立したの?」
「そう思うよな? 実は首を縦に振るか横に振るかだけで、意外と意思の疎通って成り立つんだぜ?」
「なんだか、意外過ぎて想像がつかないわ……」
「高校デビューがしたくて、俺なりに頑張ったんだ。恥ずかしいから、あんまり周りの奴には言うなよ?」
「なぜ、デビューしようと思ったの?」
「馬鹿にされるかもしれないけど……漫画みたいな青春を送りたいと思ったんだ。よくあるじゃん? 冴えない男がいきなりモテだしました的なやつ。男なら誰でも憧れるシチュエーションだけど、現実にはそんなこと起こらないって、本当はみんな分かってる。でも諦めて何もしないより、このつまらない現実をあの漫画みたいなキラキラした毎日に変えるために、やれるだけの事はやってみようかなって……」
「すごい原動力ね。でも、あなたらしいわ……」
「それでも高校で初めて好きになった子に、3回も振られた訳だから、やっぱり現実は厳しいって実感したんだよなぁ……」
「でもちゃんと……届いていた……」
「難しいよ、人生って……」
「ねぇ、今のあなたの好きな人って、どんな人なの?」
「……聞いてどうすんだよ」
「別に……参考までに聞いたまでよ」
「強いて言うなら、守ってあげたくなる人かな……」
「……あなたはいつもはだらしがないけれど、ここぞって時にはやる人だから、想われている人はきっと幸せだと思うわ」
「珍しく褒めるじゃん」
「たまには飴もあげないと拗ねるでしょう? それに、あなたには何度も助けられてきたから……」
「そっか……ありがとな。後藤さんにそう言われると、なんか嬉しいよ」
「ひとつ、相談してもいい?」
「これまた珍しいな。どうぞどうぞ」
「……愛里那さんって、どんな人?」
「なんでそんなこと聞くんだ……?」
「舞は辛い時、私ではなくて愛里那さんを頼った。私には恋愛経験がないから、経験豊富な人に頼りたくなる気持ちは分かるわ。でもあの後も舞は、私にはその話を一度もしてくれなかった。それがずっと、引っ掛かっているの……」
「……それはきっと、後藤さんに心配かけたくないだけだと思うぞ?」
「そうならいいのだけれど……」
ごめん後藤さん。俺のせいで、親友との関係まで不安がらせてしまって。でもいつか、全部背負えるくらい大きな男になれたらその時は、本当のことを話すから。だからそれまで、待っていて欲しい。
――俺の本当の高校デビューは、これからなんだ。
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