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第3部 巴
第54話 まえの祭。
しおりを挟む壇上に上がった小浦のメイド姿に、観客の生徒達から盛大な歓声が上がる。
長い時間をかけてその声を静めると、司会の男は小浦に尋ねる。
『小浦さん、あなたが感謝を伝えたい人は誰ですか?』
「同じクラスの青嶋くんです……」
今度はブーイングが鳴り響き、主に男子生徒達から一斉に視線を向けられてしまう。辺りを見渡すと、竜の隣には、さっきまでは居なかった後藤さんの姿が見えた。彼女は制服を着ていたから、小浦のあのメイド服は、後藤さんが着ていたものだと理解した。
『では青嶋君、こちらのステージへどうぞ』
司会の男がそう言うと、係の生徒が俺を壇上の真ん前に設営された特設ステージへと案内した。去年とは逆だけど、俺は、この景色を見たことがある。
――小浦との距離は、約10メートル。いつもなら緊張などしない距離感だけど、俺の足は、以前と同じく震えていた。
『それでは小浦さん、存分に日頃の感謝をお伝えください』
小浦は、マイクの調子を確かめるように指で叩き「あ、あー」と発声してから、話し始めた。
「青嶋くん、やっぱりすごいね……こんなに緊張するなんて、思ってた以上だ……」
小浦の震える言葉からこちらに伝わる緊張は、去年……俺がそこに立っていた時の記憶を、鮮明に思い出させた。
***
小浦へ2度目の告白をする為に、夏からこの計画を立て始めていた俺は、とうとうこの瞬間を迎えた。
『青嶋君、あなたが感謝を伝えたい人は誰ですか?』
「1年2組の……小浦舞さんです!」
『小浦さんはこの会場にいらっしゃいますか?』
――いるに決まっている。小浦の連絡先をゲットする時に協力してくれた友達を、今度は昼飯1ヵ月分で買収したからな。
「え……!? あたし……?」
小浦は驚いた声を上げると、初めて話した時と同じように、友達に囃し立てられながらこちらへやってきた。ステージに立つと、彼女は不安そうにこちらを見つめる。
『では青嶋君、感謝の叫びをどうぞ』
「え、えーと……いきなりごめん、驚いたよな。でも俺は、どうしても小浦に伝えたい気持ちがある!」
観客から俺を茶化すような声が体育館中にこだまする。声が止むのを待っていたが、あまりの緊張で、もういっそこのままずっと騒がしくしていてくれとも思ってしまった。
『観客の皆様はお静かにお願いします』
司会の先輩の言葉によって一気に静かになった会場は、さっきまでとは別の空間かと思うほど、孤独を感じさせた。でも小浦の不安そうな表情を見て、俺がしっかりしなくてはと、なんとか持ち直す。
「俺には、何もない……」
「え……」
この時の小浦は本当に、絵に描いたようにキョトンとしていた。彼女だけでなく、観客全員がそんな顔をしていたと思う。
「……でも小浦と出会って、恋をして、俺は俺なりに今を精一杯生きてるんだって、そう感じることが出来た。あの日、花火大会で小浦に振られた夜、恥ずかしいけど俺は一晩中泣いちまった。高校生になってから、あんなに感情が動いたのは、初めてだった。だからこそ同時に、絶対諦めたくないとも思ったんだ。何もない俺だけど、小浦を想っている間だけは、なんでも出来る気がする。だから俺は……小浦と恋人になりたい! 他の誰でもなく、君がいい! 世界で一番、君が好きだ!」
俺が全力で思いの丈をぶちまけると、再び観客から歓声が上がった。それを遮るように、小浦が口を開く。
「ありがとう青嶋くん……ひとつだけ、聞いてもいい……?」
「もちろん……」
「あたしのどこを、そんなに好きになってくれたの?」
「…………」
この質問は、想定外だった。と言うか、質問が返ってくること自体が予想外だった。この質問の真意はなんなのか。そしてなんと答えるのが、ここではベストなのか、ない頭を振り絞って考える。でもやっぱり答えなんて見つかるはずなくて、心のままに伝えようと決めた。
「……正直に白状すると、最初は、見た目がタイプだったから声をかけた。でもそれから連絡を取り合って、2人で遊びに行くようにもなって、小浦のことを知れば知るほど、どんどん好きになった。どこが好きだって、明確に言葉にするのは、少し難しいかもしれない……ってより多分、嫌いなところがないんだ。……でも質問に答えるには、敢えて一つに絞ったほうがいいのか……? えーっと……」
話している間にどう答えていいか分からなくなり、モゴモゴと考え込んでいると、見かねた観客からヤジが飛んでくる。焦った俺は、慌てて話をまとめに入った。
「とにかく俺は小浦舞っていう、存在が好きだ! 一緒にいると楽しいし、小浦も楽しんでくれてるのかたまに心配になるけど、もし楽しくなかったなら、今度からお笑いの勉強だってする。もっとかっこいい奴が好きなら、美容雑誌とか読みまくる。お金持ちが好きなら、今からめっちゃ勉強していい大学入って、いい会社に就職する……だから俺と、付き合って下さい!」
今言える全てを出し切った俺は、頭を下げて返事を待っていた。
――たった数秒。
でもその体感時間は、いつもの何倍にも長く感じた。
「青嶋くんといると……あたしもすっごく楽しいよ……」
この言葉を受け、俺は期待を込めて顔を上げる。小浦は俺の目を見つめながら緩やかに、そして少しすっきりしない顔で続けた。
「でもこの気持ちはたぶん、友達としての好き……なんだと思う。だから……これからも友達じゃ、ダメかな……?」
また……ダメだった。こればかりはしょうがない、どうにもならない、そう思うと、悔しくて仕方がない。でも俺は、やるべきことはやったんだ。伝える努力もした。そう自分に言い聞かせて、最後の言葉を振り絞る。
「……分かった。聞いてくれて、ありがとう……」
この言葉を捨て台詞に、溢れそうになる涙を誰にも見せたくなくて、俺は全速力でこの場から逃げ出した。
校舎の隅で一人泣いていると、小浦から「今どこ?」と、届いたメールを無視してしまう。それから約1ヵ月先の3度目の告白まで、俺たちが会話をすることは、ほとんどなくなった。
***
現在、1年前と全く逆の状況に戸惑いながらも、俺は去年の小浦の心境を、身をもって体験していた。
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