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1巻 2章 エラルド
第九話
しおりを挟む 啖呵を切ってしまった後日。
エラルドは街の一角にある花屋に来ていた。青空に浮かぶ太陽が輝いており、今日も一日の始まりを歓迎してくれている。朝から賑わいを見せているヒセーレ。通りには店先に水を撒いている売り子の姿がちらほら見える。
花屋にいるのは、もちろんクリスに渡すためだ。喜んでもらえるように、想いを込めて。最高の花を、渡すのだ。
「バーバラ、これすごくない!?」
「マリー、見て見てこれ! 可愛い!」
……なんか余計なものも付いてきたけれど。
店内にいる客は三人だ。エラルドにマリー、バーバラ。馴染みの【宝石のナイフ】のメンバーだ。エラルドがクリスに花を贈ると聞いて、わらわらと湧いてきたのだ。曰く、「面白そうだし、暇だから」だそうで、真剣に選んでいる姿を暇つぶしにされる側としてはたまったものではなかった。
あれから、【宝石のナイフ】のメンバーにはチームを脱退すること告げた。一介のハンターがハスルデルム家のお姫様に手を出そうとするのだ。どう転ぶか、どのように迷惑がかかるかわからなかった。下手をすればチームが潰れる。
しかしマイクは笑った。「抜ける必要はない。その瞳をしている限り、俺はお前を応援するよ」と。胸が熱くなった。バーバラは肩をすくめた。「あんたがそうなったら、もう誰にも止められないしね」と。瞳が熱くなった。マリーは呆れた。「しょうがないな、エラルド坊やは。がんばりな」と。気持ちが高ぶった。夜、少し泣いてしまったのは内緒だ。
今は別の意味で泣きたい……。
彼らはエラルドをおもちゃにしだしたのだ。あーでもない、こーでもないと、様々なプランを提示してきたのだ。おせっかいが過ぎる。マイクはいい。妻帯者だ。真面目で、バランス感覚も優れている。チームのまとめ役だ。非常に落ち着いた、経験を基にしたアドバイスをしてくれようと努力してくれているのがとてもよく分かった。
けど、コイツらはなぁ。
「おい、マイクはどうしたんだ?」
すると金で男を買い漁っている女、百射百中とハンターから尊敬されているはずのバーバラが、花選びに夢中になりながらも、尻を向けつつ答えた。
「マイクなら家族サービスに決まってるじゃん。ばっかだなー。そんなのだから警備兵に『知人女性がボクをトイレに引きずり込もうとするんですぅぅぅ』って、泣きつくハメになるのよ。ヤレばいいじゃん、ヤレば。ただでできるんだから儲けもんでしょ。中に出せばあの女も喜んでたんじゃない?」
くそっ……! 男娼狂いがぁぁ……っ!
我慢、我慢だ。色気のない、下品な尻の言っていることだ。気にするな。同じ尻でもクリスとどうしてこんなに違うのか。哀れな尻の言っていることだ。クリスのお尻を思い出せ。あの上品な。スカートの後ろ姿にある丸いふくらみを……、いやそうじゃない、思い出すべきは笑顔だ。明るい笑顔。
目をつむって深呼吸。思い出すのはクリスのお尻とその光景。
よし、大丈夫だ。誰が何と言おうとボクは大丈夫だ。
だが今度は同じように花選びに夢中になっている、ハンターから氷零と敬意を払われているはずの、別の尻が答えた。
「なにエラルド、マイクマイクって、マイクのおっぱいでも欲しいんでちゅか? 残念でちゅねー。マイクのおっぱいは奥さんのものなの。っていうかさぁ、エラルドもいい年なんだから自分でも人をまとめられるようにしたら? あ、赤ちゃんには無理でちたねー、ばぶばぶばぁ」
くッ! あぁぁぁっ!
昨日、「赤ちゃんプレイをした」ってギルドで笑いながら大声で言い放ちやがったクソがッ! 受付を担当しているダンディーなイケメン職員が一人だけ恥ずかしそうにしていたぞ! 何してやがるンだ! は? もしかしてあいつか!? あいつを大金で買ったのか!? あのダンディーで街の女の子たちが憧れているあの人を!? あの受付の机に大金積んで落札したのか!? 嘘だろ、マジかよ!? あんな人が赤ちゃんプレイを、おむつの交換とかおしゃぶりとか赤ちゃん言葉を……。
そしてもう一度深呼吸。
ふぅぅぅ……。
落ち着け、落ち着くんだエラルド。
クリスのことを考えよう。クリスが赤ちゃんプレイを? 違う、違う。……違う。想像するな、エラルド。想像するんじゃない! 奴らの思うつぼだ! クリスのおむつを交換したり、クリスが甘えた声で赤ちゃん言葉を。それからクリスがおしゃぶり。おしゃぶり? おしゃぶりを!? おしゃぶりって、おしゃぶりってそれはつまりボクの……、やめろォっ!
負けるな、負けるんじゃない、エラルド。情熱を燃やせっ! 【バトル・タイム】の準備だ!
「で、どうすんの?」
マリーが振り向いて何事もなかったかのように答えた。いいや、確かに何事もないのだが、しかし心に残ったこのストレスは我慢をするしかないのか。
クリスが……、癒しが欲しい……。
「花言葉っていうのがあるんだろ? だからそういうものにしたいとは思っている」
「バラにするの?」
「前が青いバラのブローチだったからなぁ。なんか芸がなくてどうしようか悩んで。それで専門家の花屋に聞こうと」
「エラルド何言ってるの?」
バーバラが会話を遮り、振り向いた。ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。すると、なにかに気づいたマリーも、バーバラの言葉に続いてニヤリとした。
嫌な予感がする。
「私たちこそ!」
それから二人で声を揃え、二人同時に目のあたりにピースサインを寝かせてウィンクした。
「愛のプロフェッショナルよッ!」
あぁぁぁ!
失敗した! 失敗した! 絶対に失敗したぁぁぁっ!
絶望に打ちひしがれていると、バーバラの明るい提案と、マリーの合いの手が耳に届いた。
「同じバラが続いてなんか嫌だ。きちんと愛する人のことを考えて、花言葉にも気を使いました。そんなことを気づいてもらいたいエラルドにはこれ!」
「なになに、バーバラ?」
「ガーベラです!」
「おおぉぉぉっ!」
ノリノリでパチパチパチと拍手するマリー。
そして鼻息荒く、得意げな様子のバーバラ。
意外とまともそうな提案に、エラルドは少し持ち直した。
「なんだよ……」
バーバラがさっと指をさしたのはバケツの中に咲いている、色とりどりの華美な花。可愛らしく、実に愛らしい。中心部の筒状花と外側の花びらとのコントラストが非常に美しく、純情可憐なクリスにとても似合うことだろう。この花束を受け取ってクリスが微笑めば、それは有名な画家の絵画よりも美しいこと間違いなしだ。
うん、これはいいと思う。
その気になってバーバラに質問をしてみる。
「おお、いいな。ちなみに花言葉は?」
「希望とか、そんな感じね。色にもよって違う意味もあるよ」
と、色別の花言葉の講習を受ける。
神秘、熱愛、純潔、チャレンジ……。花の色で花言葉が少し違うことに驚きながら、そしてそういった知識をバーバラが持っていることに感謝しながら、吟味していく。
白いガーベラが目に入った。純潔という花言葉らしい。白い花びらと中心部の黄色い筒状花。見事で、可憐だった。クリスにピッタリだ。
これがいいな。
そう決めかけていると、マリーが不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ。いいのかな、迷える子羊よ。本当にガーベラでいいのですかな?」
「なんだよ?」
「愛の告白の定番といったらバラ! バラに決まっているでしょう! 跪いてバラの花束を渡される。なんて夢のシチュエーションなのっ!」
「うっ。そう豪語されると。まぁ、そうかもしれないな」
「そういうわけで、エラルドにお勧めなのはバラです! 花言葉は愛!」
「おおぉぉぉぉっ!」
今度はノリよく、バーバラが拍手をする。
……コイツら、やっぱりボクで遊んでないか?
疑問を抱いてしまったが、マリーの指先にあるバラを見て気持ちが変わった。
バケツに咲いている赤いバラは、非常に豪華で優美で、女性にとても人気があるのがよくわかった。バラが好きだという言葉は、いろんなところで耳にはしていたが、エラルドは今まで実物を見たことがなかった。誇張されているだけだろうとエラルドは笑っていた。けれども実物は、想像以上に美しかった。
これはいいな。これはいい。みんなが言うのもよくわかる。鮮やかな花びらが優美に存在を主張している。これを渡したいと願う気持ちがよくわかる。これを渡されたいと願う気持ちがよくわかる。この気品があり、色気のあるバラはクリスにふさわしい。しかし、そうか。これも花言葉があるのか。
バーバラのときと同じように、マリーから色の違いの講習を受ける。
情熱、純潔、友情、上品、気品……。
じっと、エラルドは、色とりどりの、美しいバラを眺めた。
悩む、悩むな、これは。うーん。あぁ、でもガーベラと同じように、白いバラには純潔という意味もあるのか。ふーむ……。ということは、まぁ、これかなぁ。
自然としゃがみ込み、白いバラへと手を伸ばしていた。
しかしながら。触れる前に、バーバラがさらに追撃してきた。
「それでいいの?」
「うーん、うん。ガーベラよりもバラの方が、やっぱり愛の告白かなって」
ぎゃぁぁぁぁっ、と二人が手を取り合って騒ぎ出す。
ガチでうぜぇ。本当にためになったし、本当にありがたいんだけど、ボクで遊んでいる感が丸出しでマジキツイ。ボクは真剣なんだけど!? 茶化されている様でイライラしてしまう。いや、茶化してはないんだろうけど。うん、そうだと信じたい。
とはいえ声が不機嫌になるのは仕方がない。
「なんだよ?」
「ふっ、どうして白を選ぼうとしたの? このバーバラ様に言ってみなさい」
「いやクリスのイメージで……」
「なるほど、バーバラ、素晴らしいわっ! 全くもってその通りだわ!」
「マリーはわかったようね。この出来損ないのポンコツは全然わかっていないようだけど」
あまりの言いように逆に何かがあるような気がして、エラルドは冷静になって手を止めた。
なんだろう。どういうことだ? クリスをイメージしたのが悪かったのか?
バーバラを見ると、彼女はヤレヤレと首を振って手のひらを上に向け、わざとらしく肩をすくめた。ニヒルな表情を作っているのが余計腹立たしい。
「エラルドちゃん。あなたは何をしようとしているのかしらん?」
「そりゃあ、まぁ、気持ちを伝えようと……」
「それよ、それ! エラルドの気持ちを伝えようとしているのに、どーしてそうなるの? 愛の告白といったら! 自分の気持ちを伝えるのだから、情熱的に愛を歌う、赤いバラに決まってるでしょう!」
「うぇーいっ! こっくはく! こっくはくぅ!」
くそぉっ!
言っていることがまともだから、さらにムカつく!
けれども納得のできる言い分だった。
それに、情熱、か。確かにボクらしいや。
頬が緩んでいた。
「わかったよ。言われてみればそうだからな。すみません! 赤いバラをください!」
「あっ、はい! わかりました」
遠巻きに眺めていた売り子がコチラにやってきた。エラルドは、本来は売り子と相談しながら、ゆっくりと買うはずだった。そしてそれはどの客も同じと思われる。つまり客と売り子が離れて立っているということは、通常ならありえないことだった。どうやら関わってはいけない集団だと思われているようだ。
そりゃぁそうだよな、迷惑な客だもんな。
「朝から騒がしくて本当にすみません」
「いえいえ。両手に花で、邪魔をしてはいけないと思っていただけですよ」
両手に花ぁ?
うん、毒草の間違いだな。
「赤いバラですね。何本にいたしましょうか」
「あるだけ全部」
「あぁッ!?」
マリーだった。
睨みつけると、目を点にして、むしろ、なんで私が睨まれないといけないんだと首をひねっていた。
「エラルドの愛はその程度なの?」
くっ……!
そういえばコイツの金銭感覚はこうだった……っ!
「ど、どうしましょうか?」
頬を引きつらせながら、かわいそうな売り子が聞いてきた。
けれどもあんな煽り文句を言われて引き下がれるほど、エラルドは大人でもなかった。
「あるだけ全部ください……」
「あ、この際だから全てのバラをください」
「あぁッ!?」
「エラルドの愛はたった一言で表せるの?」
「……くっ! 全部だっ! バラを全てください!」
「いぇーい! さすがマリー!」
「でしょ!? だって私たちはぁぁぁ?」
「愛の!」
「プロフェッショナルなのだから!」
ぃえーい、とハイタッチをしている二人を後ろに、エラルドは冷や汗を流しつつ、笑顔で値切り交渉を実行するのだった。
エラルドは街の一角にある花屋に来ていた。青空に浮かぶ太陽が輝いており、今日も一日の始まりを歓迎してくれている。朝から賑わいを見せているヒセーレ。通りには店先に水を撒いている売り子の姿がちらほら見える。
花屋にいるのは、もちろんクリスに渡すためだ。喜んでもらえるように、想いを込めて。最高の花を、渡すのだ。
「バーバラ、これすごくない!?」
「マリー、見て見てこれ! 可愛い!」
……なんか余計なものも付いてきたけれど。
店内にいる客は三人だ。エラルドにマリー、バーバラ。馴染みの【宝石のナイフ】のメンバーだ。エラルドがクリスに花を贈ると聞いて、わらわらと湧いてきたのだ。曰く、「面白そうだし、暇だから」だそうで、真剣に選んでいる姿を暇つぶしにされる側としてはたまったものではなかった。
あれから、【宝石のナイフ】のメンバーにはチームを脱退すること告げた。一介のハンターがハスルデルム家のお姫様に手を出そうとするのだ。どう転ぶか、どのように迷惑がかかるかわからなかった。下手をすればチームが潰れる。
しかしマイクは笑った。「抜ける必要はない。その瞳をしている限り、俺はお前を応援するよ」と。胸が熱くなった。バーバラは肩をすくめた。「あんたがそうなったら、もう誰にも止められないしね」と。瞳が熱くなった。マリーは呆れた。「しょうがないな、エラルド坊やは。がんばりな」と。気持ちが高ぶった。夜、少し泣いてしまったのは内緒だ。
今は別の意味で泣きたい……。
彼らはエラルドをおもちゃにしだしたのだ。あーでもない、こーでもないと、様々なプランを提示してきたのだ。おせっかいが過ぎる。マイクはいい。妻帯者だ。真面目で、バランス感覚も優れている。チームのまとめ役だ。非常に落ち着いた、経験を基にしたアドバイスをしてくれようと努力してくれているのがとてもよく分かった。
けど、コイツらはなぁ。
「おい、マイクはどうしたんだ?」
すると金で男を買い漁っている女、百射百中とハンターから尊敬されているはずのバーバラが、花選びに夢中になりながらも、尻を向けつつ答えた。
「マイクなら家族サービスに決まってるじゃん。ばっかだなー。そんなのだから警備兵に『知人女性がボクをトイレに引きずり込もうとするんですぅぅぅ』って、泣きつくハメになるのよ。ヤレばいいじゃん、ヤレば。ただでできるんだから儲けもんでしょ。中に出せばあの女も喜んでたんじゃない?」
くそっ……! 男娼狂いがぁぁ……っ!
我慢、我慢だ。色気のない、下品な尻の言っていることだ。気にするな。同じ尻でもクリスとどうしてこんなに違うのか。哀れな尻の言っていることだ。クリスのお尻を思い出せ。あの上品な。スカートの後ろ姿にある丸いふくらみを……、いやそうじゃない、思い出すべきは笑顔だ。明るい笑顔。
目をつむって深呼吸。思い出すのはクリスのお尻とその光景。
よし、大丈夫だ。誰が何と言おうとボクは大丈夫だ。
だが今度は同じように花選びに夢中になっている、ハンターから氷零と敬意を払われているはずの、別の尻が答えた。
「なにエラルド、マイクマイクって、マイクのおっぱいでも欲しいんでちゅか? 残念でちゅねー。マイクのおっぱいは奥さんのものなの。っていうかさぁ、エラルドもいい年なんだから自分でも人をまとめられるようにしたら? あ、赤ちゃんには無理でちたねー、ばぶばぶばぁ」
くッ! あぁぁぁっ!
昨日、「赤ちゃんプレイをした」ってギルドで笑いながら大声で言い放ちやがったクソがッ! 受付を担当しているダンディーなイケメン職員が一人だけ恥ずかしそうにしていたぞ! 何してやがるンだ! は? もしかしてあいつか!? あいつを大金で買ったのか!? あのダンディーで街の女の子たちが憧れているあの人を!? あの受付の机に大金積んで落札したのか!? 嘘だろ、マジかよ!? あんな人が赤ちゃんプレイを、おむつの交換とかおしゃぶりとか赤ちゃん言葉を……。
そしてもう一度深呼吸。
ふぅぅぅ……。
落ち着け、落ち着くんだエラルド。
クリスのことを考えよう。クリスが赤ちゃんプレイを? 違う、違う。……違う。想像するな、エラルド。想像するんじゃない! 奴らの思うつぼだ! クリスのおむつを交換したり、クリスが甘えた声で赤ちゃん言葉を。それからクリスがおしゃぶり。おしゃぶり? おしゃぶりを!? おしゃぶりって、おしゃぶりってそれはつまりボクの……、やめろォっ!
負けるな、負けるんじゃない、エラルド。情熱を燃やせっ! 【バトル・タイム】の準備だ!
「で、どうすんの?」
マリーが振り向いて何事もなかったかのように答えた。いいや、確かに何事もないのだが、しかし心に残ったこのストレスは我慢をするしかないのか。
クリスが……、癒しが欲しい……。
「花言葉っていうのがあるんだろ? だからそういうものにしたいとは思っている」
「バラにするの?」
「前が青いバラのブローチだったからなぁ。なんか芸がなくてどうしようか悩んで。それで専門家の花屋に聞こうと」
「エラルド何言ってるの?」
バーバラが会話を遮り、振り向いた。ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。すると、なにかに気づいたマリーも、バーバラの言葉に続いてニヤリとした。
嫌な予感がする。
「私たちこそ!」
それから二人で声を揃え、二人同時に目のあたりにピースサインを寝かせてウィンクした。
「愛のプロフェッショナルよッ!」
あぁぁぁ!
失敗した! 失敗した! 絶対に失敗したぁぁぁっ!
絶望に打ちひしがれていると、バーバラの明るい提案と、マリーの合いの手が耳に届いた。
「同じバラが続いてなんか嫌だ。きちんと愛する人のことを考えて、花言葉にも気を使いました。そんなことを気づいてもらいたいエラルドにはこれ!」
「なになに、バーバラ?」
「ガーベラです!」
「おおぉぉぉっ!」
ノリノリでパチパチパチと拍手するマリー。
そして鼻息荒く、得意げな様子のバーバラ。
意外とまともそうな提案に、エラルドは少し持ち直した。
「なんだよ……」
バーバラがさっと指をさしたのはバケツの中に咲いている、色とりどりの華美な花。可愛らしく、実に愛らしい。中心部の筒状花と外側の花びらとのコントラストが非常に美しく、純情可憐なクリスにとても似合うことだろう。この花束を受け取ってクリスが微笑めば、それは有名な画家の絵画よりも美しいこと間違いなしだ。
うん、これはいいと思う。
その気になってバーバラに質問をしてみる。
「おお、いいな。ちなみに花言葉は?」
「希望とか、そんな感じね。色にもよって違う意味もあるよ」
と、色別の花言葉の講習を受ける。
神秘、熱愛、純潔、チャレンジ……。花の色で花言葉が少し違うことに驚きながら、そしてそういった知識をバーバラが持っていることに感謝しながら、吟味していく。
白いガーベラが目に入った。純潔という花言葉らしい。白い花びらと中心部の黄色い筒状花。見事で、可憐だった。クリスにピッタリだ。
これがいいな。
そう決めかけていると、マリーが不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ。いいのかな、迷える子羊よ。本当にガーベラでいいのですかな?」
「なんだよ?」
「愛の告白の定番といったらバラ! バラに決まっているでしょう! 跪いてバラの花束を渡される。なんて夢のシチュエーションなのっ!」
「うっ。そう豪語されると。まぁ、そうかもしれないな」
「そういうわけで、エラルドにお勧めなのはバラです! 花言葉は愛!」
「おおぉぉぉぉっ!」
今度はノリよく、バーバラが拍手をする。
……コイツら、やっぱりボクで遊んでないか?
疑問を抱いてしまったが、マリーの指先にあるバラを見て気持ちが変わった。
バケツに咲いている赤いバラは、非常に豪華で優美で、女性にとても人気があるのがよくわかった。バラが好きだという言葉は、いろんなところで耳にはしていたが、エラルドは今まで実物を見たことがなかった。誇張されているだけだろうとエラルドは笑っていた。けれども実物は、想像以上に美しかった。
これはいいな。これはいい。みんなが言うのもよくわかる。鮮やかな花びらが優美に存在を主張している。これを渡したいと願う気持ちがよくわかる。これを渡されたいと願う気持ちがよくわかる。この気品があり、色気のあるバラはクリスにふさわしい。しかし、そうか。これも花言葉があるのか。
バーバラのときと同じように、マリーから色の違いの講習を受ける。
情熱、純潔、友情、上品、気品……。
じっと、エラルドは、色とりどりの、美しいバラを眺めた。
悩む、悩むな、これは。うーん。あぁ、でもガーベラと同じように、白いバラには純潔という意味もあるのか。ふーむ……。ということは、まぁ、これかなぁ。
自然としゃがみ込み、白いバラへと手を伸ばしていた。
しかしながら。触れる前に、バーバラがさらに追撃してきた。
「それでいいの?」
「うーん、うん。ガーベラよりもバラの方が、やっぱり愛の告白かなって」
ぎゃぁぁぁぁっ、と二人が手を取り合って騒ぎ出す。
ガチでうぜぇ。本当にためになったし、本当にありがたいんだけど、ボクで遊んでいる感が丸出しでマジキツイ。ボクは真剣なんだけど!? 茶化されている様でイライラしてしまう。いや、茶化してはないんだろうけど。うん、そうだと信じたい。
とはいえ声が不機嫌になるのは仕方がない。
「なんだよ?」
「ふっ、どうして白を選ぼうとしたの? このバーバラ様に言ってみなさい」
「いやクリスのイメージで……」
「なるほど、バーバラ、素晴らしいわっ! 全くもってその通りだわ!」
「マリーはわかったようね。この出来損ないのポンコツは全然わかっていないようだけど」
あまりの言いように逆に何かがあるような気がして、エラルドは冷静になって手を止めた。
なんだろう。どういうことだ? クリスをイメージしたのが悪かったのか?
バーバラを見ると、彼女はヤレヤレと首を振って手のひらを上に向け、わざとらしく肩をすくめた。ニヒルな表情を作っているのが余計腹立たしい。
「エラルドちゃん。あなたは何をしようとしているのかしらん?」
「そりゃあ、まぁ、気持ちを伝えようと……」
「それよ、それ! エラルドの気持ちを伝えようとしているのに、どーしてそうなるの? 愛の告白といったら! 自分の気持ちを伝えるのだから、情熱的に愛を歌う、赤いバラに決まってるでしょう!」
「うぇーいっ! こっくはく! こっくはくぅ!」
くそぉっ!
言っていることがまともだから、さらにムカつく!
けれども納得のできる言い分だった。
それに、情熱、か。確かにボクらしいや。
頬が緩んでいた。
「わかったよ。言われてみればそうだからな。すみません! 赤いバラをください!」
「あっ、はい! わかりました」
遠巻きに眺めていた売り子がコチラにやってきた。エラルドは、本来は売り子と相談しながら、ゆっくりと買うはずだった。そしてそれはどの客も同じと思われる。つまり客と売り子が離れて立っているということは、通常ならありえないことだった。どうやら関わってはいけない集団だと思われているようだ。
そりゃぁそうだよな、迷惑な客だもんな。
「朝から騒がしくて本当にすみません」
「いえいえ。両手に花で、邪魔をしてはいけないと思っていただけですよ」
両手に花ぁ?
うん、毒草の間違いだな。
「赤いバラですね。何本にいたしましょうか」
「あるだけ全部」
「あぁッ!?」
マリーだった。
睨みつけると、目を点にして、むしろ、なんで私が睨まれないといけないんだと首をひねっていた。
「エラルドの愛はその程度なの?」
くっ……!
そういえばコイツの金銭感覚はこうだった……っ!
「ど、どうしましょうか?」
頬を引きつらせながら、かわいそうな売り子が聞いてきた。
けれどもあんな煽り文句を言われて引き下がれるほど、エラルドは大人でもなかった。
「あるだけ全部ください……」
「あ、この際だから全てのバラをください」
「あぁッ!?」
「エラルドの愛はたった一言で表せるの?」
「……くっ! 全部だっ! バラを全てください!」
「いぇーい! さすがマリー!」
「でしょ!? だって私たちはぁぁぁ?」
「愛の!」
「プロフェッショナルなのだから!」
ぃえーい、とハイタッチをしている二人を後ろに、エラルドは冷や汗を流しつつ、笑顔で値切り交渉を実行するのだった。
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