悪役令嬢ベアトリスの仁義なき恩返し~悪女の役目は終えましたのであとは好きにやらせていただきます~

糸烏 四季乃

文字の大きさ
1 / 35

【祝宴】

しおりを挟む
 
 帝国立魔法学園の卒業を祝う宴は、毎年皇帝の住まう大宮殿の広間で開かれる。
 今年は第二皇子の卒業もあり、例年より招待客も多く、装飾や料理もより煌びやかなものとなっていた。

 ベアトリス・ガルブレイスはパーティーの類は得意ではなかったが、卒業生のひとりとして欠席するわけにもいかず、仕方なく広間に降り立った。
 エスコートをしてくれるパートナーの姿はない。ひとりで参加している令嬢は周りを見渡してもベアトリスただひとりだ。


「見て。ガルブレイス公爵令嬢よ」
「おひとりで参加だなんて、お可哀想」
「仕方ないわ。第二皇子殿下は平民の娘に夢中だもの」
「しかし、今宵も女神もかくやという美しさだな」
「でも相変わらず表情がないのね。まるで人形みたい」
「可愛げがないから婚約者に相手にされないんだろう」


 あちこちから好奇の視線が集まり、悪意の滲むささやきが聞こえてくる。
 いつものことなので、ベアトリスは反応することなく聞き流す。そもそも彼らの話していることは大体が事実であり、腹を立てることではない。
 婚約者のセドリック皇子が平民の娘に夢中なのも、自分に表情も可愛げもないのも、すべて事実だった。


「やはりあの噂は本当なんじゃないか?」
「平民の娘が、公爵令嬢の代わりに皇子妃になるっていう?」
「いくらなんでも平民が皇子妃になるのは無理があるだろう」


(それが、そうでもないのよね)


 招待客たちの噂話を聞きながら、ベアトリスは昨日の卒業記念式典を思い出す。

 卒業生首席となり、式典で式辞を読んだのはその平民の娘、ミッシェルだった。
 ミッシェルは希少な聖属性魔法の使い手で、宮廷魔術師長であるカーライル伯爵が養子として迎えることが既に決定している。
 つまり平民の娘ミッシェルは、伯爵令嬢ミッシェルとなるのだ。第二皇子の妃になる為の身分を、彼女は実力で手にしたのである。

 ミッシェルは学園で過ごした三年間で、強く美しくなった。
 セドリックはそんなミッシェルに夢中で、反対に正式な婚約者であるベアトリスを激しく嫌悪している。パーティーのエスコートを拒否するくらいに。

 ベアトリスはそっとため息をついた。
 いつもは下ろしている細い金の髪を、今日はドレスに合わせて結い上げてある。露わになったうなじの辺りに貴族たちの視線を感じ、少し落ち着かない気分になった時、招待客をかきわけるようにしてこちらに向かってくる人物が目に留まった。

 黒い騎士服に紫のクラバットという出で立ちの背の高い青年は、ナイジェル・ロックハート。ベアトリスの同窓生で、セドリックの側近護衛騎士である。
 ロックハート伯爵の次男で、凛々しい顔立ちと美しい黒髪にアメジストの瞳を持つ彼は、淑女たちから黒紫の君と呼ばれ、皇子以上に人気の高い貴公子だ。

 ナイジェルの姿を見て頬を染めたり、目で追ったりしてしまう周囲の令嬢たちに、ベアトリスは無表情の下で「わかる」と親近感を抱いた。
 黒紫の君は一瞬一瞬を絵画に収めたいほど端正で、麗しく、気品に溢れている。


「ガルブレイス公爵令嬢!」


 ナイジェルはマントをひらめかせベアトリスの目の前まで来ると、鬼気迫る顔で「なぜおひとりなのですか」と聞いてきた。
 整った顔を近づけられて、ベアトリスは心臓がドッキンコドッキンコと激しく鳴ったが、それが表情に出ることはない。
 ベアトリスの表情筋は、とっくの昔に死んでいた。王族を前にしても、魔物と対峙しても、いついかなる時も真顔のまま。それがベアトリス・ガルブレイスだ。


「殿下にエスコートを断られたからです」


 なぜ答えのわかりきったことを聞くのだろう、と思いながらもベアトリスが馬鹿正直に答えると、ナイジェルは魔王のような恐ろしい顔になった。


「あのクソ皇子……!」
「ナイジェル卿?」


 気品あふれる顔からは想像できないような言葉が飛び出したように聞こえたのは、気のせいだろうか。
 ベアトリスが首を傾げると、ナイジェルは咳ばらいをし、それから姿勢を正して手を差し出してきた。


「それでは、あのクソ……いえ、お忙しい皇子の代わりに私に貴女をエスコートする栄誉をいただけませんか?」


 これまで皇子の護衛だからと、頑なに女性のエスコートをしてこなかったナイジェルの突然の申し出に動揺したのは、ベアトリスだけではなかった。
 周囲で様子を伺っていたご令嬢たちの、悲鳴にも似たざわめきが広がる。


「あの黒紫の君がエスコートを⁉」
「しかも相手はあのベアトリス・ガルブレイスだなんてっ」
「私もひとりで参加すれば良かった……!」


 一方、ベアトリスは差し出された手を前に固まっていた。
 これは夢だろうか。あのナイジェルからエスコートの申し出を受けるなんて。
 もちろん、この申し出が特別な意味を含んでいないことはわかっている。セドリックに袖にされたベアトリスに同情し、親切心でこうして手を差し伸べてくれたのだ。


(どうしてナイジェル卿は私なんかを助けてくれるのかしら……)


 いつもそうだ。セドリックの婚約者となって七年。元々セドリックの幼なじみでもあったナイジェルとは、入学前から顔を合わせる機会が多かった。セドリックに嫌悪され粗雑に扱われるベアトリスを、ナイジェルはいつもかばってくれた。
 高潔で慈悲深い黒紫の君。これまで何度この手を差し伸べられてきたことだろう。
 そして、何度この手を取らずに「私は殿下の婚約者なので」と背を向けてきたことだろう。
 本当は感謝しているのに。何度も何度も、この優しい手を取りたいと思っていたのに。
 けれど絶対に、ナイジェルの手を取ってはいけないのだ。
 ベアトリス・ガルブレイスは何があろうと、逃げてはいけないし、弱さを見せてはいけない。誰よりも強くあらねばいけない。それが使命だからだ。

 それでも、一度くらいはこの手を取って、ごく普通の令嬢のように――。
 そんな願いが脳裏をよぎり、つい手が動きかけた時、広間の奥から「ベアトリス!」と鋭い声に名前を呼ばれた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません

綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」 婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。 だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。 伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。 彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。 婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。 彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。 真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。 事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。 しかし、リラは知らない。 アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。 そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。 彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。 王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。 捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。 宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――? ※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。 物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。

真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」 公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。 「お前のような真面目くさった女はいらない!」 ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。 リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。 夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。 心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。 禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。 望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。 仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。 しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。 これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

悪役令嬢だけど、私としては推しが見れたら十分なんですが?

榎夜
恋愛
私は『花の王子様』という乙女ゲームに転生した しかも、悪役令嬢に。 いや、私の推しってさ、隠しキャラなのよね。 だから勝手にイチャついてて欲しいんだけど...... ※題名変えました。なんか話と合ってないよねってずっと思ってて

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。 仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。 愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。 ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。 ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。 二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。 時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し…… 全ては、愛する人と幸せになるために。 他サイトと重複投稿しています。 全面改稿して投稿中です。

私も異世界に転生してみたい ~令嬢やめて冒険者になります~

こひな
恋愛
巷で溢れる、異世界から召喚された強大な力を持つ聖女の話や、異世界での記憶を持つ令嬢のハッピーエンドが描かれた数々の書物。 …私にもそんな物語のような力があったら… そんな書物の主人公に憧れる、平々凡々な読書好きな令嬢の奇想天外なお話です。

婚約破棄された公爵令嬢は真の聖女でした ~偽りの妹を追放し、冷徹騎士団長に永遠を誓う~

鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アプリリア・フォン・ロズウェルは、王太子ルキノ・エドワードとの幸せな婚約生活を夢見ていた。 しかし、王宮のパーティーで突然、ルキノから公衆の面前で婚約破棄を宣告される。 理由は「性格が悪い」「王妃にふさわしくない」という、にわかには信じがたいもの。 さらに、新しい婚約者候補として名指しされたのは、アプリリアの異母妹エテルナだった。 絶望の淵に突き落とされたアプリリア。 破棄の儀式の最中、突如として前世の記憶が蘇り、 彼女の中に眠っていた「真の聖女の力」――強力な治癒魔法と予知能力が覚醒する。 王宮を追われ、辺境の荒れた領地へ左遷されたアプリリアは、 そこで自立を誓い、聖女の力で領民を癒し、土地を豊かにしていく。 そんな彼女の前に現れたのは、王国最強の冷徹騎士団長ガイア・ヴァルハルト。 魔物の脅威から領地を守る彼との出会いが、アプリリアの運命を大きく変えていく。 一方、王宮ではエテルナの「偽りの聖女の力」が露呈し始め、 ルキノの無能さが明るみに出る。 エテルナの陰謀――偽手紙、刺客、魔物の誘導――が次々と暴かれ、 王国は混乱の渦に巻き込まれる。 アプリリアはガイアの愛を得て、強くなっていく。 やがて王宮に招かれた彼女は、聖女の力で王国を救い、 エテルナを永久追放、ルキノを王位剥奪へと導く。 偽りの妹は孤独な追放生活へ、 元婚約者は権力を失い後悔の日々へ、 取り巻きの貴族令嬢は家を没落させ貧困に陥る。 そしてアプリリアは、愛するガイアと結婚。 辺境の領地は王国一の繁栄地となり、 二人は子に恵まれ、永遠の幸せを手にしていく――。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

【完結】貧乏令嬢は自分の力でのし上がる!後悔?先に立たずと申しましてよ。

やまぐちこはる
恋愛
領地が災害に見舞われたことで貧乏どん底の伯爵令嬢サラは子爵令息の婚約者がいたが、裕福な子爵令嬢に乗り換えられてしまう。婚約解消の慰謝料として受け取った金で、それまで我慢していたスイーツを食べに行ったところ運命の出会いを果たし、店主に断られながらも通い詰めてなんとかスイーツショップの店員になった。 貴族の令嬢には無理と店主に厳しくあしらわれながらも、めげずに下積みの修業を経てパティシエールになるサラ。 そしてサラを見守り続ける青年貴族との恋が始まる。 全44話、7/24より毎日8時に更新します。 よろしくお願いいたします。

処理中です...