3 / 35
〖使命〗
しおりを挟むこのような状況においても尚、感情を表に出すことなくベアトリスが言った瞬間、ファンファーレが高らかと鳴り響いた。
英雄の偉業を称えるような、新しい未来を祝福するような、実に華やかな音色。あまりに場違いである。
「な、何だ……?」
一体何が始まったのかと戸惑う招待客たち。例に漏れずセドリックたちも落ち着きなく周囲を見回している。
そんな中、ナイジェルだけはじっとベアトリスを見ていた。
ベアトリスはただ真っすぐにセドリックを見つめている。相変わらずそこから感情を読み取ることは出来ないが、ベアトリスの青い瞳に映っているのがセドリックだけだと思うと、心臓をギュッと強く握られたような感覚に陥った。
(なぜ貴女はこんな目に遭っても一途でいられるのですか……)
セドリックに何度蔑ろにされても、ベアトリスの瞳はセドリックだけを映していた。間近でそれを見続けてきたナイジェルはいつもそれを歯がゆい思いで見つめるばかりだった。
セドリックの護衛騎士でしかない自分に出来ることのあまりの少なさに、何度己を情けなく思ったことか。
ファンファーレが終わると、広間にざわめきだけが残る。
あらゆる視線が集中する中、ベアトリスは胸に手を当てると「感無量です」と口にした。
「な、何のことだ……?」
「とうとうこの日を迎えられたことです。長い時を経て、あの甘った――繊細で、すぐ逃げ――慎重派だった殿下が、卒業という節目に自ら運命の選択をされたことに感動しております」
「とても感動しているようには聞こえないが……?」
「立派にご成長なされましたね」
ハンカチで涙を拭う仕草をするベアトリスだが変わらず無表情で、もちろん目に涙は一滴も浮かんでいない。
何がなんだかわからない、とセドリックが引きつったまま固まっていると、それまで静観し続けていた皇帝がおもむろに手を挙げた。
「皆、聞いたか」
セドリックとは似ても似つかぬ厳めしい顔をゆっくりと巡らせ、皇帝は大きく息を吸いこんだ。
「ここに第二皇子セドリックとベアトリス嬢の婚約破棄が成立すると同時に、新たにミッシェル嬢との婚約が成された!」
これに驚いたのはナイジェルだ。
(皇子だけでなく皇帝まで、このような公式の場で何てことを!)
と、怒りのまま叫びそうになった時、皇帝の周囲で拍手が起こった。
拍手しているのは皇帝の隣にいる皇后、皇太子、それから国政の中心である大臣たち。そしてなぜか参加していた帝都の大司教を兼任する若き枢機卿、ユリシーズ・マニングと、彼に仕える聖職者たちだ。
「おめでとうございます、陛下」
「まずは一安心でございますな」
「おめでとうございます、ベアトリス様」
「長年のお役目、真にお疲れさまでございました」
彼らに労われ、ベアトリスが無言で美しい礼をとる。
皇帝とその周囲の一部貴族、それから聖職者たちが何らかの事情を知っているらしいことは誰の目にも明らかだが、それが何なのか見当もつかない者は皆ぽかんとしたままだ。
「何なんだ、一体⁉ どういうことだ!」
皇族の中で自分だけが何も知らされていないことを察したのだろう。癇癪を起した子どものように叫ぶセドリックに、歩み寄る人物がいた。
「私からご説明いたしましょう」
落ち着いた声でそう言ったのは、青みがかった銀髪の若い聖職者だ。白の祭服と角帽には、大司教の証である銀糸の刺繍が施されている。
「聖者様だ……」
「マニング枢機卿がどうしてここに」
周囲のざわめきをよそに、ユリシーズは当然かのごとくベアトリスの傍らに立った。まるでそこが自らの定位置であるかのように、ベアトリスにぴたりと寄り添う。
ベアトリスに負けずユリシーズも人間離れした美貌の持ち主なので、ふたり並ぶと宗教画のような神聖さがあった。周囲から感嘆の息が漏れる。
ユリシーズはにこりと貼り付けたような笑みを浮かべ、周囲の招待客にも聞こえるように語り始めた。
「第二皇子殿下。七年前、私は魔王復活を報せる女神の神託を授かり、現在の地位に就くこととなりました」
「それがどうした、枢機卿。そんなことは誰もが知っている」
「ですが、その神託を授かったのは、実は私ではなくベアトリス様だったのです」
「何だと? ……まさか」
セドリックは目を見開き、正面に立つベアトリスを凝視した。
国教であるジェミネデ教が奉る女神は、時折神託を信徒に授け人々に福音をもたらしてきた。神託を授かった者は神のしもべとその場で定められ、認定式ののち聖者と呼ばれるようになる。
(ベアトリス様が、聖者に……?)
「そして今日、ベアトリス様は見事、女神に託された使命を果たされました」
「使命、だと……? ベアトリスが一体、どんな神託を受けたというのだ!」
ナイジェルがどれだけ思い違いだと諭しても、ベアトリスが悪だと長年信じ続けてきたセドリックは、どうしてもこの状況が受け入れ難いらしい。同じくミッシェルやこの場にいる事情を知らない貴族たちも、真実が気になって仕方がない様子。
ユリシーズとベアトリスは目を合わせて頷き合う。
言葉を交わさずとも意思疎通が出来ているらしいふたりに、ナイジェルの胸の奥が再びツキリと痛んだ。
64
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません
綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」
婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。
だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。
伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。
彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。
婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。
彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。
真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。
事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。
しかし、リラは知らない。
アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。
そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。
彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。
王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。
捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。
宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――?
※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。
物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。
真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています
綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」
公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。
「お前のような真面目くさった女はいらない!」
ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。
リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。
夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。
心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。
禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。
望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。
仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。
しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。
これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。
悪役令嬢だけど、私としては推しが見れたら十分なんですが?
榎夜
恋愛
私は『花の王子様』という乙女ゲームに転生した
しかも、悪役令嬢に。
いや、私の推しってさ、隠しキャラなのよね。
だから勝手にイチャついてて欲しいんだけど......
※題名変えました。なんか話と合ってないよねってずっと思ってて
若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。
愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。
ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。
ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。
二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。
時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し……
全ては、愛する人と幸せになるために。
他サイトと重複投稿しています。
全面改稿して投稿中です。
私も異世界に転生してみたい ~令嬢やめて冒険者になります~
こひな
恋愛
巷で溢れる、異世界から召喚された強大な力を持つ聖女の話や、異世界での記憶を持つ令嬢のハッピーエンドが描かれた数々の書物。
…私にもそんな物語のような力があったら…
そんな書物の主人公に憧れる、平々凡々な読書好きな令嬢の奇想天外なお話です。
婚約破棄された公爵令嬢は真の聖女でした ~偽りの妹を追放し、冷徹騎士団長に永遠を誓う~
鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アプリリア・フォン・ロズウェルは、王太子ルキノ・エドワードとの幸せな婚約生活を夢見ていた。
しかし、王宮のパーティーで突然、ルキノから公衆の面前で婚約破棄を宣告される。
理由は「性格が悪い」「王妃にふさわしくない」という、にわかには信じがたいもの。
さらに、新しい婚約者候補として名指しされたのは、アプリリアの異母妹エテルナだった。
絶望の淵に突き落とされたアプリリア。
破棄の儀式の最中、突如として前世の記憶が蘇り、
彼女の中に眠っていた「真の聖女の力」――強力な治癒魔法と予知能力が覚醒する。
王宮を追われ、辺境の荒れた領地へ左遷されたアプリリアは、
そこで自立を誓い、聖女の力で領民を癒し、土地を豊かにしていく。
そんな彼女の前に現れたのは、王国最強の冷徹騎士団長ガイア・ヴァルハルト。
魔物の脅威から領地を守る彼との出会いが、アプリリアの運命を大きく変えていく。
一方、王宮ではエテルナの「偽りの聖女の力」が露呈し始め、
ルキノの無能さが明るみに出る。
エテルナの陰謀――偽手紙、刺客、魔物の誘導――が次々と暴かれ、
王国は混乱の渦に巻き込まれる。
アプリリアはガイアの愛を得て、強くなっていく。
やがて王宮に招かれた彼女は、聖女の力で王国を救い、
エテルナを永久追放、ルキノを王位剥奪へと導く。
偽りの妹は孤独な追放生活へ、
元婚約者は権力を失い後悔の日々へ、
取り巻きの貴族令嬢は家を没落させ貧困に陥る。
そしてアプリリアは、愛するガイアと結婚。
辺境の領地は王国一の繁栄地となり、
二人は子に恵まれ、永遠の幸せを手にしていく――。
ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~
浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。
「これってゲームの強制力?!」
周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。
※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。
【完結】貧乏令嬢は自分の力でのし上がる!後悔?先に立たずと申しましてよ。
やまぐちこはる
恋愛
領地が災害に見舞われたことで貧乏どん底の伯爵令嬢サラは子爵令息の婚約者がいたが、裕福な子爵令嬢に乗り換えられてしまう。婚約解消の慰謝料として受け取った金で、それまで我慢していたスイーツを食べに行ったところ運命の出会いを果たし、店主に断られながらも通い詰めてなんとかスイーツショップの店員になった。
貴族の令嬢には無理と店主に厳しくあしらわれながらも、めげずに下積みの修業を経てパティシエールになるサラ。
そしてサラを見守り続ける青年貴族との恋が始まる。
全44話、7/24より毎日8時に更新します。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる