【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる

文字の大きさ
33 / 42

第33話

しおりを挟む
 ジャブリックは久方ぶりにアニエラの実家であるヨヌク子爵家を訪れている。

 ヨヌク子爵家は王都に近いロイリー伯爵家からは離れた辺境に領地を持つ。馬車では三日かかるが、馬で早朝に駆け出せば翌日の夕方には着く距離だ。
 通常は辺境伯が守るべき国境に面しているその土地は険しい山脈が連なり、その一箇所だけに、検問のように抜けられる谷間が拓けている。
馬車で越えられる山ではないので、隣国から訪れる者は谷間に沿って、ヨヌク領を抜けるしかない。
 ヨヌク家は始祖が武勲を挙げて子爵になった武人だったこともあり、谷を守れとこの地を拝領していた。
 当初は剣術で名を轟かせていた一族だったが、代を重ねるうちに隣国との交易により財を成し、大商会を抱えるようになった。豊かだったからこそ、偶々親しくなった先代ロイリー伯爵の負債を知った先代ヨヌク子爵は快く金を貸し与えた。なんと無利子で!
 その資金のお陰でロイリー家は立ち直ることが出来、以来ヨヌク家はロイリー一門にとり大恩人になった。
 大恩人の孫娘アニエラをロイリー一門が誰よりも幸せにするはずだったのだ。
 それなのに。



 ヨヌク子爵アンザルクとイルメ夫人に、表情のない顔で出迎えられたジャブリックは居心地の悪さに耐えながら頭を下げた。

「アニエラ様を幸せにすると約束したにも関わらず、愚息が誠に申し訳ないことを致しました。現在アニエラが住む屋敷とそれに付随するすべての財産を慰謝料としてアニエラ様に移譲致しましたので、お詫びを兼ね、ご挨拶に罷り越しました」

 伯爵が子爵に対する言動ではないが、大切な娘を先代の約束を果たすためにと貰い受けた挙げ句、白い結婚で離婚など、どの面下げて来たと塩を撒かれても仕方のないことである。

「アニエラは、では今の屋敷にそのまま暮らすと?」

 イルメ夫人が心配そうに訊ねるが当然だ。

「屋敷の使用人たちと刺繍アトリエを起ち上げて成功を掴んでいます。ご存知と思いますが、今や王妃陛下やメリレア姫のお気に入りで仕事も順調ですから、このまま続けたいと希望されております」
「そうですか・・・王室の方に気に入られているというのは本当のことでしたのね」
「ええ。私も一緒に品物を納めに行ったことがございますが、メリレア姫様に至ってはご自身で受け取りにみえられて、すぐに確認されていらっしゃいました。そのお喜びようときたら、話は聞いておりましたが想像以上でございました。本当に素晴らしいお嬢様でいらっしゃる」

 ジャブリックは、アニエラを本当に本当に気に入っていた。本当の娘だと思ってきたのに、トーソルドが台無しにしたのだ。
 思うほど頭が重く、項垂れていく。

 その時だった。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

私から婚約者を奪うことに成功した姉が、婚約を解消されたと思っていたことに驚かされましたが、厄介なのは姉だけではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
ジャクリーン・オールストンは、婚約していた子息がジャクリーンの姉に一目惚れしたからという理由で婚約を解消することになったのだが、そうなった原因の贈られて来たドレスを姉が欲しかったからだと思っていたが、勘違いと誤解とすれ違いがあったからのようです。 でも、それを全く認めない姉の口癖にもうんざりしていたが、それ以上にうんざりしている人がジャクリーンにはいた。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・エメリーン編

青空一夏
恋愛
「元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・」の続編。エメリーンの物語です。 以前の☆小説で活躍したガマちゃんズ(☆「お姉様を選んだ婚約者に乾杯」に出演)が出てきます。おとぎ話風かもしれません。 ※ガマちゃんズのご説明 ガマガエル王様は、その昔ロセ伯爵家当主から命を助けてもらったことがあります。それを大変感謝したガマガエル王様は、一族にロセ伯爵家を守ることを命じます。それ以来、ガマガエルは何代にもわたりロセ伯爵家を守ってきました。 このお話しの時点では、前の☆小説のヒロイン、アドリアーナの次男エアルヴァンがロセ伯爵になり、失恋による傷心を癒やす為に、バディド王国の別荘にやって来たという設定になります。長男クロディウスは母方のロセ侯爵を継ぎ、長女クラウディアはムーンフェア国の王太子妃になっていますが、この物語では出てきません(多分) 前の作品を知っていらっしゃる方は是非、読んでいない方もこの機会に是非、お読み頂けると嬉しいです。 国の名前は新たに設定し直します。ロセ伯爵家の国をムーンフェア王国。リトラー侯爵家の国をバディド王国とします。 ムーンフェア国のエアルヴァン・ロセ伯爵がエメリーンの恋のお相手になります。 ※現代的言葉遣いです。時代考証ありません。異世界ヨーロッパ風です。

(完結)お姉様、私を捨てるの?

青空一夏
恋愛
大好きなお姉様の為に貴族学園に行かず奉公に出た私。なのに、お姉様は・・・・・・ 中世ヨーロッパ風の異世界ですがここは貴族学園の上に上級学園があり、そこに行かなければ女官や文官になれない世界です。現代で言うところの大学のようなもので、文官や女官は○○省で働くキャリア官僚のようなものと考えてください。日本的な価値観も混ざった異世界の姉妹のお話。番の話も混じったショートショート。※獣人の貴族もいますがどちらかというと人間より下に見られている世界観です。

(完)婚約破棄ですね、従姉妹とどうかお幸せに

青空一夏
恋愛
私の婚約者は従姉妹の方が好きになってしまったようなの。 仕方がないから従姉妹に譲りますわ。 どうぞ、お幸せに! ざまぁ。中世ヨーロッパ風の異世界。中性ヨーロッパの文明とは違う点が(例えば現代的な文明の機器など)でてくるかもしれません。ゆるふわ設定ご都合主義。

その令嬢は、実家との縁を切ってもらいたい

キョウキョウ
恋愛
シャルダン公爵家の令嬢アメリは、学園の卒業記念パーティーの最中にバルトロメ王子から一方的に婚約破棄を宣告される。 妹のアーレラをイジメたと、覚えのない罪を着せられて。 そして、婚約破棄だけでなく公爵家からも追放されてしまう。 だけどそれは、彼女の求めた展開だった。

(完)契約結婚から始まる初恋

青空一夏
恋愛
よくあるタイプのお話です。 ヒロインはカイリン・ブランストーン男爵令嬢。彼女は姉とは差別されて育てられていた。姉のメーガンは溺愛されて、カイリンはメイドのような仕事までさせられており、同じ姉妹でありながら全く愛されていなかった。 ブランストーン男爵家はメーガンや母モナの散財で借金だらけ。父親のバリントンまで高級ワインを買いあさる趣味があった。その借金の為に売られるように結婚をさせられた相手は、女嫌いで有名な男性だった。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。異世界ですが現代社会的な文明器機が出てくる場合があるかもしれません。 ※ショートショートの予定ですが、変更する場合もあります。

ただ誰かにとって必要な存在になりたかった

風見ゆうみ
恋愛
19歳になった伯爵令嬢の私、ラノア・ナンルーは同じく伯爵家の当主ビューホ・トライトと結婚した。 その日の夜、ビューホ様はこう言った。 「俺には小さい頃から思い合っている平民のフィナという人がいる。俺とフィナの間に君が入る隙はない。彼女の事は母上も気に入っているんだ。だから君はお飾りの妻だ。特に何もしなくていい。それから、フィナを君の侍女にするから」 家族に疎まれて育った私には、酷い仕打ちを受けるのは当たり前になりすぎていて、どう反応する事が正しいのかわからなかった。 結婚した初日から私は自分が望んでいた様な妻ではなく、お飾りの妻になった。 お飾りの妻でいい。 私を必要としてくれるなら…。 一度はそう思った私だったけれど、とあるきっかけで、公爵令息と知り合う事になり、状況は一変! こんな人に必要とされても意味がないと感じた私は離縁を決意する。 ※「ただ誰かに必要とされたかった」から、タイトルを変更致しました。 ※クズが多いです。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

処理中です...