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エランディアのその後
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長いです。
■□■
アレン・ジメンクスが捕まったことで、ドレインはローズリーを無罪放免といわんばかりに、匿っていた別邸から引っ張り出した。
「もう帰ってもいいぞ」
「一体何がどうなったのか話してくれなければ帰らないぞ」
トロワー別邸の中では本を読むしかやれることがなかった。ローズリーが不貞腐っても仕方ないとドレインはジメンクス家の事の次第を話して聞かせる。
「・・・ディアはどこまでアレンのあれこれに関わっていたんだろうな」
「うん。今のところ捕まえられたりはしていないから、関わりは薄いのかもしれないが、捜査がそこまで及んでいないだけかもしれないし、あまり楽観はしないほうがいいな」
事実、ドレインの言う通りだ。
ジメンクス伯爵家の余罪が多く、未遂の計画まで立件していないだけ。
エランディアについては、アレンに唆された哀れな平民として見逃される可能性もゼロではないが、忘れた頃にやって来るかもしれない。
そうなればローズリーも・・・・・無傷ではいられないだろう。
「ディアはまだうちの別邸にいるのかな」
「ああ。アレンたちが捕まったことはまだ公表されてないし、何も知らずのんびりしてるようだ。どうするんだ?」
「・・・とりあえずナミリア様との婚約が無くなったことを話してみるよ。それで・・・」
「それでどうする?まさかやり直すんじゃないだろうな」
「いや。ここでいろいろ考えたんだ。私は本当に何をやっていたんだろうとね。なんでディアの言うことを聞いて。普通に考えて、ナミリア様の財産をふたりで奪おうと言われたときにおかしいと気づかねばならなかった。・・・そういえば、アレンがナミリア様に婚約を申し込んでも良かったんじゃないか?何故私だったんだろうな」
その頃のアレンは、トルグス子爵家に裁判を起こされており、他の女性に婚約の申入れなどできる状況ではなかった。
後にトルグス家の嫡男を罠に嵌めて絡め取り、訴えを取り下げさせたが、女性関係を疑われるような言動は現に慎まねばならなかった。
勿論エランディアとの付き合いも控えていたが、いい話があり相談したいと言われて渋々出かけると、遊んで暮らせる財産を手にした令嬢の魅力的な話で、乗り気になった。
しかしエランディアはローズリー・ワンドへ婚約をけしかけたという。
「何故ワンドなんだ?」
「だって今アレンは大変な時でしょ?」
エランディアはまるでアレンの所業を知っていると言わんばかりに、ニヤニヤと笑った。
(この女!)
ムカついたが、顔には出さない。
「ローズリーは私の言う事ならなぁんでも聞くから。まずはローズリーを結婚させてね、アレンがやったみたいにしちゃえば財産はローズリーのものにできるでしょ?」
アレンのこめかみが緊張してぴくぴくと動いているが、エランディアは気づいていないのか、機嫌よくその先を続ける。
「財産を手にしたローズリーと私が結婚して、同じことがローズリーに起きれば、ほら!ローズリーには家族がもう誰もいないから私は財産家の子爵の未亡人よ。その頃にはアレンのまわりも再婚できるくらい落ち着いているんじゃないかしらね?ねえアレン、私を伯爵夫人にしてくれるでしょう?あなたのお父様だって、裕福な子爵未亡人なら嫌とは言わないはずだもの」
ドレインたちはアレンがエランディアを焚き付けたと思っていたが、実際は違う。
自分を馬鹿にしたミヒアを金でも身分でも見下すには、ローズリーでは、ワンド子爵家では役不足なのだ。
恐ろしい計画を楽しげに話すエランディアは、汚いものでも見るような目で睨んだアレンを気にすることもなく。
「そんな目をしても駄目。私たちは同じ穴の狢ってやつだから。ねっ」
そう告げて、エランディアはアレンの胸にしがみつく。
蛇に締め上げられたような不快感に顔を歪めたアレンだが、エランディアはそれすらも楽しげに見つめるのだ。
「私、知ってるのよアレン。私からは逃げられない」
(結婚?この下賤な女を由緒正しきジメンクス伯爵の夫人にだと?)
しかし先ほど聞いた財産を諦めるのは惜しい。
金のためにエランディアと結婚することになったら、即座に毒を飲ませねばとても耐えられそうにないと、ゾッとしたアレンはその後、エランディアの機嫌を取っても交わることは決してなかった。
「ローズリーも来ないし、アレンもまだ戻らない!一体どうなってるのかしら」
アレンから暫く領地の視察があると聞いていたが、これほど長いとは思わなかった。
それよりローズリーだ。
少し前からどうも自分に距離をおいているような素振りを見せていた。
早くローズリーがあの女と結婚しなくては、計画がどんどん遅れてしまう。貴族の結婚はこどもを生むことが大命題なのに、アレンとの結婚が遅れるのは困るのだ。
エランディアは待ちくたびれて、ワンド子爵家の本宅に様子を見に行くことにした。
その動向を見張っていた者がいる。
ミヒアの手の者だ。
「やっと動いたか。まったくとんだ怠け者だよ。ミヒア様とはえらい違いだ」
掃除も料理もする様子のないエランディアに呆れていた。
誰もいない薄汚れた別邸にドレスメーカーを呼びつけ、メイドには分不相応なドレスを縫わせてひとり着飾る不気味な女。
それがイールズの敏腕調査員ガンドの率直な感想だった。
「出かけるのか」
さっきまで窓から見えていたど派手なドレスから、地味なお仕着せに着替えて出てきたエランディアは、てくてくと乗り合いの馬車乗り場まで歩いていく。
ガンドはかなり離れたところから馬で追いかけた。
ワンド子爵家本宅の近くで馬車を降りたあと、外から生垣の中を覗き込みながら、屋敷のまわりをぐるりと回る。
「本当にいないのかしら」
呟く声が聞こえた。
「こんにちは」
道行く老婆にエランディアが声をかける。
「おばあちゃま、最近子爵様はお元気にしておられますかあ」
ニコニコしながら老婆は首を横に振る。
「子爵様はずっとお留守らしいよ」
「まあ本当に?本当にいらっしゃらないの?」
「本当にいねえよ、今日も執事様がいつ帰ってくるかって嘆いてたからねえ」
優しげな様子がガラッと変わったエランディアは、ありがとうも言わず。くるりと向きを変えるとザクザクと足音を立て、馬車乗り場へ戻って行った。
「ワンド子爵を探しに来たが会えずじまい」
その様子を眺めていたガンドは面白そうにくすりと笑った。
「そう、エランディアが。私としては早く捕まってほしいような、でも家のことを考えるとそれは困るような複雑な気分なのよね」
「いっそ問題行動を起こす反社会性なんとかで、修道院にでも入れたらどうです」
せっかくのご縁だからと、あれ以来頻繁に訪れ、すっかり打ち解けたドーラスが口を挟む。
しかしそれは、ミヒアにとり良きアドバイスであった。
「そう、その手があったわね!ありがとう」
「お礼は下の棚にあった革鞄一つでいいですよ」
「何よそれ、賄賂?」
「正当な礼に過ぎませんよ」
ニヤニヤと手を差し出すドーラスを、ミヒアは跳ね除ける。
「三割引で手を打つわ」
「え!せめて四割で」
「三割半」
「買った!」
「ねえ、あなた役人やめてうちで働けば?」
出世コースの査察官にそれ言うか?とドーラスが苦笑した。
「まあとにかく、さっきの理由でエランディアを修道院に突っ込むことにするわ。いいところを探しておいてくれる?」
「調査なら私にお任せください」
イールズの調査員に先んじてドーラスが手をあげる。
「また礼を寄越せと言うつもり?」
「もっちろんですよ、よろしくお願いいたします!」
張り切ったドーラスがお勧めだと教えてくれた北のハズレにある修道院。
設備の割に値段は高めだが秘密は固く守られること、脱走不可の深い濠に囲まれていることの二点でミヒアが決めた。
エランディアの母である姉には何も知らせる気はない。
もとより糸の切れた凧のような娘が消息を断っても、そのうち戻ってくるとたいして心配もしないだろう。
「そこにエランディアを放り込んできて頂戴、そうしたら礼を弾みましょう」
「本当にやるんですか?」
「勿論だ。イールズ商会にがっちり食い込める、あの情報網が使えるようになり、商品も安く回してもらえるならやらない理由はないぞ」
「ですが」
「ドレイン!おまえミヒア夫人の信頼を失くして挽回したかったんじゃないのか?おまえだってまたイールズに出入りしたいんだろう?」
ドーラスに詰められたドレインは、結局のところ欲に負けてしまった。
「こんにちは。エランディア嬢」
「まあ!お久しぶりですわねトロワー様」
「ローズリーの使いで来たんだが、少し話せるかな?庭でいい」
「ええ、それでしたらかまいませんわ。お茶を」
「いい。すぐに済む話だから」
庭の東屋に案内されたドレインが座ると、エランディアは反対側に腰を下ろそうとした。
中腰になったところに、バサリと大きな穀物袋が被せられ、きゃーとくぐもった悲鳴が上がったが、口と思われる凹みをドーラスが押さえ、ドレインと袋ごと馬車に放り込んだ。
ドスン
「うわ、痛そうだな」
ドレインが呟くも、どうやらエランディアは気を失ったらしい。静かになったので袋を外すと白目を剥いていた。
「よし、急ぐぞ!あっ、ドレインこれを屋敷の中に置いてきてくれ。置き鍵の在り処はわかってるのか?」
「大丈夫です」
屋敷に入り、エントランスにある手荷物用のテーブルにドーラスから渡された手紙を乗せて。
扉の鍵をかけると馬車に飛び乗った。
ふたりは貸し馬を交換する以外は、止まらずに街道を駆け抜けて行った。
目的の修道院まで、夜は各宿場に泊まりながら進んで通常馬車で四日かかるが、のんびりはしていられない。夜中も走り通して、なんと一日半で辿り着いた。
途中目を覚ましたエランディアは目を見張り、絶叫したかと思うと酷い罵声を浴びせまくったが、その態度の凄まじさにドレインに残っていた良心も失せ、山奥の修道院ではせいせいした顔でエランディアを院長に引き渡すことができた。
「ああ、うるさかったな」
「本当に。鼓膜が破けるかと思いましたよ」
ミヒアに渡された寄付金を院長に渡し、馬車で元来た道を戻って行く。
北上したせいか、王都よりだいぶ寒い。
温暖な地域にあるワンド子爵家でぬくぬくしていたエランディアには、この寒さは厳しいだろうと思うと、ドレインは胸がすっきりとした。
親友を弄んで苦しめた女。
ミヒアが決断しないまま、ジメンクスの調査が進めばいずれはエランディアも投獄されたことだろう。
アレンはエランディアを道連れにしようとするに違いないが、そのエランディアが見つからなければ、もしかしたらローズリーが助かる可能性もあるのではないか・・・。
「あとはワンド子爵が帰宅するときに、誰か付き添わせて、手紙をそいつに見つけさせれば、あの女が自分で出て行ったとみんな思うだろうよ」
「あの手紙どうしたんです?」
「エランディアからの別れの手紙だって夫人が笑ってたから、偽造させたんだろう」
「ミヒア様・・・」
「ああ。さすが一代であれだけになる女は腹の中まで真っ黒だが、使い途は無限だぞ」
ニヤニヤ笑いがドーラスは止まらなくなった。
修道院に入れられたエランディアは発狂したかのように叫び続けた。あまりのうるささに懲罰室に押し込められ、十日も経つと自分の身に起きたことがようやく理解できた。
「何故?何故誰が私をここに入れたのよーっ!私は攫われたのよーっここに入れられるなんて間違いなんだってばーっ」
部屋に一つしかない椅子を振り上げるも、蝋燭に当たって火が消え、暗闇に取り残されると泣き出す。
「ちきしょう!ドレイン・トロワーめ呪ってやる!ローズリーが知っ・・ら絶対に助けに来てくれるから、そうしたら・・絶対・・・してやる」
「ああうるさいったらまったく。食事を少なくして、わからせておやりなさい」
怒りに燃えてブツブツと呟き続けるエランディアの様子に、院長は修道女として神に仕えることは当面無理と考え、懲罰室に置いたまま矯正措置を取ることにした。
エランディアが何をしてきたか、何をしようとしていたかをミヒアの手紙により知った院長は、その悪辣な性根に寒気を覚えた。
反省させ、心を入れ替えさせる。
体調が悪くなり引退を控えていた院長は、それを最後の仕事にしようと、必ずやエランディアを更生させようと心に決めていた。
他の誰よりも厳しく律した生活がエランディアを待ち受けていることを、院長だけが知っている。
■□■
アレン・ジメンクスが捕まったことで、ドレインはローズリーを無罪放免といわんばかりに、匿っていた別邸から引っ張り出した。
「もう帰ってもいいぞ」
「一体何がどうなったのか話してくれなければ帰らないぞ」
トロワー別邸の中では本を読むしかやれることがなかった。ローズリーが不貞腐っても仕方ないとドレインはジメンクス家の事の次第を話して聞かせる。
「・・・ディアはどこまでアレンのあれこれに関わっていたんだろうな」
「うん。今のところ捕まえられたりはしていないから、関わりは薄いのかもしれないが、捜査がそこまで及んでいないだけかもしれないし、あまり楽観はしないほうがいいな」
事実、ドレインの言う通りだ。
ジメンクス伯爵家の余罪が多く、未遂の計画まで立件していないだけ。
エランディアについては、アレンに唆された哀れな平民として見逃される可能性もゼロではないが、忘れた頃にやって来るかもしれない。
そうなればローズリーも・・・・・無傷ではいられないだろう。
「ディアはまだうちの別邸にいるのかな」
「ああ。アレンたちが捕まったことはまだ公表されてないし、何も知らずのんびりしてるようだ。どうするんだ?」
「・・・とりあえずナミリア様との婚約が無くなったことを話してみるよ。それで・・・」
「それでどうする?まさかやり直すんじゃないだろうな」
「いや。ここでいろいろ考えたんだ。私は本当に何をやっていたんだろうとね。なんでディアの言うことを聞いて。普通に考えて、ナミリア様の財産をふたりで奪おうと言われたときにおかしいと気づかねばならなかった。・・・そういえば、アレンがナミリア様に婚約を申し込んでも良かったんじゃないか?何故私だったんだろうな」
その頃のアレンは、トルグス子爵家に裁判を起こされており、他の女性に婚約の申入れなどできる状況ではなかった。
後にトルグス家の嫡男を罠に嵌めて絡め取り、訴えを取り下げさせたが、女性関係を疑われるような言動は現に慎まねばならなかった。
勿論エランディアとの付き合いも控えていたが、いい話があり相談したいと言われて渋々出かけると、遊んで暮らせる財産を手にした令嬢の魅力的な話で、乗り気になった。
しかしエランディアはローズリー・ワンドへ婚約をけしかけたという。
「何故ワンドなんだ?」
「だって今アレンは大変な時でしょ?」
エランディアはまるでアレンの所業を知っていると言わんばかりに、ニヤニヤと笑った。
(この女!)
ムカついたが、顔には出さない。
「ローズリーは私の言う事ならなぁんでも聞くから。まずはローズリーを結婚させてね、アレンがやったみたいにしちゃえば財産はローズリーのものにできるでしょ?」
アレンのこめかみが緊張してぴくぴくと動いているが、エランディアは気づいていないのか、機嫌よくその先を続ける。
「財産を手にしたローズリーと私が結婚して、同じことがローズリーに起きれば、ほら!ローズリーには家族がもう誰もいないから私は財産家の子爵の未亡人よ。その頃にはアレンのまわりも再婚できるくらい落ち着いているんじゃないかしらね?ねえアレン、私を伯爵夫人にしてくれるでしょう?あなたのお父様だって、裕福な子爵未亡人なら嫌とは言わないはずだもの」
ドレインたちはアレンがエランディアを焚き付けたと思っていたが、実際は違う。
自分を馬鹿にしたミヒアを金でも身分でも見下すには、ローズリーでは、ワンド子爵家では役不足なのだ。
恐ろしい計画を楽しげに話すエランディアは、汚いものでも見るような目で睨んだアレンを気にすることもなく。
「そんな目をしても駄目。私たちは同じ穴の狢ってやつだから。ねっ」
そう告げて、エランディアはアレンの胸にしがみつく。
蛇に締め上げられたような不快感に顔を歪めたアレンだが、エランディアはそれすらも楽しげに見つめるのだ。
「私、知ってるのよアレン。私からは逃げられない」
(結婚?この下賤な女を由緒正しきジメンクス伯爵の夫人にだと?)
しかし先ほど聞いた財産を諦めるのは惜しい。
金のためにエランディアと結婚することになったら、即座に毒を飲ませねばとても耐えられそうにないと、ゾッとしたアレンはその後、エランディアの機嫌を取っても交わることは決してなかった。
「ローズリーも来ないし、アレンもまだ戻らない!一体どうなってるのかしら」
アレンから暫く領地の視察があると聞いていたが、これほど長いとは思わなかった。
それよりローズリーだ。
少し前からどうも自分に距離をおいているような素振りを見せていた。
早くローズリーがあの女と結婚しなくては、計画がどんどん遅れてしまう。貴族の結婚はこどもを生むことが大命題なのに、アレンとの結婚が遅れるのは困るのだ。
エランディアは待ちくたびれて、ワンド子爵家の本宅に様子を見に行くことにした。
その動向を見張っていた者がいる。
ミヒアの手の者だ。
「やっと動いたか。まったくとんだ怠け者だよ。ミヒア様とはえらい違いだ」
掃除も料理もする様子のないエランディアに呆れていた。
誰もいない薄汚れた別邸にドレスメーカーを呼びつけ、メイドには分不相応なドレスを縫わせてひとり着飾る不気味な女。
それがイールズの敏腕調査員ガンドの率直な感想だった。
「出かけるのか」
さっきまで窓から見えていたど派手なドレスから、地味なお仕着せに着替えて出てきたエランディアは、てくてくと乗り合いの馬車乗り場まで歩いていく。
ガンドはかなり離れたところから馬で追いかけた。
ワンド子爵家本宅の近くで馬車を降りたあと、外から生垣の中を覗き込みながら、屋敷のまわりをぐるりと回る。
「本当にいないのかしら」
呟く声が聞こえた。
「こんにちは」
道行く老婆にエランディアが声をかける。
「おばあちゃま、最近子爵様はお元気にしておられますかあ」
ニコニコしながら老婆は首を横に振る。
「子爵様はずっとお留守らしいよ」
「まあ本当に?本当にいらっしゃらないの?」
「本当にいねえよ、今日も執事様がいつ帰ってくるかって嘆いてたからねえ」
優しげな様子がガラッと変わったエランディアは、ありがとうも言わず。くるりと向きを変えるとザクザクと足音を立て、馬車乗り場へ戻って行った。
「ワンド子爵を探しに来たが会えずじまい」
その様子を眺めていたガンドは面白そうにくすりと笑った。
「そう、エランディアが。私としては早く捕まってほしいような、でも家のことを考えるとそれは困るような複雑な気分なのよね」
「いっそ問題行動を起こす反社会性なんとかで、修道院にでも入れたらどうです」
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しかしそれは、ミヒアにとり良きアドバイスであった。
「そう、その手があったわね!ありがとう」
「お礼は下の棚にあった革鞄一つでいいですよ」
「何よそれ、賄賂?」
「正当な礼に過ぎませんよ」
ニヤニヤと手を差し出すドーラスを、ミヒアは跳ね除ける。
「三割引で手を打つわ」
「え!せめて四割で」
「三割半」
「買った!」
「ねえ、あなた役人やめてうちで働けば?」
出世コースの査察官にそれ言うか?とドーラスが苦笑した。
「まあとにかく、さっきの理由でエランディアを修道院に突っ込むことにするわ。いいところを探しておいてくれる?」
「調査なら私にお任せください」
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「また礼を寄越せと言うつもり?」
「もっちろんですよ、よろしくお願いいたします!」
張り切ったドーラスがお勧めだと教えてくれた北のハズレにある修道院。
設備の割に値段は高めだが秘密は固く守られること、脱走不可の深い濠に囲まれていることの二点でミヒアが決めた。
エランディアの母である姉には何も知らせる気はない。
もとより糸の切れた凧のような娘が消息を断っても、そのうち戻ってくるとたいして心配もしないだろう。
「そこにエランディアを放り込んできて頂戴、そうしたら礼を弾みましょう」
「本当にやるんですか?」
「勿論だ。イールズ商会にがっちり食い込める、あの情報網が使えるようになり、商品も安く回してもらえるならやらない理由はないぞ」
「ですが」
「ドレイン!おまえミヒア夫人の信頼を失くして挽回したかったんじゃないのか?おまえだってまたイールズに出入りしたいんだろう?」
ドーラスに詰められたドレインは、結局のところ欲に負けてしまった。
「こんにちは。エランディア嬢」
「まあ!お久しぶりですわねトロワー様」
「ローズリーの使いで来たんだが、少し話せるかな?庭でいい」
「ええ、それでしたらかまいませんわ。お茶を」
「いい。すぐに済む話だから」
庭の東屋に案内されたドレインが座ると、エランディアは反対側に腰を下ろそうとした。
中腰になったところに、バサリと大きな穀物袋が被せられ、きゃーとくぐもった悲鳴が上がったが、口と思われる凹みをドーラスが押さえ、ドレインと袋ごと馬車に放り込んだ。
ドスン
「うわ、痛そうだな」
ドレインが呟くも、どうやらエランディアは気を失ったらしい。静かになったので袋を外すと白目を剥いていた。
「よし、急ぐぞ!あっ、ドレインこれを屋敷の中に置いてきてくれ。置き鍵の在り処はわかってるのか?」
「大丈夫です」
屋敷に入り、エントランスにある手荷物用のテーブルにドーラスから渡された手紙を乗せて。
扉の鍵をかけると馬車に飛び乗った。
ふたりは貸し馬を交換する以外は、止まらずに街道を駆け抜けて行った。
目的の修道院まで、夜は各宿場に泊まりながら進んで通常馬車で四日かかるが、のんびりはしていられない。夜中も走り通して、なんと一日半で辿り着いた。
途中目を覚ましたエランディアは目を見張り、絶叫したかと思うと酷い罵声を浴びせまくったが、その態度の凄まじさにドレインに残っていた良心も失せ、山奥の修道院ではせいせいした顔でエランディアを院長に引き渡すことができた。
「ああ、うるさかったな」
「本当に。鼓膜が破けるかと思いましたよ」
ミヒアに渡された寄付金を院長に渡し、馬車で元来た道を戻って行く。
北上したせいか、王都よりだいぶ寒い。
温暖な地域にあるワンド子爵家でぬくぬくしていたエランディアには、この寒さは厳しいだろうと思うと、ドレインは胸がすっきりとした。
親友を弄んで苦しめた女。
ミヒアが決断しないまま、ジメンクスの調査が進めばいずれはエランディアも投獄されたことだろう。
アレンはエランディアを道連れにしようとするに違いないが、そのエランディアが見つからなければ、もしかしたらローズリーが助かる可能性もあるのではないか・・・。
「あとはワンド子爵が帰宅するときに、誰か付き添わせて、手紙をそいつに見つけさせれば、あの女が自分で出て行ったとみんな思うだろうよ」
「あの手紙どうしたんです?」
「エランディアからの別れの手紙だって夫人が笑ってたから、偽造させたんだろう」
「ミヒア様・・・」
「ああ。さすが一代であれだけになる女は腹の中まで真っ黒だが、使い途は無限だぞ」
ニヤニヤ笑いがドーラスは止まらなくなった。
修道院に入れられたエランディアは発狂したかのように叫び続けた。あまりのうるささに懲罰室に押し込められ、十日も経つと自分の身に起きたことがようやく理解できた。
「何故?何故誰が私をここに入れたのよーっ!私は攫われたのよーっここに入れられるなんて間違いなんだってばーっ」
部屋に一つしかない椅子を振り上げるも、蝋燭に当たって火が消え、暗闇に取り残されると泣き出す。
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「ああうるさいったらまったく。食事を少なくして、わからせておやりなさい」
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反省させ、心を入れ替えさせる。
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いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目の人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
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