【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる

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95話

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 ナミリアの残念会という、ちっともうれしくない茶会に呼ばれたナミリアは、自分を慰めるように明るいパステルイエローのワンピースを纏い、イールズ商会に姿を現した。
 今日の茶会は男爵家ではなく、商会の裏庭で行われるため、通常の昼の茶会よりさらにカジュアルなドレスコードが指定されていた。

 仕事を抜けて来るだろうトリスタンとドーラスに配慮したものだが、それもあってなんの警戒もせず、ナミリアはやって来た。

 ミヒアとロリーンが手を振っている。
見知らぬ夫人と夫らしき男性、そして何処かで見た気がする若い男性・・・。

「ナミリアさん、こちらへ来て。紹介するわ」

 上機嫌なミヒアが手招きした。

「今回の事件でお世話になったメーツ男爵ドーラス様と奥様のキャリ様、こちらがホングレイブ伯爵トリスタン様よ」

 ドーラスはメーツ子爵の三男で、継ぐ爵位がなかったため、文官が便宜上与えられる男爵位を名乗っている。
 トリスタンが伯爵となったため、上司のほうが爵位が低い逆転現象が起きたが、トリスタンはドーラスの後ろに控えていた。

「お初にお目にかかります、レンラ子爵家のナミリアと申します」

 名乗ると、トリスタンは小さく首を振った。

「トリスタンには会ったことがあるはずよ。まあすぐには思い出せないと思うからふたりで話でもしてきて。私たちはメーツ男爵ご夫妻と話があるから」

 今日の茶会の参加者はこれだけかときょろきょろするナミリアを、トリスタンの横に連れていき、満面の笑みを浮かべたミヒアがエスコートをトリスタンに促す。

 さすがにナミリアもピンと来た。

「ミヒアさまっ、私は」

 声をあげたナミリアの耳元に顔を寄せ、ミヒアが囁く。

「ホングレイブ伯爵様のお顔を立てて差し上げてね」

 何かを飲み込んだ顔のナミリアに、トリスタンは腕を差し出して。

「よろしければ庭の散策でも如何でしょうか」

 落ち着いたアルトの声が、心地よくナミリアの耳に響いた。





 暫くは無言で庭道を歩き回った。
さっき会ったばかりで話すきっかけもない。ナミリアにとっては何もかもが唐突すぎた。

「レンラ令嬢。何も知らされていらっしゃらなかったのですね」

 困ったようにほんの少し眉を寄せたトリスタンは、いつの間にかかけていた眼鏡をはずしている。

「・・・え、え」

 黒い前髪と眼鏡が隠していた青い瞳がナミリアを覗き込んでいて、思わずドキリとした。

「そこに座りませんか」

 東屋のベンチにハンカチを敷いて促してくれるトリスタンの物腰は紳士的で、安心して腰を下ろすことができる。

 そのトリスタンは少し離れた向かいの小さな椅子に腰かけた。

 ほのかに花の香りが漂って、ナミリアの視線が咲いているだろう花を探して宙を彷徨った時、トリスタンが口を開く。

「ホングレイブ伯爵家について、ご存知とは思うのですが」
「は、はい?」

 ホングレイブ伯爵家。
 先程は見合いということにカッとして、よく聞いていなかったが、最近聞いたばかりの名に今更ハッとする。
驚きが顔に出てしまい、ナミリアは急いで謝った。

「ご。ごめんなさい」
「いえ。我が兄が犯罪者となり、醜聞に塗れた家門となったことは間違いようのない事実ですから。それなのに見合いなど図々しいと」
「いえっそんなことは思っておりませんわ」

 しょんぼりしているトリスタンが気の毒になり、ついそう言ってしまった、

「・・・私のような者が結婚など」
「いえ、そんなこと私言っておりませんわ!」

 トリスタンはまだ顔をあげようとはせず、ぶつぶつと呟き続けている。

「・・・私のような・・」

「ホングレイブ伯爵様?こちらを向いてくださいませんこと?」

 苛ついて立ち上がったナミリアがカツっと靴音をたてて踏み出すと、驚いた顔でトリスタンが顔をあげた。

「ホングレイブ伯爵家で何があったかは、ほんの触りですが耳に致しましたわ。これからいろいろと大変とは思いますが、それを言うなら私も似たようなものです。財産を狙われていただけなのに浮かれて」
「いや、レンラ令嬢に落ち度は全くないではありませんか」
「それを言うならはホングレイブ伯爵様だってお兄様がされたことで、ご自身にはまったく関係ないことですわよね!」

 まるで言い合いのようになったが、それぞれ思ったことを吐き出すと顔を見合わせ、どちらともなくぷっと吹き出した。

「いやだわ、こんなこと。私たち、どちらも自分のせいではないことを背負い込んでいるのですね」

 ナミリアの言葉はトリスタンの心を揺らし、明るい草色の瞳はトリスタンの闇を照らしていた。
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