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第一章:最弱と最強
自分を神とか言うやつにまともなやつはいない
しおりを挟むふと感じたのは、肌に触れる柔らかい感触。
時折頭を撫でていく人の手のような温もり。
ゆったりと吹きつける柔らかい風。
まるで楽園かどこかにいるような心地好さ。
そんな中、間近に何らかの気配を感じて、浮上する意識に抗うことなく目を開けた。
「――目が覚めたか」
焦点の定まらない目を何度か瞬かせていくと、視界にとびきり顔のいいイケメンが映り込んだ。
……こいつ、誰だっけ。オレの知り合いにこんな無駄に整った顔立ちをしてるやつなんていた覚えがないぞ。寝起きで回転がすこぶる悪い思考を可能な限り働かせて、眠る前の記憶を探る。
ええと、確か……ティラが指輪を落としたって言うから、それを探しに洞窟に行って……それから……ヤバそうな生き物の体当たりを喰らって、たぶん崖に落ちなかった?
視線だけで辺りを見回してみると、何てことはない。オレの家だった。居間にある寛ぐのに最適な長椅子に身を横たえている状態だったらしい。部屋の明かりこそ点いているものの窓から見える外の景色は真っ暗で、現在の時間帯が夜であることはすぐにわかった。
それはいい、それはいいんだけど。
このイケメン誰? ここオレの家だけど、なんで人の家に当たり前のように入ってきてんの?
今のこの状況は夢じゃないと思うんだけど、もしかしてさっき崖に落ちたのが夢で……?
ああ、もうどれが夢でどれが現実なのかまったくわからない。一応意識はハッキリしてる。まさか、あのまま崖から落ちて死んで、実は今は幽霊の状態ですなんてことはない……よな。自信はないけど。
「心配しなくていい、お前は死んでなどいない」
「あ、そう? 本当? ……え?」
「どうした?」
「……オレ、今の……声に出してた?」
夢と現の区別がつかなくて確かに混乱してるけど、心の声と実際の声を間違えたりはしない、……はずだ。いくら何でも。
頭の中が疑問でいっぱいになっていると、目の前の男は軽く胸を張り、ややふんぞり返りながら至極当然のことのように一言。
「私は神だぞ、読心くらいできる」
「……」
――理解した。
こいつはアレだ、いくら顔面がよくても関わっちゃいけないレベルのヤバいやつだ。
身を横たえていたソファから起き上がると、男の腕を掴んで玄関の方まで足を向ける。早々にお帰り頂くことにした。自分を神とか平気な顔して言っちゃうやつには関わらない方がいい、真面目に取り合わないのが吉だ。
そうは思ったものの、玄関の扉を開けたところで逆に腕を引かれて部屋の中に引き戻された。
「いや、あの、お帰り頂けませんかね」
「断る。お前、ものすごく失礼なことを考えているだろう」
「そりゃそうだろ、そんな涼しい顔して自分のことを神とかナントカ言えちゃうやつ失礼通り越して怖いわ、帰って」
なんとか叩き出してやろうと改めて腕を引っ張ってみるけど、今度はまったく動かない。まるで巨大な岩を相手にしているような感覚だった。
なにこの人、なんなのこの男。なんで人の家に勝手に入ってきて居座ろうとしてんの。
「お前に危害を加えたりするつもりはない、まずは落ち着け。あまり動き回ると傷口が開く」
その言葉に軽く身体を見下ろしてみると、左腕に真新しい包帯が巻かれているのに気づいた。怪我をしてるんだと頭が認識すると同時に、なんか異様に痛くなってきた気がする。この口振りからして、手当てはこの男がしてくれたんだろう。
「……オレ、たぶん崖に落ちたよな。あんたが拾ってここまで運んで、手当てしてくれたって解釈で……いいの?」
「ああ」
「なんでオレの家知ってんの?」
「言っただろう、私は神だぞ。心や記憶を覗くなど造作もないこと。……その胡散くさいものを見るような目をやめろ」
……そうは言うけどさぁ、神だぞ、神。胡散くさい以外にないだろ。この世界で神さまなんて口にしたら、周りの連中から指をさされて馬鹿にされるのがオチだ。ここはそういう世界なんだよ。
神なんて存在はあやふやなもので、そんなものはいない。神に頼るのは他力本願な馬鹿のすること。弱者が頭の中に作り出した都合のいい逃げ場で、現実逃避。
それがこの世界の認識で、一般常識だ。誰だってそう思ってる、ずっとそうなんだから。
なんて考えてると、なんとなく悲しげな顔をし始めた。え、絶対嘘だと思ってたけど……まさか本当にオレの心の中読んでんの?
……ま、まあ。色々と怪しいところはあるけど、家に運んで手当てまでしてくれたなら礼くらいはしないとだよな。怪しいけど、メチャクチャ怪しいけど。
本人も言ってるように、危害を加えてくるような雰囲気はないし、取り敢えず話を聞くことにした。
* * *
「私の伴侶になれ」
――ああ、そうだ。そうだよ、思い出した。
家まで運んでくれたことと、手当ての礼をしようと意見を聞いたらいきなりこんなふざけたこと言い出したんだ、この野郎は。頭痛がする、なんだってこんな面倒くさいやつに助けられちまったんだオレは。
取り敢えず、取り敢えずさぁ。行くところないなら今日はこのままウチにいていいから、あのさ――
「……もろもろの話は明日でいい?」
怪我のせいか、それとも突然降って湧いた目の前の問題のせいか、起きたばっかりだしティラのことも心配だけどとにかく寝たかった。精神的に疲れた、疲労困憊だ。できることなら起きたらいなくなっててほしい。
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