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第一章:最弱と最強
最強のボディーガードかもしれない
しおりを挟むヘクセとロンプが宙に展開した魔法円からはゴツい氷柱や無数の風の刃が出現し、神さまの正面から猛然と襲いかかった。
ヘクセもロンプもどちらも優秀な魔術師だ、ロンプな主に攻撃系の魔術を、ヘクセは様々な魔術と法術を自由自在に使い分ける。マックの傍を固める仲間として厄介な存在だと――聞いたことがある、実力は折り紙付きだと。
「その無能なんかとつるんでなきゃ怪我をすることもないのに、バッカだなぁ~!」
「顔だけは避けて差し上げますわね、美しいものに傷をつけるなど美に対する冒涜ですもの」
どちらも、既に勝利を確信してる言動だ。見たところ神さまは武装もしてないし、それどころか武器さえ持っていないように見える。丸腰のただのイケメンなんてひと捻り、そう言いたげに。
けど、ヘクセとロンプが放ったそれぞれの魔術は神さまの身に触れる前に――ふっと空気に溶けるようにして消えてしまった。まるで蒸発でもしたみたいに。それにはオレはもちろんのこと、術を放った本人たちも目をまん丸くさせて唖然とするしかなかった。
「……どうした、もう終わりか?」
「な……っ、い、今のは何ですの? 法術……!?」
「ふんっ! ま、まぐれでしょ、手加減してやったからよ! もう一回――!」
ロンプが宙に浮かぶ魔法円に魔導書を翳すと、魔力に呼応するように魔法円が力強く輝きを放つ。この魔法円は魔術を扱う者の魔力で形成されるもので、こうして浮遊している間はいくらでも魔術を放つことができる。言わば大砲のようなものだ。レベルの低い魔術師はひとつしか形成できないが、高レベルの魔術師なら複数の魔法円を出現させ、それら全てから同時に、それも休みなく術を放つこともできると聞いたことがある。
ロンプの周囲には二つ、ヘクセの周囲には三つの魔法円が出現している。つまり、どちらもレベルの高い魔術師のはずだ。それなのに、彼女たちでさえ理解が追い付かないような現象が目の前で起きた。動揺するのは当然だった、ただ見てるしかないオレだって何が起きたのかさっぱりだ。
計五つの魔法円からは今度は氷柱と風の刃、炎の玉に迸る雷鳴が出現して再び神さま目掛けて飛翔したが――結果は同じだった。その身にかすり傷をつけることさえできない。法術で張った防御壁で術を弾くならまだしも、触れる前に消えるということがまったく理解できなかった。
「ど、どうなってんの……!? あんた、どんなイカサマよッ!」
「私は何もしていない、お前たち程度の力ではこの身に傷をつけることさえできないというだけだ。……どれ、少し遊んでやろう」
――この神さま、さっき弱ってるって言ってなかった? え、あの弱体化発言は何だったの?
混乱しているオレをよそに、神さまがヘクセとロンプを示すように極々軽く顎を上げると、二人の周囲に展開していた魔法円は高い音を立てて粉微塵に砕け散り、術者の二人は正面から強い体当たりでも喰らったかの如く大きく吹き飛ばされた。家の塀に激しく身を打ちつけ、それぞれの口からは苦悶が洩れる。
「な……んなのよぉっ、こいつは……!」
「こんなボディーガードがいるだなんて、聞いてませんわ……ッまさか無能のくせに天才に取り入ったんですの……!? 卑怯な……ぐううぅッ!」
身を強打したダメージから回復できないまま悪態を吐いたヘクセだったが、次の瞬間には両手で喉を押さえて苦しげに呻く。彼女の身は胸倉でも掴まれているようにゆっくりと空中に浮かび上がり、ジタバタともがき始めた。ロンプはその隣で腰が抜けたようにへたり込み、ガクガクと小刻みに身を震わせている。
神さまは――先ほどから一歩たりともその場を動いていない。
恐る恐る隣に並んでその顔を盗み見てみると、これまでは穏やかな色をしていた黄金色の双眸が今は煌々と力強い輝きを放っていた。恐らくそれが力を行使している証なんだろう。その場から微動だにせず、手を触れることもしないまま人一人を宙に持ち上げるなんて、どんな力なんだ。神さまって何でもありだな。
「が……がふッ、うぐぅ……っ!」
「か、神さ……ヴァージャ、もういい、もういいって。それ以上締め上げたら死んじまう」
ヘクセから苦しげな声が洩れると、呑気に見物もしていられなくなった。慌てて神さまの腕を掴んでそう訴えかけると、黄金色の双眸がちらりとこちらに向けられる。
程なくして、その瞳は普段の落ち着いた色へと戻り、同時にヘクセの身は操り人形の糸が切れたみたいにどさりと地面の上に落ちた。苦しそうに何度も咳き込んではいるが、憎々しげに睨みつけてくるところを見れば特に問題はなさそうだ。
「一度しか言わん、次はないと思え」
けど、神さまが静かに一言だけを告げると、ロンプとヘクセはサッと青ざめるなり大慌てで立ち上がる。そうして、まさに脱兎の如く逃げて行った。「覚えてなさいよ!」という捨て台詞だけは忘れずに。
二人が逃げて行った方を暫し黙って眺めた後、改めて横目に神さまの様子を窺った。
「……あんた、弱体化してるってさっき言ってなかった?」
「ああ、弱っている。まったく力が出ない」
「あれで?」
「ああ」
どうやら、神さま的には全然力が出ていなかったらしい。弱体化してる状態であれなのに、もしコイツが本来の力を取り戻したらどうなっちまうんだろう。考えそうになって、やめた。とてもじゃないが想像できない。
今の騒動で家の壁は破壊されたまま、そのせいで天井の一部分も崩れてる。夜風がびゅうびゅうと吹き込んできて少し寒い。取り敢えず今は、この家の悲惨な状況をどうするかが問題だ。
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