19 / 172
第二章:ウラノスとウロボロス
嵐の前のなんとやら
しおりを挟むマックに真っ向から飛びかかっていったアンを追いかけて、真横に並ぶと同時に両手でその身を自分の身体の前で抱き込む。片足を軸にしてマックに背中を向けた直後、殴られたような強い衝撃を全身に感じた。
次に襲ってきたのは、意識が飛びそうなほどの強烈な痛み。背中が焼け切れてしまうんじゃないかと思うくらいだった。目の前が一瞬真っ暗になって、自分の意思に反して足からは力が抜ける。身体を支えていられなくて、思わずその場に倒れ込んだ。
鼓膜を劈きそうなほどの悲鳴があちこちから聞こえる、アンは――オレの腕の中で真っ青になりながら震えていた。
ああ、マックの剣で斬られたんだって理解したのはそれからだった。
アンを叩き斬ろうとしたマックの剣から彼女を守ることはできたけど、あの至近距離で回避まで間に合うわけがない。ただでさえオレは愚鈍なんだから。
「あ~らら、やだねぇ、俺様の剣に無能の血がついちまったじゃねーか。どうしてくれるんだ? あぁ?」
「リ……リーヴェ……っ!」
ああ、ヤバい。意識が朦朧としてきやがった。なのに、背中からの激痛に脳が悲鳴を上げるせいで綺麗に意識を飛ばすことさえできそうにない。どうせなら最期くらいは何もわからないまま終わりたかったのに、これじゃ死の間際まで虐げられるしかなさそうだ。せめて意識がない時に殺してくれるなら多少は有り難いんだけどな。
なんて思ってると、マックが近付いてくる気配がする。どうする、アンを逃がそうにも今逃がしたらそっちに目を付けかねない。
「う、ぐ……ッ」
ぐ、と引かれる感覚に思わず口からは呻くような声が洩れた。何とも言い難い痛みを与えてくるこれは――後ろ髪を引っ張られる痛みだ。後ろの低い位置で結ってある髪を鷲掴みにでもされたんだろう、加減も何もない力に無遠慮に引っ張られて身体が勝手に起こされた。アンを抱き締めていた手が自然と離れていく。
それを見て、アンはその場に座り込んだまま必死に声を上げた。
「やめて、やめてよぉ! リーヴェが死んじゃう!」
「おいおいお嬢ちゃん、それはないんじゃない? この無能はお嬢ちゃんを助けるために自分の身を盾にして死にかけてるんだぜぇ? 怒って吠えりゃ何とかなるとでも思ったか? ザンネン、世の中そう甘くないの」
「う……」
どうやって彼女を逃がそうか、満足に働かなくなった頭で必死に考えるけどいい案がまったく浮かばない。そんな時、耳慣れた別の声がまたひとつ鼓膜を打った。
「リーヴェ……昨日あんなことがなければ、あなたたちの処遇もある程度は考えてあげたのに。孤児院は今日でおしまい、今日中に全員この街を出て行ってもらうわ」
「ククッ、愛しいカノジョが恥をかかされたとありゃ、男として黙っていられないからなぁ。これが、力があるってことだよ、わかったか無能野郎! 力さえありゃ何でもできる、何でも思い通りになる! 羨ましいだろ!」
……ああ、ティラは昨日ミトラにああ言われたことを根に持って、それでマックに頼んだのか。この辺りの統治権を奪って、オレたちを追い出してくれって。そこまでか、そこまでひどい女だったのか。
力がないってことがどれだけ惨めなのか、味わうのはこれでもう何度目だろう。
ああ、でも。オレがもしある程度の才能の持ち主だったとしたら、こんなふうに虐げられる側の気持ちはわからなかったのかもしれない。下手すりゃマックみたいになってたかも。それなら、こっちの方がずっといいや。
「ちょうどいい、少しばかり予定が狂っちまったが、俺様に逆らうとどうなるか……この無能を使って教えてやるよ、無能にはそのくらいしか使い道がねぇからな」
「アハハっ、無能でも役に立てることあったじゃん。みんなよぉ~っく見てるんだよぉ、あたしたちに逆らったらどうなるか、ね?」
「無能のくせにウロチョロしやがって。無能なら無能らしく這いつくばりながら日陰にいやがれってんだ、目障りなんだよ!!」
マックの声に続いて聞こえてくるのは、取り巻きのうちの一人――ロンプの声だ。
うっすらと霞み始める視界には、泣きそうな顔でこちらを見る街の連中や、エレナさんたちの姿。地面に映るマックの影が剣を振り上げる動作をしたのを確認するなり、最後の力を振り絞ってアンの肩を押した。何とか彼女だけでも無事に逃がしてやらないと。
喉が裂けてしまうんじゃないかって心配になるくらいの悲痛な声でオレの名前を呼ぶアンの声を聞きながら、衝撃に備えて顔を伏せた。
「(……?)」
なのに、どれだけ待っても考えていたような衝撃は訪れなかった。
いや、本当はもう叩き斬られた後で、死んだから何も感じない……とか? それにしては、ガンガン頭に響く背中の痛みは変わらず残ってるけど……。
「あ、あれ?」
伏せた顔を上げると、さっきまで泣きそうな顔をしていた街の連中は今度は目をまん丸にしてこちらを見つめている。
慌てて肩越しに振り返った先では――マックが振り下ろした剣を片手で受け止めるヴァージャがいた。
「――だから、私の傍を離れるなと言っただろう、リーヴェ」
「ヴァ、ヴァージャ……」
あの天才を相手に、そんなことを言いながら呑気に肩越しにこちらを振り返ってくるヴァージャの顔はいつも通り涼しげだった。苦労して剣を受け止めているような様子もなく、刃物に触れているはずの手からは血さえ出ていない。
対するマックは、そんなヴァージャの様子にも、毛嫌いする無能を庇いだてする存在にも腹を立てたらしく、その顔に憤怒を乗せる。けど、マックが次の行動に出るよりも先に、静かにヴァージャがそちらに向き直るや否や、マックやその傍にいたウロボロスのメンバーは大きく吹き飛ばされた。まるで巨大な何かの突進でも喰らったかのように。
ロンプとヘクセはその光景にも、視界に捉えたヴァージャの姿にもサッと青ざめた。
「……次はないと、そう言っておいたはずだな」
相変わらず静かな声でそう告げたヴァージャの双眸は、煌々と黄金色に輝いていた。いつかの時と同じように。
0
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
伯爵令息アルロの魔法学園生活
あさざきゆずき
BL
ハーフエルフのアルロは、人間とエルフの両方から嫌われている。だから、アルロは魔法学園へ入学しても孤独だった。そんなとき、口は悪いけれど妙に優しい優等生が現れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる