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第二章:ウラノスとウロボロス
静かな憤り
しおりを挟む「こ、今回のこれは領地戦争ですわ、先日の件とは無関係でしてよ」
「そ、そうだ、そうだぁ! ムカンケイだぞ!」
ヴァージャの姿を見て狼狽えていたヘクセとロンプは、勝手にそんな弁解をし始めた。そりゃ確かに、今回のは先日のような難癖じゃなくてちゃんとした領地戦争だ。だからあの時ヴァージャが言った「次はない」は無効だと主張したいんだろう。
「ヴァージャ、おねがい! リーヴェを助けて!」
アンは慌てて立ち上がると、ヴァージャの背中に向かってそう声を上げた。当のヴァージャはと言えば、ヘクセとロンプの主張には反応さえ返すことなく、静かに踵を返して歩み寄ってきた。
いや、あいつらに背中見せていいの? 大丈夫? なんて思ってると、そっと背中に片手を翳してくる。
「……深いな、顔色もよくない。遅れてすまない」
「あ、ああ、いや……まあ、わりと血出たみたいだし……」
「わりとで済むものか、簡単に手当てはした。ミトラとアンの傍に行っていなさい」
ヴァージャが背中に手を翳すと、あんなにも激痛を訴えてきた背中の痛みはすぐに引いてしまった。法術には傷を治すものもあるけど、こんな一瞬で傷が塞がる力なんて見たことも聞いたこともない。神さまパワーってすごいな。これで弱ってるとか本当かよ。
ヴァージャの言葉にアンの方を見てみると、その傍にはミトラの姿が見えた。顔面蒼白で今にも倒れてしまいそうだ。いきなり孤児院を飛び出しただろうヴァージャについてきたのかな、多分。
マックたちはその、到底法術とは思えない奇跡みたいな力を目の当たりにして瞠目していたが、マックはいち早く思考を切り替えると、隠すでもなくその顔に不愉快そうな色を滲ませた。
「……テメェが、ウチの連中にふざけたことしてくれやがったやつか……ククッ、無能と仲良しごっこたぁ、とんだ物好きだ。この地はついさっきから俺たちのものになった、逆らうなら命の保証はできねえぜ!」
「そ、そうだそうだ! 保証できないんだぞ!」
「今回はマックも他の皆もいますもの、負けるはずがありませんわ! マック、やりましょう、ここでわたくしたちの力を見せつけてやるのです!」
マックの言葉にも、それに便乗するロンプとヘクセの言葉にも、ヴァージャは常の無表情を保ったまま彼らを見返す。その目は、何となく憐れんでいるようにも見えるけど、その瞳の奥には静かな憤りも見え隠れしていた。面倒くさいんだけど許し難い、そんな感じだ。……オレ、避難した方がいいんだろうけど、出血多量でふらふらするせいで動こうにも動けないし、どうしたもんか。
ヴァージャが何らかの反応を返すよりも先に、マック率いるウロボロスのメンバーはそれぞれ武器を掲げ、戦闘態勢に入った。
「やっちまえ! 二度とデカいツラできねえように、徹底的にぶちのめしてやれ!」
マックが高らかにそう声を上げると、後方部隊が宙に展開する魔法円から一斉に術を放った。火の玉、水弾、風の刃に雷に、中には獣を喚び出す召喚術を心得てるやつまでいやがった。召喚術って確かメチャクチャ扱いが難しいって聞いたことあるけど、さすがは天才が設立したクランだ、優秀なメンバーが豊富に揃ってるってことか。
ウロボロスの術者たちが一斉に放った術は、ヴァージャ目掛けて一直線に飛翔する。オレもまだ避難できてないし、その更に後方にはもちろんアンやミトラ、街の人たちがいるわけで、彼らは猛然と迫る術を前に声がひっくり返るほどの悲鳴を上げた。
けど、それらの術がオレたちに激突することはなかった。オレはヴァージャのすぐ真後ろにいたわけだけど、オレとヴァージャとの間に目を凝らさないとよく見えない薄い結界のようなものが張られていたせいだ。黄金色の結界は様々な術の直撃を喰らってもヒビひとつ入ることはなく、オレやミトラたちを含め、街の連中も全員守ってみせた。
一拍ほど遅れてそれを確認するや否や、街の――野次馬連中からは次々に歓声が上がる。
「すげえ! やれやれ! やっちまってくれ!」
「お願い! マックたちを倒して!」
あちこちから上がるそんな声を聞いて、マックは忌々しそうに舌を打つ。ティラやロンプたちは、すっかり周りが敵に回った様子に狼狽えているようだった。そりゃあな、さっきまであんなに堂々と主導権を握ってたんだし、その立場が瞬時に危うくなったらそうなるだろうよ。
街の連中の声を背に、ヴァージャは数歩ゆっくりとマックたちの方に歩み寄ると、相変わらず涼しい声で一言。
「……私の相棒を傷つけてくれたのだ。貴様ら全員、覚悟はできているのだろうな」
……いつも通り声色は落ち着いてるし、立ち居振る舞いも普段と変わらないんだけど……涼しい顔しながら、実はメチャクチャキレてる……?
オレのためにキレてくれるのは実はちょっと嬉しいんだけど、今度は殺してしまわないかが少しばかり心配になった。
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