21 / 172
第二章:ウラノスとウロボロス
天才VS神さま
しおりを挟む先ほどのように一斉に襲いかかったウロボロスのメンバーたちは、放った術の全てを叩き返されて呆気なく倒れ伏した。文字通りお返しされたとかじゃなく、彼らの放った術はヴァージャの身に触れる前にぐにゃりと軌道を百八十度変えて、術者たちの元へと跳ね返ってしまった。
「う、嘘よ、こんなの……! 有り得ませんわ……っ!」
今回はマックやみんながいるからと口にしていたヘクセも真っ青になって座り込みながら、相変わらず涼しい顔をしたまま佇んでいるヴァージャを見据える。その顔は完全に怯えていた。
「テメェ……ふざけた真似してくれやがるじゃねえか!」
それを目の当たりにしたマックはこめかみに青筋を立てると、大剣を片手にヴァージャ目掛けて飛び出した。それに続いてティラや他の前衛組も一斉に駆け出す。これまではヘクセやロンプのような魔法型の相手だけだったけど、さすがに近接戦闘となるとキツいんじゃ……。
「ぶっ飛んじまいな!!」
マックの薙ぎ払うような渾身の一撃は――確かにヴァージャに直撃した。いや、直撃はした。
けど、鋭い切れ味を持つマックの大剣であるにもかかわらず、当のヴァージャは涼しい顔をしたまま片手ひとつで難なく受け止めてしまったのだ。その手の平にはやっぱり傷さえ刻まれていないのか、血ひとつ出やしない。マックはその光景を信じられないとばかりの表情で凝視するしかなかった。
一拍遅れてティラたちが全員一斉に飛びかかったが、ヴァージャが逆手を彼らに翳すとその身を中心に衝撃波のようなものが発生した。何重にも重ねてかけられているはずの防壁はヴァージャの前では何の意味もなさず、ガラスが割れるような音を立てて砕け散る。
「ぐわああぁ!」
「きゃあぁッ!?」
その衝撃波は、近くにいたマックはもちろんのこと、ティラを含めた前衛組を全員吹き飛ばしてしまった。
その一連の反撃だけで、前衛組のほとんどが動けなくなってしまった。自分たちだってまだ本気なんて出していないだろうに、多分それでも勝てる気がしないんだろう。あのティラも地面に座り込んだまま、食い入るようにヴァージャの姿を見つめていた。
けれど、やっぱりマックだけは目の前の現実を受け入れられなかったらしい。当然だ、ずっと天才天才って持て囃されてきたんだから、そんな自分が手も足も出ない相手なんていていいはずがない。
再び大剣を手に立ち上がると、よりその顔に憤怒を滲ませて猛然と襲いかかった。それと同時にマックの大剣が力強い赤の輝きに包まれる。確かあれは、一時的に攻撃力を上昇させる補助的な役割を担う法術のひとつだ。
「手加減してやんのは終わりだ! 調子に乗りやがって!」
一気に間合いを詰めたマックが再び渾身の一撃を繰り出すと、思い切り振られたその攻撃は――虚空を切った。一瞬にしてヴァージャがその場から姿を消し、あろうことか即座にマックの背後を取ったのだ。ヘクセが咄嗟に「マック後ろ!」と叫んだが、それはあまりにも遅すぎた。
ヴァージャが片手を振り上げ、手刀の形でその手を勢いよく振り下ろせば、頑丈な鎖かたびらに覆われていたはずのマックの背中は容易に叩き斬られたようで、鎧が吹き飛び、次の瞬間鮮血があふれ出す。背中は一種の致命傷だ、さしものマックもその背中をやられてしまったら反撃もできないようだった。
ヴァージャはそんなマックの片足首を掴むと、その身を片手で持ち上げる。がっしりとした体格の成人男性を片腕一本で持ち上げるなんて、普通は間違ってもできないことだ。マックはほぼ宙吊りの形で忌々しそうにヴァージャを睨みつけているようだった。
「テ、メェ……いったい、何者……ッなんでテメェみてえなのが、あんな無能野郎なんかと……」
「ふむ、リーヴェ。この場合、領地戦争とやらはどうなるのだ。統治権を得たばかりの者を叩きのめしてしまったが、私はクランというものに入っていないぞ」
「……え? ええっと……」
そんなほとんど前例がないことをいきなりふられても。
すると、傍にいた強面のおっちゃんが代わりに答えてくれた。その顔には隠し切れない期待の色が滲んでいる。
「た、確か、勝ったやつが決めていいはずだ。自分でクランを作って統治するか、もし統治権を第三者に譲るならどこに譲るのか……とか」
「勝手に決めるんじゃねえ! 領地戦争は大将が戦えなくなるまでだ! 俺様はまだ――」
「私にはこれ以上弱者を甚振る気はない。弱い者いじめは趣味ではないのでな」
「……!!」
マックにとって、ヴァージャのその言葉は許し難いものだったんだろう。ほんの一瞬だけ、その表情と瞳にあふれんばかりの憎悪が滲んだ。天才として生まれて、天才として生きてきたわけだから当然“弱者”と言われたことなんて一度もないはずだ。ましてや、弱い者いじめなどと。それはマックのどの山よりも高いプライドを粉々に打ち砕いたに違いなかった。
ヴァージャは掴んでいたマックの足首を掴んだまま、その身をティラたちの方へと放り投げる。そして、いつかの時と同じようにひと睨みすると、マックの身体は更に大きく吹き飛んだ。建物の傍に積んであった木箱に激突して、そのままぐったりと項垂れる。どうやら意識を飛ばしたらしい。
その圧倒的な力の差を目の当たりにして、ティラやヘクセたちはもちろん、ウロボロスのメンバーはすっかり戦闘意欲を失ってしまったようだ。一拍ほど遅れて我に返ると、彼らは大慌てでマックの傍に駆け寄り、その身を引きずって街から出て行った。今回もやっぱり「覚えてなさいよ!」という捨て台詞だけは忘れずに。
「……やった……」
「やった、やったわ! ウロボロスがこの辺りを支配するのはなくなったのよね!?」
「そうさ! あいつらの横暴に従わなくて済むぞ!」
ウロボロスの面々が見えなくなって数拍後、辺りからは次々にそんな歓喜に満ちた声が上がった。ミトラとアンも手を取り合って喜んでいる。そりゃそうだよな。
オレもちょっと安心した、安心したら眠くなってきた。……出血、多かったからなぁ。とにかく今は、ヴァージャを労ってやらないとな。
0
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる