23 / 172
第二章:ウラノスとウロボロス
太古の昔・2
しおりを挟む二人を追っていくと、やがて森の外に出た。森を出て五分ほど歩いた先には、藁で造られたいかにもな――恐らくは家々が見えてくる。
やっぱり、ここはきっと大昔の世界なんだ。今のご時世、こんな藁の家が平地にあるだなんて聞いたことがない。すごいな、いったいいつの時代なんだろう。
爺さんと女の子に勝手について村らしき場所に足を踏み入れると、村人たちもみんな民族衣装に身を包んでいる。誰も彼もが、空から降ってくる雨に大喜びで踊り回っていた。そんなふうに喜びを全身で表現している姿を見ていると、まったく無関係のこっちまで異様に嬉しくなってくる。
雨雲は空全体を覆い尽くし、干からびた大地を次々に湿らせていく。まさに恵みの雨だ。
それから様々に場面が移り変わり、わかったのは――この村の人間たちはヴァージャを「翼の君」と呼んで崇めていること。そして、ヴァージャも村人たちのことを静かに見守っていること。時折開かれる祭りらしき雰囲気の時は、ヴァージャも森から出てきて楽しそうな彼らの姿を優しい目で見つめていた。相変わらず巨大なドラゴンの姿で。
「翼の君、私たちは親愛の情を込めてあなた様に“ヴァージャ”という名を贈ります。それは私たちのコトバで青々と茂る広大な森、草木の緑を表すものです。緑は森と共に生きる私たちにとってなくてはならないもの、緑の息吹を感じられる神聖なコトバなのです」
最初に見つけた少女が、その巨大な体躯に寄り添ってそんな言葉をかけた。
……へえ、ヴァージャって人間から与えられた名前だったんだ。それをずっと変わらず名乗ってるってことは、この時代の人たちのことを今でも大事に想ってるんだろうな。
ふと急に場面が切り替わり、藁だった家々は石と土で造られたものへと変わった。少し先の時代に進んだんだろう。次々に移り変わる場面を見ていると、ちょっとしたお芝居でも見ているような気分だ。
村まで降りてきただろうヴァージャの正面には、大勢の村人たちと村長らしき爺さん。それと、少しばかり着飾った一人の女の子がいた。黒髪を後ろの低い位置で三つ編みに結い、キッチリとしたよそ行きっぽい白の服に身を包んで頭を下げている。
「ヴァージャ様、私たちは“永久の神子”なるものを立てることにしました。あなた様と私たちの関係が未来永劫、良好なものであるようにとの願いを込めてのものです。深い意味はございませんが、神子の存在ある限り我々の関係が保たれていくことを願っております」
これを昔の出来事って決めつけていいのかは微妙だけど、色々考えてたんだなぁ。ちょっと面倒くさそうではあるけど、それでもヴァージャとの関係を良好な状態で保ちたかったんだろうな。
また更に場面が変わると、今度は更に文明が進んで村は街ほどの規模になっていた。家屋も土や岩のところはまだ結構残ってるものの、半分以上が木の家に替わっている。気になったのは、これまでは普通に青々と生い茂っていた森が縮小したように見えることだ。家を作るために木々を伐採しているせいだろうな。
なんて思ってると、ちょうど近くの家から一人の女の子が飛び出してきた。アンより少し大人の……うーん、十六歳、十七歳くらいかな。彼女は目元を真っ赤に腫らして、家のすぐ横にうずくまってさめざめと泣き出してしまった。なんだなんだ、いったいどうしたんだよ。
どうせ向こうからはオレの姿なんて見えやしないのに、慌てて隣に屈んでその様子を窺ってしまった。すると、一拍ほど遅れて同じ家の中から厳ついおっさんが出てくる。
「これ! 待たぬか!」
「どうしてわたしなの!? なんでなのよ!? わたしはただ、アディと一緒になりたいだけなのに!」
「駄目だ! 駄目なものは駄目だ!」
娘の結婚話かよ。この様子だと彼女には意中の男がいるけど、親がその男との関係を許してくれない……みたいな感じか? 男親って娘のことになると猫の額も真っ青なくらい心が狭くなるからな。……オレだって、もしアンが明日にでも変な男を連れてきたら思い切りぶん殴っちまいそうだけど、男の方を。
「わかってくれ、お前は永久の神子なんだ。神に嫁ぐのは当然だろう、他の男との結婚なぞ認めないからな」
――ん? え、なに?
おっさんの言葉に意識を引き戻すと、その言葉を頭の中で反芻する。永久の神子って、人間と神との関係が良好なものであるようにっていう願掛けみたいなものだろ? なんで神子が神さまのお嫁さんってことになってるんだ? ……あ、また場面が変わっていく。
「……私にはそういったものは必要ないといつも言っている。人は人と結ばれるのが自然の摂理だ、その子の自由にさせてあげなさい」
「どうか、そのようなことを仰らずに! いつもヴァージャ様には感謝しているのです、うちの娘をどうぞお好きなように……親の私が言うのもアレですが、なかなかの美人でしょう?」
「娘を連れて帰れ、我が子を物のように扱うな」
あ、ヴァージャが人型になってる。これがいつの時代かはわからないけど、姿かたちは昔からまったく変わってないんだな。住処もずっと森の中みたいだし。
っていうか、めっちゃキレてんじゃん。メチャクチャ腹立ってんじゃん。そりゃそうだよな、必要ないって言ってるのに「うちの娘を嫁に」って言われてるようなものなんだから。それも、娘さんは全然嬉しそうじゃないし。
「……え?」
次に場面が変わると、ここは本当にさっきの森なのかと疑うような光景が目の前に広がっていた。森は炎の海と化し、辺りには数え切れないほどの人間たちが倒れている。手には槍だの弓だの、様々な武器を持ったまま。澄んでいたはずの小川は、今や人の血で不気味に染まっていた。思わずゾッとしてしまうくらいに。
「コ、ロセ……神、を、殺せ……ぇ……ッ」
「アレが生きている、限り……我々は、娘を捧げ、なくては……」
「殺せ、殺すのだ……」
辺りに転がる者たちは、うわ言のようにそんな言葉を呟く。
……なんで。ヴァージャは娘さんたちを捧げろなんて一言も言ってないじゃないか。人間たちが永い歴史の中で永久の神子の存在をねじ曲げて、勝手にそこに意味を持たせて、望んでもいないことを押し付けて。その行き着く先が、ヴァージャが悪いから殺せだなんて、あんまりだ。
「神さまなんていらない! わたしは普通の幸せがほしかっただけなのに! 神なんてものが、あんたがいるから!」
「……」
「俺たちの、人間たちの幸せのために死んでくれ!!」
森の最奥を見てみれば、さっきの娘さんと見知らぬ男がヴァージャに槍を向けていた。恐らく、あの男が彼女の想い人だろう。対するヴァージャは身構えることなく、どこか悲しそうな目で二人を見据えていた。
* * *
身体を揺さぶられる感覚に目を開けると、焦点の定まらない視界にはぼんやりとヴァージャの姿が映り込んだ。何となく切羽詰まったような顔をしてる……気がした。この天井には覚えがある、ここは孤児院の……ベッドの上かな。
「リーヴェ、大丈夫か? ひどく魘されていたぞ」
「……あれ、戻ってきたんだ」
「……? 戻って……?」
「ああ、いや、何でもない」
どうやら無事に戻ってこれたみたいだけど、今はヴァージャの顔をあまり見たくなかった。ついつい涙腺が弛んで、情けなく泣いてしまいそうだったから。
人間って生き物は勝手すぎる。
0
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる